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地域の皆さんの長年の熱意と努力で今年6月に世界遺産に登録されました。 日本の近代化の原点ともいえる富岡製糸場。 これから公開する施設を増やしていこうというお話もお聞きしました。海外からもたくさんの方々に訪れてもらいたいと思います。 日本各地には多くの文化財があります。これを活用した「地方創生」を国として支援していきます。 富岡製糸場を視察した後に、甘楽(かんら)町で土作りにこだわった完全無農薬有機栽培を手掛けている甘楽町有機農業研究会の農園にお邪魔いたしました。 ひとつひとつ手間をかけた完成度の高いトマト、歯ごたえも味も最高です。 子供の頃、夏になると夢中になって食べた懐かしいトマトの味が蘇りました。 ■ツイートする ■シェアする +--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.07.23[Wed] 22:19) ▼安倍晋三事務所携帯版HP http://www.s-abe.jp/ *メルマガの配信元です。 ■前回記事で一足早く触れた「地方創生」について配信がありました。 取り上げられているのは旧富岡製糸場と、完全無農薬有機栽培のトマト。 10日の『朝日新聞』朝刊は「人口急減と超高齢化への対策、そして首相が「不退転の決意」を明言した農業改革」について「いずれも主戦場は地方だ」と指摘しています。 「ローカル・アベノミクス」や「ひと・まち・しごと創生本部」を新設して進められる「地方創生」は、第2次安倍政権の新機軸になるキーワードだと言うべきでしょう。 同『朝日新聞』の「けいざい深話」は、安倍さんが「「初めて『攻めの農業』という言葉を使ったのは農林相時代の(父の)安倍晋太郎だ」と周囲に改革意欲を示」し、菅官房長官も「湯沢市でイチゴ栽培の先駆者とされる」父親の和三郎氏が「コメからの転換に反対する農協と対立し、イチゴ栽培の組合を立ち上げた」のを「あれこそ『攻めの農業』だった」と振り返っていることを伝えています。 地方創生と密接に結び付く「攻めの農業」は例えばTPPを推進し、党政調の農林部会長に異例にも経産省出身の齋藤衆院議員を抜擢した安倍さんや菅さんの基本方針となっていますが、その最大の要諦となるのは、本文で紹介されているトマトのような農水産物でしょう。 そうだとすれば、安倍晋太郎元官房長官や菅和三郎さんが持ち、示した意識は、実は地方創生の遠い源流だったと言ってよいのではないでしょうか。 ■来月1日にも結党される次世代の党について、その代表には維新の平沼国会議員団代表が選出され、石原共同代表は最高顧問に就任するものとされています。 また、6月12日に平沼氏が暫定代表に決定した際に暫定幹事長とされた山田筆頭副幹事長が次世代の党でも正式に幹事長に就任することが考えられますが、あるいは、今後の調整で他の長老が「逆転」することもあり得るのかもしれません。 維新では12年総選挙の後の人事で政調会長について、当初有力だったみんなの党出身で若手の桜内政調会長代理が、選挙戦で陣営に違反があったことにもよって実際には自民党出身の長老である今の片山政調会長兼参院議員会長に「逆転」されたことがあり、そういう世代間の主導権争いがある可能性も考えられるのでしょう。 次世代の党の暫定役員では他に総務会長に藤井国会議員団総務会長、政調会長に改めて桜内氏、国対委員長に中田同代理、参院議員団代表に中山元拉致問題担当相が選出されており、世代間の、あるいは維新で石原グループを主に形成する旧太陽の党系と旧日本創新党系のバランスが意識されていることは如実に窺えます。 新党はスローガンに「自立」と「新保守」に加えて党名にも冠せられる「次世代」を掲げていますが、それは分党が決まって橋下グループとの間に惹起された多数派工作の過程で浮上してきたものだったかもしれません。 