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最近の諸問題について ケータイ投稿記事

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■先月20日に小渕前経産相と松島前法相が辞任しましたが、28日の『朝日新聞』朝刊によれば、「ダブル辞任」は菅官房長官と今井首相秘書官が安倍さんに進言、翌19日に安倍さんと菅さんが「シナリオを詰めた」とのこと。
菅さんはまた谷垣幹事長と面会した17日夕には「ダブル辞任を視野に入れ始めてい」て、19日には松島さんに会って「できれば小渕氏と同じ日に辞任してほしい」と打診したともされており「ダブル辞任」を主導したと言えるほか、「長期政権の実現を狙う菅にとって最優先は、2閣僚の事情ではなく政権の立て直しだった」と指摘されていて、菅さんの危機管理に果たした役割の大きかったことはやはり明らかであるでしょう。
ところで、25日11:55の『読売新聞』は、菅さんが小渕さんと松島さんの辞任した20日の朝に佐藤国対委員長と協議していたことも伝えますが、一連の問題で、その佐藤さんの存在感は党で目立ったと言えます。
すなわち、その「国会審議の早期正常化」のための菅さんとの協議のほか、前回も紹介したように松島さんに対し「本人に口頭で注意」(『産経新聞』14.10.14-19:26)をし、29日には「今国会について「崖っぷちにいる」と強い危機感を示し」て「「…もう勘弁してもらいたい」と胸中を吐露」し(時事通信、同日20:13)、安倍さんも28日夜に佐藤さんおよび公明党の大口国対委員長と会食した際に「陳謝」(産経ニュース、同日23:33)。
前回は小渕さん松島さんの問題や対露、対中外交から従前の政高党低はやや後退したとするべきかと指摘しましたが、その後25日8:24の時事通信記事は菅・佐藤協議の行われたのと同じ20日朝に安倍さんが二階総務会長に電話をして「ともに頑張りましょう」と「結束を呼び掛けた」ことを挙げて「「政高党低」を快く思っていないとされる二階氏への協力要請は、官邸と党の力関係の変化を暗示しているかもしれない」と結んでいるのであり、佐藤さんの一連の動きも、同じように考えてよいのではないでしょうか。

佐藤さんは国対で委員長代理や筆頭副委員長を歴任して国対経験が長く、13年10月の委員長就任は満を持したものだったと言えます。
3月25日には集団的自衛権の問題で行使解禁に関する安保法制懇の報告書の提出時期について、政府が「「4月」を想定してい」たのに対し、国対委員長ながら「5月の連休明けでもいい」と「公然と先送り論を主張」して「官邸に強い衝撃を与えた」と報じられた(『産経新聞』翌日11:30)こともあったものの先の人事で再任されたのは、国対通であることへの評価によったのでしょう。
そして現在は所属する谷垣グループ領袖で幹事長の谷垣さんの下で党運営に参画しており、麻生内閣での閣僚経験に加え党務を通じて地歩を築いているのかもしれません。

■既出25日11:55の『読売新聞』は「菅官房長官が抱える主な政治課題」を図示して「12月の消費税率10%への引き上げ判断」を挙げますが、それに関しては、22日に開かれた議連「アベノミクスを成功させる会」(以下「成功させる会」)の会合に触れねばならないでしょう。
翌23日の『朝日新聞』朝刊によれば議連は「消費税率10%への引き上げ延期を求める」もので、会長の山本元経産副大臣は「次の増税は慎重にタイミングをはかるべきだ」などと挨拶。
12月上旬にも最終判断を控える安倍さんは元来消費増税には慎重な立場で、会合には側近の西田前副幹事長や「経済政策のブレーンで延期論を主張」している本田内閣官房参与も出席したほか、議連の「前身」である「デフレ・円高解消を確実にする会」(以下「確実にする会」)は13年1月25日15:50のブルームバーグ記事によれば野党時代に安倍さんが会長だった「日銀法改正でデフレ・円高解消を確実にする会」を同月、山本さんが会長になって「再スタート」(31日に初会合)させたものなのであり、安倍さんがそもそも関わり深かった動きであることはよく窺えるでしょう。
22日に42人を集めたその会合は、党税調や公明党、財務省などの税率引き上げ積極派に対するデモンストレーションとして、安倍さんが「経済の行方次第では引き上げ延期も選択肢にフリーハンドを保」ち、「一方、予定通りに上げる場合でも、財務省が渋る減税や大規模な経済対策と引き換えにす」ることの伏線になると言えるでしょう。
同じ日には党税調も勉強会を開いて会長の野田元自治相以下70人超が集まっていますが、それは「税率引き上げを先送りすれば…財政への信認が失われる可能性」から、予定通りの15年10月の10%増税を求めたもの。
ここで「財政への信認」とは安倍さんも対外的に「Buy my Abenomics」と言ったように成長戦略(第3の矢)の前提であり、同時に、国債発行の比重も大きいデフレ対策としての金融緩和と財政出動(第1、2の矢)の前提でもあるのであり、すなわちそれがアベノミクスの基盤であることは論を待ちません。
西田さんは「財政規律より、デフレ脱却を優先させるべきだと強調した」とされますが、財政規律=「財政への信認」が失われればそのデフレ脱却も立ち行かなくなる可能性もあるのが、安倍さんを悩ませている点であると言えるでしょうか。

ところで、上述のように山本さんの「成功させる会」の前身は安倍さんが会長だった「確実にする会」ですが、安倍さんと山本さんの経済政策を通じた繋がりはそれより古く「増税によらない復興財源を求める会」にまで遡るべきでしょう。
同会は東日本大震災からまもなく復興財源について11年6月16日に「増税ではなく、日銀による復興国債の全額買い切りオペで調達することを求める声明文を決議」(ロイター、同日16:47)していますが、その方法論がアベノミクスの特に金融緩和に共通することは自明でしょう。
上出ブルームバーグ記事によれば同会や「日銀法改正でデフレ・円高解消を確実にする会」を「再スタート」させたのが「確実にする会」(すなわち「成功させる会」の前身)であるといい、ここには政策的な系譜を見て取れます。
同会では安倍さんが会長、山本さんが幹事長を務め、山本さん自身、それを安倍さんとの接近の「きっかけ」(『日経新聞』14.4.14-3:30)と語っているのであり、山本さんが「アベノミクスの「仕掛け人」ともされる」(『朝日新聞』14.10.10)のも故のないことではありません。
10月3日20:59の「産経ニュース」によれば山本さんは同月1日にも本田さんを講師に「岸田派の若手議員約10人が参加」した勉強会を開いており、慎重派の中心としてその動きは活発であると言えるでしょう。
山本さんは、谷垣さんや税調会長の野田さん、前同小委員長代理の宮澤経産相と同じく、増税推進派の多い旧大蔵省出身であり、その唱える経済政策は経歴的には異色だと言えますが、それは10月4日に紹介したように財務省出身ながら法人減税に積極的な鈴木国対副委員長に通じると言えるでしょうか。
鈴木さんは「次世代の税制を考える会」幹事世話人ですが、それは菅さんと連絡している「別働隊」とも見られているのであり、「山本氏は菅氏と連携して動いているとされ」(『産経新聞』14.10.28-7:55)るというのも併せれば、消費再増税の先送りや法人減税といった党税調や財務省と温度差のある一連の政策を後援する、あるいは安倍さんがそれらを選択する余地を確保しておこうとする動きが菅さんに収斂することは間違いありません。
それをまさに示唆しているのが、菅さんが10月6日に山本さんの勉強会(上述の1日のものでしょうか)について「当然だ。…党内で議論するのは自然なことだ」(産経ニュース、同日11:55)とし、22日の「成功させる会」会合についても「議論を行うことはいいことだ」(時事通信、同日16:39)と述べて擁護していることでしょう。
また、菅さんと同じく安倍さんの盟友で、法人減税に積極的であるなど政策的に党税調や財務省と距離のある甘利経済再生担当相は21日、税調から入閣し「財務省より財務省寄り」(『朝日新聞』23日朝刊、既出)とされるという宮澤さんに関し、その就任初日の21日、「「成長志向の税制改革をせよという…使命を受け止めて就任されたと思う」と述べ…“税調気分”を封印するよう牽制」(『産経新聞』同日11:00)。
それは、税制を巡る路線対立の端的な表れだったでしょう。
また、官邸・政府と党税調が食い違う税制問題の行く末は、「政高党低」の消長にも直接に関わると言えるでしょうか。

