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東京おとなガレージ
旧い車や鉄道、懐かしい風景などを愛するおとなのブログです。

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滑り台のような急勾配!、頑張れ!!軽便電車!!


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養老鉄道で桑名へ出た後、向かったのは、駅前広場を少し歩いた西桑名駅

ここから阿下喜(あげき)へと向かう特殊狭軌線、三岐鉄道北勢線の始発駅です

向こうを走る標準軌(軌間:1435mm)の近鉄特急・ビスタカーと比べたら、半分余ほどの線路幅(軌間:762mm)しかない、長閑な時間が流れる北勢線も、元々は近鉄の一路線でした。(そのさらに昔は、三重交通という、現在もバス会社として現存する会社の鉄道線でした)
 
 
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採算が取れず、廃止の憂き目に遭いそうな所を救ったのは、員弁川の対岸を走る、太平洋セメント傘下の三岐鉄道でした。(このカラーは三岐の標準色です)
大手私鉄の一路線が、地方私鉄にその身を救ってもらった、極めて稀有な事例です。
 
 
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近鉄時代の西桑名駅(昭和51年)、今とは少し位置が動いています

当時は車庫が併設されていました


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近鉄時代に新造された先頭電動車には乗らず、この2両目に

丸屋根の残るコイツは、昭和20年代、三重交通時代の車両を更新したものです


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元はバス窓の、こんな車両でした


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楚原までの区間列車だったので、その終点、楚原まで乗りました


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三角屋根の影が落ちる、静かな駅前を出て


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1kmほど先の、土木遺産でもあるねじり橋・めがね橋を目指します

ちょっとわかりにくい所ですが、案内が完備しているので安心です


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まず現れたのはねじり橋、北勢線が六把野(ろっぱの)用水を斜めに渡ります

このため、アーチ頂部では路線に直角な目地が、次第にねじれて袂に至る、不思議なコンクリートブロック積み構造になっています。(「ねじりまんぽ」と呼ばれます)
 
周囲は開けておらず、写真には厳しい条件なので、次のめがね橋を目指しましょう!
 
 
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ねじり橋を抜けると、広々とした農地が開け、美しい3連のめがね橋が見えてきます


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阿下喜からの電車がやって来ました、旧・三重交通の復刻塗装車です!


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めがね橋を渡っていきます

右3両は連接構造で、軽便鉄道初のカルダン駆動高性能車だった電車です

(今は電装解除されて、左の電動車に牽かれるトレーラーとなっています)


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すぐに楚原で交換した阿下喜行きがやって来ます


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ゆっくりと、目の前を通り過ぎていきました


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また1kmを歩いて、楚原に戻ってきました

ここから北勢線の終点、阿下喜へと、全線走破を目指します


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先に桑名行きの上り列車がやって来ました


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部活帰りの女子中学生でしょうか? 賑やかですww


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桑名行きを待たせて、冒頭写真の急坂を、阿下喜行きが登ってきます

コイツで阿下喜へと向かいました


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阿下喜までは二駅、ほどなく到着しました、、、横になんかいますね


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こんなのが・・・、なんだか楽しそうです


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これは昭和55年頃の阿下喜駅、ゆったりとした構内を有していました

(写真は駅舎と逆側からなので、上の写真のアトラクションはホーム左手に相当)


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線路に隣接したその場所が、軽便鉄道博物館(市民団体運営)になっているのです


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かつての北勢線の主力、モニ220が保存されています


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その阿下喜駅を後にし、員弁川対岸の三岐鉄道三岐線・伊勢治田駅に向かいました

実は歩いても30分くらい、かつては歩いて向かったこともあるのですが、今回はもうこの時点で15時半近く、、、日が暮れちゃうのでタクシーを使いました。
ワンメーター、730円です。
 
 
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そういえば40年前も、タクシーが手持ち無沙汰に客待ちをしていたっけ・・・



学生時代以来、久々に訪れた北勢線、近代化されたとはいえ、まだまだ軽便鉄道の魅力が溢れていました♪

かつての北勢線はこちらの過去記事→「北勢の軽便電車(その1)」をご覧ください
 
 
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膝突き合わせる狭い車内は、学生たちの良き揺り籠でした・・・
 
 
 
(三岐線編につづく!)
 
