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東京おとなガレージ
旧い車や鉄道、懐かしい風景などを愛するおとなのブログです。

書庫昭和の残像

 http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/f8/8c/de_eb_zzzz/folder/1024723/img_1024723_22651713_0?1257433412 自分が子供の頃に親しんだ風景や、懐かしい建物などを紹介します。
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今日は鉄道中心じゃない、懐かしい鎌倉の風景を、鎌倉から江ノ島に向かって、順を追って(時系列ではありません)並べてみました。

ご覧ください♪


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鎌倉・御成通り


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御成通り


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御成通り


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御成通り


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上の写真交差点から江ノ電踏切方向


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これも御成通り脇道


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丸七商店街


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丸七商店街内部、いわゆる昔の集合市場、マーケットですね


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丸七商店街


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丸七商店街・電気代は個別会計デスww


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鎌倉中央食品市場


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長谷周辺


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長谷駅裏の小さな水路、蟹がいました♪


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長谷から御霊神社への途中


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これも長谷から御霊神社への途中、古い住居表示


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御霊神社付近


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御霊神社


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御霊神社


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腰越付近


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腰越付近


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江ノ島・腰越間併用軌道沿いの酒屋さん




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次はどこ見よう♪
 
 


 
江ノ電沿線や鎌倉の懐かしい風景については、過去記事も豊富にありますのでご参考まで!
(画像かタイトルをクリックすると、元記事にリンクします)


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2015年5月5日 江ノ電沿線・懐かしい風景


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2017年1月15日 鎌倉昭和的散策


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2017年1月31日 江ノ電沿線昭和追悼


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2017年5月6日 海辺の邸宅街、そして天国と地獄
 
 
 

少年時代

 
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海岸線の崖に張り付くような、その小さな海辺の駅に下り立つと、懐かしい海風が吹き上げてきて、僕の記憶をくすぐりました。
 
 
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遠い過去の、夏休みの思い出・・・、向かいのホームにいるのは、あの日の僕なのかも・・・。
 
 
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石積みを抱き込んだ、古めかしい連絡通路を降りていくと、ひんやりとした空気が心地よく吹き抜けていきます。
 
 
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時間をさかのぼる、タイムトンネルなのか?


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下りて、上って50段余。一段ごとに、時間は一年ずつ、過去へと遡って・・・。
 
 
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上ったホームには、もう子供たちの姿は消えていて、あの日の僕が・・・。


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少し急な長い階段を、僕は弟を抱いた母の後から、茂った木立が涼しげな影を落とす、駅前のささやかな広場へ下りていきます。
 
 
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打ち捨てられたようなタクシー営業所。タクシーが必要なほどの規模の町ではないようです。


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駅前の小さな店で、アイスクリームを買ってもらい・・・。


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彼方に海の見える、駅前の坂を下ります。


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町は海辺独特の、白飛びしたような明るさと、時を止めたような錆びたセピアの中に佇んでいます。
 
細い階段の通路を上がると、そこが今日お世話になる民宿でした。
 
 
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廃屋となった隣の民家の庭からは、むっとするような夏草の匂い・・・



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翌朝、干物とハムサラダと生卵だけの、質素な、だけどやたらとうまい朝食を食べるとすぐに、僕は部屋でもう水着に着替えてしまい、浮き輪を抱えて海へと続く坂道へ飛び出しました。

本当は、ふすま一枚隔てた隣の部屋の家族連れの中に、小麦色の肌をした、カモシカのような脚の、麦わら帽子の似合う女の子がいたのは知っていたのだけれど、、、それには気付かないふりをして・・・。
 
 
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開けた坂の途中から、広々とした海が見えると、僕は待ちきれずに、歩きにくいビーチサンダルを脱いで手に持つと、裸足のまま、熱いアスファルトの上を駆けだしていました・・・。
 
 
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そんな、少年時代・・・。




田端・崖のうえした

 
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さて、話は再び 土曜日の田端

山手線、京浜東北線は、上野を出ると北に向かって、武蔵野台地の「縁(へり)」を走っていきます。
 
 
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田端から、山手線は台地を分け入って駒込方面に登っていき、京浜東北線は台地の縁に沿ってそのまま赤羽を目指します。
この台地の終わりは、結構はっきりした崖になっていて、上野のお山、谷中、田端台地、飛鳥山と続いて赤羽で荒川に出て終わるわけです。
 
特に田端駅周辺は、崖線がはっきりとしていて、その上と下、それぞれに市街地が広がる風景が見られます。
 
 
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この写真を見ても、崖上は跨線橋レベルよりさらに高い南口よりまたさらに高く、新幹線の高架をもしのぐレベルなのがわかります。
 
