るんるんと音楽

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音楽好きです。何でも聞きます。節操ありません。
でもメインは洋楽ロックとクラシックかな。
演歌は大の苦手ですが。
ちなみにモーツァルトの偏愛者です。
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12月5日はとうに過ぎてしまいましたが、この日はモーツァルトの命日なのです。
そのモーツァルトは、誰がなんといおうと(誰も何も言わない?)小生の最も愛している作曲家です。
美しい曲を数多く残しているモーツァルトですが、個人的にこの世で最も美しい音楽の一つだと思っている(それこそ主観の問題ですが)曲はピアノ協奏曲第21番k.467ハ長調からの第2楽章です。この部分、北欧の映画で使用されたため、モーツァルトの作品のなかでも有名な部類ですが、「通」の人たちに言わせると、「ただのイージーリスニングで俗っぽい」と言われることも多い曲です(いやだね、「通」って)。そうだとしても、あのモーツァルトが書いたイージーリスニングなんだからいいじゃねーか、と開き直ることにしてます(だいたいモーツァルトの曲って大部分がイージーリスニングじゃねーかよ)。
一応、命日にちなんで、「悲しい」のか「嬉しい」のか、その両方の入っているとも言えるこの曲でも貼りつけておこうと思います。
http://www.megavideo.com/v/9GBGH2NTe821b87fd77e41d1c492d8d00a644591
真ん中の三角を押してしばらくすると色が変わります。色が変わってからもう一度、三角を押してください。そうすれば演奏が始まります。便宜上、静止画のモーツァルトの肖像画で茶を濁してありますが、それ以外の映像はありません。
演奏は……超一流の人たち、ってことで。ご興味があればこっそりと。
癒し系音楽の代名詞のようになっている、かの有名なるヴィヴァルディの『四季』という曲、実はかなり苦手です。いや、端的にいってしまうと、嫌いです。物心がつく前から、カセットテープをカーラジオにつけてご満悦だったオヤジのクルマに乗ると必ずかかっていたし、自宅に帰ってきてもかなりの確率でかかっているし、さらに、だいたいどこへいってもBGMで耳にすることが多く、物心がついた頃には一生分聴いたような気になっていました。
何の運命のいたずらか、ヴィヴァルディの『四季』が自分のなかで不思議とクラシックの代名詞にならなかったおかげで、クラシック嫌いにならないで済んだのは不幸中の幸いといってもいいとつくづく思っています。

とはいえ、ヴィヴァルディの『四季』の演奏のすべてが聴けないわけではなく、たとえばカラヤンが手兵ベルリン・フィルのコンサートマスターをソリストとして演奏したものはそれなりに好きだったりしていいます(もちろん頻繁には聴こうとは思いませんが)。しかし指揮が同じカラヤンでオーケストラが同じベルリン・フィルでも、ヴァイオリンのソロにアンネ・ゾフィー=ムターという美女としても名高いヴァイオリニストがソリストで、カラヤン御自らがチェンバロを弾いている演奏は、ムターが好きじゃないということも手伝って聴きたくない『四季』の演奏になっています。
さらにいうと、『四季』といえばイ・ムジチ合奏団というくらい有名なイ・ムジチ合奏団の演奏は、立派な演奏だな、とは思えるものの、やはり退屈でうんざりさせるので出来るだけ聴きたくないのです。
ちなみにここまで『四季』が苦手という風に刷り込んでくれた演奏は誰の演奏かと思って、少しクラシックの演奏家の名前を判別するようになってから自宅のレコードを調べてみたところ、レナード・バーンスタインとニューヨーク・フィルというカラヤンに負けないほどの超一流(スター?)による演奏でした。ありがとよ、バーンスタインというわけです。

