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今日は
「プエルト・リコ
行きたいと思います!
バカルディだけにバカみたいにラム・コークを試飲してしもうた
次は頑張って「旧市街地」でお買い物のご案内です。
酔っ払っている上に、方向音痴のワタクシに
現地ガイドの上品なおっちゃんは優しい笑みと口調で
地図を指さしながらこう言います。
「ここから旧市街地(歴史地区)なんだけど
道が狭いからこの車は通れないのよ〜。
なので、この噴水のところで降りてもらって
ボクはココで待ってるからショッピングをしたら
ココで待ち合わせしましょ!
それで大丈夫かな?」
ヤ、ヤバイ・・・全く道順が頭に入らない
しかしそんな姿をガイドさんにもお客様にも
見せる訳にも行かず、調子こいて
「おーけーおーけーのぉぉぉーぷろぶれむっ」
と自身たっぷりに言ってのけます。
ガイドさんの携帯番号も教えてもらったし、まっ何とかなるでしょう!
ってことでとにかく降車して
世界遺産
へ潜入です!
噴水のところで降ろしてもらったのですが、その場所は
首都サンファンの山手の方。
下に向かって街が開けて行く感じです。
1500年代にスペインの植民地だったサンファンの旧市街地
スペイン統治時代の面影を色濃く残す建物がたくさんです。
規律正しく敷き詰められた石畳はスペインの特徴でもあるそうです。
ウルグアイにも同じような歴史的な旧市街地区があるのですが
ポルトガル人が作った石畳は敷き詰め方がとても雑でデコボコだったな〜。
スペイン人の性格を現しているんですかね・・・
目をひいたのが木作りの可愛い看板。
オシャレですよね〜
とにかくここ
「オールド・サンファン(旧市街地・歴史的地区)」
には通りの両サイドにレストランや気軽に入れるバーやパブ
お土産物屋さんはもちろんのこと骨董品屋、洋服屋、商店
などがひしめき合っています。
1軒1軒入って中をチェックして回りたい位キュートでオシャレな
ものがたっくさん!
しかも気軽に買えるものもたくさんあるし、高くないんです!!!
水色の生地にピンクでハイビスカス
がプリントしてある
「パレオ(水着の上などに巻く大きな敷物のような布)」
を買っちゃいました〜。
普通は南国などに行くと、15ドル〜20ドル位で結構高い
のですが、
ここでは8ドルでした!
だんだん下って来ました。
あるお土産物屋さんでお客様のお買い物を手伝っていた時、
超グラマーなイカシタ店員のお姉さん!
私がレジ先でちょっと手にとって見ていた「プエルトリコの国旗」がモチーフに
なった超キュートなキーホルダーをおまけしてくれたのでした☆
プエルトリコの人って良い人ばかり♡
そうそう、現地ガイドさんの待ち合わせ場所までは地図を片手に
入ったお店お店で場所を聞きながら、何とか無事にたどり着けましたよ〜。
ショッピングの後はホテルへ戻り、夕食はホテルから徒歩10分ほどの
日本食レストランへ。
海外ではよくあるのですが、表看板は大々的に
「ジャパニーズ レストラン」と共に「YAMATO」や「SAKURA」など
日本を象徴する店名の看板が掲げてあります。
でも中に入ると完璧に中国人のお店。
ここプエルトリコにもそういうレストランがたくさんありました。
各国を旅していると世界は空前の日本食ブームを感じるのですが
日本人がいなさそうな国では中国人が経営する日本食レストランが
欧米人を相手に大繁盛しています。
「なんだかな〜」って感じなのですが、中国人が作る「親子丼」や
ソーメンのようい細い「丸天うどん」にホっ
食事の後は、プエルトリコ人の友人と会う約束をしていました。
彼は友達であるアメリカ人の友人の友人。
元々は日本に住んでいました。(日本語出来ないけど・・・)
彼が日本にいる時に良く飲みに行ったり、観光に連れて行ったり
していました。
デコがプエルトリコに行く2日前にちょうど彼も故郷であるプエルトリコに
帰省してたので、
「んじゃ、オレの故郷を案内するぜ!」
って話になったのでした。
でも皆さん、ラブ・ロマンスは期待しないで下さいね・・・
全く対象外の彼ですから。
同級生だけど、子供も二人いるしね。
夜のオールド・サンファンへ潜入です。
ここはプエルトリコの最高責任者である知事官邸。
建物が美しいと有名な官邸です。
昼間は買い物に忙しく見れなかった場所です。
↑携帯で撮ったやつ。
←両方とも夜の撮影で
画像悪くてすいません・・・。
街の中心にある要塞。撮影した場所は要塞の外。
この中にお昼に行った旧市街地があります。
旧市街地が攻撃されないように、要塞で囲んでいるのです。
彼に連れて行ってもらった青空喫茶みたいな夜のバーでまたまた
「ラム・コーク」を飲んじゃいます。
ボヤけてますが、そのバーの前に港に寄港しているクルーズ船の夜景。 ラム・コークで気分を良くしたデコは、こんなキレイな夜景とはかけ離れたムードのない
会話を続けます。
そして、バカルディのラム工場に行ったことのない彼に得意げに
「工場見学自慢」をしてあげました!(ただの自慢話・・・)
彼に言われたこと・・・
「今日はまた一段とデカイ声でしゃべりまくるね・・・」
「いいやん!ここに来てまでまたデカイ声って言う・・・
だって誰かと気兼ねなくしゃべれるのは2週間ぶりなんやもん!」
キミは日本にいる時からこの彼と彼の友人に度々
「私の声がデカ過ぎる」
注意をされてたのでありました・・・。
おーとっと・・・しかし
良い機会なのでプエルトリコ出身の彼に聞きたいことがありました。 問い1:
「プエルトリコ人はアメリカから独立したいと思っていないのか?
