Ddogのプログレッシブな日々

保守系サラリーマンによる保守主義者のブログ (消極的親米保守)

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フランスを代表する文化人類学者クロード・レヴィ=ストロース氏が10月30日染織美術の研究者である妻のモニークさんと暮らす自宅で逝去。100歳だった。レヴィ=ストロース氏は、20世紀の思想家として最後の巨匠とも言われた人物で、ソシュール、ヤーコブソンなどの言語学から示唆をうけ、文化の構造分析の方法論を確立。構造主義の祖とされた。

1908年、ベルギーでユダヤ人家庭に生まれる。

幼い頃から植物や地質に興味を持ち、無秩序とされるものの背後に秩序を見出すことに関心があった。パリ大学で法学と哲学を学ぷが、文化人類学に転じ、35年からブラジルのサンパウロ大学で教鞭を執りながら現地民を調査した。ナチスの迫害を避け、アメリカで研究を続けた時期もある。昨年11月には、100歳を迎え、サルコジ大統領が訪間して敬意を表した。

フランスでは60年代に構造主義が実存主義に代わって影響力を持つようになるが、日本では、構造主義を反人間主義と見なす誤解もありました。新左翼の影響が低下した70年代になり構造主義やエコロジーが受け入れられ、マルクス主義にふれすぎた針を戻した役割があった。

代表作はフランスで1955年に出版され、大反響を呼んだ『悲しき熱帯』と『野生の思考』である。『悲しき熱帯』は1930年代のブラジル奥地で現地民を研究した体験(現地人の性感研究に没頭したとの風説あり)や自叙伝的な要素も含む作品である。

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【週刊新潮09.11.19:墓碑銘より】
『悲しき熱帯』で喝えた西欧中心の見方への異議をふまえ、西欧と未開の人達の思考の違いは発展段階の差ではなく、そもそも関心が違うために別の思考であり、優劣はつけられない。歴史の進歩を一直線にとらえるのは傲慢と批判したのだ。「人間が主体的に行動して歴史を作っていると考える実存主義へのアンチテーゼでした。自分では主体的に判断や行動をしていると信じているが、社会の深層には当事者も自覚していない、共通する不変で無意識の構造があるととらえたのです。

ごく簡単に言えば構造主義とはこのような考え方です」
と、中央大学名誉教授の木田元氏は言う。
例えば婚姻の研究をふまえて、つきつめれば親族は女性を交換するために存在するなど、感情や論理以前に先立つ構造が社会に共通してあると述べたのだ、「実存主義やマルクス主義は共感をおぼえやすい。で
も変革のかけ声だけのようにも聞こえる。60年安保の余波の時代でしたから構造主義の考え方には思わぬ形で足をすくわれたような新鮮さを感じた」(木田氏)

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『野生の思考』は1962年に発表され最終章でサルトルを批判した部分が「構造主義」の宣言として注目された。著者の主なメッセージは、野生の思考を通じて人類の共有する普遍的な論理を明らかにし、西欧近代の自民族中心主義を批判することである。ただ人類学界では、彼の親族構造の研究についての評価は高いが、南米の原住民の神話に数学的構造を見出す分析は、反証可能性のない物語にすぎないという批判が多い。しかし著者は『神話論理』第1巻の「序曲」で、さりげなく予防線を張っている
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51301033.html
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人類学の究極の目的が、思考を対象化し、思考と思考の仕組のよりよい理解に貢献することであるならば、本書において南アメリカの先住民の思考法の輪郭が私の思考の操作のもとで見えてくるのと、私の思考法の輪郭が南アメリカの先住民の思考操作のもとで見えてくるのは、結局は同じことである。(訳書p.22)
『神話論理』最終巻の「フィナーレ」(未訳)
神話の根底にある基本的な二項対立は、ハムレットによって正確に述べられたものだが、彼はそれを楽観的すぎる形で表現した。人は存在するか否かを選ぶことはできないのだ。歴史の本質である精神的な努力によって、人は自明の矛盾した真理を認識し、その根源的な矛盾を解決しようとして限りなく二項対立を作り出してきたが、その矛盾は決して解決できない。

