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高校・大学と、7年間お世話になった赤い電車
いちょう祭りの集合時間には、まだ余裕があったので、ちょっと寄り道・・・ww
コニカミノルタサイエンスドーム(八王子こども科学館)に保存されている、元・営団地下鉄丸ノ内線、500形電車でした。
廃車後、多くの仲間が地球の裏側、ブエノスアイレスの地下鉄に売却され、この姿のまま活躍したことで知られており、先日、その一部が東京メトロに里帰りして、レストアされたことでも有名になりました。 せっかくなので、記念撮影♪
写真の652番は1960年生まれ、赤影とタメなのであります!
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鉄道趣味人会
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前記事にて、濃尾・北勢のローカル私鉄を回る旅は、予定の行程をすべて終え、近鉄四日市から名古屋へと戻ってきました。
ラストの宇治急は、近鉄一般車白眉の5200系に乗れました☆
その隣には発車していく、名阪甲特急・アーバンライナー
さらに隣に、サニーカーの名阪乙特急と黄金配列!
4番ホームは昔から、最優等列車が割り当てられていました
写真は昭和55年、最新鋭2階建て特急の NEW ビスタカー
5番ホームも主要駅停車の特急用、まさに特急王国・近鉄らしい風景です
これも昭和55年、大雪の日でした
さて、近鉄名古屋駅、連絡改札横の券売機で帰りの新幹線の切符を購入し、そのままJR駅構内に入ります。
新幹線は、直近の「のぞみ」ではなく、夕食も食べたかったので、30分ぐらい余裕をもって列車を選びました。 少し時間に余裕ができたので、JR在来線の中央線近郊区間ホームへ
セントラルライナー崩れの313系が発車するところでした
隣には国鉄設計の昭和生まれ、211系
40年ほど前の中央線名古屋口には、まだこんな旧型国電が走っていました
こちらは中央線長距離列車用ホーム、特急「しなの」です
そしてホームのきしめん屋さんへ♪ 在来線ホーム限定の、ワンコインきしめん
海老天と生卵に、カツブシがたっぷり掛かって500円です。
立ち食いのきしめん屋自体は、新幹線ホームにもあるのですが、やっぱり地元の人々が入れ替わる、在来線の通勤電車のホームで食べたいじゃないですか! 隣では、いかにも会社帰りという感じのお姉さんが一人、麺を啜っていました。
時間となったので「のぞみ」の人に・・・
先月のお誕生日に、娘がプレゼントしてくれたスタバクーポンで、キャラメルマキアートをゲットして、あとは東京に戻るだけ。
あれだけ乗り回しても、品川着20時30分!
新幹線、スバラシイです!!
鉄道編はこれでおしまいですが、、、
昭和の残像編につづきます!!
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r分岐の古風なジャンクション、僅かな茜の残る空には、上弦の月
濃尾・北勢弾丸ツアー、三岐鉄道三岐線 で到着した近鉄富田からは・・・
やって来た伝統の宇治急(宇治山田行き急行)で、近鉄四日市へ
途中無停車、7分で近鉄四日市
またヘンテコなラッピング電車がいましたww
高架の近鉄ホーム下に隠れるように、四日市あすなろう鉄道の駅があります
一地方私鉄に吸収された 三岐鉄道北勢線 とは異なり、こちらは近鉄と四日市市による、第三セクター路線となっています。 ”あすなろう”は明日への希望と、特殊狭軌線を意味するナローゲージを合わせた命名
電車は新車で、暖色系のLED照明も明るい、バスのようなシートの車内です
ハートの把手が可愛いですね♪
日が暮れちゃったので、終点までは行かず、途中、内部線と八王子線の分岐点である、日永駅まで向かいました。
直線の内部線から、カーブで八王子線が分岐する、r型のユニークな分岐駅です。
乗ってきた八王子線・西日野行きが、マジックアワーの西の空に向かって発車します
ちなみに昭和50年代初めの水害で、八王子線の名前の由来である、八王子と西日野の間は復旧困難な被害を受け廃止、現在の八王子線の終点は西日野となっているのです。
(多摩地域の都市名と一致しているのは、全くの偶然です)
電車が折り返してくるまでの間、少し時間があったので、駅前に出てみました
良く見ると、駅舎は40年以上前のまま、外壁を張り替えただけなのがわかりました
電車が西日永から戻ってきました、これで四日市へ戻ります
このホームも、実はほとんど変わっていないのです
下りの内部行きを待って発車です
小さな電車の、小さなメモリアル・トリップが終わりました
かつての内部・八王子線はこちらの過去記事→「北勢の軽便電車(その2)」をご覧ください。
本線のホーム途中から分岐していくこの湯の山線も、元々は三重交通の特殊狭軌線でしたが、中京の奥座敷・湯の山温泉を抱えていたことが幸いして、近鉄本線の電車が乗り入れられるように改軌されたものです。 オレも歳取ったなぁ、、、なんて思いながら、名古屋・駅撮り編につづく!!