ところで、山本さんについては12年1月5日の記事で地盤の福岡10区における総選挙の際の西川前文科副大臣との公認争いについて紹介しましたが、それはそこでも述べたように、福岡出身の実力者である麻生副総理兼財務相および古賀元幹事長の関係に関わるでしょう。
すなわち西川さんは麻生派所属で公認問題では麻生さんの後ろ盾を得た保守派であるのに対し、山本さんは岸田派の所属で、13年6月には古賀さんなどとともに超党派の訪中団に参加していて、リベラル派の古賀さんに近いと言えます。
山本さんは6選で経済政策で安倍さんに近く来年9月に予想される内閣改造での初入閣も考えられるものの、麻生さんとの距離感を考えれば、それは見送られてむしろ「女性活躍」の方針にも合致する4選の西川さんの初入閣が先んじることになるのかもしれません。
山本さんと路線を異にしている野田さんは最後に閣僚を務めてから15年が経ちますが、税制で安倍さんの意を汲んで取りまとめに奔走するとすれば、こちらも次の内閣改造での処遇があるいはあるのかもしれません。
現在石原派の閣僚はいませんが、来年9月の総裁選で安倍さんが再選されれば閣僚は党内各派閥・グループから万遍なく起用されることになることが考えられるとすれば、野田さんは既に3度入閣しているとはいえ石原派の閣僚候補に挙げてよいのではないでしょうか。

■「菅官房長官が抱える主な政治課題」にはまた「TPPの交渉進展」も挙げられています。
TPPについては甘利さんがオーストラリアでの閣僚会合からの帰国後の28日「大筋合意について、「…時間的余裕がない」と述べ、越年の可能性を改めて示唆」(時事通信、14.10.28-19:06)しましたが、党内では10月4日の記事で紹介したように慎重派だった森山選対副委員長と宮腰元農水副大臣が9月、TPP対策委員長と同代理にそれぞれ就任しているのであり、もはや安倍さんや菅さんなどの推進派の優勢は揺るぎません。
森山さんは閣僚会合に同行した際には「甘利TPP担当相を支える立場で頑張っていきたい」(時事通信、14.10.24-20:44)と述べているほか、TPP対策委員長就任に伴って、慎重派の牙城だった「TPP交渉における国益を守り抜く会」の会長を退任。
更に同会の今の会長は24日15:46の時事通信記事によって安倍さんと近い江藤前農水副大臣であることが知られるのであり、税制と同じように党内を二分したTPPについては、しかし「官邸主導」によって「政高党低」がより色濃いと言うべきでしょう。
宮腰さんは第2次安倍内閣の発足に当たって農水相としての初入閣が取り沙汰されたものの、実際には見送られて3ヵ月前の12年総裁選に立候補した林前農水相が起用されましたが、それは「総裁選後体制」で党内融和を図る必要があったのに加え、宮腰さんがTPP慎重派であるのが敬遠されたためでもあったかもしれません。
しかし上述の通りTPP推進が今や既定的で宮腰さんも今は党対策委でTPP推進のラインにあり、また10月4日の記事でも紹介したように安倍さんや菅さんの進める農業改革では減反廃止について、江藤さんを連絡役に妥協・協力したのであり、農水相就任のハードルは下がっていると言えるでしょう。
宮腰さんは山本さんと同じ6選で岸田派所属であり、次の内閣改造で上述のように山本さんではなく西川さんが初入閣する場合、岸田派からは宮腰さんの起用が有力になるのではないでしょうか。
また、先の人事で初入閣した西川農水相の後任の党TPP対策委員長で宮腰さんより年長の森山さんも、石原派の農水相候補であるでしょう。

政権の危機管理や税制、TPPという最近の諸問題については、今後の政局の山場となる安倍さんの総裁再選によって成立する「第2次安倍第2次改造内閣」を意識しつつ以上のように窺えるでしょうか。


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+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

おはようございます。安倍晋三です。
現在、イタリアのミラノで開催されているアジア欧州会合第10回首脳会合に出席しています。(現地は午前0時を少し回ったところです)

私からは、最新の成長戦略の取組を通じて世界の経済成長に貢献していくことを発信しました。
また、エボラ出血熱への対応や中東情勢の安定化など、グローバルな課題についても、「積極的平和主義」のもと、我が国がより一層貢献していくことを訴えました。

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+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.10.17[Fri] 07:23)


▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■安倍さんは18日午後にASEM首脳会合の開かれたイタリアはミラノから無事帰国。
ミラノでは17日にロシアのプーチン大統領と会談し、来月に北京で開催されるAPECの際の首脳会談を確認しましたが、対露外交については、前回紹介したように日本・ロシア協会長の鳩山元総務相の訪露が1日に報じられたほか、9月には森元首相が訪露して長い親交のあるプーチン氏と会談、同月20日には日露友好議連会長の高村副総裁の11月訪露も発表されました。
鳩山さんの祖父の鳩山一郎元首相は旧ソ連のブルガーニン首相との日ソ共同宣言(1956)、森さんはプーチン氏とのイルクーツク声明(2001)でそれぞれ知られ、高村さんは日露友好議連の他に日中友好議連の会長でもあり外相や党外交再生戦略会議長を歴任していていずれもロシア通、外交通であるのに加え、鳩山さんはきさらぎ会を率いて安倍さんへの協調が鮮明で、森さんは安倍さんの「政治の師匠」の一人、高村さんは安倍さんと同じ長州閥の長老であるというようにいずれも安倍さんと近い立場にあるのであり、それは対露外交を直轄しようとする安倍さんの意欲を物語っているでしょう。
日本とロシアは現在北方領土問題を課題とし、かつては満州の支配を巡って日露戦争(1904〜05)を経験しましたが、その後はむしろ4次に渡る日露協商を結び、イギリスとフランスを加えて第一次世界大戦に至る国際政治上で一集団を形成していたほか、日露戦争前夜でさえ、1901年11月に帝政ロシアの首都ペテルスブルグを訪問した伊藤博文元首相やその盟友の井上馨元内相が満韓交換を旨とする日露協商論を唱えるなど提携が模索されていたのであり、現代でも極東・北東アジアや、近年の北極海の海氷の溶解によって国際物流や海洋・海底資源の面で注目されるようになった北極圏といった各地域における日本の戦略上、ロシアの地政学的な重要性は変わらず小さくないに違いありません。

