|
■野党再編で、維新橋下系と結いの党が夏にも合流する見通しであるのを受けて、民主党の再編積極派で維新の橋下共同代表が新たな連携相手に求める前原元代表やあるいは細野前幹事長の動向と、海江田代表の進退に焦点が当たりました。
海江田氏が昨年7月に「目に見える成果」を示す時限とした「1年後」と、三日月元国交副大臣が議員辞職して臨む滋賀県知事選が来月に迫り、党内では再編積極派や非主流派は15年9月予定の代表選の前倒しを模索。 また、党内で海江田氏に対する潜在的遠心力なのが非主流派の実力者である野田、岡田両最高顧問、前原氏、安住元財務相、枝野元幹事長、玄葉前外相のいわゆる「六人衆」です。 六人衆はいずれも与党期には脱小沢派で11年代表選では旧小沢、旧鳩山両Gに擁立された海江田氏とは対決、特に菅、野田両政権で要職を歴任した実力者ですが、12年12月の政権転落以降は非主流派に沈滞。 また、今の主流派の高木代表代行や大畠幹事長、郡司参院議員会長などが労組出身の左派であるのに対し、六人衆は右派に位置づけられ、集団的自衛権の問題では、前原、玄葉両氏や同じく右派で中堅世代の長島副幹事長が積極的で、11日の党首討論でも憲法解釈変更による行使解禁に反対した海江田氏との相違が鮮明です。 すなわち前原氏は4日、長島氏や細野氏など右派系議員13人で安全保障基本法草案を発表して集団的自衛権を行使できるケースを主張し(『産経新聞』同日23:17)、長島氏も自身が会長を務め野党有志議員48人で作る「外交・安全保障政策研究会」で「行使を容認する指針」(『産経新聞』14.5.10-9:01)を発表、玄葉氏も昨年11月には自民党の石破幹事長に「自民党政権のうちにきちっとやってほしい」と「お願い」(『朝日新聞』13.11.21朝刊)。 玄葉氏は同時に「民主党が集団的自衛権の憲法解釈の見直しでまとまることは難しい」とも発言していますが、それは、その5日前の15日、党安全保障総合調査会で、右派の前原氏と旧社会党出身で左派の横路最高顧問が「持論を真っ向から戦わせ」(『朝日新聞』13.11.16)、党内の路線対立が改めて浮き彫りになったのを踏まえたものだったかもしれません。 また、今年2月7日の『朝日新聞』朝刊は、その安保総合調査会の会長で防衛相経験者の北澤副代表が「解釈改憲に反対する見解をまとめたが、保守派議員の反対で発表を先送り」されたことを伝えています。 11日の党首討論で海江田氏は行使解禁を「憲法解釈変更による」ことを批判してあくまで「憲法改正による」べきだと主張しましたが、同上『朝日新聞』によれば、そういうロジックは、安保総合調査会の見解取りまとめにおいても海江田氏が「積極派と慎重派双方が賛成でき、政権への対決姿勢も示せる一致点として…意見集約を目指してきた」落としどころであることが知れます。 しかし執行部には長島氏のほか保守派で安倍さんの評価もある松原国対委員長や前原Gの渡辺幹事長代行もあり、憲法解釈変更に肯定的な考えは執行部内にさえ潜在的なのかもしれません。 逆にリベラル派の菅元首相や江田最高顧問、赤松元農水相は集団的自衛権について「行使は容認できないとの見解で一致」(『産経新聞』14.6.5-18:47)、近藤元環境副大臣が代表で江田氏や社民党議員も集う「立憲フォーラム」も批判(『朝日新聞』14.5.31朝刊)していますが、橋下氏などが目指す野党再編において民主党で対象なのは右派であり、左派がそれに連動していくことはほぼないのでしょう。 従って、同じくリベラル派の生方前幹事長代理が呼びかけて3日に開かれた会合は「野党間連携が進むことをにらんで…発言力を確保しようという動きだ」(『朝日新聞』14.6.5朝刊)とされますが、これは野党再編と積極的に連動して海江田執行部に対する遠心力になるものではないと言えるでしょう。 さて、そもそも海江田氏は13年参院選で民主党が大敗して交代論が起きたのに対して、上述のように1年の猶予を得て続投した際、代表経験者で非主流派の実力者である野田、岡田、前原各氏と会談して容認された経緯があります。 