選挙権も与えられていないし、いつまでもアメリカ自治区で良いのか?」
彼の答え:
「独立をしたがる政党はあるが、知事選では勝ったことがない。
アメリカから独立をすると、まず仕事がなくなる。プエルトリコは
主だった産業がないから、今となってはアメリカから離れてしまうと
治安も悪化するし、失業率が増えてしまう。
自分もアメリカで仕事をしてるし、ほとんどは独立はしたくない派かな。」
問い2:
「他のカリブ地域よりダントツ奴隷解放が早かったようだが、人種差別に
対しての意識はどうか?ここは特に他地域と違って様々な人種が混在
しているように見えるが・・・」
彼の答え:
「人種差別への意識はアメリカよりは遥かに進んでいると思う。
先祖代々遡ると訳が分からなくなってくるくらい複雑だから。
自分の父はアメリカ人(白人)、母はスペイン人(褐色系)。
おじいちゃんはスペイン人(褐色系)でおばあちゃんはフランス人(白人)。
んで、ひいおじいちゃんは確かキューバ系黒人で、
ひいおばあちゃんはスペイン人だったかな〜。
とにかく親戚、兄弟はみんな目の色も肌の色も違うから人種差別
なんて言ってられないんだよね。」
プエルトリコはカリブ海の中でも治安が良い地域。
彼が言うような背景があるからでしょうか・・・。
人々もおおらかで陽気でとにかく明るい!
て思ってもらいたいくらいって言ってました。
洗練されているという訳ではありませんが、
フレンドリーな感じでのサービス精神の旺盛さは
日本人も好きかもですね。
実際それを感じた場面はいくつもありました。 物価もそんなに高くないし、世界遺産も見れるし、海もキレイだし、
お買い物にも困らない。
おまけにその他のカリブ地域も行けるし。
ただ遠いんだよね・・・直行便がないのが残念なのです。
でも皆さんに機会があれば真っ先に行って欲しい場所ですね!
珍しいところで、割りと安全で、でも日本人が余りいなくてお勧めなところは?
って聞かれたら、これからしばらくは
「プエルト・リコ」
を紹介したいと思います!
そう言えば
「ア−チーチー アーチー
いやいや、
「アーップサイ、インサイダァゥッ
でお馴染みの
ラテン系歌手・リッキー・マーティン君
もここの出身ってことを思い出しました!
翌日の出発も早かったし、彼は車なので飲めないこともあり
密会!?は3時間弱で切り上げ、ホテルに帰りました。
短時間で短期間でしたが、友人もいたおかげで結構プエルトリコの
滞在は満喫出来、勉強にもなりました。
ほんと、前日の飛行機トラブルで1泊減ってしまったのが残念ですが
まっ仕方がないですね・・・。
これで長かったカリブ海&大西洋レポートはおしまいです。
本日も超長文にお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
PCを明日新品に変える予定ですので、明日以降に皆さんの
ところに一気に訪問しちゃいますね!!!
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米領★Puerto Rico★
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※またまた長文につき、スルーでも読み逃げでも何でも大歓迎でございます
訪問頂けるだけで、幸せでございます
今日も太陽さんは超元気
そして、デコ家には今日からやって来た怪獣達も超元気・・・
随分前にも記事にしたことがあったのですが、お泊まりが出来るようになった親戚の子供達が
ここ3〜4年デコ家に頻繁に遊びに来るようになりました。
小学3年生の双子の男の子と小学1年生の女の子の3人。
我が家では彼らが来る時は
「3名様ご来襲」
と言っています。
小学校の春、夏、冬休み、ゴールデンウィーク、年末年始、まるで本当のばあちゃんちのように
当たり前に帰省してきます。
「いつ迎えに来ると!!!」
って休みになると電話をかけてきます!