そんな(大)嫌いなヴィヴァルディの『四季』なのですが、もうかれこれ10年以上も前に出会った演奏のおかげで少し克服したのです。その演奏は、小生の思っているクラシックの演奏のよしあしの基準からはかなり外れます。
一音一音丁寧に(別にゆっくり演奏すればいいというわけではありません)音をつむぎだし、無駄にあおるようなことはせず、テクニックをひけらかすようなことはしない、そんな演奏がクラシックを聴くときにはいい演奏だと思っています(その理由に関しては、気が向いたら書くとしますが、今回は割愛させていただきます)。
ところが、『四季』嫌いを(やや)克服させてくれた演奏というのは、そういう面をすべて吹き飛ばすような、かなり「雑」なもので、音が暴力的に襲いかかるようでもあり、弱音よりも強音に主眼が置かれ、さらには徹底的にテクニックをひけらかすような演奏で、聴衆をあおるのが目的のような演奏でした。
イタリアの古楽演奏家(古楽=作曲家の時代に合わせた楽器を使い、奏法も当時の奏法に合わせた演奏)のファビオ・ビオンディという人による演奏です。慣れ親しんだテンポよりも大幅に速いテンポで、やたらとリズムというよりももはやビートを強調し、音が細かく連なる部分では技巧でこれでもかというくらい速く弾く、そんな演奏なのです。
you tubeでコンサートの映像を見つけたのでよかったらご覧下さい。

Europa Galante - Fabio Biondi - Le Quattro Stagioni
なかなかでたらめな演奏でしょ? 癒し系音楽など誰がいった? というくらいぶっ飛んでる演奏だと思いません?
そして、この人の演奏をCDで聴いたときに、うっかり「いいじゃん。かっこいいじゃん!」と思ってしまったのです。

ところで、この演奏の感じって現代のとある種類の音楽に似てると思いませんか?
ハードロック・ヘビーメタルといわれる分野の音楽とそっくりだと思いません?
小生、かなりHR・HM大好きなので、完全に頭がそっちモードにぶっ飛んでいってしまったのです。ヴァイオリンはストラトに見えてくるし、チェンバロはハモンドにも見えてきちゃったのです。そして気がついたら、「かっこいいじゃん!」と引きずり込まれてしまいました。
しかし、考えてみればHRやHMはかなりバロック音楽に近い構成をしているし、たとえば小生の好きな、ギターの速弾きで有名な「わがまま」イングヴェイ・マルムスティーンはヴィヴァルディ、バッハの信者みたいな人間です。彼は、エレキギターのための協奏曲を作っていますが、その曲もバロックっぽいのです。
そうやって聴いてみれば、なんてことはない、嫌いなはずのヴィヴァルディの『四季』ですら聴けてしまえたのです。
しかしまあ、クラシック音楽に分類されているはずの曲で、ああいう演奏をいいと思ってしまったなんか、ちょっと不覚ではありました。

もしも音楽に限らず、映画でも、小説でもこれどうしても苦手というものがあったら、自分がもっとも許せなさそうな方法で、焼き直したようなものを探してみれば案外嫌いなものを少しだけ克服できるようになるかもしれませんよ?
たとえば某渡辺淳一あたりの小説を萌え系のアニメにしちゃうとか、どっちの村上某でもいいですが「サザエさん」タッチにしちゃうとか、ね♪ ちょっと克服出来そうな感じしません?

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ファビオ・ビオンディ 指揮とヴァイオリン
エウローパ・ガランテ 管弦楽

余談。
これよりも有名で、一時期センセーショナルに迎えられたイギリスのナイジェル・ケネディのヴィヴァルディの演奏もかなり「キテル」演奏なのですが、こちらのほうの演奏のほうが過激だと思います。わけのわからない爽快感というか疾走感に関してはこの演奏が随一だと思われます。
相変わらず寝るのが下手です。
秋の夜長を文化的に過ごすにしても、不眠症気味だと少々夜が長すぎてうんざりすることもあります。
不眠症といえば大バッハ先生の「ゴールドベルク変奏曲」の逸話がちょっと知られていますが、実のところほんとうにあの曲が不眠症を癒すために作曲されたかどうかは怪しいのですが、やっぱり不眠症といえば「ゴールドベルク変奏曲」ということに今回はしておきます。
この曲、世界的にも、そして特に日本では天才奇人変人のカナダのピアニスト、グレン・グールドの演奏が神の領域のものとしてあがめられている傾向があります。もちろん、個人的にもグールドの演奏はすばらしいと思うし、あまたあるゴールドベルク変奏曲の演奏のなかでも特にお気に入りではあります。
しかし、いいとはいえなかなかクセが強くて、それこそただ気持ちよく聴くにしては「ジャマ」してくるところもあります。それに、グールドのへんてこりんな「鼻歌」もなかなか心霊レコーディングチックで気になるときは気になります。まあ、それでもやっぱりいいんですが。
他のピアニストはどうかというと、すばらしいと思う演奏をする人はグールドのほかにもいます。それぞれに味わいがあって、場合によってはグールドよりも気持ちよく聴けることも多いのです。いずれ他のピアニストについては書いてみようかな、と思っているので今回はこの程度にしておくことにしましょう。
しかし、そもそもゴールドベルク変奏曲が作曲されたときは、今普通に聴ける「ピアノ」という楽器はなかったので、バッハの時代の音とはだいぶかけ離れた音で聴かされているのです。それはそれでいいのですが、たまにはバッハの時代の音で聴こう、という気分になるときもあり、そんなときは、古楽チェンバロで演奏されたものを引っ張り出します。
とりあえずよく聴く演奏は、グスタフ・レオンハルトという人の演奏です。しかしながら、あのチェンバロ特有のピンピンした音で、カッチコチのバッハ先生の音楽を聴かされるのですから、これは小生に限ったことなのでしょうが、頭のなかでテトリスのブロックがつみあがっていってしまいます。これもやはり不眠症解消になんてなりません−−そもそも、正直なところチェンバロの音ってそんなに好きではないのです(ああ、いっちゃった♪)。