維新には衆院に53人、参院に9人、合計62人の議員が所属していますが、分党に当たって各々が石原、橋下両グループのいずれに所属するかを決める日限の6月5日段階で石原グループには23人、橋下グループには37人が参加を表明(後に1人が石原グループから橋下グループに移籍)。 これについて、系譜的には傍流だった石原グループが20人を超え、本流であるはずの橋下グループが40人を割ったことは、石原グループが多数派工作で健闘したと言ってよかったでしょう。 それについては6月7日の記事で指摘したように、安倍さんの求心力が野党陣営にまで及んで「責任野党」の弱体化を限定的にしたものであったと言えるでしょうか。 また、同じく責任野党であるみんなの党では遠心力が起きて最高顧問だった江口参院議員が6月に離党していますが、しかしその後は「石原慎太郎共同代表が結成する新党との連携を視野に入れているとみられる」(時事通信、14.6.21-2:31)というのであり、そうだとすればそれはあくまで責任野党の中での異動であることから、それも安倍さんの求心力に矛盾しない動きだったでしょう。 ところで、維新分党に関して、同じように安倍さんの求心力に符合すると言えたのが、石原、橋下両グループとも別の中間派の動向です。 ここでその中間派とは旧創新党出身の山田、中田両氏などですが、5月30日13:11の『産経新聞』は「両氏らは一時、維新でも石原新党でもない「第三の道」を模索した」と指摘。 中田氏は6月4日に石原新党への参加を表明していますが、同日「維新の欠点」の一つに「『たちあがれ日本』的古色蒼然人事」を挙げ「石原新党がここを克服できる可能性を見いだしている」と述べており(『産経新聞』14.6.5-21:36)、あるいは多数派工作の過程で石原グループから中間派にポストに関する示唆はあったのかもしれません。 ところで、山田氏は前杉並区長、中田氏は前横浜市長としてともに改革派首長だったのに加えて大阪府や同市で特別顧問を務めていたことがあるのであり、すなわち両氏はその点では橋下氏にむしろ近かったかとも考えられるはずでしょう。 しかし、実際にはそれに反して石原新党=責任野党への参加を決めたのは、それも安倍さんの求心力が作用した結果だったと見ることができますが、その素地は4年前に既にあったと言うべきでしょう。 10年6月10日、参院選を翌月に控えて安倍さんは自ら会長を務める創生「日本」と、平沼氏が代表だった旧たちあがれ日本、それに山田氏が党首だった旧創新党という各保守勢力を結集して「日本を救うネットワーク」(救国ネット)を結成しました。 安倍さんからは翌11日のメルマガで「昨日、私達創生「日本」は、たちあがれ日本の平沼赳夫代表、日本創新党の山田宏代表と共に「日本を救うネットワーク」を立ち上げ、民主党左翼政権を倒すために協力していく事を発表しました」と報告がありましたが、それは「ジャーナリストの櫻井よしこ氏の呼び掛けによって実現し」たのだとのこと。 また「共同行動の第一弾として山梨県選挙区で、街頭演説を一緒に行う事にな」ったともありましたが、その標的は日教組出身の輿石元幹事長で、救国ネットは自民党が擁立した宮川衆院議員を支援し、同月22日には創生「日本」から安倍さん以下衛藤首相補佐官と加藤官房副長官、旧たちあがれ日本から平沼氏、旧創新党から中田氏が応援入りし、また石原氏も「特別参加」。 宮川さんは惜敗率97.99%で敗れたものの(12年総選挙では山梨1区で初当選)、輿石氏を「あと少しのところまで追い詰め」(メルマガ、10.7.13)たことは記憶になお新しいでしょう。 そのように、安倍さんは山田、中田両氏とは救国ネットを通して保守派としての紐帯があったのであり、それは安倍さんが首相に復帰してその求心力が強い状況下、維新分党という局面で両氏にとって橋下氏との改革派首長としての共通性より優越して、両氏をして責任野党たらしめたと言えるのではないでしょうか。 