ここから本文です
東京おとなガレージ
旧い車や鉄道、懐かしい風景などを愛するおとなのブログです。

書庫鉄道趣味人会

 http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/f8/8c/de_eb_zzzz/folder/1024723/img_1024723_22651713_4?1257433412 鉄路にまつわるエトセトラ♪
記事検索
検索

全86ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

 
前記事にて、濃尾・北勢のローカル私鉄を回る旅は、予定の行程をすべて終え、近鉄四日市から名古屋へと戻ってきました。
 
 
イメージ 1

ラストの宇治急は、近鉄一般車白眉の5200系に乗れました☆


イメージ 2

その隣には発車していく、名阪甲特急・アーバンライナー

さらに隣に、サニーカーの名阪乙特急と黄金配列!


イメージ 3

4番ホームは昔から、最優等列車が割り当てられていました

写真は昭和55年、最新鋭2階建て特急の NEW ビスタカー


イメージ 4

5番ホームも主要駅停車の特急用、まさに特急王国・近鉄らしい風景です


イメージ 5

これも昭和55年、大雪の日でした


さて、近鉄名古屋駅、連絡改札横の券売機で帰りの新幹線の切符を購入し、そのままJR駅構内に入ります。
新幹線は、直近の「のぞみ」ではなく、夕食も食べたかったので、30分ぐらい余裕をもって列車を選びました。


イメージ 6

少し時間に余裕ができたので、JR在来線の中央線近郊区間ホームへ

セントラルライナー崩れの313系が発車するところでした


イメージ 7

隣には国鉄設計の昭和生まれ、211系


イメージ 8

40年ほど前の中央線名古屋口には、まだこんな旧型国電が走っていました


イメージ 9

こちらは中央線長距離列車用ホーム、特急「しなの」です


イメージ 10

そしてホームのきしめん屋さんへ♪ 在来線ホーム限定の、ワンコインきしめん

海老天と生卵に、カツブシがたっぷり掛かって500円です。
立ち食いのきしめん屋自体は、新幹線ホームにもあるのですが、やっぱり地元の人々が入れ替わる、在来線の通勤電車のホームで食べたいじゃないですか!
隣では、いかにも会社帰りという感じのお姉さんが一人、麺を啜っていました。
 
 
イメージ 11

時間となったので「のぞみ」の人に・・・

先月のお誕生日に、娘がプレゼントしてくれたスタバクーポンで、キャラメルマキアートをゲットして、あとは東京に戻るだけ。

 
イメージ 12

あれだけ乗り回しても、品川着20時30分!

新幹線、スバラシイです!!



イメージ 13

鉄道編はこれでおしまいですが、、、

昭和の残像編につづきます!!
 
 
 

この記事に

 
イメージ 1

r分岐の古風なジャンクション、僅かな茜の残る空には、上弦の月

濃尾・北勢弾丸ツアー、三岐鉄道三岐線 で到着した近鉄富田からは・・・


イメージ 2

やって来た伝統の宇治急(宇治山田行き急行)で、近鉄四日市へ

ちなみに、名古屋線の宇治急は、途中大阪線との接続駅である伊勢中川で、必ず宇治山田発大阪行きの宇治急に対向ホームで接続し、名阪連絡を担っています。
 
 
イメージ 3

途中無停車、7分で近鉄四日市

またヘンテコなラッピング電車がいましたww


イメージ 4

高架の近鉄ホーム下に隠れるように、四日市あすなろう鉄道の駅があります

この四日市あすなろう鉄道も、元々は近鉄の特殊狭軌線、内部・八王子線で、さらにその昔は三重交通の鉄道線だった路線です。
一地方私鉄に吸収された 三岐鉄道北勢線 とは異なり、こちらは近鉄と四日市市による、第三セクター路線となっています。
 
 
イメージ 5

”あすなろう”は明日への希望と、特殊狭軌線を意味するナローゲージを合わせた命名


イメージ 6

電車は新車で、暖色系のLED照明も明るい、バスのようなシートの車内です


イメージ 7

ハートの把手が可愛いですね♪


イメージ 8

日が暮れちゃったので、終点までは行かず、途中、内部線と八王子線の分岐点である、日永駅まで向かいました。
直線の内部線から、カーブで八王子線が分岐する、r型のユニークな分岐駅です。
 
