夢は叶ってしまえ

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ステ奥は永遠のテーマお付き合い編

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20歳のお誕生日を迎えてから・・・。(2007年7月8日からの続き)


怒涛の腹痛の一夜を共にした記念すべき20歳の誕生日。
翌朝には、ヘンテコリンもすっかりよくなり、朝は2人で別々の職場へ向かう。
ヤブサカデナイ事情があるのは承知だが、なんとなく不機嫌な自分。
かなりの期待をしていたので、ちゅっ。(ハズイッ!)さえもしなかった
誕生日に、不満だったお子ちゃまな自分がいた。
なんてワガママだったんだろ?

仕事を終え、夜にヘンテコリンに電話する。
「もしもしぃ?お腹の具合はどげん???」
「ああっ、調子ええよー。でも、もう絶対に牡蠣は食べたないわ。」
「ふぅーん。そう。」
「ふーんって、おまえっ。」
言い方が悪かったのか、ヘンテコリンまでもが不機嫌になる。
私はただ、「昨日はごめんな。」っていう一言を期待してたのかもしれない。
自分の思い通りの回答がないと、不機嫌になるのは
きっと「女の事情」もあったと思う。
男性諸君に、くれぐれもわかっといて欲しい所だ。
別に本人に悪気はなく、言い方がツッケンドンだったり、反応が鈍かったり。
本能がそうさせてるだけで、本人からすれば、それでいてなんとも思っていない事が多い。
ヘンテコリンの見えない糸がプッツン!と切れた音がした。
「他に何も用ないんやったら、切るで。」って怒って切られてしまった。

「ううううっ・・・・。私はただ、素敵で甘い一夜を過ごしたかっただけなんだよぉ。
それを・・・、それを牡蠣をホジホジしての腹痛なんてさぁ・・・。」
泣いてしまった自分。
それから、なんとなく会いに行きたくなくなって、そしたら12月に向かって
仕事も忙しくなって、会えない日々が続いた。
♪会えない時間が愛育てるのさぁ〜♪じゃなく、
電話一本よこさないヘンテコリンに怒りの芽は、ジャックと豆の木のように、
グングンと育っていくのであった。

つづく

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なんせ、かなーり放置してしまったのであーる41。


この物語は、多少大げさな表現はあるものの、実話なのである。
ヘンテコリンこと、ステ旦様が20歳、私が19歳の時に知り合い、
今に至るまでの、なんでもない、何処にでもあるような話である。
結婚編はそんな事ってあるんかい?って言うほどのドラマのような展開・

今となっては、平和な我が家も、山アリ谷アリ。アメニモマケズ、カゼニモマケズ。
ちっちゃなちっちゃな幸せを噛みしめる日々。
この物語が今に追いついたら、私はある決心をしている。

まだ、出会って初めての私の誕生日を書いたところまで。
後半分っていう所か?

ボチボチ、更新再開します。
出来れば、日々更新予定。
踏ん張りまーす。

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ヘンテコリン、やっちまいました・・・。(T_T) (3月30日からの続き)


お互いに、離れた職場で働く事で、距離が生まれ、いい感じにお付き合いは進む。
そんなこんなで、11月になり、私の誕生日がやってきた。
初めて迎える誕生日。ヘンテコリンは、何をしてくれるんだろう???
かなり、期待が高まる。って言うのも、ヘンテコリンの誕生日に、プレゼントを渡した時に
「ほな、誕生日のお返し、期待しとってなぁ。」って言ってくれたからだ。
20才になる自分。これで大人の仲間入り。
何処に連れてってくれるんだろう???
ウキウキでその日を迎える。11月17日。
朝、会社に行く前に電話が架かって来た。
「おはよう。おめでとう。今日仕事終わったら家においでや。」
「うん!!!」
「ほな、仕事やろ?切るわ。」って、慌しそうに会話を終えた。

そりゃーもう、天にも昇る気分でお仕事もバリバリこなし、定時に帰宅。
細かい事は忘れたが、あの日は、何処に行ってもいいように、オサレナ
格好をして、いざヘンテコリンの部屋へ。
「ピンポーーーーン。」「・・・・・。」
も一度押してもやっぱり居ない。
当時は、勿論、携帯などもなく、連絡の取りようが無かった。
公衆電話に向かい、電話するもやはり居ない。
仕方が無いので、マンションのエントランスで暫く待つ。
・・・・・。かれこれ1時間。音沙汰なし。
少々苛立ってきたが、ダンダンと不安な気持ちに変わる。
「何かあったのかなぁ???」
泣きそうだった。その時、スイミングの上司と一緒にヘンテコリン帰宅する。
「おう、久しぶり。なんしょーとや?こんなとこで???」
そう。ヘンテコリンと付き合ってることは、スイミングで内緒だった。
「ああっ、あっ、あっ、ああっ。○玉コーチ待ってました。」
あちゃー、言っちまいました。
「なんやー、お前たち、つきあっとーとや???」
「いいいいいぁ、いえっ、あのぉ・・・」
とっさに嘘は出ないものだ。
完璧にバレテしまう。
「んじゃよかったー。こいつくさ、今病院に連れていったったい。みちゃってん。」
「!!!!どうしたんでしょうか???」
「なんか、スクールの子どもと出ていって、帰って来たら脂汗かいて転げ回ったっちゃが。」
「!!!!、ダッ、ダイジョウブ???」
「ああっ、ダイジョウブや」
いやっ、完璧にダイジョウブじゃない。
顔は青く、苦痛で歪んでいる。