矛盾の一方には、存在という事実がある。日常生活や精神的・感情的な生活、政治的な選択や社会的・自然的な世界、実用的な努力や科学的探究に理由や意味を与えられるのが人だけであることを、彼は深いレベルで知っている。他方には無という事実があり、それは存在の認識と不可分である。人は未来もずっとここにいることはできず、この惑星の表面から消えることは避けられないが、その惑星も死ぬ運命にある。人の労働や悲しみや喜びや希望など、はかない現象の記憶を保持する意識も生き残りえず、やがて人類のわずかな証拠も地球の表面から消されるだろう――まるでそれは最初から存在しなかったかのように。
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クロード・レヴィ=ストロース氏といえば、我々新人類世代にとって、1983年浅田彰の『構造と力』を読み、構造主義、ポスト構造主義、そして実存主義批判????なんじゃらほいと思いつつも、ニューアカデミズムの洗礼を受けた。

浅田はフラソスの構造主義、ポスト構造主義の思想の流れの系列をかなりの腕力で整理して伝えた事は評価したい。そして、構造主義までのフラソス思想は、構造が存在すると考えていたが、デリダやドゥルーズ、ガタリらのポスト構造主義では、構造というのはやや動的な「力」あるいはエネルギーという要素を切り離せないと考えていると指摘している。

浅田が構造主義を駄目な二元論といって批判するのは、構造主義が持っている実体(あるいは深層)-表層、のような考えかたである。これは言うたれば、サルトル型の実存主義がとっていた、実存-外見的現実、といった対立の名残りをレヴィ=ストロースらの構造主義も持っていたという批判である。

「構造主義では現実に刻々と変化する出来事にうまく対応できないと批判され、変化や人間の動きをとらえようとしたのがポスト構造主義。構造主義が時代遅れになった訳ではない。

近代科学に強い幻想を抱いていたレヴィ=ストロースであっても、構造を実体とし、実体とらえるのではなく、関係として抑えるという姿勢を基本としていたのであって(そうでなければ構造主義はサルトル的な実存主義と同じことになってしまう)、浅田の言うポスト構造主義以前の構造主義は、まだ不十分だった構造主義と呼び、ポスト構造主義をちゃんとした構造主義と呼べぱいいのではないか、といった点である。つまり、ポスト構造主義という言いかたは、不正確なものではないかということだ。

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本棚にも眠っている「はじめての構造主義」橋爪大三郎(1986)でも結局理解しきらずに、社会人となりましたが、私は、アマゾンの原住民と対極にある資本主義の総本山、株式マーケットで、構造主義を実感体験しました。

投資家が主体的に行動して判断や行動をしていると信じているが、マーケットの深層には当事者も自覚していない、共通する不変で無意識の構造がある。マーケットを観察しチャート特に一目均衡表やエリオット波動の動きを追うと、そこにはマーケット参加者の無意識な力が働いているのは明確に見える。『ひょっとすると、一目均衡表の転換線・基準線・スパン1・2そして「雲」、エリオット波動の第1波2波3波4波5波といった構造はこれは構造主義かもしらん!!!』と、一人勝手に思い込むのでした。

まず構造は一挙に、一つの要素が他のすべての要素との関係において初めて相互依存的に決定されるものとして与えられる。このような構造主義の構造理解においては、構造を構成する要素は、原則として、構造を離れた独立性を持たない。

行動経済学やマーケットを理解するうえで、構造主義的思考は非常にわかりやすい論理である。

金融工学にもこの構造主義的数学手法が応用された。多様なバリエーションを持つ現象において、それぞれのバリエーションが、その(必ずしも顕在的に観察されない、事後的に変換群から理論的に抽出された)構成要素の間の組み換えによって生成されたものだと見なしうるとき、その顕在的な一連の変換を規定する潜在的な構造に重心をおいて分析するような計算をする手法も構造主義の影響である。

取り留めの無い話となってしまいましたが、100歳の天寿を全うした偉大なる哲学者クロード・レヴィ=ストロース氏に黙祷を捧げるものである。

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