Ddogのプログレッシブな日々

保守系サラリーマンによる保守主義者のブログ (消極的親米保守)

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石原慎太郎都知事 「小沢一郎の正体」
湾岸戦争時私は自衛隊を派兵することに賛成でした、多国籍軍に義勇軍を組織し参加するなら自分が出征してもいいとも考えました。だが、あの時点の国内世論では、自衛隊派遣などとんでもないと考える人達が圧倒的多数でありました。日本の貢献は金しか出せない状況であった事実であるので、当時の自民党の選択としては、やむを得ない選択であったと思う。


小沢一郎の母が済州島出身との噂が出回っているが、都市伝説のようだ。しかし、議員秘書に半島出身者を使う事自体異常だ。鈴木宗男氏もムルワカさんが目立ちすぎて、胡散臭く誤解されてしまった。


ここで愛国者鈴木宗男氏の話は、立ち止まって聞く必要はあると思います。

私は、政治家なんぞは禽獣のごとき存在で、悪魔か怪獣であり、政治家に聖人君主のような倫理を求めることは無知蒙昧な民のすることだと思っています。そして今件は、日本の政治を舞台に中国インテリジェンスVs米国インテリジェンスの代理戦争で、世論をどう操作し合うか知恵を絞る戦いだと感じています。

まず私の立場を明らかにしておきます。小沢一郎が自民党離党後、日本に二大政党制を作るという小沢の理想、国会の定数削減などについて共感し、私は支持し、小沢の党へ投票し続けてきました。

昨年の衆議院選挙には熟考したうえで民主党に投票をしませんでした。権力奪取後の小沢一郎の中国や半島国への媚び諂う態度については、とても支持できるものではなく、日米同盟を危機な状況にしてしまった事に対して、私は国益を損じる行為と考えています。故に、今回石川議員の逮捕され世論に迎合して小沢不支持に回ったのではありません。

マスコミや世論は、近代デモクラシーの論理(=政治家は禽獣と同じ)と、儒教的論理(=政治家は聖人君主)とを、混同しているし、その区別がつかない。

近代デモクラシーの論理が中国や半島日本のような儒教圏で定着できない理由は、儒教的倫理観を政治家や中国であれば共産党員に求めてしまうからであろう。

子日、苟正其身矣、於從政乎、何有、不能正其身、如正人何(論語:子路第十三〜十三)

子日わく、苟(いやし)くも其の身を正しくせば、政に従うに於いてか何か有らん。其の身を正しくすること能(あた)わざれば、人を正しくすることを如何(いかん)せん。

わが身を正しく律することができるならば、国の政治を行うことなど、わけなくできるさ。わが身を正せないような者には、他人の教化などできっこないやね。

以上論語の一節ではあるが、また孟子の一節に「人の禽獣と異なるゆえんのものは、人倫(道徳)あるにあり」とある。

「人と禽獣の異なるところは恥を知ることにある」とはまさに典型的な儒教的発想である。

しかし、このようには、絶対に考えないのが近代デモクラシーなのである。人間は本来エゴイスティックな生き物であるという西欧的考え方こそこれがデモクラシーの基本考え方出発点である。

君主論の中でマキャベリは、

政治思想は徹底したリアリズムと目的合埋主義の立場に立ち,政治学を神学や倫理学から解放し,政治学の自立化と世俗化をはかった。アリストテレスに典型的に見られるように,それまでの政治学は,倫理的な徳についての考察や「如何にして善く生きるか」という問題,あるいは「理想的な政体はどのようなものか」といった問題の考察と不可分だったが,マキャヴェリは、『君主論』において、政治的な判断や行為を宗教や道徳の世界から切断し,現実主義的態度を表明した。「人間というものは恩知らずで、移り気で、陰険で、危険にあうと逃げ出し、そのくせ転んでもただは起きない。利益を与えれぱ味方するが、いざ犠牲を捧げる段になると、たちまち尻をまくって逃出すものだ」と言った。

