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群馬県伊勢崎市に個人で産科医の野村氏が立てた博物館兼、神社であった。

いまから19年以上昔、(1990年ごろ)私は行って拝観したことがある。

竜宮作りの極彩色の大きな見上げるばかりの、極楽殿がそびえたち、その前庭には、延命の井戸とか長寿の洞窟、さらには銭洗いの清水などもあり、そこで私は小銭を洗った覚えがある。

この仙元神社は野村氏が京都の仙元の本社から招聘してここに分社を作ったようですね。そして

極楽殿は中が宝物殿となっていて、館内には天正大判、慶長大判、元禄大判など、の大判コレクションがなんと、10数枚もありそれが異彩を放っていた。その他古銭の大コレクションが所狭しとならべてあったっけ。野村氏は当時の古銭収集家として有名人でした。テレビにも出たことがあるはずです。

この仙元神社宝物館極楽殿は、中でも、収蔵品の

「天正大判」はこの博物館の目玉で、これは残ってるのは現存数はごくわずかです。
天正菱大判はまさに、博物館クラスのもので(現存数はごく僅か)、
市場に出回ることはまずないと思います。すべてが博物館に収蔵されているのですから、
売りに出されることはないはずですが、もし仮に出たとすれば1億円は超えるでしょう。
それにしてもその後、の顛末を思えば?あの天正大判どこにいったのでしょうかね?

当時何でも日銀の貨幣博物館、東海銀行貨幣博物館に次ぐほどの有数の貨幣博物館と紹介されてテレビの
ワイドショーにもご本人が出たはずだ。
古銭の大コレクターだったことは間違いない。

古銭以外にも、恐竜の卵、古代ガラスなどの多彩なコレクションが展示されていた、はずだった。

それが19年ぶりに、今日(2009年7月)行ってみたら、なんと、全く影も形もなく消え去っていたのである。

まったくなにもないのである。一体どうなってしまったのか?

あのりゅうぐづくりの見上げるような大きな極楽殿のあったはずの所にはなんとコンビニが出来ていた。
番地はどう見てもそこなのである。
しかしない。極楽殿がない。コンビにしかないのである。

一体、あの壮麗な朱塗りの見上げるばかりの極楽殿は何処に消えたのか?
そしてあの大判10数枚を含む偉大なコレクションは何処へ?前庭の、延命の井戸とか長寿の洞窟、さらには銭洗いの清水なども全くない。ただコンビニがあるだけ、、、。

以下にネットで調べた資料がある、

電話も載っているが私はそこに電話する勇気もないのである。
なぜって、その場所にはもうなにも存在しないのだから。
あの朱色の大極楽殿は何処に?きえたのだろうか?
長寿洞も、延命の井戸も、銭洗い弁天も、一体何処に?

追記

調べたところ、、野村氏が亡くなった後に、、
1996年に神社は閉鎖され、、またあの竜宮作りの極楽伝もその後、取り壊されたそうですね。
当然、、中にあった古銭、大判小判の大コレクションもすべて古銭業者に処分されたようです。
その理由は?私には不明です。あくまでも私の想像ですが、、遺族の方がこの施設と膨大な古銭コレクションの維持に困り?処分したのでしょうね?

一般論としてですが、、
いずれにしてもほかの個人博物館の末路についても、ご当人が亡くなると、
みんなこういった閉鎖、取り壊しという運命がほとんどなのですよね?
そうした個人博物館をいくつも私は見てきました。
赤城山山麓にあった「俵萌子博物館」もそうです。
http://www.biwa.ne.jp/~tam/sansaku/essay/09%20moeko/moeko.html
彼女が亡くなって、、閉館、、今は雑草が繁茂している廃屋になってますよ。

あるいは某、個人美術館もワイエスの絵画コレクションで有名でしたがご党首がなくなると、
遺族が遺産争いで、結局は美術館の収蔵品はすべて売り払われて換金されて閉館されてしまいましたものね。建物も売り払われて今は全く関係ない会社が事務所として使用してますね。

コレクターといっても、
まあ熱心なのはご本人だけですよ。
家族はおそらく苦々しい思いでそのあきれたマニアぶりを見てたのでしょうね。
でも、、生前は何も言えません。
で、ご本人が死ぬと早速、売り払って換金、、というお決まりのコースをたどった?ということなのでしょう?

個人美術館の哀れな運命はほとんどがこんなコースをたどるものですよね?



以下資料(引用)

 

仙元神社内極楽殿(江戸時代の銭刀、中生代7000年前の恐竜の卵の化石、東洋古代ガラスの展示)
    野村記念博物館(野村志郎コレクション。個人が収集した国内外の貨幣古銭などを陳列)
    貨幣博物館(世界各国の貨幣およそ10万点を展示。仙元神社境内)
【名称】仙元神社内極楽殿
【住所】群馬県伊勢崎市柴町535
【電話】0270ー32ー2780
【交通】JR高崎線本庄駅から伊勢崎行きバスで名和小学校前下車,徒歩15分
【開館】9:30〜17:00
【概要】江戸時代の銭刀
    中生代7000年前の恐竜の卵の化石
    東洋古代ガラスの展次


※仙元神社は産婦人科医師で古泉家でもある博泉 野村志郎がオーナーでもあったようです。瓜生がいつこの神社の職を拝しそして辞したのかは定かではありませんが奇しくも瓜生が逝去した年にこの神社もなくなって(取り壊されて)います。なお、この神社には野村が集めた古銭を展示する宝物殿の極楽殿(野村記念博物館・貨幣博物館も併設)がありました。野村は赤坂一郎が日本の絵銭を編集するにあたって資料提供するなど古銭界発展にも寄与しています。



http://blogs.yahoo.co.jp/deadcity666/34744391.html

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