それらの地域の問題はいずれも一連の中国問題の文脈に位置づけられるでしょう。
安倍さんはミラノでは17日に中国の李克強首相と挨拶を交わしましたが、訪米中だった9月22日にも「「ぜひ習近平国家主席と会談したい」などと述べて首脳会談の実現に強い意欲を示した」(時事通信、14.9.23-11:45)ように、安倍さんが首相に復帰してから初となる日中首脳会談も北京でのAPECの際に行うことを模索しているというのはかねて指摘があるとおりです。
ところで、9月に行われた先の人事では副総裁に留任された高村さんのほかに谷垣幹事長や二階総務会長が起用されて党幹部に中国通の重鎮が揃いました。
谷垣さんは9月19日に「中国への訪問について「政府が手立てを考えるのが第一だが、サポートが必要なら党として動かなければならない」と述べ、議員外交で関係改善の糸口を探ることに意欲を示し」(『朝日新聞』14.9.20朝刊)、二階さんも就任初日(9月3日)に会見で日中関係の打開について「二階総務会長だからこそできるというのもあると思うのですが」と問われて「もしあれば、喜んでやらせていただきます」と応じたほか、10日には日中間に「「(領土問題が存在しないのは)当たり前のこと」と強調」した上で「尖閣諸島…の問題について「…ちょっと横に置いておく」と語り、当面は取り上げず、関係改善を優先するよう両国政府に求めた」(『朝日新聞』14.10.11朝刊)ように、外交に関しても独自色を発揮していることをよく見て取れるでしょう。
また、9月24日から26日にかけては三原、三ツ矢両副幹事長が訪中して共産党対外連絡部の幹部と会談していますが、同月25日14:01の『産経新聞』はそれや、谷垣さん二階さんが訪中を模索していること、上述の高村さんの訪露などから「外交面でも脱「政高党低」の姿勢がうかがえる」と評し、同月27日の『朝日新聞』朝刊もまた「「政高党低」と指摘される中…党の存在感を高めることにもつながる」と述べています。
なお、三原さん三ツ矢さんの訪中は「中国側の求めに応じた形」(同上『産経新聞』)で、「中国が安倍晋三首相と党首脳の分断を図るのではないか、との懸念」(同上『朝日新聞』)もあるとされ、「改善が進まない正規の外交ルートより先走ってはならず」(同上『産経新聞』)、「首脳会談に結びつかなければ…「二元外交」との批判も免れない」(同上『朝日新聞』)との指摘もあり、谷垣さんが「政府が手立てを考えるのが第一」と言い添えたのもそういう意識に基づいたものだったでしょう。
しかし、12年12月の第2次安倍政権の樹立以来の特徴である政高党低は、例えば集団的自衛権の問題で党内から慎重論が相次いだなどのように不満を招き、先の人事では党四役にグループの領袖や派閥の会長などの実力者の比率が増したことで、安倍さんの「官邸主導」を毀損しない範囲で、一定程度は揺り戻されたと言えます。

例えば10%増税について、安倍さんや側近の稲田政調会長が「ニュートラル」だと表現するのに対し、谷垣さんは9月12日に三党合意の際の各党党首だった公明党の山口代表、民主党の野田最高顧問などとの「消費税同窓会」(『朝日新聞』14.9.13朝刊)に出席し、「上げなかった場合のリスクは、かなり難しい。…引き上げが基本路線」(『朝日新聞』14.9.14朝刊)と語るなど前向きであるのは、政高党低の相対的後退に符合するでしょう。
また、3月17日に野田前総務会長の下で集団的自衛権に関して実に9年ぶりに開かれた総務懇談会を、二階さんがそれから7ヵ月弱、総務会長就任から1ヵ月の今月7日に「金融緩和など経済問題について議論」(『日経新聞』同日22:37)すべく開催したのも、党の存在感を強調したと言えます。
サイクリングが趣味の谷垣さんが自転車特区を構想し(『産経新聞』14.9.20-19:37)、捕鯨の伝統がある和歌山出身の二階さんが党本部や外務省の食堂の鯨肉料理を発案したのなども、政高党低が弱まった状況下、党で両者の独自性が現れていると言えるのでしょう。

■20日、小渕前経産相と松島前法相が辞任しました。
両者とも安倍さんが自身の掲げる「女性活躍」を率先的に実践して起用した閣僚であり、それが野党の攻勢に遭って辞任せざるを得なくなったのは残念だとするほかありません。
ところで、この問題では党の側から両者への批判が相次いだことに注目されますが、それも政高党低の後退に見えたと言えるでしょうか。
すなわち松島さんに対しては、佐藤国対委員長が「「雑音」発言」に関して「「問題になるような発言はしてほしくないのが国対の考え方だ。委員会に影響があるような発言は慎んでいただきたい」と苦言を呈し…本人に口頭で注意」(『産経新聞』14.10.14-19:26)。
また、小渕さんについては、伊達参院幹事長が17日に「「…自分で(進退を)判断するだろう」と進退論に言及」し、二階さんも「(進退を)判断すべき時が来れば判断する(べきだ)」と発言(時事通信、同日18:19)。
特に小渕さんの問題では報道も週末(18〜19日)に辞任不可避の気運が決定的になったのであり、17日の伊達さんと二階さんの発言はその先鞭だったと言えますが、それが党幹部によるものだったことは注目すべき点だったと言えます。
そのように政高党低の後退を印象させた小渕さんと松島さんの辞任は9月3日の内閣改造から1ヵ月半で起きましたが、逆に政高党低が目立った改造前の第2次安倍内閣は12年12月の発足から最長記録となる実に1年9ヵ月に渡って閣僚の交代がなく続いたのであり、その対照的な事例は、政高党低が内閣の安定によっても導き出されていたことを物語っているでしょう。

ところで、小渕さんや松島さんの辞任については民主党が対決姿勢を強めていることが目立ちましたが、その中心は海江田代表よりむしろ枝野幹事長であるようです。
すなわち松島さんの問題では民主党の階副幹事長が17日、東京地検に告発状を提出していますが、翌18日の『朝日新聞』朝刊によるとそれは枝野氏の「指示」だったというほか、幹事長に就任した当日(9月16日)に党両院総会で「「アベノミクス」への対抗心をあらわにし」(『朝日新聞』14.9.17朝刊)てもいて、一連の攻勢はその方針によるのでしょう。
最近の民主党の姿勢には高村さんが15日に「「あら探しだ。火のないところに煙を立てようとする行為は目に余る」と批判」(時事通信、同日13:04)し、17日には「「野党にも良心を持っていただきたい」と…強く牽制」(『朝日新聞』14.10.18朝刊)したほどですが、枝野氏は10%増税についても党内で野田氏が上述のように谷垣さんなどとの「消費税同窓会」を開いて実施を主張する一方で、「ちゃぶ台返しも視野にある」と「反対することもあり得るとの認識」(『産経新聞』14.9.29-22:55)でさえあって政権との対立軸の演出に積極的であると言え、その対決姿勢が鮮明です。
そうした閣僚ひいては内閣への野党の攻勢の強化は畢竟、政高党低の後退を加速させることにも繋がるのかもしれません。

