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今回は陸前高田市へ行く途中に寄った『石巻みづほ第二幼稚園』を中心にレポートします。 石巻みづほ第二幼稚園に来ました。 こちらは津波の被害にあい、校舎が半壊しながらも周囲で唯一残った建物です。 人の気配はしません。ヒマワリだけが静かに咲いています。 庭の隅には錆びた園児の椅子が。 校庭の空間線量率は0.09μSv/hほどです。(TERAA MKS-05黒) こういうの、たまんないんですよね… こんな事で悲しんでて取材が務まるのかと。 校舎に入ると運動会のカップや、 園児たちの手洗い場…すごく小っちゃくて俺の膝より低い… 教室の時計は15時49分頃で止まっています。 他の教室も全て同じ時間で時が止まっています。 嫌だなぁ…こういうの辛すぎる… 俺はカメラマンじゃなくて良かった。とてもシャッターを切れそうにない。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【石巻】2011/10/09』 次のページへ続きます。 |
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こちらの記事を読んでください。
千葉県成田山新勝寺で高田の松を燃やした一件で、放射能を心配する声がありました。 というわけで、やってきました。陸前高田市沿岸部、奇跡の一本松に。 一本松はここから少し歩いた海際にあります。 海岸を目指して歩いていきます。 震災から半年経った今でも海岸はメチャクチャで、壊れた建物が横たわっています。 歩くに従って目の前に瓦礫の山が広がります。 海岸に着くと沢山の松の瓦礫が山積みになっていますね。 無残にも破壊されてしまった、一本松の兄弟たち…。 この辺の空間線量を測ってみると、TERRAが0.12μSv/h、Radiが0.077μSv/hでした。 松の瓦礫を直接測ってもTERRAが0.1μSv/h、Radiが0.077μSv/hです。 全くと言っていいほど変わりません。 松の下まで来ました。 一本松の夕暮れです。海の中に入っての撮影ですね。 なかなか成功しない、裏側からの水面撮影です。 もの悲しさが、また一段と儚い美しさを感じさせます。 今回の元画像はこちら 『jennifer_silk photographs 東日本大震災【陸前高田】2011/10/09』 帰りに「MAIYA」で陸前高田の松の瓦礫で作ったキーホルダーを買いました。 念のため線量計を近づけてみましたが、何も反応しませんわな。当たり前ですが。 それでは次回の陸前高田はクリスマスイルミネーションと一本松のライトアップの記事です。 お楽しみに! |
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前回の記事の続きです。
引き続き、外の様子です。 これは誰の携帯でしょうか。事故当時のままぶら下がってるのかな…データは生きてるのかな。 陸前高田市の夕暮れです。誰もいません…。 しかし、この地に足を踏み入れ立っていられることに不思議な感動すら覚えます。 俺は今本当に、あの陸前高田市の爆心地に立っているんだ。 街を歩くと、復興のために街中にヒマワリの花が植えられていました。 持ち主のいないアルバムを発見しました。 辺り一面瓦礫だらけです。 撮影を終えたあと、最後に「MAIYA」に花を添えて帰ることにしました。 どうか安らかに眠ってください。 これより東北道に向かいます。さようなら、陸前高田。 途中、移転した「MAIYA」の仮店舗を発見しました。 良かった…営業を続けていたんですね。 同じ敷地内に携帯電話会社やクリーニング、 学習塾などを見付けました。 プレハブやコンテナで復興へ向けて頑張ってるんですね。 それでは岩手県を後にします。また必ず訪れるよ。 この取材を含め、東北の計測は4回行っているのですが、宮城・岩手を縦断・横断した結果、車内でTERRAが0.1μSv/hを超えてくることはほとんどないですよ。Radiだと更に低く、綺麗なもんです(白石市・栗原市を除いては)。関東のがよっぽど汚いですね。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【陸前高田】2011/10/09』 次回、「一本松と瓦礫の線量計測」へ続きます。 |
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前回の記事の続きです。
「MAIYA」の中です。 メチャクチャですね。 一階にあった鯉のぼり。誰かが子供たちのためにあげたのでしょうか。 ここからは外の様子です。陸前高田市の消防署です。 かろうじて残った消防車です。あとはメチャクチャで、ただの鉄屑のようです。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【陸前高田】2011/10/09』 次のページに続きます。 |
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東北道一関ICから国道45号線を北上し、岩手県陸前高田市にやってきました。 今回目指すのは大震災の爆心地、陸前高田市役所前とショッピングセンター「MAIYA」、及び一本松です。 「MAIYA」はこの大震災で陸前高田の街に残った、数少ないシンボル的な建物です。 数多くの映像に映り、今や一本松と並んで被災地・陸前高田市の象徴とも言えるでしょう。 陸前高田に近づくと浸水警戒区域が何カ所かあり、広範囲に渡って被災した跡が見られます。 ここからはジェニファーさんの写真に切り替えて説明します。 やってきました。陸前高田市、被災の爆心地です。(「MAIYA」屋上からの撮影) 岩手県陸前高田市・市街地中心部の空間線量は0.08μSv/hです。(TERRA MKS-05黒 地上1m) TERRAで0.1μSv/hを下回ることって稀なんですよ。0.08μSv/hってことは相当低いんだと思います。 この時はTERRAしか持ってなかったのですが、おそらくRadiで測ったら半分くらいしかないかと。 ちなみに、この時点で私たちはマスクを外しています。地元で売っている物を買って食べています。 少なくとも関東よりはかなり安全であると判断しています。 こちらは市役所です。遠くに見えるのが津波の来た海ですね。 あの海面がこちらの屋上近くまで盛り上がり、海水で満たされたことになります。信じられません…。 動画:津波直後の陸前高田の様子 「MAIYA」の屋上から見た海側の風景です。 少し先に鉄道が走っていたはずですが、今は跡形もありません。 車で消防署の前を通ると、「もうすぐ踏切です」とナビゲーションの声だけが響きます。 見渡す限りの荒野です。何もありません。 「MAIYA」の後ろ側、JAとNTTです。 津波直後は、生き残った僅かな人々がこの屋上で待機したと聞きます。 この日は雪もパラついてたとのこと。さぞや大変だったことでしょう。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【陸前高田】2011/10/09』 次のページに続きます。 |