救国ネットは、民主党政権に直面して、それに対抗する保守勢力が自民党の枠を超えて結集されたもので、それにより党外の保守の機運が党内にフィードバックされて野党の非主流派だった安倍さんの再浮上に繋がることを期待したのは、当時の記事で述べた通りです。 安倍さんはその後12年総裁選を制して再浮上を実現し今に至りますが、実際にその原動力の一つとなったのは確かに党外の保守の機運ではあったもののそれは救国ネットではなく、当時急伸していた橋下氏の大阪維新との協力関係。 しかし、救国ネットのうち旧創新党は12年9月、旧たちあがれ日本の後身の旧太陽も同年11月に、いずれも大阪維新に合流しているのであり、それらがそれから2年に満たず維新分党という局面で、次世代の党=責任野党という形になって遊離してきたことからは、旧たちあがれ日本と旧創新党あるいは救国ネットという取り組みが窯変して再現したのこそが次世代の党であり責任野党構想であると言ってよいのでしょう。 維新分党により旧たちあがれ日本と旧創新党が次世代の党に窯変して責任野党となることは、安倍さんを中心とする保守派の紐帯が、例えば伏流水のように、見えないところでその命脈を保っていたことを証明したと言えるでしょうか。 またそもそも、次世代の党が当初「石原新党」と仮称されたにも関わらず、上述の通り平沼氏が代表になり山田氏が幹事長に有力であるというように救国ネットの両氏が前面に立つこと自体、責任野党として安倍政権との気脈を通じて連絡をよくしようという意思の表れなのかもしれません。 例えば憲法観について、安倍さんが現行憲法を有効だとした上でその改正を訴えているのに対し、石原氏は日本国憲法の破棄と無効を主張し、それは維新と結いの党の合併協議で焦点になって分党のきっかけになったほど強硬ですが、安倍さんとはそれや対米観で相違のある石原氏より、ともに救国ネットを結成し遠縁でもある平沼氏の方がスムーズかとは考えられるのでしょう。 また、安倍さんは前回記事で紹介したように来年4月の統一地方選などを見据えてローカル・アベノミクスによる地方創生を打ち出し、22日の経済財政諮問会議ではそのために「4兆円規模の特別枠を設ける」(『読売新聞』同日13:56)ことも決めていますが、次世代の党は改革派首長経験者で救国ネットの山田、中田両氏を幹部とすることで、その提案が政権にも求められるかもしれません。 ■救国ネットの一部窯変した次世代の党が責任野党を路線とするとして、これまで特定秘密保護法の審議などを通じて責任野党に位置づけられている維新は政権との距離感をどう調整するでしょうか。 例えば、維新が結いに歩調を合わせて集団的自衛権に関して慎重姿勢に転じたことが報じられていますが、その一方、維新は13日に行われた滋賀県知事選では11日22:12(最終更新23:43)の『毎日新聞』によれば結いが民主党系の三日月知事を「評価」したのとは逆に県総支部が自公とともに経産省出身の小鑓隆史氏を「推薦」し、「(小鑓氏に)勝ってもらいたい」と話す橋下氏も翌12日に自ら応援入りしていて「食い違いが表面化」。 そして、同記事によればそれは菅さんが維新の松井幹事長を介して「支援要請」し、橋下氏が応じたものだったことが知られます。 菅さんはかつて安倍さんの再浮上戦略として教育再生を共通項にした維新との関係強化に奔走した立役者で、政権の中でも維新との気脈を最も強くしていると言えますが、維新と結いの間では今後、集団的自衛権に関して見られたような譲歩よりむしろ知事選で起きたような「食い違い」の方が目立つことも予想されるのであり、合併新党に介入することさえ不可能ではないはずでしょう。 また、橋下氏は小鑓氏に「勝ってもらいたい」理由に「行政を預かる立場としては官邸の力は大きな後ろ盾」であることを挙げており、官邸の実力者である菅さんの辣腕によって維新に引き続き責任野党たることを期すのも、その素地はあると言えるでしょう。 それは、救国ネットが一部窯変した次世代の党の存在と併せて、責任野党勢力を維持しようとする政権の国会運営戦略はなお見通せるということではないでしょうか。 (R) |

