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【昔話・自分史】
こんなお天気では何もない
今日は片付けも兼ねてです、家内の箪笥に入っている賞状のファイルを出していました。
賞状のファイルです。
家内が大事に箪笥の引き出しにしまっていました。
A 勤続表彰
40数年勤めたのになぜか30年まで。
会社は勤続表彰を止めたのでしょうか?。
B 技術表彰
多いですねぇ、2級から5級まで11枚です。
技術班在籍でしたから多いのは当然?。
でも私の努力の賜物でしょう、仕事は好きでしたからねぇ。
会社でも多い方ではないかと、コレ自慢
こんなものを置いていても仕方が無いと笑われるかも、でも嵩張らない、邪魔にもならないのでね
『追記』
もう一枚頂ける筈なんですがねぇ
「特製硫酸」です。
純度の高い硫酸です。高く売れるんでしょうね。
私が化工計算を始めとしてすべての技術開発をしました(と自負しています)、工場建設を進めるためにSCECと打ち合わせし図面化の段階に入りました、ここで担当を外されました、定年が近付いたんです。
当然でしょう、後継者に引き継ぐ・仕事を譲ると言うか今の段階で後を続けて貰えばスムーズに行きますよね。
定年を目前に控えた人に直前までやってもらう、これは無いでしょう
と言うことでどなたかが技術表彰を受けたと思います
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昔話・自分史
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気温(max27.2℃・min13.8℃)。
【昔話・自分史】
本当に昔もいい所60年近くも前のことですが今でも心に引っ掛かっています
母と仲の良い叔母(母の妹)方で従兄弟の結婚式に出ました。
当時は自宅で結婚式を挙げるのが普通でした、座敷は広い続きの間でした招待客で一杯です、私は弾き出されました優先順位が有るんですね、私宅は祝儀は最大の金額を出していた筈です、でも親しすぎたのです、座敷には座れませんでした。
田舎です叔母の家は何でもありの店舗でした、私は店の縁側に座って料理を頂いていました、座敷は見えない場所です、宴会は酒もまわって来て賑やかになり当時はカラオケ等は無い時代です手拍子で歌・唱となって来ました、声だけは聞こえてきます。
出だしを頼むとか・お前から歌えとか賑やかに騒いでいるのが聞こえます。
第一声が聞こえました、アッと驚きましたね、「逃げた女房に未練はないが・・・・」、当時流行っていた一節太郎の「浪曲子守唄」です。
芽出度い結婚式ですよ、その出だしでこの曲は無いでしょう、常識を疑いましたね、顔を見たいと!!!。
でも顔は見えません、「このド阿保めが」どんな奴なんだろうと。
当時なら普通はですよ民謡では芽出度 芽出たの若松様よ・・・で始まる「花笠音頭」、演歌でいけば村田秀雄の「祝い節」といったところでしょうに。
腹が立ったなぁ
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【昔話・自分史】
自分を褒める、何と言うか面映ゆい・照れくさいと言う感覚ですね。
硫酸協会から賞状を頂きました。
モチロン住友化学からの推薦です。
名誉なことなので座敷に掲額しています。
硫酸技術者として硫酸工業の技術発展に寄与されたという趣旨です。
硫酸工場と言うのは昔からの古い技術の蓄積でもう発展に余地は無い印象でした。
それでも純度の高い「特製硫酸」や僅かに硝酸分を含んだ「希硫酸の脱硝」・・・私なりに技術開発や改良改善の数々を手掛けましたね。
授賞式は東京であり出張と言うことで参加しました。
会食が有った、料理が並ぶ、「茶わん蒸し」のような小鉢の上が固くパン状に固まっている、「何やねんコレ」、
周囲を見回して真似して食べましたね、私は田舎者?を痛感
ここでチョッと言いたいことが。
鉱山「住友金属鉱山」の人が複数名来ていました、同じ住友人と言うことで並んで食事をしイロイロ話を。
彼らは会の終了後一泊し明日は出張扱いで東京観光ですと、羨ましいなぁ(表彰のご褒美?)。
私はと言うと会の終了後直ちに新居浜へ向けてとんぼ返り、翌日はお仕事ですよ。
一生に一度行くか行かないかの東京へ出かけているんですよ
「住友化学」のドケチめ
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【昔話・自分史】
今日はメーデーですね。
この齢になると昔のことが思い出されてねぇ、もう50年も前のこと、まだ小学校にも行っていない長男を連れて参加してました、(子供連れは毎年の事、でもデモ行進はサボったりして-子供の状態で
会場は新居浜の市営球場でした、当時は労働者が多かった、労働組合運動が盛んな時代でした、会場はビッシリの人出でしたね。
働く人の多かったのは今では想像が出来ませんね。
例えば朝出勤時の光景です、住友化学と住友機械へ入る従業員の人の数々、昭和橋方面からと病院前方向・磯浦側からと、あのすべての道路が自転車通勤の人々で埋まっていました。
労働者が多い、また労働組合も勢いが強く、動員力が有りました。
会場です、主催者や来賓の挨拶・祝辞…、そんなものは聞いていません、仲間・友人とお喋りです。
式典が終るとデモ行進に入ります、各組合ごとに隊列を組んで昭和通りを西へ長い列でしたね。
まぁ今の人には想像もつかない状景でしょうね
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【昔話自分史】
年寄り男一人の生活です 急いでやることも無い。強いて言えば今は「食べて」「寝る」だけの人生です、寂しいですねぇ
することも無いので「ブログ」の以前の古い「昔話・自分史」を引っ張り出した、時間潰しです、でも読んでいると自分のことながらこれが結構面白く引き込まれてしまった、でも我ながら「アホかいな自分の事や無いか」、何を考えてるネンですね
フト「自分史」の製本が面白いかなと思ったりして。
でも誰が読むネンですね、自分だけが「余は満足じゃ」になりかねない
今日は笑い話でした。
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