枝野氏については13年3月14日の記事でも紹介したように、12年1月8〜12日の『朝日新聞』朝刊が「エダノミクスVS.マエハラノミクス」を連載。
それらは枝野氏と前原元代表のそれぞれの経済政策の「概念」で、エダノミクスとは「成長にこだわらず、幸福を実感できる新しい暮らしを求める」ものと定義されています。
また、マエハラノミクスについては「グローバル市場に進出し、あくまで成長を追求する」ものとされていますが、ここでアベノミクスとそういうマエハラノミクスが近いのは自明なのであり、連載でそれと対比されていたエダノミクスを体現する枝野氏が「「アベノミクス」への対抗心をあらわにし」、政権への攻勢を主導しているのも必然的と言えるでしょうか。
13年4月11日の『朝日新聞』朝刊は枝野氏が質問に立った前日10日の衆院予算委を「エダノミクスVS.アベノミクス」と銘打ち、安倍さんが「「枝野氏のような考え方だからデフレ脱却ができない」と皮肉」ったことを伝えていますが、安倍さんもまた枝野氏とは考えの違いが大きいのでしょう。
枝野氏はこれまで党で憲法調査会長や憲法総合調査会長、衆院憲法調査会長代理を務めていて憲法問題への関わりが深いですが、そこでも、改憲を目指す安倍さんとは対照的であるのでしょう。
そのような経済や憲法に関する政策観からか、枝野氏は野田、前原両氏や岡田代表代行、玄葉前外相、安住国対委員長代理とともに与党期の実力者で保守系の「6人衆」の一人ながら、「海江田氏を支えるリベラル勢力の抵抗感も薄いという絶妙の立ち位置」(『朝日新聞』14.9.17朝刊、既出)。
民主党内では例えば参院でいずれも自民党出身の北澤、前田両副代表などの保守系と、郡司参院議員会長や輿石元幹事長などの労組系の距離感が潜在的ですが、枝野氏は「絶妙の立ち位置」によってそういう党内で更に台頭していくことになるのかもしれません。
自身、「将来的な代表選について…立候補に必要な20人以上の人から出ろといわれれば出ます」(『産経新聞』14.10.13-7:00)と発言してもいますが、小渕さん松島さんの辞任を成果に、ポスト海江田の有力候補であるのは確かなのでしょう。
12月には衆院の任期が折り返して現実味を帯び始める次の解散・総選挙で安倍さんは、経済や憲法の問題で対立する枝野氏と相対することにあるいはなるのかもしれません。


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■前回は、先の人事を経て12年9月以来の「総裁選後体制」が解消されたと言えることを主に麻生副総理兼財務相と菅官房長官の周辺を検討して指摘しましたが、両者と並ぶ政権の重鎮である甘利経済再生担当相の周辺はどうでしょうか。
甘利さんは11年6月、自ら代表世話人として派閥横断型の政策グループ「さいこう日本」を結成。
それについて「準派閥的な存在にしていくことを強調し」、「事実上の「甘利派」結成で…党総裁選出馬をにらみながら活動するとみられる」ともされましたが(『産経新聞』11.6.23-7:56)、翌12年総裁選では安倍さんの支持に回り、その陣営で責任者を務めて安倍さんの勝利に貢献。
その後の人事では政調会長に充てられましたが、それが、総裁選では決戦投票まで競って幹事長とされた石破地方創生担当相が、安倍さん側近ながら当選回数が少なくて(当時3選)優位を見込める加藤官房副長官を推挙したのを安倍さんが退けた結果だったことは都度述べているとおりであり、安倍さんは甘利さんに石破さんへの抑えを期待したと言ってよかったのでしょう。
また同時に、党に新設された日本経済再生本部で本部長代理を務め、同年12月発足の第2次安倍内閣には経済再生担当相として入閣、先の人事でも留任が早々に決まり、TPPや法人減税などのアベノミクスにおける成長戦略を主導していることは改めて詳述するまでもありません。
甘利さんは昨13年6月12日の会見で政府・産業競争力会議としてまとめた成長戦略を「日本再興戦略」と名付けましたが(『産経新聞』同日23:07)、その「再興」とはさいこう日本の名称と意欲を投影させたものだったのでしょうか。

甘利さんとさいこう日本については、9月12日にその定例会で甘利さんが「次の内閣改造・党役員人事では、グループ所属議員を積極的に起用するよう安倍晋三首相に働きかけていく意向を明らかにした」(『産経新聞』同日14:44)と報じられましたが、これは当初「事実上の「甘利派」」と指摘されたようにさいこう日本の派閥化であり、甘利さんが政権の重鎮として党内で求心力を持ち、それを強めようとしていることを見て取れるでしょう。
また、先の人事では小泉農水副大臣や山際経産副大臣が起用され、町村派から参加する高木国対筆頭副委員長が松本政調会長代理の後任として再登板するなどしたものの閣僚は甘利さんだけだったのでもあり、その求心力の維持を意識したものでもあったのでしょう。
さいこう日本では、その結成と参加者を載せる既出11年6月23日7:56の『産経新聞』に基づけば、平沢前政調会長代理と田中元財務副大臣が6選で初入閣候補にまず挙げられるでしょうか。
そのうち平沢さんは元来所属している石原派に今も在籍していますが、田中さんは石原派の前身の山崎派で会長だった山崎元副総裁が引退した12年総選挙の後に退会して現在は無派閥。
平沢さんは安倍さんの元家庭教師であるものの選挙区が東京17区で、同じ東京で8区を地盤とする石原元幹事長とも12年総裁選ではその推薦人となったように近いと言えるのに対し、田中さんは12年6月2日のメルマガで紹介があったように出身地が安倍さんの地元の下関市で、選挙区は甘利さんと同じ神奈川県内(13区と10区)。
先の人事では平沢さんが政調会長代理を退任したのに対し、田中さんは環境副大臣から組織運動本部長に異動して引き続き役職を得ており、それらに鑑みて、あるいはさいこう日本では田中さんの初入閣が有力なのかもしれません。
前任が先般初入閣した竹下復興相であるのも、それを思わせます。
田中さんはこれまで党政調の環境部会長や副部会長、衆院環境委の野党筆頭理事を歴任しているので、環境相の候補に挙げられるのではないでしょうか。
なお、既出11年6月23日7:56の『産経新聞』が伝えるさいこう日本の参加者は21人で、そのうち甘利さんと同じ神奈川県内を地盤とする議員が上出の田中さん小泉さん山際さんのほか、義家副幹事長と川口元外相の6人(義家さんと川口さんの当時の選挙区は参院比例区)と少なくなかったことは特徴だったでしょう。
また、分派元の山崎派所属議員が11人で最多であり、これはさいこう日本の結成が、会長の山崎さんが09年総選挙以来落選中だった派内で甘利さんが主導権やあるいは派閥の継承を窺ったものだった可能性を思わせますが、それには、同じく派内の実力者だった石原さんとの競争が関係するでしょう。

石原さんは当時幹事長で派閥を離脱していましたが、12年総裁選で派内ではさいこう日本に参加しなかったベテランの田野瀬元総務会長や長老の野田元自治相、さいこう日本メンバーでも上述の平沢さんのほか林総務会長代理と坂本副幹事長がその推薦人となっていて、派内では石原さんが優位だったと言えます。
しかし、総裁選で甘利さんの支持した安倍さんが勝利し、石原さんが敗北すると、派閥では石原さんが会長になる前後(12月)までに退会者が相次いで、甘利さん以下山際さんや小泉さんのほか渡海元文科相、石田元財務副大臣、金子政調副会長がさいこう日本専属となり、石原派は党内最小派閥に転落。
その後の第2次安倍政権では甘利さんの活躍とさいこう日本の派閥化強化が先述の通りであるのに対し、石原さんは環境相に甘んじ、先の人事で退任して現在は無役、派閥からの閣僚・党四役の起用はなく、前体制の政調会長代理5人のうち安倍さんと近い塩崎厚労相や山谷国家公安委員長、谷垣幹事長に近い棚橋同代理が異動して処遇を受け、兼務する宮澤参院政審会長代理が留任したものの、所属の平沢さんは退任してこれも無役であるなど石原派の不遇は顕著であるとせざるを得ません。
すなわち、甘利さんは石原さんとの派閥の主導権争いには敗れたものの、安倍さんと連携してかえって政権で活躍の場を得、党内での影響力を持ったと言えるでしょう。

