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日本の総理大臣として史上初のポルトガル訪問。 両国の出会いは、ポルトガル人が種子島に漂着した1543年。470年余りの歴史があります。 パッソス・コエーリョ首相と首脳会談をさせていただきました。 ■ツイートする ■シェアする +--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.05.03[Sat] 08:48) +--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+ 「ここに地終わり海始まる」 ユーラシア大陸最西端のロカ岬を訪れました。 はるか大西洋を望み、日本からポルトガルを訪れた天正遣欧使節に想いをはせました。 ■ツイートする ■シェアする +--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.05.04[Sun] 09:33) ▼安倍晋三事務所携帯版HP http://www.s-abe.jp/ *メルマガの配信元です。 ■今回のヨーロッパ歴訪はイベリア半島にも及び、本文にあるようにポルトガル、次いでスペインを訪問。 4日21:33配信(5日2:21最終更新)の『毎日新聞』によれば、スペインではラホイ首相と会談、経済面では「スペイン企業のアジア進出を日本政府が、スペイン語圏の中南米への日本企業進出をスペイン政府が後押しすることで一致」。 「スペイン語圏の中南米への日本企業進出」とありますが、後述するように安倍さんはポルトガルではポルトガル語圏諸国共同体(CPLP)を通じて天然資源の豊富な新興国への進出の足掛かりとしようとしているのであり、今回のポルトガルとスペインというイベリア半島の両国訪問はそれ自体視野の広い外交ながら、しかし見据えているのは両国の旧植民地を含んで更に地球規模で、それこそまさに「地球儀外交」と呼ぶに相応しかったと言えます。 また、それはスペインやポルトガルが15〜16世紀にかけて大航海時代の雄であったのがそもそも無関係でないことも指摘できるでしょう。 会談はラホイ氏の出身地サンティアゴ・デ・コンポステラで行われ、ラホイ氏自らサンティアゴ巡礼路やサンティアゴ大聖堂などの世界遺産を案内するという歓迎を受けたとされます。 スペイン滞在は1日にも満たず今回の外遊では最も短く、サンティアゴ・デ・コンポステラで会談が行われたのも、そこがラホイ氏の地元であるのとともに北西部ガリシア州で、前の訪問国ポルトガルに近いのが好都合だったためでしょうか。 しかし、そういう過密スケジュールとなったにも関わらずスペイン側からはそれをフォローするかのような歓待があったことは、喜ばしいと言うべきでしょう。 ■日本とポルトガルやスペインの交流は世界史的には大航海時代の中で、メルマガにもあるように戦国期16世紀に始まり、それ以降流入したキリスト教を含むいわゆる南蛮文化の異国趣味・異国情緒が、当時の日本史を彩っています。 詩人・北原白秋の『邪宗門秘曲』には「加比丹(カピタン)」「天鵞絨(ビロード)」「麻利耶(マリヤ)」などのこの頃の南蛮貿易で伝わった外来語に漢字を当てた表現が多用されて異国情緒が溢れていて、その雰囲気が私は好きです。 安倍さんの地元山口で高村副総裁の地盤1区の山口市では、1551年にスペイン人トルレスが旧大道寺で日本最古の教会堂を開設、ザヴィエルや1613年の慶長遣欧使節を斡旋したソテロもスペイン人で、来日ポルトガル人の業績としては、ヴィレラの『耶蘇会士日本通信』とフロイスの『日本史』が有名。 天正遣欧使節は1582年に日本を発ってからマカオに寄り、マラッカ海峡を抜けてゴアに寄港、その後インド洋をアフリカ大陸沿いに喜望峰を回り大西洋に出て北上、84年にリスボンに到着していますが、使節の少年たちの情熱の跡だったそのルートの前半は、現代では日本のシーレーンに重なります。 4日の『朝日新聞』朝刊は安倍さんとコエーリョ首相の共同声明では、日本がポルトガルとその旧植民地の国々からなる「ポルトガル語圏諸国共同体」にオブザーバー参加することについて、ポルトガルが「歓迎する」ことなどが盛り込まれたと報じています。 同記事はまた安倍さんが「南米、アフリカで存在感を高めつつあるポルトガル語圏諸国との連携を深めていく」と述べていることを伝えていますが、そこにもあるとおり南米のブラジル、アフリカのモザンビークは「豊富な天然資源をもつ新興国」で、安倍さんは1月のアフリカ・中東歴訪ではモザンビークにも訪問、「北部の地域開発に約700億円の政府途上国援助(ODA)」(『朝日新聞』14.1.15朝刊)拠出を表明しています。 その外交体系に照らすに、安倍さんはいずれそう遠くない将来、中南米にも外遊してブラジルも訪れることになるのではないでしょうか。 ■ポルトガルは19世紀末にアフリカで植民地としてポルトガル領東アフリカ、同西アフリカを建設、それらは1975年6月と11月にそれぞれモザンビークとアンゴラとして独立。 また1500年にカブラルがポートセグロに到達して以来進出したブラジルは、1807年11月にフランス皇帝ナポレオン1世がイベリア半島に出兵してスペインでは翌08年5月にブルボン家のカルロス4世、フェルナンド7世父子を廃位し実兄ホセ1世をナポリ王から異動して即位させるなど圧力を強めたのを受けてブラガンサ家のポルトガル女王マリア1世や摂政王太子ジョアンが遷都して移ったことで、リオデジャネイロが12年間、ポルトガルの王都だったことがあります。 ブラジルはその後マリアの跡を継いだジョアン6世がポルトガルに帰国(1821.7)したのを機に自立を始め、1822年9月にはジョアンの王子ペドロ1世を皇帝に擁して帝国として独立。 1826年3月のジョアン6世の崩後、ポルトガル王位はペドロが同4世として形式的に継ぎ直ちに退位して王女マリア2世が即位していますが、その際には2日の記事でも触れたように、王位継承問題にイデオロギー対立が相俟って1832年6月にミゲリスタ戦争と呼ばれる内戦が起きています。 すなわちマリアの即位にはペドロの弟ミゲルが対抗して、スペイン王家出身の母カルロータ・ホアキーナや絶対主義者などの保守派がそれを支持、対してマリアとその後見のペドロをリベラル派が支持して内戦に突入。 ペドロは当初マリアとミゲルの結婚を工作して融和に努めるものの、それを断念した後はブラジル皇帝を退位して内戦に専念、結局、イギリスの支援を得て1834年5月にミゲルを破って上述のようにマリアを即位させてまもなく同年9月に崩御。 なおイギリスはかつてハプスブルク家のスペインとの同君連合から独立(1640.12)しようとするジョアン4世も支援、その王女カタリーナをイングランド王チャールズ2世が王妃に迎えた際にタンジールやボンベイを婚資として獲得(1661)、ナポレオン戦争では王室がリオに退去したポルトガルを対仏戦争の前線とするなど影響力を有しているほか、『帝国主義の開幕』(中山治一、河出書房新社)によれば19世紀末のボーア戦争に際してはドイツの介入を防ぐため秘密協定でいずれもポルトガル領のアンゴラやモザンビーク、ティモールを英独が処分することを決め(1898.8)、その一方ではポルトガルの海外領土の保全を了解してみせる(1899.10)などしているといい、イギリスの巧みな外交はポルトガルを対象にして見ることができると言えるでしょう。 さて、2日の記事でも紹介したようにポルトガルでミゲリスタ戦争が進行していた頃、スペインでも王位継承問題にイデオロギー対立が連関してカルリスタ戦争と呼ばれる内戦が起きています。 それはかつてナポレオン1世に廃位された(上述)後1813年12月に王位を回復していたフェルナンド7世が1833年9月に王子のいないまま崩御、それに先んじて女子と女系の即位を認めないサリカ法典が廃止されて王女のイサベル2世が即位したのにフェルナンドの弟モリナ伯カルロス・マリアが反発・対抗して始まり、以後その子モンテモリン伯カルロス・ルイスやその甥マドリード公カルロス・マリアが王位継承権を主張して(それぞれカルロス5、6、7世を称す)1876年まで3次に及んでいますが、その支持者(カルリスタ)は絶対主義者や教会関係者などの保守派、勢力圏は都市より農村が中心で、王都マドリードを抑え自由主義者に消極的ながら接近していたイサベルと母親で摂政のマリア・クリスティーナの陣営(イサベリーノ、クリスティーノ)と全く対照的です。 スペインのカルリスタ戦争のそういう構図はポルトガルで同時期に進行したミゲリスタ戦争と共通ですが、スペインではフェリペ5世が即位してブルボン家の統治が始まった1700年11月からサリカ法典が廃止されるまで女子と女系は王位から排除され、ポルトガルではそれまでにも既出のマリア1世のほか14世紀にもベアトリス女王が即位していたことがあるように女王は否定されていないものの王位継承は元来あくまで男子優先だったのであり、両国で姪と叔父が王位を争うという奇しくも同じ構図で内戦が勃発したとき、保守派がいずれでも後者を支持したのは自然な成り行きだったと言えます。 日本でも報道されたようにイギリスやオランダでは王位継承は性別に関係なく第1子によるように改正されていますが、日本の皇室典範の改正論議でもかつて女帝と女系の即位容認の他に浮上した、皇位継承を皇子皇女を問わずに第1子優先とする案は、カルリスタ戦争やミゲリスタ戦争のような「内戦」とまではならなくても、国内で世論の分裂など深刻な対立を招きかねなかったと言えるでしょうか。 当時の小泉政権の中でそういう皇室典範の改正への反対の代表格だったのが官房長官だった安倍さんですが、保守派のその安倍さんの考えと今回のヨーロッパ歴訪に含まれたイベリア半島のスペイン、ポルトガル両国の歴史は、皇位継承における男系主義の取り扱いという点で、関連する部分を見出すことが可能でしょう。 ■「CPLPへのオブザーバー参加」ということに関連すれば、日本はちょうど1年前の昨年5月、CPLPへに先駆けて北極評議会(AC)へのオブザーバー参加を決めていることと、それに関連して超党派の「北極圏安全保障議連」に触れねばならないでしょう。 ACは12年7月27日の記事で既に紹介したようにアメリカ、カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、ロシアからなる国際機構で、日本はインド、イタリア、中国、シンガポール、韓国とともにオブザーバー参加資格を獲得、そして12年7月に「北極圏安全保障議連」の会長に選出されたのが安倍さんです。 それを報告する同月25日のメルマガでは北極海航路の開発や海底資源を巡る競争が激しくなっている状況を挙げて、日本として権益を確保すべく必要な予算措置や法整備に取り組む必要性が指摘されていますが、北極圏はこれから世界の焦点が集まる地域なのであり、ACへのオブザーバー参加は日本の北極圏政策の第一歩だったと言えるでしょうか。 南米やアフリカはもちろん北極圏も日本の近隣地域というわけではないですが、「地球儀外交」を実践する上で、CPLPの枠組みを梃子にしACを通じてそれらの各国・地域に進出しようとするのは、その具体的な方法ということにほかなりません。 また、「日本の総理大臣として史上初のポルトガル訪問」ということや、日本とはこれまで馴染みの薄いポルトガル語圏諸国や北極圏、あるいはスペイン語圏を俯瞰的に広く視野に入れていること自体が、安倍外交・地球儀外交の積極性の表れであることは言うまでもないでしょう。 ところで、「北極海航路が開発されば、ドイツ・ハンブルクと横浜間はスエズ経由の航路より4割近く短縮できる」(『朝日新聞』12.4.22朝刊)ということですが、安倍さんがロカ岬で想いを馳せた天正遣欧使節の頃はそのスエズ運河も開削されていなかったため喜望峰を回ったのであり、喜望峰ルートからスエズ経由そして北極海航路という日本とヨーロッパの海上交通路の地球規模の変遷は、時代の大きな移り変わりを感じさせます。 (R) |

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安倍首相よく頑張っておられます。
しかし、国内に敵がおおすぎます。これらは本当に残念でありません。
安倍氏の見識に続く政治家が見当たらない以上、長期政権を担っていただかなければなりません。
「美しい国」は安倍氏にしか再生できません。
ナイス
2014/5/6(火) 午前 10:51
自衛権を認める限り、やられたらやり返すを繰り返し、争いは終わることがありません。
自衛権を認めない積極的平和主義こそが、必要です。
2014/5/6(火) 午前 10:58 [ 鬼丸 竜馬 ]
安倍総理の各国訪問は壮大ですね。
中国を睨み大謀網外交です。
2014/5/6(火) 午後 1:16
to.カマちゃんさん)
来月の内閣改造・党役員人事での石破さんの処遇を巡って、来年9月で安倍さんと石破さんが争って政権の進退まで掛かる情勢になりましたが、石破さんが入閣を受け入れる方向になって、第2次安倍政権が長期になる向きはいよいよまた強くなりましたね。
安倍さんこそ天命を帯びた本物の政治家だということだと思います。
コメントありがとうございます。
2014/8/31(日) 午前 1:55
to.鬼丸 竜馬さん)
来月の内閣改造・党役員人事を巡って石破さんが安全保障の政策観で安倍さんと少なからず相違があると語っていましたね。
それによると石破さんは、安倍さんが集団的自衛権を憲法解釈変更と各個別法改正で限定容認するというその方法論に否定的で、集団的自衛権はより広く全面的に解禁した上で安保基本法を新たに制定する、という考え方のようです。
石破さんが今回譲歩した背景には将来の禅譲の示唆があったといいますし、安倍さんも石破さんに安保法制担当相を打診する上である程度の裁量を認める考えを示したこともあるようですが(結局それは固辞されるようですが)、先に限定容認された集団的自衛権のあり方が変わっていくことも今後あり得るでしょうか。
コメントありがとうございます。
2014/8/31(日) 午前 1:56
to.よかもん人生さん)
地球儀外交との言葉も伊達じゃない、まさにスケールが大きいですね。
また価値観外交に基づけば中国に対して日米韓の枠組みが極東で浮上してきますが、内閣改造・党役員人事では石破さんの退任・入閣と岸田さんの留任が濃厚になって後任には韓国通の河村さんの昇格が有力視されていますね。
それには河村さんが安倍さんと同じ長州閥で親しく、選挙に通じていることがあるとされるとおりですが、ほかには韓国へのメッセージということもあるでしょうか。
コメントありがとうございます。
2014/8/31(日) 午前 1:56