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脱原発社会をめざす文学者の会
原発事故を風化させないために

書庫川村湊の脱原発通信

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 浪江町の山間部にある津島地区に行った。ここも診療所も、福祉センターも、一軒だけの旅館も空っぽである。道路傍に、名水とされる山から引いてきた泉水があったが、もちろん今では飲めるはずがない。小さな沼があり、オタマジャクシがいっぱい泳いでいた。一軒の家の玄関ガラスに貼紙がしてあったので、見ると「仮設で//パチンコできるのも/東電さんの/おかげです/仮設で涙流す/のも東電さんの/おかげです/東電さんよ/ありがとう/十二月十二日里帰り」という文面のほか、「放射能体験ツアー 大募集中! 楽しいホットスポット巡り 東電セシウム観光」というのもあった。一時帰宅した住民が、原発震災の元兇となった東電を精一杯皮肉った貼り紙だった。高齢者の多い、穏やかだった山間の集落が、咲き誇る花木だけを残して無人の村となってしまったのだ。永遠にバスの来ることのないバス停留所。売れることも、蒔かれることもない、種苗を陳列している店。そこは、計量器を車の外に出していれば、すぐに20、30どころか50ミリシーベルト以上にもなる「帰還困難区域」なのである。本当のことを言わねばならない。ここは、見捨てられた〝死の村〟なのだ。
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猪に荒らされた農家 津島地区


 緑なす山々を全部除染することなど到底不可能だ(福島県は、東京都の六倍広い)。福島第一原発から出された放射能の雲と霧は、川をさかのぼって上流のすべての山々や野を汚染させた。飯舘村、南相馬市、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町の住民たちのほとんどは自分たちの町、村を見捨てて、県内や他府県内に避難せざるをえなかった。日本の国内のディアスポラの人々である。奇妙な線引きにだまされてはいけない。これらの地域は、ほとんど数年間から数十年間にかけて、人間が居住できない地域である。つまり、3・11の原発震災の以前の生活には〝絶対〟に戻ることのできない、日本の国土のなかて、〝空白〟となった地域である。こうした〝死のゾーン〟を日本の国土の一角に残しながら、原発の再稼働を推進した、新増設を図ったり、海外に原発を売り込むということは、まったくの狂気である。日本は、いつから狂人たちの支配する国となったのか。もう一ヶ所、原発震災が起これば、日本は全滅である。
 人の住まない町と村と、狂気の支配する国。そこにかつて、日本という〝美しい国〟があったことを、いずれ、誰が、懐かしく回想するだろうか。その時に、この日本列島に、まだ人の住む国土が残っていれば、の話なのだが。


 一時は、放し飼いにされた牛や馬や豚、ペットとしての犬や猫が路上を〝野良〟としてさまよっていと伝えられていたが、今では生き物の影はほとんど見当たらない。ネズミだけが増えて、そのおびただしさに、猫さえも姿を消したのではないだろうか(山間部で、猫を一匹見た。狸も、雉子も見た)。死に絶えるものは死に絶え、カラスやカモメでさえ、めったにこの空域を飛ばなくなったのである。
 請戸【うけと】漁港のあった海岸へ行った。一面の曠野である。マリン・パークや排水機場のコンクリート建ての建物の構造物の残骸が残っているだけで、数百軒もあったという住宅は、大津波によってまったくの跡形もなく、洗い流された(コンクリートの土台だけだ)。遺体捜索のために瓦礫はあちらこちらに集められているが、流されてきた車や漁船はそのまま放置されている。ひっくり返ったり、ぐちゃぐちゃに壊れているのもあれば、今にも動き出しそうな、無傷に見える車もある。ガードレールがアメのように折り曲げられ、根こそぎ引き抜かれた樹木とともに、奇妙なオブジェとなっている。潮水に漬かった木は、枯木となって立っている。どこかで見たような風景だなと思ったが、それはタルコフスキー監督の『サクリファイス』で、〝日本の木〟と呼ばれていた松の枯木に子どもが水をやる場面だった。
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〈原発から7キロほど離れた請戸海岸、海の向こうに原発の施設が見える〉


 海岸線の近くに請戸小学校があった。一階は、津波でめちゃめちゃになっていたが、二階は無事で、子どもたちが飼っていた水槽の金魚が、被災の後もしばらくは生きて、泳いでいたという。集会場の二台のピアノも、二年間も潮風に吹かれたままだったのに、ちゃんとした音色を出すことが奇蹟のようだった。
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〈請戸小学校、玄関にはまだ瓦礫が積まれたまま〉