さて、ではそのような甘利さんは総裁選後体制の党内でどう位置づけられるでしょうか。
前回取り上げた麻生さんと菅さんは総裁選後体制の党内で石破さんと派閥やポストに関する問題が見られたのに対し、甘利さんが利害を対立させたのはむしろ石原さんだったことは小さくない相違点であるでしょう。
すなわち石破さんが総裁選敗北後も先の人事まで安倍さんのライバルであったのに対し、石原さんは上述のように総裁選敗北後まもなく失速して脅威ではなくなっていたのであり、石破さんに関するような緊張感のある総裁選後体制は、石原さんに関しては自ずから成立し得なかったと言えます。
しかし、甘利さんと石原さんの明暗が12年総裁選の産物であるとすれば、両者の関係もまた広義の総裁選後体制であるとも言え、更に総裁選後も石破さんに呻吟した安倍さんのそれが「マイナス」的だったのに対し、石原さんに対して早々に優位を得た甘利さんのは「プラス」的だったと言えるでしょうか。
先の人事で安倍さんなどが「マイナス」の総裁選後体制を解消したことは、甘利さんの従前確立されていた「プラス」のそれと合わせて、政権が安定の度を増したことに繋がったと言えるでしょう。

甘利さんは昨13年12月に健康問題により辞意を示すも安倍さんから慰留され、3週間の療養を経て公務に復帰しましたが、それは甘利さんが政権に欠くことのできない存在で、安倍さんからの信頼の厚いことを物語っていました。
前回記事では12月に衆院の任期が折り返して解散総選挙も現実味を帯び始めることから来年9月の総裁選に伴う人事では菅さんが満を持して幹事長に転じる可能性に改めて触れましたが、その後任の官房長官に甘利さんを挙げることは十分に可能でしょう。
今の安倍官邸では安倍さんとは経済・通商政策やエネルギー政策を共有する経産省が今井、柳瀬両首相秘書官を輩出するなど存在感を持っていますが、甘利さんも安倍さんとそれらの政策を共有し、第1次安倍内閣で経産相を務め、第2次安倍政権ではアベノミクスによる経済再生を牽引しているのであり、安倍官邸における官房長官として菅さんに遜色なく相応しいはずです。
また10%増税が来年10月から実施される場合、景気対策にいよいよ注力するとの文脈で、その直前9月の人事で甘利さんを官房長官に異動するという考えもあり得ることでしょう。

甘利さんは先の人事で留任がいち早く固まったとされた一方で、その選任に関する報道が錯綜した「幹事長に充てる案が浮上」(『毎日新聞』14.9.1-15:00、同日17:43最終更新)しましたが、同時に、「入閣させる方針を固め」られた塩崎さんが「厚生労働相か経済再生担当相」とされたのは、甘利さんが幹事長に転じた場合に後任となることも想定されたのだったのでしょう。
実際には甘利さんは留任し塩崎さんは厚労相となりましたが、それによるGPIF改革への期待に海外市場が好感して株高が進んだのであり、安倍さんの盟友で成長戦略を重視する改革派・政策通の塩崎さんは、甘利さんの後任の最右翼であるかもしれません。

■その塩崎さんはかつて所属していた岸田派を既に退会していて無派閥ですが、鳩山元総務相が主宰する派閥横断型の政策グループ「きさらぎ会」に参加。
鳩山さんときさらぎ会については7月1日の記事で、鳩山さんが13年3月に「安倍さんから派閥を立ち上げてくれと言われ」て「首相支持のグループ結成を模索し」ていた(『朝日新聞』同年6.7朝刊)ことや、きさらぎ会は既に11年6月に河井元法務副大臣などと「当初は5人程度で結成」されていて「豊かな資金力で急速に拡大し」ていった(『産経新聞』14.6.18-0:43)ことなどを紹介しましたが、今や既に「最大派閥の町村派(93人)を超える110人のメンバーを抱え」(『産経新聞』14.9.30-20:44)ているというほか、額賀派退会が4日に報じられた櫻田副幹事長は鳩山さんなどと「連携していく方向」(『読売新聞』同日10:35)とされるのであり、これもきさらぎ会の「拡大」の一例だと言えるでしょう。
鳩山さんは同日のパーティーでは「首相の長期政権を目指す」、8月6日の研修会でも「あと5年も6年も続けてほしい」(『産経新聞』同日23:13)と挨拶し、4月には集団的自衛権の問題で高村副総裁の唱えた限定容認論を支持しており、安倍さんを支える姿勢が鮮明です。
先の人事できさらぎ会からの入閣は塩崎さんだけでしたが、甘利さんのさいこう日本と同じように「派閥」として、次の人事でも閣僚を輩出することになるのではないでしょうか。
きさらぎ会の規模に鑑みればあるいは複数の閣僚が起用されることも十分考えられますが、そうだとすれば有力なのは上述の塩崎さんのほか、河井さんであるかもしれません。
河井さんについては7月1日の記事でも紹介しましたが、既述のようにきさらぎ会の結成メンバーとして鳩山さんに近いと同時に安倍さんにも近く、12年総裁選では新経済成長戦略勉強会に参加して安倍さんの推薦人に連名したほか、安倍さんと同じ日米同盟論者で6月には超党派議連「日米同盟コーカス」を立ち上げ、訪米を重ねてマケイン上院議員やメデイロスNSCアジア上級部長といった米知日派と会談し、衆院外務委員長も経験(現在は同委員)。
また、安倍さんとの面会も定期的で、最近では8月22日、9月4日と19日、10月1日とほぼ2週間に1回のペースで官邸を訪れていますが、先の人事ではその前に2度(8月22日と9月2日)に渡って安倍さんと面会した塩谷政調会長代行の処遇があったのに鑑みれば、河井さんの動向は次の人事での初入閣の伏線であると言えるのかもしれません。

日ソ共同宣言や日ソ漁業協定で知られる鳩山一郎元首相の孫である鳩山さんは日本・ロシア協会の会長を務めており、10月1日にはその立場で安倍さんと面会して6日からの訪露とプーチン大統領側近との会談予定が報じられました。
また、同日には衆院の地方創生特別委員長への起用も伝えられましたが、それは総務相経験者に相応しいと言えるほか、地方創生は安倍さんが「今国会の最重要課題と位置づけ」(『日経新聞』同日16:01)ているので厚遇であったと言え、外交・内政での活躍が目立ちます。
甘利さんや鳩山さんが領袖の新興グループが事実上の派閥として既存のそれに伍しているのは、その拠る安倍さんが先の人事を経て隆盛する党内情勢に符合します。


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■安倍さんは先の党役員人事で石破地方創生担当相を従前務めていた幹事長から異動するのに成功しました。
そもそも石破さんを幹事長に充てたのは決戦投票までもつれた12年総裁選でその地力を看過できなかったためだったのであり、今回の異動は、その総裁選後体制の一区切りだったと理解できるでしょう。
石破さんは8月25日に出演したラジオ番組で来年9月の次期総裁選に関して「「自分よりふさわしい人がいたら出ないのか」との質問に「そのときの状況による」と答えた」のが「出馬に含みを残した」ものともされ(『産経新聞』同日23:48)、安倍さんもまた次期総裁選を念頭して石破さんの異動を考えたともされたのであり、朝日新聞の星特別編集委員が「今回の内閣改造・党役員人事は、来年の総裁選の前哨戦であることが分かる」(14.8.3朝刊)と記したように、12年9月以来の総裁選後体制を総括したことは15年総裁選への小さくない一歩でもあったと言えるでしょうか。
また、石破さんへのそのような対応を、長期政権を目指す上での「攻め」のリスク・マネジメントであるとするなら、先の内閣改造で麻生副総理兼財務相や菅官房長官それに甘利経済再生担当相という盟友や側近を留任したことは、「守り」のそれであったと位置づけられるでしょう。