しかし13年参院選では六人衆の地元で当選したのは野田氏の千葉の長浜前環境相だけで、岡田氏の三重と安住氏の宮城ではともにベテランの高橋元参院政審会長と岡崎元国家公安委員長が、前原氏の京都では衆院前職の北神前首相補佐官、枝野氏の埼玉では山根元外務副大臣、玄葉氏の福島では金子前参院議員が落選したことでいずれも発言力を落としていたことや、直前の選挙で大敗し、次の選挙は3年先であるという状況で代表職が敬遠されたことは考えられます。 11ヵ月前にはそのように党内が内向きになったことが海江田氏の地位を保全したと考えられますが、冒頭で指摘したように7月が一つの焦点であることで、勢力を回復した非主流派の動きがそれを前に強まった、あるいは表面化しやすくなっているという状況があるのでしょう。 それに対し、海江田氏が4日の党改革創生本部の初会合で「15年9月の任期満了まで続投する意欲を示した」のは維新分党後に俄かに強まった「「海江田おろし」をかわ」そうとしたものであるという(『読売新聞』同日20:05)ほか、維新分党発表後の先月末から今月初めにかけて訪中や役員人事の考えを立て続けに明らかにしたのも代表続投を既定的にしようとするものでしょう。 13年8月には代表直轄の総合政策調査会の新設を決め、枝野、前原、玄葉、岡田、北澤各氏を各分野の調査会長に起用していますが、六人衆の多くや後述するように参院非主流派の北澤氏を取り込んだこの人事が、勢力基盤の安定を図ったものであることも間違いありません。 また、上述した渡辺氏を前原Gから幹事長代行に起用したのは今年1月、役員の任期途中での梃入れだったのであり、これも同様だと考えてよいのでしょう。 ■前原氏は7日、海江田氏の辞任を求めると同時に維新橋下系や結いと合流すべきだとしたほか、その可能性を「100%」と述べたことで「離党も視野にある」(『読売新聞』14.6.8-10:48)と報じられましたが、11日には「離党はない」(『産経新聞』同日12:59)と否定。 前原氏のその迷走つまり再編積極派の失速には、前記事で指摘したとおり、野党陣営に安倍さんの求心力が及んで石原系=責任野党が多数派工作で健闘し橋下系が伸び悩んだことが影響したかと考えられますが、ほかには、前原氏の党内への求心力が万全でないこともあったかもしれません。 六人衆の中でも玄葉、安住両氏は後述の参院非主流派と連携して「岡田氏を担ごうとする動き」(『産経新聞』14.5.28-11:52)を見せているとされるほか、党内では細野氏が独自の派閥として自誓会を立ち上げ、また維新の松野国会議員団幹事長や結いの江田代表と気脈を通じる再編積極派の一人として存在感を持っていますが、かねて前原氏と近かったことから、細野派の結成に当たっては前原氏との間に緊張の生じたことが知られます。 すなわち12年10月25日7:55の『産経新聞』によれば、細野氏は派閥の会合を前原Gのと同じ「木曜昼に…ぶつけ」、両グループを「掛け持ちしている議員」の「争奪戦」が発生。 それに関して13年12月15日の『朝日新聞』朝刊は辻元幹事長代理(前原氏が国交相当時の副大臣)や小川前副幹事長、泉前国対副委員長(地元が前原氏と同じ京都)が細野Gを去ったと伝え、また同上『産経新聞』は「少なくとも2人が細野グループを離脱し、1人が前原グループを離れた」としています。 ところで、3月30日12:00の『産経新聞』によると細野氏は同月25日の夜に北澤氏および前田副代表との会合を持っていることが知られます。 細野氏はそこで両氏に「自身の今後の「政治目標」」について「理解」を得たとされますが、ともに自民党出身の両氏は「「非労組系」の実力者」で、それは細野氏が両氏と接触したことの背景であるでしょう。 参院民主党では日教組出身の輿石元幹事長が長く実力者でしたが、13年参院選の後に副議長に棚上げされて当時務めていた議員会長を辞任、その後任を決める選挙では輿石氏とはかねて距離があった北澤氏がいち早く立候補したのに対し、農協系労組出身で輿石氏と近い郡司氏が対立候補となって当選。 すなわち民主党は参院でも労組出身の左派が主流派になったことになりますが、北澤氏についてはその後、参院で野田Gの広田副幹事長や前原Gの福山元官房副長官など20人規模のグループ横断の勉強会を発足させる構想のあることが報じられた(『読売新聞』13.8.16-10:41)ほか、前田氏などとの会合を重ねていて、5月22日には議員会長選挙で北澤氏を支持した福山氏や蓮舫元行政刷新担当相、芝前官房副長官も加わり、海江田氏の「任期満了を待たずに代表選を行うかも話題になった」(時事通信社、同日23:30)といい、参院でも非主流派の右派による遠心力が作用している構図があります。 