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*敬称略、括弧内は(当選回数/出身選挙区/所属派閥)の順で、「再」は再任。 【議員会長】溝手顕正(5/広島/岸) 【幹事長】脇雅史(3/比例/額) 【幹事長代行】吉田博美(3/長野/額) 【国対委員長】伊達忠一(3/北海道/町) 【政審会長】山谷えり子(2[衆1]/比例/町) 【幹事長代理】山本順三(2/愛媛/町) 【国対委員長代理】岡田直樹(2/石川/町) 【政審会長代理】宮澤洋一(1[衆3]/広島/岸、再) ■以上のうち、脇さんの後任となる伊達国対委員長の就任については7月31日に内定していましたが、今回正式に発表となりました。 その伊達さんは町村派の所属であり、脇さんが額賀派であることと、参院三役(幹事長、国対委員長、政審会長)はこれまで11年10月以来2年にわたって三大派閥(町村、額賀、岸田各派)が分割してきたことに鑑みて、伊達さんと同じ町村派の山谷政審会長の就任は大いに注目に値するでしょう。 参院では、11年10月に、当時執行部を率いていた中曽根前議員会長と、前年8月の議員会長選挙で谷川元幹事長を擁して敗れた町村派の一部と古賀(当時、今の岸田派)、額賀両派が人事で対立、幹事長に麻生派(=非三派)の鴻池元防災担当相を充てることや当時政審会長だった山本沖縄・北方担当相を再任することなどの人事案を通せなかった中曽根さんが妥協を余儀なくされて、幹事長に岸田派の溝手さん、政審会長に町村派の岩城元政審会長がそれぞれ起用され、それに前年から国対委員長であった額賀派の脇さんを併せて、三派がバランスを取って三役を分割する慣例が始まりました。 ところで、その10年8月の議員会長選挙で中曽根さんを支持したグループを後見したのが安倍さんであることから、安倍さんと参院政局の関わりは浅くないと言えますが、翌12年10月の参院人事で三役では政審会長に交代があって岩城さんの後任に安倍さん側近の世耕官房副長官が充てられたのは、前月9月に安倍さんが総裁に復帰したことの影響であったと考えられ、そこには、参院における安倍さんの影響力の程度の変遷を見ることができると言えます。 すなわち、10年8月には自ら会長を務める創生「日本」の会長代行である中曽根さんの他に側近の山本さんや世耕さんといった保守派がそれぞれ議員会長、政審会長、幹事長代理の地位にあったことで参院における安倍さんの存在感は高まったはずであり、それはまた、保守派が当時の菅内閣の閣僚だった仙谷元官房長官や馬淵元国交相、前原元代表の追及に成功したことの素地であったと言ってよいでしょう。 対して、11年10月には中曽根さんが参院執行部で主導権を後退させ、逆に三派が伸長していますが、三派は前月9月の党の人事で、当時総裁として派閥勢力と距離を置いた党運営をしていた谷垣法相への圧迫も強めて総務会長、政調会長、国対委員長を分割しているのであり、それが翌12年9月の総裁選で当時幹事長だった石原環境相が派閥勢力に擁立されて執行部から出馬したことの伏線だったと言える点で、一連の三派の伸長と、総裁選で安倍さんが派閥勢力と距離を置いて立候補して石原さんと争ったことは同一の流れの上で理解できるはずです。 そしてその総裁選を安倍さんが制したことは上述通り、世耕さんが政審会長として参院執行部に参画したことの背景であると言えるはずであり、それは総裁となった安倍さんが参院への影響力の確保を図ったものに違いなかったでしょう。 