私からすればいとこ、母からすれば姪にあたる彼らのお母さんは、福岡市内から車で1時間
ほどの漁師の町に嫁いでいます。
いとこは私と同級生なのですが、小さいころから家も近所で仲良く育ち、姉妹同然の中。
そんな彼女の子供達なので、可愛くて可愛くて仕方がありません。
さて、明日からどこに連れて行こうかな〜!
とルンルン気分
妹ちゃん2歳半
あっというまに3年生と1年生
この頃はまだ小さかったな〜
でもまだみんな取り合いするようにして「おばぁ」に抱きついて寝るんだよね。
ちなみに「おばぁ」とはうちの母の愛称です。
ということで、またまた前置きが長くなってしまいました。
では本題に入ります。
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「プエルトリコ」
よく耳にする地名ですよね〜。
日本ではこの地の名前を続けて
プエルトリコ
と言いますねぇ。
でもスペイン語が全く分からないデコは何となーく
プエル
と
トリコ
で区切られているような感覚がありました。
でも実際は
プエルト
と
リコ
なんです。
「プエルト・リコ」
ですね・・・。
今まで数十年
区切り間違いしちゃってたんでなかなか慣れないですね〜。
今でも「プエル・トリコ」のような感覚です。
ただデコは今回のこの地の訪問で
「
になっちゃいそうなくらい、気にいっちゃいました!
なにがいいかって・・・例えば
「パレオがちょー可愛くて安い」
(デコ、パレオ好きなんです。あっ水着用じゃないですよ。布としてですよー。
あと機内の毛布代わり。飛行機マイナー路線は機内貸し出し毛布がない場合が
多いんですよ。)
ということで、プエルトリコに行ってみましょー
プエルトリコはこの矢印の延長線↓にあります
さすがアメリカ領だけあって
都会ですね〜。
高層ビルも見えます。
マルティニークを無事出発し
約1時間半でプエルトリコの
首都「サンファン」の到着。
プエルトリコはアメリカの「自治連邦区」。コモンウェルズという呼び方をするそうです。
言葉は難しいですが、簡単に言えばアメリカの州でない領土。
内部的な政治はプエルトリコの自治政府が行いますが、国防も含め外交等はアメリカ主体。
アメリカの市民権があり、パスポートもアメリカのもの。所得税納税義務はありません。
その代わり大統領選挙権もありません。
独自の軍はありませんので、アメリカ軍が介入していますし、軍隊の中にも普通に
プエルトリコ人がいます。
スペイン統治時代が長かったので、国民の多くは「スペイン語」を日常言語として話します。
もちろん英語も公用語ですがね〜。
不思議な島です。プエルトリコって!
まっ要はアメリカなんですよね。
でも国民に流れている血はラテン系と黒人系とヨーロッパ系。
ノリは完全にラテン
マルティニークを無事に出発し、滞りなくプエルトリコに到着し、空港からホテルも
何も問題なくスムーズに到着。
しかし、ホテルに着いてまた問題発生!!!
前日、現地手配会社の話では
「元々の予約は2泊で、料金も2泊分支払い済みなので、午前中にホテルに到着したら
すぐお部屋に入れるように手配しておきます。」
ということでした。
お客様達もやはり旅の終盤にハプニング発生で少し精神的にもお疲れのご様子。
「そりゃ良かったわ!」
と安心してたのですが、何と用意されてるはずの部屋がキャンセルされていたのです。
手配会社の交渉も虚しく、ホテル側は
「空室がないから14時以降にしかチェックイン出来ない」
との一点張り・・・。
これにはお客様もご立腹・・・。
そりゃそうですよ〜デコも怒り心頭で訴えましたが、本当に空室がない様子。
デコ達はホテルに11時前に到着したので、宿泊者達はまだチェックアウトも
してないんですよね〜。
優しいお客様は1泊分は返金という形でその場は納得頂きましたが、お金の問題
ではなかったんですよね・・・ほんとは・・・
帰国後、ホテルと現地旅行会社からお詫びと言い訳のメールが入ってました。
一行は気を取り直して、午後からの観光まで2時間ほど時間があるので昼食と
ショッピングに出かけました。
ホテルの周りは高級リゾートのようで、カジュアルだけど質の良いレストランが
多かったです。
レストランやスーパー、土産物店の店員さん達は明るくフレンドリーな方が
多かったです。そしてみんな優しいの!
