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「名画の秘めごと 男と女の愛の美術史」
有地京子著 角川マガジンズ


最初の妻キャサリンと離婚。
二番目の妻となるアン・ブーリンを処刑。
待望の男子を産んだ三番目の妻・ジェーン・シーモアは産褥(さんじょく)熱で死亡。

しかし世継ぎのエドワードは病弱であり、不安に思ったイングランド王ヘンリー8世( 1491 - 1547)は、側近クロムウェルの助言で四番目の妃を探し始めました。

ヘンリー8世を始め、妃のジェーン・シーモア、側近のクロムウェルらの肖像画を描いたドイツ出身の画家・ハンス・ホルバイン( 1497頃 - 1543)に、「花嫁候補」の肖像画を描かせるため、各地に派遣します。
(ホルバイン Wikipedia , 


イメージ 1

ジェーン・シーモア

イメージ 2

クロムウェル


候補のひとり、デンマーク王女クリスティーナです。
彼女はミラノ公未亡人でもあったため、ホルバインの手による彼女の肖像画は喪服姿。
三時間しかモデルになってくれなかったそうですが、素晴らしい出来栄えですね。


イメージ 3

デンマーク王女クリスティーナ

手が美しいことで知られていたクリスティーナの、優雅な仕草に目が行きます。
ヘンリー8世は彼女に惚れ込みましたが、彼女自身が最初の妃であるキャサリンの姪。もちろん彼女はアン・ブーリンが斬首されたことも知っていましたから、
「 私の首が二つあったら一つは王の好きなようにされていいのですが 」(P23)
と言ったそうです。

1539年。
ホルバインは、神聖ローマ皇帝カール5世(ヘンリー8世の元妃キャサリンやデンマーク王女クリスティーナの血縁)に対抗するイングランドにとって、戦略上重要であるクレーフェ公国のアン(1515年9月22日 - 1557年7月17日)の肖像画を描きます。


イメージ 4

英語ではAnne of Cleves 「アン・オブ・クレーヴズ」、
ドイツ語名はAnna von Kleve 「アンナ・フォン・クレーフェ」と表記されます。

クロムウェルからこの絵を見せられ、アンを気に入ったヘンリー8世は、彼女との結婚を決意。
1539年10月、二人の婚約が成立します。
その年の12月27日、アンはケントのディールに上陸しました

王自ら途中の地ロチェスターまで花嫁を出迎えに行ったのですが、ホルバインの絵が美し過ぎたのか、ヘンリー8世は「騙された」と言って怒ったと言われています。

彼女を「フランドルの雌ロバ」(P23)と呼び、この縁談をまとめたクロムウェルを
「 呪いながら往生際悪く結婚式に向かった 」そうです。

『英国王妃物語』(三省堂選書 森 護 )では、彼女をひと目見るなり失望したヘンリー8世は側近たちにまで「どう思うか」と問い詰めた…、と。
しかしはるばるやって来た花嫁を、不美人を理由に帰すわけにも行かず、クレーフェ公国を敵に回すわけにも行かず、ヘンリー8世は1540年1月6日、アンと結婚式を挙げました。

半年後、アンはかつての婚約話を理由に挙げられ、ヘンリー8世と離婚することになりました。
アンはそれに同意。「王の妹」との称号や年金を得て、その後もイングランドに留まりました。
「王の妹」とは、「 王妃と王女たちの次の地位である義理の妹としての公の地位 」(P25)です。

一方、この出来事でヘンリー8世の寵愛を失ったクロムウェルは失脚し、処刑されます。
それを聞いたホルバインも青くなったといいますが、彼に対しての「罰」は無く、彼は最後はペストで亡くなります。

「アンナの鼻が、実際はもう少し長かった」とか、「相当な大女」だったとか、「体臭がきつかった」とか、「老け顔」だったとか。

イメージ 5


こちらは別の画家が描いた1540年代のアン。ホルバインの絵と著しく違っていないように見えますが…。

イングランドで暮らす内英語も上手くなり、ヘンリー8世の娘達であるメアリー(後のメアリー1世)やエリザベス(後のエリザベス1世)とも交流したアン。
ヘンリー8世の最後の妃であるキャサリン・パー(6番目の王妃)は、アンの住む城を訪れ、話し相手になっていたといいます。

また、
「 アンナは宮中にヘンリー8世と5番目の王妃キャサリンを訪ねてきて、仲良く3人で食事を共にして談笑していたのです。英語も上手くなり、王の娘のエリザベスとも仲良く付き合って、皆に愛されて暮らしました。 」(P25)

5番目の王妃キャサリン」とはキャサリン・ハワードのこと。
この絵もホルバインによるものです。


イメージ 6


(2012.10.24 のブログ  "I die a queen," キャサリン・ハワード )

1557年7月15日、アンは静養先で亡くなります。
「 遺言でメアリーにはアンの持つ最も高価な宝石を贈り、またエリザベスにも二番目の宝石を与えたという。 」(『英国王妃物語』 P139)

離婚はされましたが、他の王妃のように斬首されたりすることもなく、何不自由ない暮らしをしたアン。
人生どうなるか最後までわからないなあなんて思ったりして…。

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