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地方創生と、維新の内情についても、親玉たちの本音は、表の顔とは全然違うので、いろいろと記事にしたほうが良さそうだ〜(笑)
2014/7/24(木) 午後 3:23
to.予知ダスさん)
それは気になります。
維新分党では旧太陽の党系の三木衆院議員が当初は石原新党への参加を表明していたところ、それを翻して結いの党との合併新党に移ることにしましたが、それはやはり三木氏の地盤が兵庫で、維新の本拠地である大阪に近いから選挙に有利だと判断したためなのでしょうね。
とはいえ、次の選挙で維新ブランドがどこまで通用するかは不透明ですし、本来は政策的にも齟齬の多い結いとどこまで協調していけるかも微妙ではないかと思います。
そうだとすれば橋下共同代表が結いとの合併に前のめりなのにも不自然な点があるということになると思いますが、それにはいったいどういう事情があるのでしょうね。
記事には書かなかったことなのですが、愛媛県知事選に関して、党県連で県議団が現職の中村知事の支持を早々に決めたのに対し県連会長の塩崎政調会長代理など国会議員団がそれに反発しているということです。(続)
2014/7/29(火) 午前 6:59
to.予知ダスさん)
それは気になります。
維新分党では旧太陽の党系の三木衆院議員が当初は石原新党への参加を表明していたところ、それを翻して結いの党との合併新党に移ることにしましたが、それはやはり三木氏の地盤が兵庫で、維新の本拠地である大阪に近いから選挙に有利だと判断したためなのでしょうね。
とはいえ、次の選挙で維新ブランドがどこまで通用するかは不透明ですし、本来は政策的にも齟齬の多い結いとどこまで協調していけるかも微妙ではないかと思います。
そうだとすれば橋下共同代表が結いとの合併に前のめりなのにも不自然な点があるということになると思いますが、それにはいったいどういう事情があるのでしょうね。
記事には書かなかったことなのですが、愛媛県知事選に関して、党県連で県議団が現職の中村知事の支持を早々に決めたのに対し県連会長の塩崎政調会長代理など国会議員団がそれに反発しているということです。(続)
2014/7/29(火) 午前 7:01
to.予知ダスさん)
それは気になります。
維新分党では旧太陽の党系の三木衆院議員が当初は石原新党への参加を表明していたところ、それを翻して結いの党との合併新党に移ることにしましたが、それはやはり三木氏の地盤が兵庫で、維新の本拠地である大阪に近いから選挙に有利だと判断したためなのでしょうね。
とはいえ、次の選挙で維新ブランドがどこまで通用するかは不透明ですし、本来は政策的にも齟齬の多い結いとどこまで協調していけるかも微妙ではないかと思います。
そうだとすれば橋下共同代表が結いとの合併に前のめりなのにも不自然な点があるということになると思いますが、それにはいったいどういう事情があるのでしょうね。
記事には書かなかったことなのですが、愛媛県知事選に関して、党県連で県議団が現職の中村知事の支持を早々に決めたのに対し県連会長の塩崎政調会長代理など国会議員団がそれに反発しているということです。(続)
2014/7/29(火) 午前 7:01
それは12年総選挙で中村知事が塩崎さんの愛媛1区で維新が擁立した対立候補の応援したことが原因で政権と知事が不正常な関係にあるからということですが、愛媛でそんなふうに強硬姿勢を見せることは、全国の知事に維新と接近しないようにと牽制することにもなるでしょうか。
コメントありがとうございます。
2014/7/29(火) 午前 9:58