ホテルの裏側の通りに面したビーチ。大西洋とカリブ海に挟まれた島です。
写真の海は大西洋です。
昼食&散策を終えて、ホテルにいったん戻り、現地ガイドと共に市内観光に出かけます。
最初は世界文化遺産登録の
「エル・モロ要塞」
1539年〜1783年にかけて作られた要塞。完成までに何と244年もの
月日を費やしたそうです。
大西洋に面し、島の突端にあるこの要塞は高さ43mで城壁の厚さが6mあります。
スペインが海賊や欧州諸国からの攻撃を防ぐために島の半分をぐるりと囲むような形で
建てられました。
そして〜プエルトリコのメイン・イベントとも言えるラム工場へ
「バカルディ・ラム工場」
バカルディ社の創業者スペインのワイン商ドン・ファクンド・バカルディ。
1830年にスペインからキューバに渡った彼は世界で初めて炭で不純物を取り除く
手法を考案。そして独自熟成方法とブレンドで極上のラム作りに成功しました。
トレード・マークのコウモリは創業者の奥さんが考案。
蒸留所の側の木にフルーツバット(コウモリ)がたくさんいたのを発見し、
トレードマークにするよう発案したそうです。
キューバでは文字が読めなくても、みんなこのマークを見ると、バカルディ社の
ポリシーと「とても縁起が良いものである!」と認識出来たようです。
当時キューバではコウモリは古くから健康、財産、一家団結という言い伝えが
あったそうで、そのことを彼女は知っていたようです。
きっとそのコウモリのおかげでしょう!
今ではバカルディ社は世界一のラム製造会社です。
時を経て、アメリカに進出したいと考えていたバカルディ社は
税金のかからないプエルトリコを生産工場として選んだということです。
バカルディ工場内は見学が出来ます。
見学料を払って1時間くらいのバスツアーに参加。
バカルディ社の歴史が分かる映画上映や創業
当時の工場の様子、炭のろ過装置、面白かったのはフレバー・ラムの種類がたくさんあるようで、箱を開けて色んなフルーツ・ラムの香りを楽しむというもの。レモン、リンゴ、マンゴーなど、色んな香りの
ラムがありましたね〜。
工場見学の締めくくりは試飲です!
入場券を購入したときに一人2杯の試飲券がもらえるのです。
デコ、実は大のラム好き
飲みたくて飲みたくてたまらなかったのですが、ここは仕事中・・・
自分の試飲券はお酒がお好きなお客様にお渡しし、グっとこらえて
お客様が試飲を楽しむご様子をニコニコ拝見していました。
でも一人のお客様から
「今、アルコールが飲めない体なんだよね〜。
デコさん、自分の券もらってくれるかな?
遠慮しないであなたも飲みなさいよ!」
他のお客様も
「そうよ〜。せっかくタダだし、カップだって小さいんだから
いいじゃない!私のもあげるわよ。1枚余ったのよ〜」
とおっしゃって下さいます。
ここはデコ、即答で
「ほんとにいいんですかぁ!?ありがとうございます
じゃあちょっと行って参りまーす」
と券を握り締めてカウンターへ。
大好きな「ラム・コーク」を頼みました。
めっちゃうまいやーん!
ラム・コークはキューバでは
「キューバ・リブレ」
と呼ばれています。ラム・コークの誕生にはちょっとした秘話があって、
1898年、アメリカはキューバのスペインからの独立を手助けしました。
「クーバ・リブレ(キューバに自由を!)」を掲げて独立を勝ち取ったキューバ。
ちょうど独立戦争の頃、アメリカ兵と共にやって来たコカコーラとキューバの
特産であったラムをミックスさせることを一人の将校が思いつきます。
アメリカ人将校がこのドリンクを掲げながら
「クーバ・リブレ
と叫んだことから
このカクテルの呼び名になったそうです。
試飲をしたデコがどうなたかって???
大きな声で言えないので、小さな文字で・・・
結局、4杯も飲んでしまったデコ・・・
酔わない訳がありません。
真っ赤な顔して、千鳥足気味で観光案内を続けるのでありました。
そんな私をニコニコして見守って下さるお客様達・・・
本当に皆さん、なんと良い方々なのでしょう
こんなに楽しく添乗をさせて頂いているのは本当にお客様のおかげだと
しみじみ感じていました。
ということで、今日はここまで。
次回は世界遺産登録されている
「オールド・サンファン〜旧市街地、歴史地区〜」の様子をお届けします!
今日も長文にお付き合い頂きまして、
本当にありがとうございました(^^)♪
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