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今回は石巻市内と牡鹿半島の記事です。
石巻市の移動の起点となるのがここ。三陸自動車道河北IC(無料区間)です。 ここは北上川の近くにある非常に開けた道路で、あの大川小学校もこの近くです。 その河北IC付近で休憩所となるのが、この道の駅「上品の郷(じょうぼんのさと)」です。 ここでは食事・買い物・トイレ・休憩・お風呂まで何でもござれです。 隣にガソリンスタンドもあるので非常に便利です。上品の郷ホームページはこちら それでは店内で気になった部分を紹介します。 当然ながらこの話題は出ますね。ちなみにこの辺の屋外空間線量は0.06μSv/hです。 俺は宮城県ではマスクはしません、この辺は安全です。石巻の物も安心して食べられます。 この日は石巻産の野菜を選んで購入。何故か千葉の野菜が売ってましたが当然パス。 まあ別な問題もありそうですが 石巻と言えばコレ。石ノ森章太郎。 途中、石ノ森章太郎ふるさと記念館前も通りました。 車内計測値はTERRAが0.09μSv/h、Radiが0.05μSv/h程度でした。 この辺は車から降りても変わらないか、または車内より低くなります。 町のあちこちに昔のアニメヒーローの人形が飾られていました。 それでは出発です。 398号線・石巻線沿線を走る女川街道を目指します。 女川へ向かう途中の398号線沿いに仮設住宅が並びます。 道のいたる所が仮設だらけです。一体どれくらいの人が避難してきているのでしょう。 この辺は特に線量書きませんけど変わりませんよ。0.1μ超えるなんてないです。 災害廃棄物と言っても車のスクラップばかりですね。 このあと女川に入ります。 女川町の記事はこちら 女川原発の記事はこちら 女川原発から41号線へ抜け、牡鹿半島の沿岸部をグルっと回ります。 地図はジェニファーさんの所から借りてきたので適当です。 この辺の詳しい記事はジェニファーさんが調べてくれていますので、こちらをご覧ください。 女川原発から野々浜へ抜けてきました。 この辺は山の間を縫うような道ですが、全て津波でやられています。 グチャグチャで何も残っていません。 この辺は2階まで津波が来たんですね。 道が崩落しています。 道がほとんどなくなってる感じですね。 石巻市立谷川小学校 ここはさすがにすぐ逃げたと思いたいけど。 ありましたよ、瓦礫置き場。さっそく計測しましょう。 空間線量と比べて一切変化なしです。 次の記事へ続きます。 |
東日本大震災(石巻)
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この記事を書くのは胸が痛いです。まずこちらの記事を見てください。
今回の取材については説明の必要がないと思いますが、北上川を逆流する津波によって大惨事をもたらされ、108名中70名が死亡・4人が行方不明になった『石巻市立大川小学校』の、その後です。今回、父兄の皆さんとボランティアの方たちの手によって、亡くなった児童たちのために『鎮魂のクリスマスツリー』が飾られたので、それを取材に行ってきました。 茨城を出発してから車で7時間、石巻市立大川小学校に着きました。 多くの瓦礫は全て撤去されて、今は児童たちが安らかに眠れる場所へと変わっています。 校舎の前に祭壇が出来ています。私もここで手を合わせます。 一応役目ですので測っていきます。これなら児童も安心して眠れるでしょう。 目的のクリスマスツリーは校舎の中に作られていました。関係者以外立ち入り禁止とのことです。 ツリーの詳細な画像をジェニファーさんが公開してくれています↓ jennifer_silk photographs 『石巻市立大川小学校_鎮魂のクリスマスツリー(昼)』 このツリーですが、ボランティアの方たちの手によって、停電時でも光るようにソーラーエネルギーとLEDの組み合わせで省電力設計となっています。 夕暮れまでまだ時間がありますから、周囲を記録していきます。 津波が襲ったとき、あの橋の先へ行こうと議論を重ね、ようやく向かった直後の惨事だったと聞きます。 周囲には集められた泥が積み上げられています。 学校の横は車が通れるようになっていますが、まだ舗装はされていません。 向こうに被災した診療所が見えますが、俺は惨くて撮れませんでした。 ジェニファーさんが単身で乗り込み撮った写真を公開してくれています↓ jennifer_silk photographs 『石巻市釜谷地区_被災地の冬』 校舎の裏側です。 橋が落ちてしまっています。 だんだん日が暮れてきました。校舎の正面へ戻ってみましょう。 そろそろツリーが点灯する頃でしょうか。 点灯したようです。何て物悲しくて美しい光なんでしょう。東北の地に、静かに光り輝く鎮魂のクリスマスツリーをようやくこの目で見ることが出来ました。どうか安らかに眠ってください。 点灯したツリーの詳細な写真をジェニファーさんが公開してくれています↓ jennifer_silk photographs 『石巻市立大川小学校_鎮魂のクリスマスツリー(夜)』 次回は女川地区のレポートです。 |
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前の記事の続きです。
外へ出ましたが、周囲もこんな状態です。 家の塀しか残っていません。 旗に寄せ書きがされています。捜索をしてくださった自衛隊の方々に労いの言葉が書かれています。 この辺は住宅街で前列数棟が津波で持ってかれたようです。 中には新築して数日のお宅もあったとか。 途中のお宅で朽ち果てたピアノを見つけました。 このお宅の方がどうなったのかは分かりません。 今回は石巻市は素通りしますが、またあらためて取材に来ます。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【石巻】2011/10/09』 さあ陸前高田市へ急ぎます。 |
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前の記事の続きです。
二階へ行くと、そこは卒園式の会場でした。卒園式の練習をしていたんですね。 これ、二階の壁です。俺の肩くらいの高さ。何てことだ…これじゃ園児たちは助からない。 津波の直前まで明るく平和だったことが分かります。 二階の窓の外の風景です。何もありません。 階段のところにも津波の爪痕が… 床は泥だらけです。 一回の通路の様子。中はメチャクチャです。 後で聞いた話ですが、ここの園児は無事助かったということです。 良かった、その言葉を信じましょう。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【石巻】2011/10/09』 次は幼稚園の外の風景です。 |
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今回は陸前高田市へ行く途中に寄った『石巻みづほ第二幼稚園』を中心にレポートします。 石巻みづほ第二幼稚園に来ました。 こちらは津波の被害にあい、校舎が半壊しながらも周囲で唯一残った建物です。 人の気配はしません。ヒマワリだけが静かに咲いています。 庭の隅には錆びた園児の椅子が。 校庭の空間線量率は0.09μSv/hほどです。(TERAA MKS-05黒) こういうの、たまんないんですよね… こんな事で悲しんでて取材が務まるのかと。 校舎に入ると運動会のカップや、 園児たちの手洗い場…すごく小っちゃくて俺の膝より低い… 教室の時計は15時49分頃で止まっています。 他の教室も全て同じ時間で時が止まっています。 嫌だなぁ…こういうの辛すぎる… 俺はカメラマンじゃなくて良かった。とてもシャッターを切れそうにない。 今回の元画像: 『jennifer_silk photographs 東日本大震災 その後の被災地【石巻】2011/10/09』 次のページへ続きます。 |