■菅さんは、安倍さんが総裁に復帰して石破さんを幹事長とした際には幹事長代行に任じられましたが、上述のように「石破幹事長」は総裁選後体制の産物だったのであり、現在内閣で安倍さんを支えている菅さんはいずれ満を持して、党で安倍さんを支えるべき幹事長の最右翼となるのではないでしょうか。
3月6日の記事でも紹介したように菅さんについては「幹事長として、国政選挙を仕切りたい気持ちが強い」(『産経新聞』14.2.22-12:00)との見方があるというほか、9月10日の『朝日新聞』朝刊は、安倍さんは菅さんの留任を固めた7月頃、「周囲に「菅氏が選挙を陰で支えればいい」と語ったという」と伝え、茂木選対委員長を支える山口、梶山、菅原各同副委員長が「いずれも菅氏に近い」と指摘。
そのうち、東京9区選出で都連会長代理である菅原さんについては2月4日の『朝日新聞』朝刊が、菅さんに「近」くて2月に行われた都知事選ではその「連絡役」を任されたことを伝えており、11年12月3日のメルマガで紹介があった山口さんが安倍さんにと同時に菅さんにも近いことは十分に窺えるでしょう。
また、梶山さんはむしろ石破さんの側近に挙げられることが多いですが、都度述べているように12年総裁選前後から安倍さんと石破さん、あるいは麻生さんと石原元幹事長など、競合する実力者の双方に接近する動きは党内でしばしば見られたほか、菅さんは「安倍さん…の後は石破さんしかいない」(『朝日新聞』14.6.5朝刊)と評価しているとされるのであり、梶山さんが菅さんと石破さんの双方に近いとしても怪しむに足りません。
選対委員会で安倍さん側近の萩生田総裁特別補佐が引き続き事務局長を務め、同次長に菅さんの選出の神奈川2区に隣接する同5区が地盤の坂井衆院議員が起用されていることには、安倍さんや菅さんの選挙指揮に対する意欲が反映されていると言えるでしょう。
なお、選対委には山口さんなど3人の他に森山副委員長が起用されています。
森山さんは「TPP参加の即時撤回を求める会」の会長としてTPP反対派の代表格に位置づけられましたが、9月29日には党TPP対策委員会で西川農水相の後任の委員長に充てられて一転、安倍さん以下TPPを推進する党のラインに組み込まれたと言えるでしょう。
安倍さんや菅さんは農業・農協改革を打ち出し、規制改革会議からは全中の廃止論も浮上しましたが、7月11日の『朝日新聞』朝刊「けいざい深話」によれば森山さんは6月10日の党農林関係部会で「取りまとめを担」い、「廃止」という表現を削除した原案に落着させたものの、その直後12日には「「全中はもう政治活動をやめたほうがいい」と言い切った」ことも伝えられています。
2月6日の『朝日新聞』朝刊の「けいざい深話」は、「党の農業政策のまとめ役」の宮腰元農水副大臣が農業改革ひいては「成長戦略の目玉」である減反廃止で妥協したことを伝えますが、その宮腰さんは9月29日にTPP対策委員長代理に就任したのであり、また9月10日23:02の「産経ニュース」は、TPPについてかつて反対集会で共産党議員とも同席したこともあった稲田政調会長に対して安倍さんが「「昔は反対してたよね」と冷やかし混じりに語」ったことを紹介。
それらが物語るのは農業・農協改革やTPPを推進する安倍さんや菅さんが、それらへの慎重派を今や切り崩して主導的であることにほかなりません。
それは政高党低とも称されたパワーバランスの影響であり、またTPP推進で奔走した西川さんや、減反廃止を巡って宮腰さんとの調整に当たった江藤前農水副大臣などの協力勢力を得たことの影響でもあったでしょう。

さて、町村元官房長官が「首相が『来年9月に党総裁選があれば、そこで人事もあるだろう』といっていた」(『産経新聞』14.9.11-17:59)というように、先の人事が1年9ヵ月ぶりだったのに対し次のは1年後に見据えられますが、12月には今の衆院議員の任期が折り返しを迎えてそれから16年12月の任期満了ないし同年7月の参院選までの間には解散総選挙を想定できるのであり、次期幹事長にはその司令塔たることが最も期待されることになるのでしょう。
もちろん今の谷垣幹事長は総裁として臨んだ10年参院選で勝利した実績もあって解散総選挙がその任期中に行われたりあるいは来年9月に再任されることもあり得ますが、石破さんの処遇を巡る報道でも「首相は将来の解散・総選挙をにらみ…幹事長を自らに近い議員に交代させる意向とみられる」(『朝日新聞』14.8.24朝刊)とあったように、「自らに近」く上述の通り選挙の采配に意欲的な菅さんを幹事長に据え、安倍さん自身に直通する形の解散総選挙に踏み切ることを志向するのではないでしょうか。
それは逆に言えば次の人事のある来年9月までの解散の可能性は低いかと思わせますが、それに符合するのが、8月7日の『朝日新聞』朝刊が解散日程について「勝利し、国民の信任を得れば、安倍首相を総裁選で交代させる理由が消える」と総裁再選戦略とも関連させて「もっとも順当とされる」とした「来夏の通常国会閉会後」という可能性が、先の人事で石破さんの入閣を叶えてリスクを軽減できた分だけ低下したと言えることでしょう。
安倍さんが、「「菅氏が…陰で支えればいい」と語ったという」選挙とは今月の福島と来月の沖縄の知事選や来年4月の統一地方選などのことであると思われ(菅さんが沖縄基地負担軽減を担当するようになったのも、普天間問題が最大焦点の沖縄県知事選に関連するのでしょう)、総裁選後体制では幹事長代行に甘んじた菅さんはそれが改まった今、次の人事を経ていずれ総選挙が現実的になれば幹事長として、「陰」から満を持して「日向」にも現れることになるのではないでしょうか。

■安倍さんの長い盟友で首相経験者かつ派閥領袖の麻生さんは政権随一の重鎮であり、先の人事で麻生派からは山口沖縄・北方担当相や松本政調会長代理が起用。
麻生派では12年総裁選前後などに山口さんや岩屋元外務副大臣が石破さんに接近する分派的な動きも見られましたが、12年12月には石破さんによる入閣推薦が容れられなかった山口さんが今回麻生さんの推しにより初入閣し、これも石破さんが今回安保法制担当相の候補の一人に挙げた岩屋さんは一時政調会長代理への起用が報じられたもののそれを見送られて自身より当選回数の少ない松本さん(6回と5回)がむしろ処遇を受けており、麻生さんは硬軟併せ用いて派内への支配力を強めたと言えるでしょうか。
麻生派内にかつて遠心力が作用したのは石破さんなどが首相候補者として台頭して首相経験者である安倍さんや麻生さんと競ったことを意味しますが、麻生派内の秩序が原状を回復したことも総裁選後体制の解消の事例に挙げてよいでしょう。
ところで、麻生さんは通常国会閉会が迫って既に人事への関心が高まっていた6月19日の夕方、紀尾井町の懐石料理店で安倍さんと懇談していますが、その場にはいずれも麻生派の鈴木馨祐国対副委員長と大家前参院国対副委員長が同席。
大家さんは麻生さんと同じ福岡の出身、鈴木さんは4月に発足した「次世代の税制を考える会」の幹事世話人を務めて財務省出身ながら法人減税に積極的で、5月には税率引き下げを麻生さんに直接申し入れたことを「勇気ある行動」「行動力については感心した」(産経ニュース、14.5.24-7:00)と評価されていて、両者とも麻生さんにごく近いと言えるのでしょう。
鈴木さんは先の人事で国対副委員長に就任しましたが、麻生派の若手のホープということになっていくのではないでしょうか。
「次世代の税制を考える会」については、法人減税に積極的な菅さんの「「別働隊」との見方が強」(産経ニュース、14.4.24-9:54)いともされますが、鈴木さんの地盤の神奈川7区は菅さんの同2区と同じ横浜市内であり、先述の坂井さんのケースと同じように地縁によっても菅さんに近いのかもしれません。