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近鉄富田まで、470円の切符を千円札で買おうとしたら、、、
釣銭が厳しいらしく、500円玉ありませんか?と言われた、、、大丈夫なん?ココ
今や絶滅危惧種の厚紙切符、硬券です!!(お釣りはもらいましたww)
踏切が鳴ったと思ったら、貨物列車が来ました
そう、三岐線は昔から貨物輸送が盛んです
(西武鉄道、秩父鉄道が、鉄道でのセメント輸送をやめてしまった今、私鉄では日本唯一の存在です)
広いヤードを有する構内で、長大な貨物列車が、たった2両の下り電車と交換します
電車が往き過ぎると、小さくホイッスルを鳴らして、悠々と発車して往きました
いゃー、出だしからイイモノ見せてもらったわ♪
さっきの電車が、西藤原から折り返して来ました
これに乗って近鉄富田に向かいます
今度は貨物ではなく、下り電車との交換のようです
ちなみに電車は全て、セメント繫がりではないけれど、西武鉄道からのお下がりです
元・西武701系2両に、新101系を1両くっつけた、凸凹編成が来ましたw
途中の交換は、平面顔の元・401系同士ですが、、、
こちらは側窓のサッシが塗装、向こうはアルミ地肌、下らない事が気になります
途中、保々駅併設の車庫内を盗み撮り♪
近鉄富田直前の交換では、変なラッピング電車が・・・
そろそろ車のプラグ、交換するかなーww
特段のドラマもなく、近鉄富田に到着です
40年前は、くすんだ濃淡青緑の、こんな地味な塗装でした
ちなみにこの車両は、元・小田急です
かつての三岐線はこちらの過去記事→「雪原を往く」をご覧ください
停車ホームの向かいはもう、なんの境もなく近鉄富田駅のホーム
近鉄ご自慢の名阪特急・アーバンライナーが駆け抜けていきます
名古屋方向の見事な3線Sカーブ、左1本は狭軌の三岐線、複線の近鉄は標準軌です
湯の山温泉からの観光列車、「つどい」が通過していきました
さぁ、次は”四日市あすなろう鉄道”目指して、夕闇迫る近鉄四日市に向かいます!
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滑り台のような急勾配!、頑張れ!!軽便電車!!
養老鉄道で桑名へ出た後、向かったのは、駅前広場を少し歩いた西桑名駅
ここから阿下喜(あげき)へと向かう特殊狭軌線、三岐鉄道北勢線の始発駅です
向こうを走る標準軌(軌間:1435mm)の近鉄特急・ビスタカーと比べたら、半分余ほどの線路幅(軌間:762mm)しかない、長閑な時間が流れる北勢線も、元々は近鉄の一路線でした。(そのさらに昔は、三重交通という、現在もバス会社として現存する会社の鉄道線でした)
採算が取れず、廃止の憂き目に遭いそうな所を救ったのは、員弁川の対岸を走る、太平洋セメント傘下の三岐鉄道でした。(このカラーは三岐の標準色です)
大手私鉄の一路線が、地方私鉄にその身を救ってもらった、極めて稀有な事例です。
近鉄時代の西桑名駅(昭和51年)、今とは少し位置が動いています
当時は車庫が併設されていました
近鉄時代に新造された先頭電動車には乗らず、この2両目に
丸屋根の残るコイツは、昭和20年代、三重交通時代の車両を更新したものです
元はバス窓の、こんな車両でした
楚原までの区間列車だったので、その終点、楚原まで乗りました
三角屋根の影が落ちる、静かな駅前を出て
1kmほど先の、土木遺産でもあるねじり橋・めがね橋を目指します
ちょっとわかりにくい所ですが、案内が完備しているので安心です
まず現れたのはねじり橋、北勢線が六把野(ろっぱの)用水を斜めに渡ります
このため、アーチ頂部では路線に直角な目地が、次第にねじれて袂に至る、不思議なコンクリートブロック積み構造になっています。(「ねじりまんぽ」と呼ばれます)
周囲は開けておらず、写真には厳しい条件なので、次のめがね橋を目指しましょう!
ねじり橋を抜けると、広々とした農地が開け、美しい3連のめがね橋が見えてきます
阿下喜からの電車がやって来ました、旧・三重交通の復刻塗装車です!
めがね橋を渡っていきます
右3両は連接構造で、軽便鉄道初のカルダン駆動高性能車だった電車です
(今は電装解除されて、左の電動車に牽かれるトレーラーとなっています)
すぐに楚原で交換した阿下喜行きがやって来ます
ゆっくりと、目の前を通り過ぎていきました
また1kmを歩いて、楚原に戻ってきました
ここから北勢線の終点、阿下喜へと、全線走破を目指します
先に桑名行きの上り列車がやって来ました
部活帰りの女子中学生でしょうか? 賑やかですww
桑名行きを待たせて、冒頭写真の急坂を、阿下喜行きが登ってきます
コイツで阿下喜へと向かいました
阿下喜までは二駅、ほどなく到着しました、、、横になんかいますね
こんなのが・・・、なんだか楽しそうです
これは昭和55年頃の阿下喜駅、ゆったりとした構内を有していました
(写真は駅舎と逆側からなので、上の写真のアトラクションはホーム左手に相当)
線路に隣接したその場所が、軽便鉄道博物館(市民団体運営)になっているのです
かつての北勢線の主力、モニ220が保存されています
その阿下喜駅を後にし、員弁川対岸の三岐鉄道三岐線・伊勢治田駅に向かいました
実は歩いても30分くらい、かつては歩いて向かったこともあるのですが、今回はもうこの時点で15時半近く、、、日が暮れちゃうのでタクシーを使いました。
ワンメーター、730円です。 そういえば40年前も、タクシーが手持ち無沙汰に客待ちをしていたっけ・・・
学生時代以来、久々に訪れた北勢線、近代化されたとはいえ、まだまだ軽便鉄道の魅力が溢れていました♪
かつての北勢線はこちらの過去記事→「北勢の軽便電車(その1)」をご覧ください
膝突き合わせる狭い車内は、学生たちの良き揺り籠でした・・・
(三岐線編につづく!)
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