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原発VS言葉
村上政彦

子供の頃、行きつけの銭湯に原発を宣伝するポスターがあった。そこには「原発から生じる放射線は、自然由来の放射線よりも低く、安全です」というようなことがしるしてあった。僕は、子供心にも、この論法に違和感を覚えた。
その後、チェルノブイリの事故が起きて、原発が極めて危険な存在であると分かった。この時、僕は子供の頃に原発を宣伝するポスターを見て覚えた違和感の正体に気づいた。それは原発が凄まじい破壊力を持つ核兵器のきょうだいであって、それを「安全」ということのまやかしからくるものだった。そして、この国に随分な数の原発があることを知って驚いた。 
なぜ、日本に原発が増えたのか。それはヒロシマ・ナガサキの核の惨禍に遡る。あの惨禍を目撃して、日本の「政治」は、核の力を怖れるのと同時に憧れを抱いた。そして核兵器を欲した。核兵器による惨禍を目撃した時の、生物としてのまっとうな反応は、核兵器の廃絶に向かうことだろう。逆に、それを欲するところに「政治」のいびつさがある。
しかし日本が核武装をすることはアメリカばかりか、国際社会が許さない。そこで核兵器の潜在的な開発力を担保しておくために原発を導入した。この「政治」の思惑は、やがて「経済」の思惑と結びついて、だんだんと原発は増えていった――これが一般的に知られている、この国に原発が増えていった経緯である。
率直に告白する。僕はたかをくくっていた。チェルノブイリの事故が起きた後も、日本で同じような出来事は起きないだろうと、どこかで楽観していた。しかしフクシマでの事故は起きた。「政治」と「経済」の思惑が、この国を深く傷つけるのを許してしまった。僕は、みずからの鈍感を悔いると共に、何かやらなければならないと感じた。
いま僕等は選択を迫られている。原発の問題は帰するところ、実存の問題だ。この国の人間が、何を至高の価値として生きるのか。これまで至高の価値は、国家であり、マネーだった。それを転換しなければならない。
脱原発をめざす文学者の会がやろうとしていることは、原発VS言葉と表現できる。言葉は無力に思える。しかし原発は自然にできるわけではない。造るのは人間だ。原発を押し立てる「政治」と「経済」を担っているのも人間だ。言葉は、その人間の心を変えることができる。文学者には、文学者の闘い方があるのだ。
僕は言葉の力を信じる。言葉の力で、国家やマネーではなく、生命を至高の価値とする社会を築くことができると信じる。そうでなければ、文学者なんてやってらんねえよ!

すべての「仏たち」のために
岳真也

少年のころから私は山が好きだった。「岳」というペンネームも、それで付けた。山が好きで、自然が好き。自然を破壊するものは、何もかも嫌いで、ゴルフなどは絶対にしない。
「脱原発」はだから、私にとっては必然なのだ。あの三・一一の東日本大震災で福島第一原子力発電所が大事故を起こしたときも、「あーあ言わないこっちゃない」と本気で思った。何となれば、それより五年も前の二〇〇六年に刊行された物理学者・広瀬立成氏の著書『空海とアインシュタイン』のなかで、広瀬氏はすでに原発の「超」危険性を見通し、福島での惨事を予見している。
「放射性廃棄物は、標準的な原子炉において年間におよそ一トンとなるが、これは広島の原爆が放出した放射性物質の一千倍に相当する」
現在停止している日本の原発が全部稼働したならば、いったい、どういうことになるのか。
大震災、またそれに伴う原発事故のおりに日本の最高責任者(首相)だった菅直人氏は、たまたま広瀬氏と同じ東工大の出身だが、彼はあのとき五千万人、すなわち日本の人口の半分の避難を覚悟したらしい(二〇二〇年のオリンピック開催地、東京も含まれている)。
結果としては、そうまではならなかったものの、福島第一原発の近隣に住んでいらした方々の苦難の様は想像を絶する(それは今もつづいているのだ)。
すでにあちこちで書いたので、ここでは詳しくは語らないが、昨秋、他の「脱原発文学者の会」の面々とともに「避難区域」の浪江町、そして南相馬市の小高町をおとずれて、いっそう私はそのことを実感させられ、脱原発・反原発の思いを強くした。
さきに広瀬氏の本を紹介したのも、一つにはそのせいなのだが、私は現在「大法輪」誌に弘法大師空海関連のエッセイを連載している。空海の宗教・思想の骨子は「即身成仏」。これは人はだれしも、しかも今すぐに「仏」になれるということだ(と私は解釈している)が、空海の言うのは、じつは人間ばかりではない。
鳥獣虫魚、生きとし生けるものことごとく、それどころか、空や海や川、山にも、そこに転がる一欠片の石ころにさえも、仏性は宿っている。
何人にも、何物にも、それらを破壊する権利などない。
ひとり人間社会のためにだけではなく、この地球上のすべての「仏たち」のために、私は声高に叫びたい、ノーモア・ゲンパツと。

