|
前回の記事の続きです。
津波到達点から見た大川小です。目の前にグラウンドの柵が見えます。 裏山を更に上ったところ。北上川が見えます。 グラウンドを測った時は整地されていたため正確ではありませんでした。 津波の影響を受けていない、裏山の中の地面直置きの線量です。 下に降りてみましょう。 反対側の裏山に桜が植えられていました。 これは「手合せ桜プロジェクト」によるものです。 この桜の裏山を上ると、この様な眺めになります。 この辺りが津波到達点のようです。 裏山には沢山の石が流されてきていました。 大川小の詳しい記事については、ジェニファーさんのブログで公開されています。 次は南三陸に向かいます。 |
東日本大震災(石巻)
[ リスト | 詳細 ]
|
前回の記事の続きです。
3月の訪問から2ヶ月後、人のいない早朝に大川小に行きました。 もうすぐ5月ということもあり、沢山の花の他に鯉のぼりも上がっていました。 この他にも沢山の鯉のぼりが泳いでいました。 中に花壇ができていました。 花をあげた跡や、木の柵の上には野球ボールが置かれていました。 大川小の裏山を地上から見上げたところです。 地上から僅か数メートル、あまりにも近すぎる位置に生死を分けるデッドラインがありました。 大川小の詳しい記事については、ジェニファーさんのブログで公開されています。 次の記事に続きます。 |
|
北上川を走り、大川小学校へ向かう途中です。 こちらは大川中学校 大惨事の起きた大川小学校とは目と鼻の先になります。 津波の被害を受けたものの大きな損害はなく、生徒も帰宅した後だったとのこと。 去年は例年より遅めの桜が咲いていました。 校庭には大量の土砂や瓦礫が積み重なっていました。 瓦礫の向こうには更地が広がります。 残念ながら、この学校で春を迎える生徒はいません。 この校舎は取り壊しになるとのこと。 この辺のゴミからは基準値超えのセシウムが出やすいらしいですが、それはBq/kgで表記するからです。 この辺のゴミは紙や布団が多いものですから、重量が少なく、1キロ当たりのゴミの体積が多いのです。 結果的に表面積が増えますから、大して汚染されてなくても数字だけが上がってしまいます。 この桜も見納めだったのでしょうか。 この辺の詳しい記事については、ジェニファーさんのブログで公開されています。 次の記事に続きます。 |
|
前回の記事の続きです。
門脇からの帰り道、立ち寄ったセブンイレブンで、当時の津波の写真が展示されていました。 まだ寒いので肉まんと缶コーヒーを購入。 表に出ると、石巻日々新聞社が! 一応、撮影して帰ります。 さあ、毎度恒例の峠越え。国見峠は吹雪です。 いやあ、すごい雪だ…FR車で走るのは心臓潰れそう… こちらはお土産に買った、萩の月。 これだけ東北行っててお土産買う暇がほとんどない(泣)。 何はともあれ、今回も無事に帰還できて良かった。 スタッフの皆、それからジェニファーさんも、お疲れ様でした! 次回は東北・復興の桜取材で、青森まで東関東を縦断します。 |
|
前回の記事の続きです。
最初に申し上げておきますが、門脇はあまりやりたくありません。 石巻は学校やら幼稚園の被災が目立ち、あまりに悲惨なので俺的にはシャッターを切るのが辛いです。 門脇に関する記事は、ジェニファーさんのブログをご覧ください。 こちらは長淵剛さんが歌ったことでも有名な門脇小です。 あくまで個人的意見ですが、話題性のなくなった芸能人が被災地を訪れ商売にするのは如何なものかと思います。かつて長淵ファンだった俺だから言っても許されると思いますが、たしか九州の方でしたよね? この辺一帯は酷いもんです。 今回のメインはここの取材なので、門脇はジェニファーさんに任せます。 こちらが有名な黒澤配管工業跡です。参考記事 こちらで亡くなった方がいるわけではないのですが、石巻のシンボルとして追悼式がここで行われたこともあり、沢山の方が花をあげに訪れます。 このランプは新しく増設された物です。参考記事 日付が昨日(3月11日)のものです。 この黄色いハンカチは最初、陸前高田で有名になりました。 こちらは日和幼稚園バスの被災跡。お菓子を持参しお祈りしてきました。 この辺の記事はとても書けないので、ジェニファーさんにお願いしました。石巻日和幼稚園の記事 石巻の夕暮れです。 ちょっと一言、ナントカビューティーサロン御一行様などの被災地見学ツアーがありますが、チャラチャラした若者がバスから大勢降りてきて皆で記念撮影とか、ありゃ何ですか?いくら何でも、こんな日に連れてくるなんて非常識ではないでしょうか?勘違いも甚だしいと思います。 それではこれよスタッフと合流し、関東へ帰還します。 今回の取材活動はこれで終わりです。 あとがきへ |