 
イメージ 9

乗ってきた八王子線・西日野行きが、マジックアワーの西の空に向かって発車します

ちなみに昭和50年代初めの水害で、八王子線の名前の由来である、八王子と西日野の間は復旧困難な被害を受け廃止、現在の八王子線の終点は西日野となっているのです。
(多摩地域の都市名と一致しているのは、全くの偶然です)
 
 
イメージ 10

電車が折り返してくるまでの間、少し時間があったので、駅前に出てみました


イメージ 11

良く見ると、駅舎は40年以上前のまま、外壁を張り替えただけなのがわかりました


イメージ 12

電車が西日永から戻ってきました、これで四日市へ戻ります


イメージ 13

このホームも、実はほとんど変わっていないのです


イメージ 14

下りの内部行きを待って発車です


イメージ 15

小さな電車の、小さなメモリアル・トリップが終わりました


かつての内部・八王子線はこちらの過去記事→「北勢の軽便電車(その2)」をご覧ください。


イメージ 16

近鉄四日市に戻ると、ちょうど湯の山線の電車が発車するところでした

本線のホーム途中から分岐していくこの湯の山線も、元々は三重交通の特殊狭軌線でしたが、中京の奥座敷・湯の山温泉を抱えていたことが幸いして、近鉄本線の電車が乗り入れられるように改軌されたものです。
 

 
イメージ 17

オレも歳取ったなぁ、、、なんて思いながら、名古屋・駅撮り編につづく!!
 
 
 

この記事に

 
イメージ 1

なぜに傾いてるの?いせはつた

三岐鉄道北勢線 の終点、阿下喜から、タクシーに乗ると730円、所謂ワンメーターで、員弁川対岸の三岐鉄道三岐線・伊勢治田駅に着きます。
 
 
イメージ 2

近鉄富田まで、470円の切符を千円札で買おうとしたら、、、

釣銭が厳しいらしく、500円玉ありませんか?と言われた、、、大丈夫なん?ココ


イメージ 3

今や絶滅危惧種の厚紙切符、硬券です!!(お釣りはもらいましたww)


イメージ 4

踏切が鳴ったと思ったら、貨物列車が来ました


イメージ 5

そう、三岐線は昔から貨物輸送が盛んです

東の秩父・武甲山と並ぶ、石灰石の塊の山、藤原岳の山裾を走る三岐線は、太平洋セメント傘下の鉄道会社で、セメント貨物列車の運行が盛んにおこなわれているのです。
(西武鉄道、秩父鉄道が、鉄道でのセメント輸送をやめてしまった今、私鉄では日本唯一の存在です)
 
 
イメージ 6

広いヤードを有する構内で、長大な貨物列車が、たった2両の下り電車と交換します


イメージ 7

電車が往き過ぎると、小さくホイッスルを鳴らして、悠々と発車して往きました

いゃー、出だしからイイモノ見せてもらったわ♪


イメージ 8

さっきの電車が、西藤原から折り返して来ました

これに乗って近鉄富田に向かいます


イメージ 9

今度は貨物ではなく、下り電車との交換のようです

ちなみに電車は全て、セメント繫がりではないけれど、西武鉄道からのお下がりです


イメージ 10

元・西武701系2両に、新101系を1両くっつけた、凸凹編成が来ましたw


イメージ 11

途中の交換は、平面顔の元・401系同士ですが、、、

こちらは側窓のサッシが塗装、向こうはアルミ地肌、下らない事が気になります


イメージ 12

途中、保々駅併設の車庫内を盗み撮り♪


イメージ 13

近鉄富田直前の交換では、変なラッピング電車が・・・

そろそろ車のプラグ、交換するかなーww


イメージ 14

特段のドラマもなく、近鉄富田に到着です


イメージ 15

40年前は、くすんだ濃淡青緑の、こんな地味な塗装でした

ちなみにこの車両は、元・小田急です


かつての三岐線はこちらの過去記事→「雪原を往く」をご覧ください


イメージ 16

停車ホームの向かいはもう、なんの境もなく近鉄富田駅のホーム

近鉄ご自慢の名阪特急・アーバンライナーが駆け抜けていきます


イメージ 17

名古屋方向の見事な3線Sカーブ、左1本は狭軌の三岐線、複線の近鉄は標準軌です

湯の山温泉からの観光列車、「つどい」が通過していきました


さぁ、次は”四日市あすなろう鉄道”目指して、夕闇迫る近鉄四日市に向かいます!
 
 
 

この記事に

 
イメージ 1

滑り台のような急勾配!、頑張れ!!軽便電車!!


