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前回の記事の続きです。
※今回も線量報告はなしです。画像解説のみになります。 海軍病院脇を通り、これよりミニッツヒルへ向かいます。 ここはミニッツヒルにあるアサン展望台です。 よく見えないかも知れませんが、兵士が突撃していく様子が描かれています。 ここからはアプラ港や アサンビーチが見下ろせます。 アプラ港近くにあるのは火力発電所です。 グアムでは観光地であるタモン湾一帯に優先的に電気を送る一方で、それ以外の地域では停電があります。 こちらがアプラ港。原油の運搬や軍用にも使われます。 この丘は太平洋戦争時、グアム最終防衛ラインとなりました。 ここに書かれている「バンザイチャージ」とは、いわゆる神風特攻隊のような捨身の万歳突撃のことです。 当時の攻防戦の様子が描かれています。 1944年7月21日、アプラ港やアサンビーチを取り囲むアメリカ大艦隊。 展望台の奥には沢山の銅のプレートがあります。 これ実は戦争で死んだ人たちの名前が掘られてるんですね。兵士だけでなく、原住民のチャモロ人たちも巻き込まれました。中に日本人らしき人の名前もありますが、これは純粋な日本人だけでなく二世の方なども含まれます。グアムはスペイン人や日本人に占領されてきており、その中で結婚などを繰り返しているため、もう純潔のチャモロ人はいないんですね。 上の写真を見て所々色の違うプレートがありますが、これは北京オリンピックの時に銅板が盗まれたことにより、ガラスで作り直しているためです。 こちらの壁画には、アメリカ軍が日本軍を制圧しグアムを解放する絵が描かれています。 これは真珠湾攻撃のメモリアル石版です。 グアム観光ツアーでは、ほとんどの日本人はここには連れて来られません。ここに来たら日本人は居たたまれなくなります。グアムの人たちは、グアムを占領し弾圧してきた日本人を恨んでいることでしょう。しかし、グアムを訪れる観光客の半数以上は日本人です。グアムは国土の3分の1をアメリカ軍に取られ、かつての敵であった日本人相手に商売をしなければ生きていけない国なのです。 ここでは詳しく書きませんが、グアムでの太平洋戦争についての記事は、ジェニファーさんのサイトで解説されています。日本国民として戦争の歴史を知る意味でも、ぜひ目を通してみてください。 次の記事へ続きます。 |
各地線量報告(グアム)
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