 
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その台地の上、その名も「田端高台通り商店街」にあった魚屋さん

隣のお寿司屋さんも同じ屋号なので、魚屋さん直営のお寿司屋さんなのかもしれません。当書庫ではお馴染みの、電話局番3桁看板物件です。
 
 
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通りを一本入ると、山の手台地にありながら特に区画整理などはされておらず、入り組んだ細街路に、木賃アパートなどが建て込んでいます。
 
 
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う〜む、、、傾いてますね、物干し台



さて、今度は駅に戻って反対側、崖の下側に向かい、尾久方面へ向かいました。
 
 
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ここにも番号3桁物件!そして奇しくもコチラも同屋号2店舗物件です

そして商店街名は「田端駅下仲通り商店街」、「高台通り」と対を成す、実に田端らしい対比ではありませんか。
この駅下中通り商店街には、昭和臭満点の大衆割烹や、業務用向けスーパー(一般客大歓迎)などが並び、こちらも懐かしい雰囲気が漂っていました。
 
 
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ほどなく高崎・宇都宮線にぶつかり、奥方向が尾久方向ですww


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線路の向こう側の高架下も、下町ムードが漂います


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この広大な車両基地(尾久車両センター)、かつては尾久客車区と呼ばれていました


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1970年代の尾久駅。ホームからも良く見えた客車区には、「上野発の夜行列車♪」用の客車が多数休んでいました。
 
 
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その広大な車両基地で町が分断されているので、尾久駅にはその連絡通路があります

「尾久構内架道橋」、実際には地下通路ですが、架道橋扱いなんですね


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誰かにヤラレちゃいそうなので、向こう側に行くのはやめました・・・

東成田物件 といい勝負ですww



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最後は昭和48年ごろの田端機関区の写真で、、、空が広かったですね


時間の関係で詰めが甘かったので、もう一度くらいは探訪してみたいです♪


 

熊蜂会って何さ!?

 
さてさて、日曜日の 熊谷・問屋町祭りクラシックカー展示 をちょいと抜け出し、秩父鉄道の新駅探索 に向かう途中、、、
 
 
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何やら味わい深い、昭和臭に満ちた市場建築!
 
 
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熊蜂会!!

熊谷食品卸売市場、いいセンスしとるじゃないか!!

ソシオなんちゃら、なんてのより、ずっと気合と迫力を感じるぞwww


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ゼロ戦でも格納しておきたくなるような、カマボコ屋根


ソシオ熊谷流通センターとは別組織なのですが、いわゆる工業団地のように、物流拠点として一箇所に集約されているようです。
ソシオより歴史は古いようで、設立は昭和42年、道理で雰囲気満点オーラが出ているわけです。
 
 
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市場サービスセンターと書かれた、この集合商店建築もイイ感じです


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どれ程サービスになっているかは分らんけど、中央のうどん屋は盛業のようでした


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向かいのモータースも中々の気配です!


今まで、比較的新しい物流拠点なのかと思っていましたが、そうでもなさそうなことがわかりました。
来年も参加出来たら、ちょっと探訪してみますかね♪
 
 
 

天空の門前町

 
お話は、こどもの日の御岳山ハイキング へと戻ります。
 
霊峰御岳山の御嶽神社は、このような山上の神社仏閣としては相当な規模の門前町を構えています。
 
 
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標高850mほどでしょうか?

あの高尾山山頂よりさらに250mほども高い、天空の門前町です


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土産物屋や休憩処にも、非常に旧い建物が散見されます


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代官屋敷のような立派な門構えのここは宿坊です

古くから山岳信仰の対象だった御岳山、御嶽神社の門前には、こうした宿坊が今でも20軒以上残っているそうです。
 
 
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寶壽閣の看板が掲げられたここは、国民宿舎の指定を受けているようでした


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これだけの規模の門前町が発展した背景には、整備された参道の存在があります

我々ハイキング客や参拝客は、徒歩かケーブルカーで登って来るほか術がありませんが、写真の通り、地元の方々には車の使用が可能となっており、軽トラック程度の車なら、山麓からここまで行き来できるようになっています。
 
もっとも、自動車の発達以前から、この天空の門前町は存在していましたし、むしろ便利になった今よりも、宿泊客などで賑わっていたことでしょう。

そんな時代の証人・・・。
 
 
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こんな、大八車が立掛けてある納屋が残っていました

軽トラが登って来れるとはいえ、おそらく初期の360ccの未熟な軽自動車では、荷物を満載しての登頂はかなりの困難を伴ったのではないかと想像できます。
きっと昭和40年代くらいまでは、この大八車も現役だったのではないでしょうか?
 
 
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ハイキング以外の楽しみも満載の御岳山なのでした☆
 
 
 
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