|
8日は暑い日でTシャツで明日香村を訪ねました。 遠足や修学旅行の生徒さんたちが大勢で 明日香村は賑やかな雰囲気の村を女一人で探検! 今から3000年前(縄文時代)から 人は住み石の道具、土器などを使い 木の実や獣を追って生活していたそうです。 明日香村の風景 のどかで山々に囲まれている村です。 ここが古代の人たちが生活していた場所。 なんせ、3000年前からですよ〜 当時は都会?(集落)だったとは! 何処からどうやって集まったのか? そして 都と呼ばれるようになったのが1400年前 歴史でお馴染みの飛鳥時代です。 石舞台古墳 蘇我馬子(そがのうまこ)の墓と伝えられる石舞台古墳。 30数個の岩の総重量は約2300トン 我が国の最大級の石室で有名 玄室の長さ7.8m 幅約3.4m 高さ4.8m 他の資料とは微妙に数字が異なっているけど 細かいことはおいといてー 1400年前の飛鳥時代の古墳に手で触れたりできますよ〜 思わず乗ってしまいそうですがっ! 「石の上には登ってはいけません」と注意書きがありました。 やっぱり。 ( 一一) さっき放送でしきりに「乗らないように」と 注文イヤ注意していたケド。乗る人がいるんやねー 岩の隙間からチョッと失礼して覗き見! この石は奈良県桜井市の南部にある山のふもとから運ばれたそうです。 1400年前の人が運んだなんて大変な重労働・・・ と、耽っていると 小学4年生くらいの団体さんがやって来ました。 直ぐに石舞台の石室に入ってザワザワ 男の先生が外側から、 さっき覗き見した岩の間に顔を突っ込んで生徒に 「ええかー、ここが●体があったとこや!」 「人が●んでいた場所やでぇ」 で、おしまい! (^^ゞ関西人らしいと云いましょうか・・・ とても分かりやすくストレートな教えでごじゃりました。 石室の入り口 石 室 内 歴史ロマンに感無量です。 考え深いものがありますね〜 1400年前と遭遇している訳でして 触り放題なのが感激です。 暫く中で休憩してしまいました。 さっきの先生の教えを思い出すと出て行きたくな〜る。(汗) 石室内から外を撮影 中央にある溝は排水施設だそうです。 よく考えられています。 古代の人がここまで設計しているなんて 素晴らしく思います。 他の石造物でも計算された技術と芸術には 驚きました。(次の日記で紹介します) 古の都の時代がどんな世界だったのか 王族の権力争いや他国との交渉、人間関係、恋愛など 民の生活ぶりが知りたい。と思いつつ 知らなかった方が良い場合もありかも! 石舞台古墳の埋葬者は蘇我馬子が有力らしいですが
石の種類、築造年代から蘇我稲目と云う説も・・・。 誰の墓なのか益々、謎になってしまいました。(>_< ![]() |
全体表示
[ リスト ]








