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もう、面倒だから、いきさつだの省略して簡単に言うけど・・・鳩山法務大臣の言うことは尤もだと思う。 「冤罪=ぬれぎぬ」と言う事(定義)なら、ある事件が起こって、真犯人と間違って逮捕され犯人扱いされた人は濡れ衣を着せられた訳だから冤罪である。しかし、事件自体が存在せず、でっち上げられて犯人扱いされた人の場合、誰かの濡れ衣を着せられた訳ではないから冤罪ではない。真犯人のあるなし、つまり事件のあるなしで冤罪という語句(あるいは別の言葉)を使い分けようという趣旨だと思われる。 これを「冤罪=罪もないのに罪人扱いされた」という解釈の場合。事件のあるなし、真犯人のあるなしにかかわらず犯人扱いされたことは同じであるし、志布志事件の場合「踏み絵(字)」を強要させるなど被告らの苦痛は計り知れないものである。だから「冤罪ではない」との報道には衝撃を受けたであろうし反発される事にも理解が出来る。 鳩山法務大臣は、でっち上げられた事件というのは事件そのものが存在しなかったのであるから「ぬれぎぬ」を意味する「冤罪」という呼び方ではなく、他の言い方にして区別しようとの趣旨ではないだろうか。 こういう問題は冷静に対応して貰いたい。志布志事件の被告人の周りの人たちは法務大臣の真意を伝えてあげないのだろうか? それとも、故意に「冤罪ではない」との意味を「無罪ではない(有罪だ)」と捻じ曲げて、反感を煽っているのではないか。こういうデリケートな発言の場合、報道する側はもっと慎重になってもらいたい。一国の大臣の発言である、その真意を伝えるべきところを、わざと問題発言・失言であるかのような報道をするのであろうか? 私は一年前の「女性は産む機械」柳沢大臣発言も「女性=機械」と曲解されかねない報道が問題だと指摘した。先日の「羊水腐る」もまた報道する側の無責任さが目立って何ともやりきれない。 9.11センタービルの衝撃映像が無神経に繰り返し流されることで、いつまでも悲しみを引きずらなければならない人たちがいることをわすれてはいけない。 同じように、「羊水腐る」「産む機械」「冤罪でない」という言葉が、当事者をはじめ関係者、そして良識ある人たちに傷を与え、ひいては人間不信となり国が滅びることにならないよう、報道する人はもとより、我々ブロガーも今一度自分の発言を見直すべきではないだろうか。 今回の「冤罪でない」報道が、選挙をひかえた政治的な思惑で発せられたことでないことを願うものである。 もちろん、鳩山大臣も自分の言葉が足りずに、真意が伝わらなかったことは、充分に反省すべきとも思う。 しかし、世の中、ひねくれ者の天下と成り果ててしまったのか。まったく、日本という国は曲解天国だなぁ。ってつくづく思う。 最近、腹の立つことが続く。こういうことで、人間不信に陥っては、おおもとの記事の発信者やブロガー、乱暴なコメントで炎上させる輩の思う壷だ。 記事は行間を読め。まず疑え、考えろ! 解釈に疑問があるときは、とりあえず、良い方向にしておけ! ※私は「ぬれぎぬ」を、「真犯人の罪を着せられる」という意味で使っている。しかし、辞書では、ただ単に「無実の罪」と出ているようである。これでは、真犯人がいようといまいと、事件のあるなしにかかわらず犯人扱いされたのなら「濡れ衣を着せられた」ということになるようだ。(2008.02.17追記)
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