不眠症にはゴールドベルク変奏曲・・・・・・。
ああ、不眠症のためのゴールドベルク変奏曲はないものか! 

と、常々思っていたのですが、今年の夏前にとうとう、ちょっとこちらの勝手な希望を叶えてくれそうな演奏のCDが発売されました。
楽器はピアノでもチェンバロでもありません。
そのCDで使われている楽器は、チェンバロよりもやさしい音色で、ピアノよりも古い歴史を持っている楽器です。
ギター? 確かにギターで演奏されたすばらしい録音もあります(一人で多重録音するという根性の結晶みたいな録音など)。なかなかこちらもいいのですが、ギターだと鍵盤のためにバッハの意図どおりの和声が再現出来ないので、ちょっとゴールドベルク変奏曲と趣が異なるところが出てきてしまい、ギターで演奏したのもいいね、という感じがしないでもないのです。
楽器はハープです。
そう、ぽろろ〜んと、深窓の令嬢が白いレースのカーテン越しにでも、五月の風を受けながら弾いていたりすると実に絵になる楽器のハープです。え? 月明かりの下で、薄絹を一枚まとった美女のほうがいい? ま、好きなほうを想像してくださいまし。
ハープという楽器、実は途方もなく難しく、そして腕力がいるらしいのですが、そういうところを微塵も感じさせず、見事に演奏しているのが、ちょっと気に入ってしまったCDの演奏です。
しかも、このCDの演奏をしているハーピストというのが、またなかなかの経歴の持ち主でもあるのです(別にそれがどうした? とも思わないわけじゃないですが)。弱冠二十歳にして、あの英国王室の(問題児?)チャールズ皇太子の、なんとお抱えハーピストに選ばれたというキャリアを持つ、天才おねーさんなのです。
そしてこのおねーさん、どうやら先に書いたグールドの大ファンでもあるらしく、今回このCDを録音するにあたって例のグールドの録音も研究し、バッハの楽譜も研究しまくり、ようやく念願のゴールドベルク変奏曲を録音したというのですから、なかなかの熱の入れようがわかります。
ハープ特有のやわらかい音色が、バッハの少々気難しい音楽を優しく響かせ、しかも弱音は空気に溶け込むような繊細さを聴かせてくれます。ピアノやチェンバロよりも柔らかなゴールドベルク変奏曲は実に夜寝る時のBGMとして最適と思えます。

ハープという楽器、たまに聴くとホッとさせられるので面白そうな録音が出ると買ってみるのですが、今回のこの録音も「当たり」の録音でした。
贅沢なことをいえば、このおねーさんでもよかったのですが、ほんとうは、ウィーン・フィルの主席ハーピストのニイチャン(もはやオジチャン?)が演奏してくれていたらもっとよかったかな、と思うところもありますが、やっぱり当たりだと思います。
どこかで聴ける機会があればちょっと聴いてみてください。ハープの音色、なかなかいいですよ。

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え? みてくれでCD買ってみたんじゃないかって?
いえいえ、純粋に音に惹かれたのですよ♪ 他にもフランス人のニイチャンのハープの演奏があるなんて、このときは知らなかったんですから♪