イメージ 2

養老鉄道で桑名へ出た後、向かったのは、駅前広場を少し歩いた西桑名駅

ここから阿下喜(あげき)へと向かう特殊狭軌線、三岐鉄道北勢線の始発駅です

向こうを走る標準軌(軌間:1435mm)の近鉄特急・ビスタカーと比べたら、半分余ほどの線路幅(軌間:762mm)しかない、長閑な時間が流れる北勢線も、元々は近鉄の一路線でした。(そのさらに昔は、三重交通という、現在もバス会社として現存する会社の鉄道線でした)
 
 
イメージ 3

採算が取れず、廃止の憂き目に遭いそうな所を救ったのは、員弁川の対岸を走る、太平洋セメント傘下の三岐鉄道でした。(このカラーは三岐の標準色です)
大手私鉄の一路線が、地方私鉄にその身を救ってもらった、極めて稀有な事例です。
 
 
イメージ 4

近鉄時代の西桑名駅(昭和51年)、今とは少し位置が動いています

当時は車庫が併設されていました


イメージ 5

近鉄時代に新造された先頭電動車には乗らず、この2両目に

丸屋根の残るコイツは、昭和20年代、三重交通時代の車両を更新したものです


イメージ 6

元はバス窓の、こんな車両でした


イメージ 7

楚原までの区間列車だったので、その終点、楚原まで乗りました


イメージ 8

三角屋根の影が落ちる、静かな駅前を出て


イメージ 9

1kmほど先の、土木遺産でもあるねじり橋・めがね橋を目指します

ちょっとわかりにくい所ですが、案内が完備しているので安心です


イメージ 10

まず現れたのはねじり橋、北勢線が六把野(ろっぱの)用水を斜めに渡ります

このため、アーチ頂部では路線に直角な目地が、次第にねじれて袂に至る、不思議なコンクリートブロック積み構造になっています。(「ねじりまんぽ」と呼ばれます)
 
周囲は開けておらず、写真には厳しい条件なので、次のめがね橋を目指しましょう!
 
 
イメージ 11

ねじり橋を抜けると、広々とした農地が開け、美しい3連のめがね橋が見えてきます


イメージ 12

阿下喜からの電車がやって来ました、旧・三重交通の復刻塗装車です!


イメージ 13

めがね橋を渡っていきます

右3両は連接構造で、軽便鉄道初のカルダン駆動高性能車だった電車です

(今は電装解除されて、左の電動車に牽かれるトレーラーとなっています)


イメージ 14

すぐに楚原で交換した阿下喜行きがやって来ます


イメージ 15

ゆっくりと、目の前を通り過ぎていきました


イメージ 16

また1kmを歩いて、楚原に戻ってきました

ここから北勢線の終点、阿下喜へと、全線走破を目指します


イメージ 17

先に桑名行きの上り列車がやって来ました


イメージ 18

部活帰りの女子中学生でしょうか? 賑やかですww


イメージ 19

桑名行きを待たせて、冒頭写真の急坂を、阿下喜行きが登ってきます

コイツで阿下喜へと向かいました


イメージ 21

阿下喜までは二駅、ほどなく到着しました、、、横になんかいますね


イメージ 20

こんなのが・・・、なんだか楽しそうです


イメージ 24

これは昭和55年頃の阿下喜駅、ゆったりとした構内を有していました

(写真は駅舎と逆側からなので、上の写真のアトラクションはホーム左手に相当)


イメージ 22

線路に隣接したその場所が、軽便鉄道博物館(市民団体運営)になっているのです


イメージ 23

かつての北勢線の主力、モニ220が保存されています


イメージ 25

その阿下喜駅を後にし、員弁川対岸の三岐鉄道三岐線・伊勢治田駅に向かいました

実は歩いても30分くらい、かつては歩いて向かったこともあるのですが、今回はもうこの時点で15時半近く、、、日が暮れちゃうのでタクシーを使いました。
ワンメーター、730円です。
 
 
イメージ 26

そういえば40年前も、タクシーが手持ち無沙汰に客待ちをしていたっけ・・・



学生時代以来、久々に訪れた北勢線、近代化されたとはいえ、まだまだ軽便鉄道の魅力が溢れていました♪

かつての北勢線はこちらの過去記事→「北勢の軽便電車(その1)」をご覧ください
 
 
イメージ 27

膝突き合わせる狭い車内は、学生たちの良き揺り籠でした・・・
 
 
 
(三岐線編につづく!)
 
