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三浦アルプスを下りてきて、逗子でお蕎麦を頂いた 後は、ちょっとだけ街をお散歩
近年の地方の中核市辺りに見られる、微妙な廃退間もありますが
それ故懐かしさを感じる看板、そして今時っぽいシャッターアート
古い町らしい、立派なお屋敷もあります
また、海沿いは御用邸のある葉山、そして鎌倉に隣接し、披露山をはじめとした高級な山側の分譲地もある土地柄です。
だからこんなお店で、品のある年配のご婦人が
ご主人と染め上がりを見ながら、お話していたりします
地元のお友達イチオシのおもちゃ屋
箱絵が退色してしまったような、デッドストックのおもちゃがいっぱいありました
特に箱がもう真っ白になりかけた古いトミカ、ALL30%OFFでしたよ!!
我々は地野菜の直売所へ、、、その向かいにも、何やら雰囲気ある木造が
上の写真だと間口は広そうなのですが、逆はこんな、鋭角の三角地物件です
店内も古色蒼然たる、お米屋さんでした
ピーターラビットの絵本に出てくるような、葉付きのいろんなニンジンがありました
朝一に来れば、ここいっぱいの野菜が並ぶそうですよ☆
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昭和の残像
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コメント(5)
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話は1月6日、父の見舞い帰りの原宿へと戻ります
表題の呼称が、正式名称だって知ってました?ww
オリンピック体育館とか、代々木競技場とか、言ってませんでしたか?
躍動するアスリートたちにふさわしい、抑揚に富んだ設計は、あの丹下健三
第一体育館の裏手で目立ちませんが、第二体育館も基本的に同意匠になっています
今から半世紀以上も前に、この素晴らしい建築は作られました
もっとも丹下といえば、この9年も前に、更に素晴らしい建築 を残してますが…
次のオリンピックに来日する、世界のアスリートたちに・・・
これが1964年、東京五輪の時の建物だと、我々は誇って良いと思います
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今日はお昼ご飯を食べた後、運動がてら、父の入院する原宿のリハビリ病院まで、歩いてお見舞い。
ちょっと考えることがあって、カメラを持っていきました。
昭和48年ごろ、国立代々木体育館のデッキから撮った写真です
実はこの空き地の部分に、今、父が入院している病院が建っているのです
正面が病院の建物、右の白い高層集合住宅が、昔の写真にも写っていますね
病院ができたのは3年前、それ以前には、この場所にはキリンビールの本社がありました。
つまり、昔の写真でこれから建築が始まろうとしているのは、この病院ではなく、その前のキリンビール本社ビルなんですね。
もう少し左にカメラを振った、ちょうど病院の前庭あたりです
今はこんな感じ
モノクロ写真の、2本の工事クレーンの間に見える遠方の建物に注目です
これです
周りに立て込んだビルの間から、わずかに確認でき、撮影位置がわかりました
実はショックなことが一つ
このさらに左、ちょうど病院の北隣
以前の記事でもご紹介した、お城を模したブティックの建物がありました
その記事の時、2012年のクリスマスイブの日の写真です
左端の国土計画ビルが無くなっただけで、大きな変化がないのがわかります
赤いレンガのコロンバンビル後方には高層ビルが建ち、お城は消えてしまいました
子供のころから慣れ親しんだ風景が、また一つ、変わってしまいました・・・
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駅伝の通過後、処刑場にほど近い、鈴ヶ森の第一京浜を後にし、東側に並走する「旧・東海道」へと入り、立会川方向へと向かいました。
早速見事な、切妻と看板建築が合体した、銅板葺きの商店建築が現れました
雨戸の戸袋や、窓の手すりの造形が素晴らしく
建具がアルミサッシなどではなく、まだ木造のままなのもいいですね
地名となった立会川を渡る橋のたもと近く、天祖諏訪神社があります
北品川から大森にかけての、東海道七福神のうち、福禄寿を祀る神社です
七福神巡りを含む、初詣の人々で賑わっていました
そして立会川、向こう側に立会川駅を出る京急の高架を望みます
この付近、土地区画整理が行われておらず、川筋も昔の蛇行の面影を残しているのがいいですね♪
橋を渡れば、すぐに駅へと入る路地の入口です
この、角のタバコ屋さんから続く、路地の風情もまたいい感じ☆
駅の手前の児童遊園に、若き日の坂本龍馬がいましたww
幕末、黒船襲来で、江戸沿岸の警備のため、この付近に派遣されたのだそうです
寒くなければ、品川まで七福神巡りをして歩いても小一時間ほど
それだけでなく、旧・東海道は銅板葺きやそれ以前の宿場風建築、さらには洋館など、建物好きにもたまらない題材の宝庫なので、散策したい気持ちもあったのですが、とにかく駅伝応援で冷え切ってしまったので、それはまたの機会にリベンジすることとし、ここから電車に乗って品川に出ました。
この雰囲気が消えないうちに、もう一度・・・
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