なお、安倍さんは6月19日は麻生さんなどと懇談した後に公邸に戻り、二階総務会長や林同代理と夕食を共にしていますが、これも人事に関連した動きだったのかもしれません。
実際、二階派は先の人事で党では会長の二階さん自らが総務会長、林さんが同代理に就き、内閣には農水相の西川さんを輩出、また参院では三大派閥が主要ポストを占める慣例を破って鶴保政審会長を擁立。
派閥にはいずれも保守系無所属の中村元建設相や山口元外務副大臣、長崎衆院議員を客員会員として迎えていて党外にパイプを持ち、派閥の運営についても、総務会長就任に伴って離脱して会長も退き河村元官房長官を会長代行としたものの、あくまで後任会長を置かなかったことは、依然それに意欲的であることを思わせます。
林さんはかつては今の石原派に所属していたものの前会長の山崎元副総裁が12年総選挙で引退した際に退会して二階派に移っていますが、それには二階さんから参加の誘いがあるいはあったのでしょうか。
また、二階さんとは国土強靱化総合調査会でも総務会と同じように会長と同代理の関係にあり、立場が近いことは鮮明だと言えるでしょう。
二階さんは、谷垣さんとともに中国通の重鎮として日中関係の打開に乗り出すことに前向きであるほか、国土強靱化を首唱し、公明党の漆原常任幹事会長と「週1回のペース」で「議決機関のトップが定期的に会談する」ことを3日にスタートし(時事通信、同日19:16)、捕鯨の伝統がある和歌山出身で党本部や外務省の食堂の鯨肉メニューを発案するなど、独自色の発揮に積極的です。
二階さんは安倍さんとは中国への姿勢や経済政策を異にしますが、それでも第1次政権で国対委員長や総務会長、第2次政権では同代行や再び総務会長を務めているのは、両者ともがリアリストで、かえって妥協点を見出しやすいことによるのでしょうか。
また、二階さんは、かつてともに今は生活の小沢代表に近くて93年に自民党を離党した石破さんとは13年参院選の佐々木元衆院議員の公認問題で対立するなど距離があり、そのことも、石破さんが安倍さんの潜在的なライバルである状況で両者の利害を一致させたことでしょう。
すなわち、安倍さんと二階さんの近年の戦略的な協力関係は、総裁選後体制の副産物的な果実だったとも言えるでしょうか。

■先の人事を経たポスト総裁選後体制での安倍さんの盟友たちのうち麻生さんと菅さん、またそれぞれに関連して二階さんについてや農業・農協改革、それに解散時期などについては以上のように述べられますが、それについては、加えて甘利さんや高村副総裁、更に安倍さん支持を鮮明にしている鳩山元総務相などの周辺についても検討すべきことが多いでしょう。
石破さんの入閣で総裁選後体制がほぼ解消されて安倍さんの党内勢力基盤は強まったと言えるのであり、それに伴って、今後はそれら安倍さんに協力的な党内各勢力の存在感が増すことになるのではないでしょうか。


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安倍首相と参院政局 ケータイ投稿記事

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+--【安倍晋三です。】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

今日、還暦を迎えました。
人生一区切りですが、更に元気に国の為頑張っていこうと思います。

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*メルマガの配信元です。

■21日は安倍さんの60歳の誕生日でした。

おめでとうございますと申し上げたいと思います。

報道によれば、その日は17:22に丸の内のパレスホテル内、ラウンジバー「プリヴェ」で昭恵夫人や友人と食事会を行ったというので、写真はその少し前に撮ったものでしょうか。

■12日、参院特別総会で執行部の刷新があり、伊達幹事長と吉田国対委員長、鶴保政審会長、また岩城議員副会長という配置が決定。
それについては、任期途中の溝手議員会長が岸田派、岩城さんと伊達さんが町村派、吉田さんが額賀派で、三大派閥が中心的な11年(10月)の人事以来の枠組みが維持されたことをまず指摘できるでしょう。
また、町村、額賀両派がこれまで押さえていた役職を交換していることと、二階派つまり非三派から登用された鶴保さんの位置づけ、それに脇前幹事長の更迭などに注目されます。

脇さんの更迭の要因には、参院選挙制度改革について座長として提唱した「合区案」や「選挙区域調整案」に溝手さん以下から反発が相次いだことをまず挙げられます。
その問題を巡って溝手さんと脇さんの対立は徐々に先鋭化していくことになり、内閣改造で「周りの期待は…大きくなるばかり」(『産経新聞』14.7.12-7:00)と予て入閣が有力視されていた脇さんをそれに合わせて交代することが練られて8月28日午前には「脇氏を参院枠の入閣候補に推薦する考えだった」(『毎日新聞』14.9.12-12:05)溝手さんが官邸で安倍さんと面会し、31日には行革担当相への就任が浮上(『毎日新聞』同日10:40)。
幹事長再任を希望していた脇さんはそれに対抗し、既に森元首相や青木元参院議員会長にそう宣言していたとされるとおり3日の内閣改造での入閣を固辞。
それにより溝手さんとの「溝は決定的になった」(12日12:05『毎日新聞』、既出)とされるほか、5日には「離党も選択肢に入れていると、自らに近い議員に伝えていたこと」(時事通信、同日22:40)が判明し、更に、9日には参院執行部会で溝手さんに対して「参院選挙制度改革に消極的だとして、「大変な誤りで責任を取るべきだ」と辞任」を要求(『毎日新聞』同日18:49、最終更新同日23:35)。
その後、脇さんは離党を「プラスにならない」(時事通信、14.9.12-11:52)として自重したものの、「所属する額賀派に対し「自らの改革案に反対する議員がいる」として退会届を出し」(『産経新聞』14.9.13-7:55)ています。
ところで、額賀派あるいは参院に対して青木さんが影響力を保持していることはしばしば指摘されますが、脇さんが派閥や参院で孤立したことの背景にはあるいは青木さんの存在感も影響したでしょうか。
青木さんや後継者の青木一彦前参院国対副委員長の地盤である島根は、合区案では鳥取と併せられるものとされ、選挙区域調整案では溝手さんの地盤の広島から「一部区域を譲り受けることが想定される」(『産経新聞』14.7.25-19:38)など、いずれでも改革の対象になっていますが、それに青木さん父子が否定的であることは考えられるでしょう。
脇さんはかつて集団的自衛権について「慎重議論を訴え」、その「背後」には青木さんの「影がちらつく」との見方(『産経新聞』14.3.10-23:57)もあって、青木さんと連携して参院で主流、額賀派で直系的な地位にあったことが窺えたものの、一転して幹事長を更迭されるまでに至ったのは、選挙制度改革ではその青木さんと利害が対立したことが無関係ではなかったかもしれません。
脇さんが額賀派を退会したのも、この問題を契機に青木さんと疎隔したことを示唆しているようだと言えるでしょうか。