 
 
 
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小豆色一色の電車が、かつての近鉄を偲ばせる養老鉄道

先日の JAPAN MINI DAY の折、私の「鉄」の師匠である、名古屋在住の10歳の少年と、養老鉄道の元・近鉄の電車が、東急のステンレスカーに置き換えられちゃう、という(マニアックな)話になり、師匠から、

「行くなら今のうちだね・・・」

とボソッと言われたのが引っ掛かってしまい・・・(笑)

年内のスケジュールと、この週末のお天気を鑑みて、行くならこの土曜日しかない!!と決断し、弾丸ツアーと相成ったわけでございます。
 
 
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朝6時台の「のぞみ」、いつも混んでます、、、1号は満席で、臨時の151号に


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一時間半で名古屋へ、、、凄い時代です


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名古屋からは快適な新快速で、30分ほどで大垣へ着弾


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樽見鉄道にちょっとご挨拶してから・・・


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駅前脇の養老鉄道・大垣駅へ・・・

元々は近鉄の養老線という路線でしたが、3セク化された路線です


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懐かしい、近鉄の初期高性能通勤車が待っています


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隣の、車庫のある西大垣までの電車だったので、ちょっと車庫を覗いてみます


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肌色に青帯のが惰眠を貪っています

実はこの養老鉄道、現在のラインナップは全て、近鉄の初期高性能通勤車なのですが、その近鉄でデビューした頃(昭和30年代初頭)の復刻塗装が2種類あり、それぞれ「センロク」(この電車・元1600系の肌色に青帯)、「ラビットカー」(南大阪線にデビューしたオレンジに白帯・岡本太郎デザインのウサギマーク入り)と呼ばれているのですが、そのどちらも、この日は運用に入っていませんでした。

(ラビットは車庫にもいなかったので、もしかすると大垣から揖斐方向への運用に入っていたかもしれません)
 
車庫の奥には、すでに東急からの譲渡ステンレスカーが搬入されていました。

 
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次の桑名行きで先を目指します

この長ーい吊革と、三角形のカバーが付いた照明が、近鉄通勤車の血統です


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ちなみに今日のお供はコレ、1500円

今日のルートだと元取れるかギリですが、無人駅が多くて煩雑なので、これは便利


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京都線・東寺あたりの雰囲気で、、、実は田んぼの中の高架駅、烏江へ


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ここから次の美濃高田まで、高架を降りると、田園風景の中を往きます


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農道を跨ぐ、低い、小さな、レンガ積み橋脚の鉄橋・・・、イイですねぇ


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種籾用でしょうか?一部刈られずに残っている稲穂を前に・・・


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渋い雰囲気の美濃高田駅からは、一駅電車に乗ります


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養老へ、、、大垣市政100周年記念ラッピングなんていう、変なのが・・・

お願いだから、天気のよい週末、東急車の導入も決まってるんだから、センロクやラビットを走らせてくれ、、、養老鉄道、、、
 
 
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名物の瓢箪がたくさんぶら下がってます、、、瓢箪と少女たち、中々シュールです


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駅前は紅葉していました

有名な「養老の滝」は、ここが玄関口です


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少し離れた、山深い風景のところで・・・


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駅で交換してくる電車は、滝の下流にあたる川の鉄橋で


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市政100年ラッピング以外は、全部小豆色だとわかったので、そろそろ桑名へ

やって来たのは「薬膳列車」の標示がある特別列車で、先頭の1両だけは貸し切りで車内にテーブルが入り、薬膳料理や地産の銘菓などが振舞われるようです。
 
 
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13時頃に桑名到着


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思えば40年ぶりくらいの、養老線桑名駅ホームです

(現在は近鉄と別会社になり、中間改札などがある関係でホームの配置が変わってしまい、同じ構図での撮影は困難でした)


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近鉄線ホームには、近鉄特急最古参の12200系がいました





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哀愁のテールランプで、次号「北勢線編」につづく!
 
 
 


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