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ザザーーン、ザザーン。
人気の無くなった海は、
相変わらず寄せては返す波の音を響かせていた。
僕は一人、波打ち際の“いつもの場所”に立っていた。
時計の針は深夜1時を回っている。
誰かが見たら、自殺者と勘違いされそうな、
寂しい浜辺の夜。
でも、ここに立つ僕の心は、
お花畑に立っているかのように穏やかで、
そして、子供のように高揚しているのだ。
それもそのはずだ。
ここは、2人の秘密の場所。
「そろそろ、来る頃だ。」
僕は、はやる心を抑えきれず、
そわそわしている。
もう一度、周りを見回して、辺りに誰も居ないことを確かめる。
「今日も、大丈夫だ。」
再び、海のほうへ視線を向けると、
彼女は、もうすぐそばまで来ていた。
「こんばんわ。
今日も来てくれたのね。ありがとう。」
「・・・」
僕が返事をするまもなく、
僕の唇は、彼女の唇でふさがれてしまった。
彼女の腕は、僕の首にからみつき、
僕の腕は、彼女の腰を支えた。
「会いたかった。
僕は、いつも君のことを愛してるよ。」
そう言うと、彼女はとても嬉しそうに、
尾びれをばたつかせた。
尾びれ・・・。
普通の人には信じられないかも知れないが、
彼女は、人魚なのだ。
僕は、この浜辺で彼女と出会った。
2ヶ月前のことだ。
恋人に裏切られ、
仕事を辞め、
人生に疲れた僕は、なんとなく、この浜辺に来た。
そんなとき、
彼女と出会った。
僕は、最初目を疑ったが、
すぐに気にならなくなった。
人魚と知り合いになった、という、不思議さよりも、
彼女の美しさと、
溢れる優しさに惚れ込んでしまったのだ。
それ以来、ほとんど毎日ここへ通った。
2人はやがて恋に落ちた。
お互いに、いろいろな事を話した。
彼女は、この浜辺に泳ぎに来て、
気がついたら人魚になってしまっていたのだという。
原因は、わからない・・・。
僕は、彼女の肩をとり、
僕を見つめる彼女に言った。
「聞いてくれ。
僕は決めたよ。
君と結婚したい。」
「ありがとう。
とっても嬉しいわ。
でも・・・」
彼女の表情は、曇ってしまった。
「・・・でも、
私は・・・」
人魚だから、という言葉を飲み込んだ。
現実は、2人を引き裂くかに思えた。
「いいじゃないか、そんなこと。
僕は、それでも君のことを愛している。
君に、もっとそばに居てほしいんだ。」
「ああ。あああ。
私は、どうしたらいいの。
人魚になったあの日から、
私の日常は非日常になってしまった。
でも、こんな日が来るなんて。」
彼女の目から、涙が流れ落ちた。
「いいんだよ。
僕が望む事なんだから。
僕の、お嫁さんになってくれないか。」
僕の目からも、一筋の涙が落ちる。
再び抱き合う二人の頬で、
お互いの涙が混ざり合っていく。
ふと、頭上に輝く満月が怪しい光を増したように見えた。
すると、奇跡というべきか、
二人の愛の力というべきか、
彼女の体が、光り輝いていく!
「ああ、体が、
体が熱くなって・・・」
「どうした、大丈夫か?」
「体が・・・
あああ・・・」
輝く満月の光と、彼女の放つ光が、
やがてひとつになり、
奇跡は・・・起きた。
なんと彼女は、元の姿に戻ったのだ!
あれから1年が経った。
僕は、買い物から帰ると、
すぐに居間へ向かった。
今日は、1年間一緒に過ごしてきた2人の、
初めての結婚記念日。
僕は、いそいそとドアを開けると、
買ってきたプレゼントを差し出した。
「ただいま。
今日でちょうど1年だね。
これ、喜んでくれるといいんだけど。」
ガサガサと包み紙を開ける。
中から、キラキラと綺麗な、
小さなお家と、水車が出てきた。
僕は、それを居間の大きな水槽に沈めると、
嬉しそうに泳ぎ回る彼女を見つめた。
そう、彼女はあの日、
元の姿に戻ったのだ。
元の、魚の姿に・・・。
「愛してるよ、いつまでも。」
彼女は、水槽から顔を出して、
僕の頬に優しくキスをしてくれた。
“マーメイドに恋した男” 完
作品番号:10
〜この記事の画像=フリー素材サイト「Atelier N」〜
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こんにちは。改めて以前のお話を読み返していました。私の想像しない結末に驚くばかりです。と言いますか、私の想像力が乏しいだけなのかもしれませんが・・・(笑)最後まで結末がわからない、良い意味で期待を裏切ってくれる作品って本当に好きです。
2006/3/31(金) 午前 1:33 [ rin**_666 ]
ありがとうございます。有名な「注文の多い料理店」を最高作品として、これを目標にがんばっています。まだまだ遠くおよびませんが。今後も結末重視で行きますので、また見に来てください!
2006/4/2(日) 午後 7:20 [ しげぞう ]
なるほど、そうでしたか。一人で納得してしまいました。「注文の多い料理店」は私も大好きです。 宮沢賢治記念館にも行って来ましたよ。 面白かったです。光合成する人の話も好きですね。
2006/6/10(土) 午前 5:11
先日、面白かった映画の説明に、「注文の多い料理店みたいなオチなんだよ」と言われました。やはり宮沢賢治はすごい、と、再認識してしまいました。記念館、おもしろかったですか?
2006/11/2(木) 午前 1:38 [ しげぞう ]