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再び、中浜小学校へ来ました。 体育館の見学会中止は去年の話です。 ご覧の様に、既に体育館は取り壊されています。 校庭にあった車も全てなくなりました。 町では校舎のみを震災遺構として保存を検討し、その他の建物については取り壊しを決めました。 それから、学校の横に千年塔なるものが建てられました。 何か宗教の力が働いてなければいいのですが… ここはもともと墓地でしたから、供養の塔として建てられたのだと思います。 あの現場にも沢山の花があがっていました。 |
東日本大震災(山元)
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JR常磐線 坂元駅に来ました。駅前の空間線量は0.09μSv/h前後です。 これは駅舎ではありません、トイレです。駅舎は既になくなっていました。 駅前の案内板です。 案内板の下には壊れた携帯電話がそのままになっていました。 坂元駅のホームです。 線路が草で覆われています。 俺もよく知らないのですが、この辺は地盤が固く直線日本一だとか。 ホーム上では0.16μSv/hほど。 坂元駅前通りの様子 ここに根性の稲穂というのがあります。 津波に耐えたという意味でしょうか。 水場が作られていました。 駅前の掲示板前には花が咲いていました。 こちらにも花壇が 駅周辺では線路が寸断されています。 橋もかろうじて残っているだけでした。 |
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山元町磯浜漁港近くにきました。 この辺は道も酷く、まともに通れない箇所があります。 そこらじゅうに土嚢が積み上げられています。 この辺は津波で壊滅しています。 斜面が削られています。 ここは福島県との県境、すぐそこが新地町です。 木が根元から折られています。 |
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山元町立中浜小学校に来ました。 ここは宮城県沿岸部の最南端、福島県新地町との境の海際に建てられた学校です。 飛散している瓦礫は墓地の墓石です。 ここも津波被害にあった学校の一つです。 こちらは少し前まで公開予定だった体育館 ご覧の様に天井が剥がれ落ちています。 この体育館は、今では危険なので取り壊されてしまいました。 町はこの校舎を震災遺構として残す考えです。 屋上まで波が来なかったので児童は助かっていますが、辺りに高い建物はありません。 おそらく、ここ以外に逃げ場はなかったでしょう。 現在では撤去されていますが、 当時は津波で被災した車が沢山積まれていました。 津波がここまで来た事を示す目印 窓から見た風景 海がすぐ目の前です。 また来ます。 |
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宮城県山元町の沿岸部にきました。
山元町は宮城県沿岸部で最南端に位置する町で、福島県とは県境になります。
こちらも津波被害が酷かった所で、橋がボロボロのままです。
ここの海から津波がきたのでしょう。
このあたりはどこへ行っても似たような景色しかありません。
標識がまだ倒れたままでした。
学校や駅などが集中しているということは、ここが町の中心に近かったのでしょうか。
しかし今では見渡す限りの荒野です。サバンナと言ってもいいくらい。
この辺は塩害が酷く、かなりの重機が入って除去をしています。
少しずつ整地はしていますが、気の遠くなるような範囲です。
ここは悲惨な事故の跡地で、石巻を思い出します。
次は、坂本駅に行ってみます。
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