 黒板には、救援に来た自衛隊員や警察官が書いたと思われる激励や〝頑張ろう〟といったメッセージが書かれていた。ちなみにここで学んでいた児童全員は、教師たちの適切な指導によって避難し、無事だった。後ろから迫り来る大津波を背中で隠しながら、子どもたちを高台へと必死に走らせたのだという。防波堤は崩れ、沈下した低い地面は水たまりとなっていた。この茫々とした曠野に住宅が再建されることはない。防波林となる予定で、「わたしたちのまち、請戸」と書かれた地図の残る小学校にも、二度と子どもたちが戻ることはないのである。
 市街地は、まだ除染の進行やインフラの復旧でもまさに〝避難指示解除〟が期待できるかも知れないが、農村部、山間部は絶望的だ。二年間、放置されていた水田や畑には、柳の木が芽吹き、ススキやヨモギや雑草が生い茂り、これも元の農地に戻すには、荒廃するまで要した時間の何倍もかかるだろう。表土をはぎ取り、客地しようにも、除染した土の持って行きようがない。畑の隣に黒いビニールシートがかぶせて置いたままでは、何にもならない。行政機関の単なるアリバイ工作にしか過ぎない。最終どころか、中間貯蔵地ですら、まだ決まらないからだ。

(写真キャプション、山本が書きました)

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 たとえば、原発事故以前は、二万一千人の人が住んでいた浪江町は、現在の人口はゼロ、町役場の屋上から見た甍を連ねる町並みは、空っぽの無人の町だ。町役場の庁舎には、「避難指示解除準備区域」となったことから、〝帰町〟計画が立てられ、先遣隊として、四人の職員が、二本松市にある浪江町の臨時庁舎から派遣され、日中には常駐することになった。本庁舎前のモニタリング・ポストが示していた放射線量は、毎時0.138ミリシーベルト、除染結果によって、何とか人が立ち入れるまでになったのだ。
 しかし、空っぽになった町に町民たちが〝帰還〟してくることは、数年先でもまだ無理だろう。電気は回復したが、水道は復旧していない。町役場の庁舎でも、トイレは使えず、工事現場用の簡易トイレが、数基並んでいるだけだ。ガス・ボンベの配達も、ガソリン・スタンドも、営業再開のめどはまったく立たない。
 エレベーターが動かないので、階段で上った屋上からは、請戸の防波堤の崩れた先の岬に、福島第一原発の塔や白いシートをかぶせた1号炉がかすかに見える。そちらから、東南の風が吹けば、計測機の数値は、すぐに上がってしまうのだ。
 町のメイン・ストリートは、開店休業中といったような商店やコンビニ、レストランがあると思えば、崩れて、道路にはみ出した瓦屋根の建物が、そのまま残っている。地震、津波の被害の跡が、二年間、時間が停まったまま残っているのだ。もちろん、慌ただしく町を空っぽにせざるをえなかった〝原発事故〟は、数ヶ月間も、遺体の収集や処理さえも行わせなかった。生活インフラの復旧どころの話ではなかったのである。
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空っぽの町ーー二年後の原発被災地を歩く

                                                                         
 日本国憲法第22条は、国内での居住と移転の自由を謳っている。しかし、こうした憲法に違反した地域が日本のなかにある。福島県の浜通りの浪江町、双葉町などの九市町村だ。そこには、わけのわからない線引きが行われている。帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域、計画的避難区域である。
 赤線でも青線でも、ABCラインでもいいから、もっとすっきりさせることができないものか。地元の役場の人間でさえ混乱するような、複雑な線引きだ。簡単に説明すると、災害対策基本法によって立入禁止とされるのが「警戒区域」(これは川俣町山木屋地区に残っている)。それを三種類に改編し、日中の出入りはできるが、夜間は宿泊できないのが「避難指示解除準備区域」。「帰還困難区域」は、文字通り少なくとも当分(十年か、二十年先か、誰にも分からない)は〝帰還〟できない区域で、原則立入禁止、「居住制限区域」は、立入はできなくはないが居住は無理という区域だ(やはり実質上、立入禁止)。
 これらの区域に入るには、道路を封鎖した柵を通る許可が必要で、各市町村がその予算で雇用した民間のガードマンが検問している(彼らは、〝止まってください〟という赤い旗を持つ)。ただし、これは法令に基づかず、原則的には〝立入〟を〝遠慮願う〟というもので、住民であるとか、親族であるとか、その他の理由があれば、入域することは可能だが、これも本当は事実上の立入禁止なのである。
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 ややこしい説明をしたが、五月の下旬、山々に緑が溢れる季節に、飯舘村から南相馬市、浪江町の一帯を車で廻ってきた私にとって、現実的には、その一帯がすべて立入禁止の地域であり、日本の国土の一部が、すっぽりと空白地域となっていることを実感せざるをえなかった(私たちは、町役場の許可をもらって動いた)。

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