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2012年11月25日、こちらは陸前高田市沿岸部にある道の駅「高田松原」です。 ここはとても線量が低いです。 この道の駅「高田松原」も震災遺構として保存される計画です。 外側はそうでもないですが、ご覧の通り中はかなりメチャクチャです。 これをこのまま残すのは危険なので、ある程度整備するものと思われます。 道の駅「高田松原」の裏側です。 こちらも壁が大きく崩れています。 |
東日本大震災(陸前高田)
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こちらは陸前高田市沿岸部にある気仙中です。 この当時はてっきり壊されるものと思っていました。 ボードにも様々な思いが書き込まれています。 気仙中は津波被害をモロに受けましたが、幸い坂道の隣にあり、犠牲者を出さずに済みました。 現在では立入禁止になっており、解体工事の入札までは終わっていました。 しかし市は気仙中を震災遺構として保存するよう検討するとしています。 ここもメモリアルパークの一部として語り継がれるのでしょうか。 一方、高田高校は沿岸部の震災遺構保存計画に入っておらず解体が進んでいました。 既に一部が取り壊されています。 市は次の年の3月までには全ての解体を終了する予定を発表しています。 ここもいずれ取り壊されるでしょう。 こちらは陸前高田市の仮設住宅の近くにある高台です。 市ではここを整備して移転する計画をしています。 |
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陸前高田市役所にきました。 ここは被災した建物でも特に有名になった場所で、朝から沢山の観光バスが訪れます。 それにしても後から後から、引っ切り無しにバスが来ます。 この集団は被災地観光ツアーのお客さんで、各交通会社が企画しているものです。 皆、物珍しそうに現場を眺めては楽しそうに記念写真を撮っていきます。 何やら人が集まっていますが、これは語り部ツアーの団体です。 この語り部のおっさん、良くないですね。 キャップにチョンマゲ、おまけに「耐震工事したのに壊れちゃったーアッハッハ(笑)!」とおどけて見せています。 被災地が金儲けの道具に使われるなんて、語り部の人選はもっと慎重に行って欲しいです。 それと来るたび派手になるこの装飾、これって全て遺族や関係者によるものでしょうか? 明らかに宗教関係と思われるものが散見されるのですが。 こちらの市民会館も同様です。 いつも綺麗に手入れされてる慰霊の場所が、他の意図で利用されないことを願います。 |
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前回の記事の続きです。
こちらは陸前高田駅近くの線路です。 もう何もないんですが、カーナビだけが「踏切です」と呟きます。 ここは陸前高田市にあるお寺。 このお寺まで津波が来たといいます。 お寺の斜面に桜が咲いていました。 これは津波がきた所に桜を植える、桜ラインプロジェクトによるものです。 この日は桜を植えたご本人とお会いでき、色々と話を聞くことが出来ました。 こちらは、陸前高田市にある学校です。 こちらにも元気に咲く桜の木がありました。 この日はどうやら催し物があったようです。 体育館では沢山の人がこの催し物に参加してました。 ここで噂には聞いていましたが、津波ごっこを発見。 「大津波が来ました!一万何千人が死にましたー!!ゲラゲラゲラ(笑)」というのをずっと繰り返す遊びです。 これは子供たちの精神的な病気であると言われていますが、実際に見た俺にはそうは思えませんでした。 それでは陸前高田を後にして、次は大船渡へ参ります。 この辺の詳しい記事については、ジェニファーさんのブログをご覧ください。 |
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前回の記事の続きです。
追悼式式場の外に何かテントがありました。 どうやらお寺の跡のようです。 わざと倒してあるんだと思います、俺的に。 わすれなのかね 記事はこの辺を参考にしてください。 アングルを組んで吊り下げられた鐘が用意されていました。 現在の陸前高田市の様子を上から見てみましょう。 これは式場周辺の様子を高台にある墓地から眺めたところ。こんな近くに高台があるんです。 この日は墓地に新しい花が沢山上がってました。 墓地から見下ろした陸前高田市の様子。 いつの間にか雪が止んでいました。 この辺の詳しい記事はジェニファーさんのブログでも公開されています。 今回の3月11日の陸前高田市の記事はこれで終わりです。 夜は気仙沼で行われるイベントに向かいます。 |