 
 

この記事に

 
イメージ 1

小豆色一色の電車が、かつての近鉄を偲ばせる養老鉄道

先日の JAPAN MINI DAY の折、私の「鉄」の師匠である、名古屋在住の10歳の少年と、養老鉄道の元・近鉄の電車が、東急のステンレスカーに置き換えられちゃう、という(マニアックな)話になり、師匠から、

「行くなら今のうちだね・・・」

とボソッと言われたのが引っ掛かってしまい・・・(笑)

年内のスケジュールと、この週末のお天気を鑑みて、行くならこの土曜日しかない!!と決断し、弾丸ツアーと相成ったわけでございます。
 
 
イメージ 2

朝6時台の「のぞみ」、いつも混んでます、、、1号は満席で、臨時の151号に


イメージ 3

一時間半で名古屋へ、、、凄い時代です


イメージ 4

名古屋からは快適な新快速で、30分ほどで大垣へ着弾


イメージ 5

樽見鉄道にちょっとご挨拶してから・・・


イメージ 6

駅前脇の養老鉄道・大垣駅へ・・・

元々は近鉄の養老線という路線でしたが、3セク化された路線です


イメージ 7

懐かしい、近鉄の初期高性能通勤車が待っています


イメージ 8

隣の、車庫のある西大垣までの電車だったので、ちょっと車庫を覗いてみます


イメージ 9

肌色に青帯のが惰眠を貪っています

実はこの養老鉄道、現在のラインナップは全て、近鉄の初期高性能通勤車なのですが、その近鉄でデビューした頃(昭和30年代初頭)の復刻塗装が2種類あり、それぞれ「センロク」(この電車・元1600系の肌色に青帯)、「ラビットカー」(南大阪線にデビューしたオレンジに白帯・岡本太郎デザインのウサギマーク入り)と呼ばれているのですが、そのどちらも、この日は運用に入っていませんでした。

(ラビットは車庫にもいなかったので、もしかすると大垣から揖斐方向への運用に入っていたかもしれません)
 
車庫の奥には、すでに東急からの譲渡ステンレスカーが搬入されていました。

 
イメージ 10

次の桑名行きで先を目指します

この長ーい吊革と、三角形のカバーが付いた照明が、近鉄通勤車の血統です


イメージ 19

ちなみに今日のお供はコレ、1500円

今日のルートだと元取れるかギリですが、無人駅が多くて煩雑なので、これは便利


イメージ 11

京都線・東寺あたりの雰囲気で、、、実は田んぼの中の高架駅、烏江へ


イメージ 12

ここから次の美濃高田まで、高架を降りると、田園風景の中を往きます


イメージ 13

農道を跨ぐ、低い、小さな、レンガ積み橋脚の鉄橋・・・、イイですねぇ


イメージ 14

種籾用でしょうか?一部刈られずに残っている稲穂を前に・・・


イメージ 15

渋い雰囲気の美濃高田駅からは、一駅電車に乗ります


イメージ 16

養老へ、、、大垣市政100周年記念ラッピングなんていう、変なのが・・・

お願いだから、天気のよい週末、東急車の導入も決まってるんだから、センロクやラビットを走らせてくれ、、、養老鉄道、、、
 
 
イメージ 17

名物の瓢箪がたくさんぶら下がってます、、、瓢箪と少女たち、中々シュールです


イメージ 18

駅前は紅葉していました

有名な「養老の滝」は、ここが玄関口です


イメージ 20

少し離れた、山深い風景のところで・・・


イメージ 21

駅で交換してくる電車は、滝の下流にあたる川の鉄橋で


イメージ 22

市政100年ラッピング以外は、全部小豆色だとわかったので、そろそろ桑名へ

やって来たのは「薬膳列車」の標示がある特別列車で、先頭の1両だけは貸し切りで車内にテーブルが入り、薬膳料理や地産の銘菓などが振舞われるようです。
 
 
イメージ 23

13時頃に桑名到着


イメージ 24

思えば40年ぶりくらいの、養老線桑名駅ホームです

(現在は近鉄と別会社になり、中間改札などがある関係でホームの配置が変わってしまい、同じ構図での撮影は困難でした)


イメージ 25

近鉄線ホームには、近鉄特急最古参の12200系がいました





イメージ 26

哀愁のテールランプで、次号「北勢線編」につづく!
 
 
 


この記事に

全86ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事