カトリン・フィンチ
ユニヴァーサル・クラシックス

Catrin Finch Goldberg Variations

あー、くたびれた〜♪


動画は、ベートーヴェンの8番目の交響曲です。
演奏は、「帝王」カラヤンと名手ぞろいのベルリン・フィルによるものです。
ああ、クラシック、めんどくせー、難しそう! と感じられるかもしれませんが、ちょっと待ってください。
「ああ、くたびれた〜」
と、出だしの部分で一緒にいってみてください。ぴったり来ますよ〜♪
帝王カラヤンの演奏をもってしても、ね。

ちなみに、この曲、ってベートーヴェンの9つの交響曲のなかでは、あまり演奏回数も多いほうではありません。それに、人気のほどもほかの交響曲に譲るところもあります。
しかし、「ああ、くたびれたー」というのとは別に、個人的には、とても伸びやかで、一切曇りのない雰囲気がたまらなく好きな曲です。ベートーヴェンの「偶数番号」といわれたとき、かの有名な6番の「田園」よりも好きで、それこそ、たまらなく疲れているときなんかは、これを聞いたりして、ちょっと気分を変えたりしています。
ベートーヴェンの交響曲のなかでちょっと不人気の曲をこそっと紹介してみました。

難しげな曲のウンチク、解説はなし♪
前フリ。

先ほどは本来アップするつもりのなかった記事をアップしてしまったので、こちらを予定通りにアップしようと思います。しかし、こちらの記事は汎用性がない(もともと、オレの記事に汎用性はあまりない、ということは置いておいて)記事ですので、ご了承ください。

本日の本題。

お気に入りになっていて、壊れると毎度毎度買いなおすような自分にとっての「定番」のものってありますか?
たとえ、そのお気に入りを最初に手にしたときは高級品であっても、その後、どんどん「一応の」技術開発がされていって、お気に入りのものよりも高級だったり、高額の物が出てもなお、これよりもしっくりくるものがない、という物です。
小生にとって、そうしたものではイヤフォンが筆頭です。
もちろん、日々の業務にかかわる筆記用具にもそういうものはありますし、また料理を作るのが好きなので調理道具にもあります。ですが、こちらのほうは、違うものを使っても「ちくしょー! 使いにくいな!」と思うものも、使っているうちにだんだんと体のほうが慣れてしまう場合が多く、なんだかんだでどうにかしてしまっていて気が付くと「定番」が変わっていることが多いのです。
ところがイヤフォンに関しては、直接感覚に訴えてくる上に、使いこなしでどうこうならない場合が多いので、違うものを使うとどこか常に不満足な状態を持ち続けてしまいます。

愛用しているイヤフォンは、ソニーのMDR-E888LP(末尾にSPと付くのはコードの短いタイプで、延長して使うとちょうどいいようになっています)という機種です。
このヘッドフォン、初登場が1994年というから、実に15年にもわたり売られているのです。発売当初は定価の8000円というかなり高額の商品だったのですが、今では、上は5万、6万といった機種もあるので、1万円程度では普及価格帯ということになってしまいます。
しかし、個人的には、このイヤフォンから聞こえる音が一番しっくりくるのです。
実は、このイヤフォンの前に、80年代後半に発売されたやはりソニーのレファレンスモデルのMDR-E484という機種がありました。この機種、高校生の毎日の通学の友のウォークマン(もちろんあの当時ですからテープです)に、少ない小遣いをどうにかやりくりするなど、相当無理をして手に入れ使っていたのですが、当時としては画期的にイヤフォンとしては音がよかったのです。
どこまでも伸びる高音、厚みのある低音、ちょっと引っ込んだ中音域が当時聞いていた音楽にしっくりきていて何時間でも聞いていました。このイヤフォンで音楽を頭のなかに叩き込んだといっても過言ではありません。
そのイヤフォンが製造中止になり、そしてこのMDR-E888LPというモデルが発売されたのです。当時のソニーは、まだ今よりは(収益が出せていない)金融会社なのか、(出来損ないの)パソコン屋なのかということにはなっていなく、まだ音響・映像メーカーとしての矜持を失っていなかったと思います。
画期的な新素材を用いた振動板に、無酸素銅を用いたコード。かなり贅沢で凝った作りをしたものを発売したものです。
もちろん、これを使う前のイヤフォンの音も気にいっていたのですが、個人的には正常進化といってもいいほど音がよくなったとこちらにはいたく感激したのでした。
それは高校生の頃はもっぱらイヤフォンで聞いていた音楽がロックポップス系だったのが、クラシックやジャズといったアコースティック系の音楽も混じってくるようになったのも関係します。新しいイヤフォンの澄んだ音色が実に心地よく聞こえたのでした。
と、このように書くと、いいことづくめのイヤフォンのように思われるかもしれませんが、実はこのイヤフォンいろいろと欠点もあります。
欠点のひとつは、今のイヤフォンと比べると低音の出方が軽いのです。これはひとつは振動板の問題であり、ちょっと大きすぎる音にしてバスドラムの渾身一発を入力したりすると振動板がいかれます。なので、あまり低音は得意ではありません。また音の好みにも流行り廃りがあり、今はとにかく重低音という風潮なので、この音が軽いという風にも思われるところもあるので、必ずしもいい音ということにならないかもしれません。
そして、何よりも最大の欠点といえば、ソニー製にありがちな「壊れやすい」というところです。
ちょっとでも乱暴に扱うと、すぐに断線してしまうし、イヤフォンの部分がぱっかり外れたりします。また、丁寧に使っていても、本体の組み立てに使われているゴムのリングが外れてきてしまいます。
とにかく華奢なつくりなので満員電車で使っていて、うっかり隣の人にコードを引っ張られると壊れること間違いありません。しかも、設計が古いので盛大に音漏れがあり、電車のなかで使うのは気が引けます。
これほど気にいっているにもかかわらず、これ以外のイヤフォンを使うほうが普段は「安全」なのです。