そして、その北澤、前田両氏に細野氏が接触したことと、細野氏が野党再編に前向きであることは符合するのも明らかでしょう。 そのように民主党では右派が野党再編の渦中にありますが、その文脈では前原、細野両氏は属性を近くしていると言えます。 その上で、前原氏が今回離党まで示唆したのに対して細野氏は「大きくなる再編論」(既出13.12.15『朝日新聞』朝刊)を唱えて離党を否定しており、野党再編には積極的でも離党には慎重な議員にとって、細野氏は前原氏に代わりうる旗頭であるのかもしれません。 すなわち、細野氏という選択肢が別にあることが、前原氏の求心力を分散させ、トーンダウンさせたという構図があるのではないでしょうか。 野党再編の次の焦点は7月13日投開票の滋賀県知事選でしょう。 その結果は民主党内の再編気運の消長に直結すると思われますが、しかし三日月氏が敗れたとしても、今や海江田氏の進退さえ浮上しない可能性さえあるということなのかもしれません。 また逆に辞任を決断することももちろん考えられますが、いずれの場合でも民主党は党内の右派=再編積極派の分散と左派が対象外にあることにより分裂する可能性は低いことと、野党再編が7月の滋賀県知事選から来年4月の統一地方選を焦点にしていくことは指摘できるでしょう。 ■分党する維新で、石原系は安倍カラー政策に対し責任野党として純化して結束を強めると思われるものの、政策的な相違点の少なくない結いとの合流を目指していく橋下系が新たな不安要素を抱えていくことは明らかです。 維新の分党は大阪維新の会と旧太陽の党の合流が不自然だったことの必然だったと言えますが、そもそも橋下さんが維新の国政進出のパートナーとして本命視したのは安倍さんだったことは思い起こしてよいでしょう。 12年8月15日の『朝日新聞』朝刊は維新の松井幹事長が同年4月、安倍さんに対して「僕らを利用して日本を変えてください」と「自民党からの離党を促し、ひざ詰めで迫った」ことを伝えますが、8月25日の『朝日新聞』夕刊は安倍さんが同日、維新とは「憲法改正に向けて連携したいとの考えを示した」ものの「離党して維新の会に合流する可能性について…否定した」ことを報じるように、維新の国政進出は実は第一歩目で躓いていたことになります。 維新はその後、12年11月の衆院解散直前に旧太陽と合流したものの、その次善策は1年7ヵ月で破綻。 そして先述のように結いとの合流についても既にその実現前から将来の路線対立が見通されているのであり、野党再編においては前原さんだけでなく橋下さんも今後、迷走していくことになるのかもしれません。 そうだとすれば、維新分党がしばしば「離婚」と言い表されるのに倣えば、それはさしずめ恋愛関係に似ていると言えるでしょうか。 すなわち、安倍さんへの初恋が実らなかった橋下さんは、石原さんと満たされない結婚をして妥協。 そこに野党再編という火遊びに誘う江田さんが現れて、満たされないながらもしかしある意味では堅実だった結婚生活にピリオドを打って、橋下さんは現在は新しい恋愛に前向きになっているというところでしょう。 遍歴を繰り返してきた橋下さんに、その初恋の面影がある保守派の前原さんはどこまで応えることになるのでしょうか。 (R) |

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動




前原その他6人衆だか十人衆だかは、さっさと民主を出て、いしんなどとひっついて、自民第三列回し者集団を明確に出すべきだ。自民もまとめて、国民大衆の鉄槌が下されることでありましょう。民主政権交代の寄生虫を退治しましょう。
2014/6/14(土) 午前 8:02 [ 柴田 ]
民主党は元々、寄る辺無き烏合の衆団。
世論誘導での党勢拡大も挫折した今、雲散霧消して出直すのが運命でしょう。
3年間の与党時代に化けの皮が剥がれたのです。
2014/6/14(土) 午後 1:19