なお、町村派が幹事長を輩出するのは、谷川元参院幹事長が10年(8月)の議員会長選挙で敗れて退任して以来4年ぶり。
10年議員会長選挙で町村派は、森さんが当初有力視されていた林前農水相を政調会長候補に挙げて立候補見送りを促すなど、谷川さんを支えて議員会長ポスト獲得への意欲を強くしましたが、結果は、安倍さんが分派的に後援した中曽根前議員会長が勝利、その執行部では無派閥の山本前沖縄・北方担当相や町村派の世耕官房副長官と丸川前政審会長代理といういずれも安倍さんに近い役員が起用された一方、派閥として役員を輩出することはありませんでした。
その後、翌11年の人事では古賀、額賀両派と結んで巻き返し、それ以降は執行部の一角を占め続けているものの、それは主に政審会長ポストだったのであり、13年(10月)に伊達さんを国対委員長に立て今回幹事長に昇格させるのに成功したのは、参院における町村派の地位回復を印象づけます。
すなわち、脇さんが更迭されることになったのは、町村派が幹事長ポストの獲得を望んだことの余波として、10年の議員会長選挙以来の参院政局の延長線上に位置づけてよいのではないでしょうか。

ところで、16年7月の次の参院選では溝手さん脇さんとも改選を迎え、同月にはまた溝手さんが議員会長の任期を満了するので、後任を決める選挙も近い時期に行われることになります。
脇さんは16年7月には71歳で、出身の参院比例区の定年である70歳を超えるため、7月12日7:00の『産経新聞』(既出)に「周辺によると、脇氏は2年後の参院選にも「出ない」といっている」とあったように不出馬の可能性もあり、溝手さんは、議員会長が再選される例は近年全くないのに鑑みれば退任するものと思われ、参院自民党は次期参院選を境に様相を大きく変えることが予想されるでしょう。
溝手さんの後任には、16年には非改選の伊達さんを、今回幹事長に昇格したのを伏線にして、挙げられるはずですが、それが実現すれば町村派は10年8月以来6年越しで議員会長ポストを獲得することになります。
また、来年9月には総裁選に伴う内閣改造・党役員人事が予想されますが、伊達さんはそこでまず参院の閣僚候補になることでしょう。

■では安倍さんは、一連の参院政局にどう関わるでしょうか。
それについては、今回脇さんは執行部内での孤立を深めたものの、衛藤首相補佐官や西田前副幹事長という安倍さん側近が公の場で脇さんに同調する意見を述べていたことに注視すべきでしょう。
すなわち衛藤さんは12日の特別総会で脇さんの更迭に異論を唱え「「脇幹事長のままで党の選挙制度改革案を出すべきだ」と訴えた」(『産経新聞』14.9.13-7:55、既出)といい、西田さんも9日に執行部会で「脇氏に賛同」(『産経新聞』同日19:15)して特別総会の前の議員総会開会を溝手さんに要求。
ここで、衛藤さんは中曽根さんと同じ二階派で、三派が巻き返した11年人事で山本さんや小坂元幹事長など中曽根さんが独自色を発揮して起用した役員が一掃された際に新設の幹事長代行に任じられて、執行部で唯一中曽根さんに近かったのであり、西田さんも、町村派所属であるとはいえ、10年議員会長選挙で中曽根さんを支持した安倍さんの側近なので参院政局に関してはむしろ非三派に分類することもできるのでしょう。
また、8月23日7:00の『産経新聞』は、かつて集団的自衛権に関する与党協議の参院からのメンバーの選考で溝手さんが山本総務会長代理を、脇さんが西田さんをそれぞれ推していたことを伝えていますが、それは溝手さんと脇さんの齟齬の一端であると同時に、幹事長と副幹事長だった脇さんと西田さんの距離の近さや信頼感の表れでもあったでしょうか。
それらのことからは、三派が終始主導的だった脇さんの更迭劇はやはり一連の参院政局の流れに位置づけられるのであり、その意味において、三派の一角である額賀派から排撃された脇さんを非三派系の両者が支持したのも怪しむに足りなかったでしょう。
安倍さん自身、12日の特別総会の前に「脇氏の更迭によって自民党の改革のスピードが遅れるのを危惧し」て溝手さんを官邸に呼び、「「選挙制度改革をしっかりやるように」と指示」していますが(『産経新聞』14.9.13-7:55、既出)、そのような改革の必要性の強調は、衛藤さんや西田さんの発言に鑑みて、同じように三派の動きに否定的であるということかと理解しても大過はないでしょう。

政審会長の鶴保さんは二階派ですが、三派以外から役員が起用されるのは衛藤さんが幹事長代行とされた11年人事以来で、10年には無派閥の山本さんが政審会長、04年には亀井派(今の二階派)の所属で後に離党して新党改革に転じた矢野元外務副大臣が国対委員長だったことがあるものの、極めて異例だったと言えます。
それには所属派閥の会長でともに和歌山を地盤とする二階総務会長のプッシュがあったことが想像されますが、政審会長ポストは11年人事で岩城さんが就いて以来既述のようにこれまで町村派が押さえ、更に安倍さんが総裁に復帰した12年9月以降は世耕さんや橋本元政審会長、山谷国家公安委員長というようにその側近や女性の起用が続いて安倍さんの方針が反映されていたのであり、その点においても二階派の鶴保さんの就任は異例だったでしょう。
その結果、今の参院執行部には安倍さんの側近は不在となり、その状況は11年に三派が巻き返して安倍さんが後援する中曽根さんの主導権が後退した体制に似ますが、しかし、今回の内閣改造で参院から入閣したのは山谷さんと有村行革担当相といういずれも保守派の女性で「参院推薦の閣僚枠が事実上ゼロ」(『毎日新聞』14.9.13-0:25)だったのであり、安倍さんの参院に対する優位はむしろ強まったと考えてよいのかもしれません。
脇さんが溝手さんの推薦にも関わらず入閣を固辞したことで「参院側で入閣候補を推薦できず、人事での存在感が低下し」(『毎日新聞』14.9.2-22:20、最終更新3日0:20)たことは、安倍さんが必ずしも距離の近くない溝手さんを牽制する好機になったと言えるでしょうか。
政審会長ポストの側近以外への開放も、参院に対する優位を改造で十分に確保し、余裕を持ってバランスを取ったものだったと言えるでしょう。
なお、改造で脇さんとともに「入閣の方向」(『毎日新聞』14.9.1-15:00、最終更新同日17:47)だったものの実現しなかった岩城さんが議員副会長に処遇されたのは、それを慰撫するものだったでしょう。

ところで、これまで政審会長は政調会長代理を兼任することが通例だったものの、鶴保さんはそれを兼ねていません。
参院からは宮澤、野村両政調会長代理が専任で輩出されていますが、これからは何を考えられるでしょうか。
実は近年の政審会長では11年に就いた岩城さんが政調会長代理を兼ねておらず、兼任制は安倍さんの総裁復帰に伴う翌12年人事で側近の世耕さんが政審会長になった際に復活。
それは都度指摘している安倍さんの政調重視の一例に挙げられますが、同時に、安倍さんの参院への関与の程度を表しているとも言えるかもしれません。
すなわち側近の山本さんが政審会長を退任して岩城さんに交代した11年は中曽根さんの主導権が後退してそれと通じる安倍さんの影響力も相対化していたのであり、逆に12年10月の兼任制復活には総裁に復帰した安倍さんの意向が反映したのでしょう。
そして今回の政調会長代理兼任解消は、政審会長ポスト開放と同様、参院に対する優位と余裕を得た安倍さんが、それ故に参院への関与を敢えてそれ以上には強めず、むしろ自重した結果だったかもしれません。
安倍さんは溝手さんが麻生派所属で保守系の鴻池元防災担当相と争った13年議員会長選挙では、党内で非主流派だった10年選挙とは一転、関与を控えて三派を中心とする参院の秩序を容認していますが、それは総裁として、参院が混迷するのを嫌ったのだったのでしょう。
それや今回の政審会長ポストの扱いは、安倍さんが参院への対応で優位を図りながらも慎重を期していることを物語るものであるに違いありません。


(R)

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