また近代政治学の基礎を築いたがホツプスは、

人間は自分が望むことをすることができる自然の権利を有しており、その原初的な欲求は「自己保存」であり、その目的を達成するための必要なすべての手段をこうじることができると考えました。

しかし、その自己保存の手段を個々人が自己中心的に行うと、それは、必然的に他者の権利を侵害することとなり、自己の権利獲得のための戦争と略奪の混乱が生じてしまう。人間は根元的には凶暴な動物である、とホップスは指摘します。

この混乱と破滅を裂けるために、互いに契約をして、ある程度、自分の自然的権利を放棄し、その契約を確実にするために、ひとりの支配者あるいは属している集団に権利を委譲する必要がある。

こうして社会が形成され、国家が形成され、個人の自己保存が図られるのだから、人は、権利を委譲した支配者に従わなければならない、と主張したのです。

そして、たとえ支配者が不正を行い、最悪の者であっても、支配者に権力が与えられる前の身勝手な戦争や略奪の状態に比べれば、それほど悪くはないと言います。

従って、彼にとっては、絶対王政は最善の政治形態でした。彼は唯物主義者でしたが、国王は地上における神の代理人であり、神は王を通してその意志を表明するのであり、国王の宗教が国民の宗教でなければならないし、宗教的自由の寛容は認められない、と語ります。

これは、国王のプロテスタントへの改宗によって生まれたイギリス国教会(聖公会)の姿勢ともなりましたが、絶対主義的な国家統一の観点の代表とも言えるように思われます。

ホップスは、人間の自然の権利としての生存権を認めましたが、その人間観が根本的に「性悪説」でしたので、何らかの強制的な制圧が必要だと考えたのです。

ホップスが『人間は人間に対して狼である』といい、人間は本来エゴイスティツクなものだから、権力者を監視しなくてはならない。そこにデモクラシーの出発点があるのだ。

政治家とは、「無制限の悪と暴力とを行なうことが正しいとされる」動物なのである。少なくとも、かくのごとき強い求心力を内包している。このこと自体は、古今東西をっうじて変わらない。ただ、デモクラシーの特徴は、このことを明確に認識し、このことを前提としてすべての制度が組み立てられていることである。

政治家とは、もともと悪と暴力が正しいとされる動物である。小沢一郎も、この権力を得る為に自民党を飛び出し、権力を得るために一種の求道者に化けた。権力を獲得するためなら、政治家は、どんなことでもする。しかもそれが正当化され、当人も信念をもってこれを断行する。私はこの権力を得るために求道者であった小沢を支持した。しかし、権力を得た小沢は怪物へと躊躇無く変身した。いや本性を現したといえよう。

前近代社会においては、王(将軍)の大権は存在したが、例えば寺社領地や堺など自治領や大名など特権が存在し、絶対権力を握る事はできなかった。江戸幕府も絶対王政に近かったものの、薩摩などの大大名領は特権へは大権が及ばなかった。ところが近代国家はデモクラシー絶対主義国家である。デモクラシーにおいては、全員が平等であるので、権力者は、権力を妨げる特権は存在しなくなってしまった。

権力者という怪物を監視するために、まず考え出されたのが、モンテスキューいらいの三権分立の思想である。分断して統治する、この恐ろしい「近代権力」をまず三分する。そしてお互いに牽制させる。

誰でも気づくところであるが、権力は恐ろしい怪獣だから、これを引き裂いてしまわないことには何をしでかすか分かったものではない。どんな代償を支払っても、三権は分立させなけれぱならない。

そして三権は、チェックス・アンド・バランシズのメカニズムでお互いに牽制しあうだけでなく、そのそれぞれを市民が監視する。

ところが日本においては、議会は市民が選挙するが行政に関しては、地方の首長は選挙できるが、国家の行政府は市民のチェックが及ばない。そこで大切なのがジャーナリズムによる監視である。