聞けば、海のものが大好きなヘンテコリン。
スイミングのスクール生の子どもに「ヨットハーバーに牡蠣がおる。」と聞きつけ
一緒に行ったらしい。んで、まだ11月というのに、ホジホジして、まだちっこい
牡蠣を20個ほど堪能したらしい。んで、牡蠣に大当たりだそう。
スイミングの上司から「お前がいやしいけん、そげんなるったい!」と
お叱りを受けていた。

よりにもよって、私の記念すべき20才の誕生日に・・・。(T_T)
私のバースデーは、ヘンテコリンの看病で一夜を明かした。
「ごめんなぁ。」といいながら、可愛い金の丸い玉のネックレスを
プレゼントしてくれた。
今も大切にしまってある。
当時、嬉しくって、会社にしていったら、「???金○つけてんの???」
今考えれば、こういうのをセクハラっていうんだろな。
当時20才の私、カーッと真っ赤になって、それっきり、
ヘンテコリンとのおデート以外は、付ける事がなくなった。

多分、今でも海の側に住んでいたら、牡蠣だけは取ってこないだろな。
今でも、誕生日になると思い出す、笑い話なのである。

つづく

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もうかれこれ3ヶ月以上も放置でしたが、再開します。


説明しよう。
ステ奥は永遠のテーマとは・・・

ヘンテコリン→最愛のステ旦さま。正義感が強く、正論で責める。
       人見知りだが、お酒が入ると、変身する。
       関西人でかなり面白い。
       ミワちゃんとタメで、9月で42才。
       スポーツクラブ勤務で管理職。
       昔はアウトドア派だったが、今は愛犬レオンをこよなく愛する  
       ヒッキーコモーリーな、テレビお宅。

   私  →ヘンテコリンよりも1つ年下。ドリカムが大好き。
       特に中村正人さんには、メロメロである。
       昨年の10月、THE LIVE!!!で新たな音楽の扉を開く。 
       ナポリタンマウスレッドとネオンブラウンにハマる。
       今年はDWL10公演全制覇を予定。
       夏が終わった頃、家族が受け入れてくれるのか???
       不安はある。実は負けず嫌いで、得意技は「必至のパッチ」
       空回りする事も多い。お節介、真面目、お調子モノ。
       まもなく、コールセンターに勤める事になってる。

今は幸せ一杯の日々を送るも、昔はいろいろあった。出会った頃から、今までの思い出を綴る。

このことだけは、忘れないで欲しい。
「辛い事あれば、次に来るのは幸せ」

ヘンテコリンは、今でも、びっくらこかせる事も多く、油断大敵。

かなり放置してたので、チョイ踏ん張ります。

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いっつもいっしょじゃーねぇ・・・(^_^;) (3月27日からの続き)

彼は、乙女座。9月のお誕生日の日に、一大決心を決めた私。
その日からのお付き合いは、絶好調に楽しかった。
でも、夜はバイトが終わってからなので、時間があまりなかった。
こんな時に、ドラえもんが居ればなぁ。
時間を止めてしまう事だって出来るのに。
はっ!永ちゃんの「時間よとまれ」思い出した。
あの歌詞みたいな気分。
でも、確実に睡眠不足気味だった。
大切なMYジェットを維持するのに、親の力は借りたくなかった。
免許も、車も、自分で決めたから。
未成年なので、保証人になってもらう時もそう約束した。
でも、スイミングのバイト代で、結構足りてる事に気付いた。
ヘンテコリンが、その時ひとつの提案をしてくれた。
「バイトを辞めて、正社員になれば???」
その提案は、他でという事だった。
まだ、お付き合いしてるのは、バイトの子にも、スポーツクラブの
スタッフにもバレテナイ。
なんか、上の方から「バイトに手を出したら、わかってるだろうな。」と、
お達しが出たらしい。
それならと、あっさり2つの掛け持ちバイトを辞めて、
電気屋さんの事務に行く事にした。

自宅から車で1時間。スクーターだと、30分足らずで着く距離。
渋滞がキライな私は、早速スクーターを購入。
ある日、朝の忙しい時間に、寝坊してしまい、遅刻するかしないかの
瀬戸際だと言うのに、おまわりさんに止められた。
「いそいどーとい、悪かばってん、何キロで走るかしっとーね?」
私は、自信満々に標識を指差し答えた。
「はい。50キロです。」
おまわりさん、小首をかしげて「はぁ???なんばいいようとー?ちゃんというてん。」
「だって、ほら50キロって標識がぁ・・・」
「あきれたー。あんたほんとい、知らんっちゃね。30キロよ。
スクーターは、30キロまでしか出されんと。」
!!!!なんてこったい。初めて知った。てか、教わってるはず。
「もう、しゃーんなかね。いそいどっちゃろ?いきない。」
ラッキーな事に、キップは切られず。
しかし、30キロ走行で、遅刻した。
その事を、ヘンテコリンに報告すると・・・
「あたりまえやんけ!知らんかったんか?」と叱られた。
知らないこととは言え、今の自分の娘だってもう、スクーターの
免許は取りに行ける。50キロ超過で走ってることを
想像しただけで、ひっくり返りそうだ。
交通ルールは守るべきであーる40。

いつも、いつでも一緒で、毎日会ってたのに、休みの日にしか
会わなくなった。何気にいい感じでお付き合いは進む。

つづく

追記ー博多弁、なつかしかー。昔ドリと共演の陣内孝則さんも、博多出身やった。

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