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前回の記事の続きです。
有名な防災対策庁舎に行きます。 既に説明の必要はないと思いますが、防災対策庁舎の記事はこちら。 追悼式の前日だけあって、たくさんの人が訪れます。 正面にある祭壇です。俺たちもお祈りを済ませました。 たくさんの折鶴や花が添えられています。 他局も取材に来ています。 カラフルな折鶴の中には新聞の広告などが混ざっています。 意図的にそうしているのか、それとも折り紙が足りなかったのでしょうか。 中には手紙やメッセージを折鶴にしている物もありました。 この防災対策庁舎も色々あって取り壊しが決定しているそうです。 この辺の詳しい記事はジェニファーさんのサイトで公開されています。 さてここで志津川取材チームとはお別れ。俺たちは陸前高田市の合同追悼式へ向かいます。 |
東日本大震災(南三陸)
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前回の記事の続きです。
瓦礫の山の上まできました。向こうに水門らしきものが見えます。 ここが瓦礫の山のてっぺんですね。 さっきとほとんど変わりません。 以下、瓦礫の上から見た周囲の写真です。 これを見た時に、ここが初めて公園だったことを思い知らされました。 まさかこんな物が瓦礫の中に埋まっていようとは…早く元通りにしてあげたい。 この辺の詳しい記事はジェニファーさんのサイトで公開されています。 次は防災対策庁舎へ向かいます。 |
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前回の記事の続きです。
志津川の松原公園に来ました。ここは現在、瓦礫置場になっています。 いきなりですがSLが転がっています。 津波によって流されたものが、そのまま瓦礫と一緒に捨てられています。 向こうに見えるのは志津川病院です。 幸い、原型を留めているので再生可能では? 何と、銅像がSLの下敷きに…。このSLについての記事はこちら。 瓦礫置場が見えてきました。 瓦礫置場の中でも、この志津川松原公園がいちばんアスベスト臭がキツイです。 雨が降ってますので防塵マスクは要らないと思いますが、臭気や衛生上の問題から簡易マスクは必要です。 すごい瓦礫の山ですが、実はこの奥にまだあります。 周囲の空間線量はこんなもん。宮城沿岸部の平均的な線量です。 瓦礫の山に登ります。 そこら辺の泥がついたままの瓦礫です。 とりあえずこれが「放射性廃棄物」と言える線量かどうかだけ判断ください。 空間線量の影響等ありますので、それらを差っ引いて考えてください。 毎回で申し訳ありませんが、俺にはこれくらいしか出来ません。 次は瓦礫のてっぺんに上ります。 |
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前回の記事の続きです。
有名な、魚のみうら屋さんの建物です。 行ってみたい気持ちもありますが、どうにもこうにも渡れない様子。 車で水の中を移動することに。被災地を巡っていると、こういう事が普通になってきます。 綺麗に貼り紙やメッセージが展示されています。 被災地を巡っていると、この様に元気づけられるメッセージを所々で見ます。 沢山の人が見に訪れるせいか店内がキレイに片付けられています。 雄勝にもあった七福神の置物 以下、周囲の写真です。 この辺の詳しい記事はジェニファーさんのサイトで公開されています。 次は松原公園の瓦礫置場へ向かいます。 |
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前回の記事の続きです。
国道45号線を北上し、志津川まで来ました。 雨が降ったばかりとはいえ、川の水かさが凄いです。地盤沈下の影響でしょうか。 ほとんど更地になりかけているものの、けっして復興が進んでいるとは言えません。 まだまだ痛々しい光景が目立ちます。 堤防が決壊しており、道路が水で埋まっています。 町の至る所が冠水し通行禁止になっていました。 俺の足元もこんな感じです。 道路にはこんな標示が 震災から丸一年経過しようというのに、冠水していない所でもこんな状態。 被災したままの建物もあります。 大きな通りへ出てみました。 ここは有名な、あの志津川病院。 写真には写していませんが、TV局のクレーンが仕掛けられています。 他局のスタッフも大勢きているようです。 病院に船が乗っかってしまっており、そのままの状態でしたが、被災地では特に珍しい光景ではありません。 この辺の詳しい記事はジェニファーさんのサイトで公開されています。 次は、魚のみうら屋さんに行ってみます。 |