デモクラシー国家におけるジャーナリズムの役目は、天下の木鐸などという生易しいしいものではなく、天下の護民官でなけれぱならない。権力の作動を市民の名において拒否する力をジャーナリズムが失ったら最後、デモクラシーの息の根が止まる。

ところが「権力の監視」しているはずの日本のジャーナリズムが、デモクラシーを理解しておらず政治家に儒教的倫理観を求めてしまう。それが故に、日本の政治が逆に機能しなくなってしまっているのも事実だ。バブル崩壊以降、日本は国家権力と国民が総力を挙げて国家を再建すべき時に、政治の些細な贈収賄をめぐり空転し、前政権にいたっては漢字の読み書きまで問題にして国家の大局を歪めさせてきた。

また、今回の問題は検察=米インテリジェンスVs民主党=中国インテリジェンスの構図で見るべきだと思う。

第二次世界大戦敗戦後、大手マスコミはGHQの検閲下の構造より脱却しておらず、依然米国の言論統制下にある。また、ネットジャーナリズムにおける小市民達の反応は、まちまちというか混乱しているようにも見える。反小沢的意見・親小沢的意見ともに米中のインテリジェンス活動の影が見える。

大きく大別すると反小沢=嫌中派、親小沢=反米派の傾向にあり、石原都知事のように反中反米路線のブロガーにとっては立ち位置が難しい。私もようやく反小沢側に立ち位置を置く決意をした。

だが、誤解しないで欲しい、たかだか4億円程度の金(小生にとっては1万円は大金である)で国家の体系を揺るがす騒ぎは喜劇でありどうでもいいことだ。日本の立ち位置を太平洋寄りとするか、東シナ海寄りに置くかが重要なのだ。私は、あくまでも東シナ海寄り(親中路線)に反対である。ゆえに小沢を応援することを止めたのである。

また、たかが4億円だろうと、個人資金でコツコツ積み立てたとの小沢氏の金銭感覚には違和感を感じる。小沢氏は実業家出身ではないのだから、個人資金が潤沢に積み立てられること自体異常だという感覚が無いらしい。仮に3億円が相続した資金であったとしても、そんな金は1.2回の選挙で消えてなくなるものである。秘書の給料や事務所経費を払って蓄財できた事自体不自然だと思っていないのであろうか?

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Ddogさん、よい記事をありがとうございます。
転載させてください。<m(__)m>

傑作.⌒ヾ(^-'*)ポチ

2010/1/17(日) 午後 5:19 きらら 返信する

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済州島四・三弾圧事件が、在日済州島出身者が北朝鮮地下活動に深入りし、また北朝鮮が済州島民を巧妙に利用している今日のしがらみを招いたのでしょう。
被差別最下層の済州島民共同体が在日朝鮮人の「核心」との指摘もなんとも頷けます。
祖国帰還事業で人質をとられ物言えぬ在日朝鮮人の重く苦しい立場とあわせて、暗く厳しい現実ですね。

朝鮮人からも人間扱い以下の厳しい差別を受けていた(在日)最下層たる済州島出身者の共同体の結束は、同じ火山島で堅固な結社マフィア発祥のシチリア島出身者に例えられる事もあるようですね。

済州島民の有名人関連ではチェホンマンや和田アキ子の父親といったあたりでしょうか?

朝鮮総聯大阪府本部初代委員長で北朝鮮帰還後に朝鮮社会民主党中央委員長となる李季白は、大阪時代に妻と同じ慶尚南道出身を偽い済州島出身を隠していたそうです。
原敕晁さん拉致事件で辛光洙の調書に出てくる在日朝鮮人大阪商工会会長に登りつめた李吉炳も同島出身者だそうです。
大韓航空機爆破事件で蜂谷真一氏にパスポートを取得させ悪用した工作員李京雨(宮本明)も済州島出身者。

2010/11/20(土) 午前 9:41 [ 丸子実業高いじめ殺人判決は大誤審 ] 返信する

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