そんなわけで、イヤフォン求めて三千里じゃありませんが、かなりいろいろなイヤフォンを試しています。
ここからはあくまでも個人的な意見で興味のない人にとってはまるっきり興味のない話になります。
低音がご自慢のボーズのイヤフォンは、なかなか音がいいと思えるのですが、やはり低音重視で少々音が変質してしまっているところがあり、実は長時間聞いているとかなり一本調子な低音の出方に飽きがきます。
オーディオテクニカのイヤフォン(ATH-CM700Ti)は見た目はなかなかかっこいいのですが、音が本格的に高域に振れているような気がして、シャリシャリするような印象を受けてしまうのです。音が悪いのかと聞かれれば、このイヤフォンは音がいいと思います。しかし、音の厚みという点においては、MDR-E888LPに一歩譲るような気がして、代替機としては第一候補ではありますが、完全に気に入るというところまでは来ません。
ゼンハイザーのイヤフォン(MX-500)はバランスは悪くはないのですが、少々高音域の伸びが悪く、鮮度の低い印象を受け、音楽によっては眠気を誘います。ロック系の音楽を聴くと鮮烈さが失われているので物足りなさを感じてしまいます。どちらかといえばアコースティック系の音のほうが得意と言えるでしょう。
ソニーの別のイヤフォン(MDR-EX90生産中止)は、低音、高音ともよく出ているのですが、これは個人的にはエネルギーが多すぎるような感じを受け、少々聞き疲れします。
フィリップスのイヤフォン(SHE-9800)は悪くなく、最近ではメインのイヤフォンはこれになっていることが多いです。
まだまだ他にもたくさん使いましたが、しかし、やはりどれも、MDR-E888LPほどしっくりこないのです。

結局、このイヤフォン、ちょっと恥ずかしい言い方をすれば、「青春」の音なのかもしれません。
さて、いつまでこの古いイヤフォンを製造してくれるのでしょうか。聞くところによる、今の値段で出すのは本音を言えばきついという話も聞きます。一番最初のメイド・イン・ジャパンが、タイ、マレーシア、そしてチャイナといろいろと生産地を変えながら細々と生き延びている化石みたいな商品です。
でも、なぜか一番のお気に入りのイヤフォンなので出来ることならずっと製造していて欲しいものです。

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このイヤフォン、おろしたてのときはろくな音がしません。低音はスッカスカで、高音はキンキンとうるさい、安物のイヤフォンと同じような印象を受けるほどです。
鳴らし込む(最低でも50時間ほど?)ことで、だんだんと高音が落ち着き、低音が出るようになりバランスが取れていきます。もし、間違って手に入れてしまって、シャリシャリする軽い音でうんざりしそうになっても少し我慢してください。だいぶ変わるはずです。

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