福島原発災を忘れぬために  森詠
東日本大震災と福島「原発災」が起こってから、早三年三ヶ月が過ぎようとしています。
東日本被災地の復興は遅々として進まず、福島原発事故はまったく収束のメドもついていません。いまも福島原発の放射能汚染水は増える一方で、海に垂れ流さざるを得ず、「アンダーコントロール」されていないのが現実です。
哲学者梅原猛さんは、この東日本大震災と福島原発事故を「文明災」としました。広く人類史や文明史を考える上から、東日本段震災と福島原発事故をそう捉えたのでしょう。
福島南相馬在住の詩人・若松丈太郎さんは、福島の原発事故を「核災」と名付けました。若松さんも福島原発事故から核エネルギー開発の危険性に、さらには核兵器を廃絶するべきだという意味合いも込めて「核災」としたのだと思います。
私は、そうした梅原さんの「文明災」、若松さんの「核災」に共感します。まさに、その通りだと思います。
その上で福島原発事故を、あえて私は狭義に捉えて「原発災」としたい。一度、原発が暴走すれば、自然環境を放射能で汚染し、人や動物、あらゆる生き物に破壊的な被害を与える、そういう意味を込めての「原発災」です。
福島第一原発事故は、スリーマイル島原発災やチェルノブイリ原発災と並んで、深刻で重大な環境破壊をもたらした、人類が決して忘れてはならない原発災です。
一時は大きく盛り上がった反原発の声、脱原発を望む声は、しゃにむに原発を稼働させようという政府、官僚、財界の大攻勢の前に、次第に弱まっています。
私も決して福島原発災を忘れまいというつもりでいるのですが、普通の生活を過ごすうちに、時の流れとともに、次第に原発災の記憶が風化しつつあるのを感じます。
ここで福島原発災を風化させてはならない。
チェルノブイリ原発災により、盛り上がった反原発運動が衰退したのは、やはり、三年後あたりからでしだ。風化の二の舞をしてはならない。

二年前、文学に携わる私たちは、反原発、脱原発の声をあげるために「脱原発社会をめざす文学者の会」(略称・脱原発文学者の会)を立ち上げました。
反原発運動を応援し、文学者として、脱原発の声をあげ、いまこそ文学に福島原発災について書こう、というのが発会の趣旨でした。
脱原発文学者の会は、これまで何度か文学サロンを開催したり、地元を訪問したり、ブログを立ち上げたりしてきましたが、残念ながら、まだまだ力不足であることを認めねばなりません。
会員相互の話し合いもほとんどなく、いったいだれが会員で、何人の会員がいるのかも不明な状態になっています。やはり会である以上、会報を発行し、会員相互の交流を計りたい。会員相互の顔が見える会にしたい。
ブログの上では、一応会報がありますが、会員のなかには、ブログを見ない、紙の会報はないのか、という声も上がっています。なかにはネットは嫌いだから見ない、とか、やらないという人もいます。
そこで、あらためて会員の主張を世に訴えるためにも、賛同者を募るためにも、そして、会員であることを自覚していただくためにも、紙の会報を出したいと思います。
会員希望者は、ぜひ、入会手続きをお願いします。(申し込み用紙は別紙)
入会は無料。年会費2000円です。
会報は不定期ですが、年4回は発行したいと思います。
なお、会報への掲載原稿は、著者の了解をいただきブログにも転載します。

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