安倍さんは総裁復帰後、鴨下元環境相や浜田幹事長代理を党の要職に起用して石破幹事長との協調を意識しているほか、内閣には石原さんや林農水相という総裁選対立候補や、谷垣さんのような親中派、岸田外相や茂木経産相といった大派閥の会長や実力者も入閣させるなど、党内各勢力に配慮した言わば「低姿勢」の人事を行っていますが、参院に関して、上述の世耕さんの政審会長起用が側近を執行部に送り込んだものであった一方で、世耕さんは町村派所属でもあるのであり、それは三派が三役に割拠してバランスを取る慣例・枠組みに従ったものでもあったことも「低姿勢」の一環だったと言ってよいかもしれません。 第二次安倍内閣の発足で官房副長官に移った世耕さんの後任の橋本前政審会長も町村派所属であり、自民党の政権復帰後もその慣例は継続していますが、今回の人事でそれが見られなくなり、かつ、総裁派閥たる町村派出身の幹部が増えて三派のバランスが崩れたことは、TPP推進や税制問題、副大臣・政務官、党政調各部会長の人事を通じて党に対する「官邸主導」が強まる中において、注目されるはずです。 安倍官邸は、7月の議員会長選挙についても「官邸が関わることへ意欲を示」(『朝日新聞』12.7.20朝刊)しており、「官邸の主導権」を強く志向する安倍さんにとって参院もその対象であることは明らかだと言え、それが表れたのが山谷さんの起用だったと考えるべきでしょう。 参院選後に町村派が山崎議長、岸田派が議員会長に溝手さん、額賀派が幹事長に脇さんをそれぞれ輩出したことは、三派がバランスを取ったものであると見ることができますが、しかし議長は党のポストではない上に名誉職であり、伊達さんが国対委員長となって町村派が議長とは別に三役の一角を占めたことがむしろ慣例に基づいた順当な人事であったと言ってよいでしょう(7月25日8時43分配信の『産経新聞』によれば、当初国対委員長の候補だったのは岩城さんであり、町村派が国対委員長を押さえるのは既定路線だったと考えられます)。 町村派が国対委員長、額賀派が幹事長を押さえるとすれば政審会長には「慣例」に基づいて岸田派から例えば当選3回の松山前外務副大臣が充てられることも考えられたはずですが、しかし実際には、安倍さんに近い保守派として第一次内閣では首相補佐官を務めて教育再生に、党では拉致問題に当たってきた山谷さんが起用されたのはやはり、参院に対する「官邸主導」の結果だったと考えてよいのでしょう。 また、「官邸主導」という視点で見たとき、伊達さんと山谷さんに山本幹事長代理と岡田国対委員長代理を併せて、参院幹部8ポストの半数を町村派が押さえたことはどうでしょうか。 町村派は昨年の総裁選では安倍さんと町村元官房長官のそれぞれを支持するグループに割れましたが、安倍さんの当選で最大派閥かつ総裁派閥となり、派閥の中では順当に安倍さんに近い勢力であると見なすことができます。 それは先の副大臣・政務官人事でそれまでより2人多い最大の11人が起用されていることにも窺われますが、参院で町村派所属の幹部が増えたことも併せて、総裁派閥たる町村派が存在感を持っていることは安倍さんの党内勢力基盤の安定に資しているはずです。 「町村派の中堅議員」が、1日に96人を集めて開かれた石破幹事長の率いる「さわらび会」の会合について「派閥活動」であるとして「不快感をあらわに」した(『産経新聞』13.10.9-7:55)ことは、その一端を示唆していると言ってよいでしょう。 なお数字を挙げれば、参院選を挟んだ三派の参院議員はそれぞれ、町村派が20人強から30人強へ拡大した一方、額賀派が20人程度、岸田派が10人程度のままで大きく変わっておらず、そのことからは、参院幹部ポストについて、これまでは派閥の規模に関わらず三派が分割するバランスが優先されていたこと、逆に、8つの幹部ポスト中で町村派が4、額賀、岸田両派が2ずつを押さえた今回の人事では派閥の規模がポスト配分にある程度比例するようになったこと、の二点は指摘できるでしょう。 参院三役における三派のバランスという「慣例」が崩れたのは、派閥勢力が総裁権力を圧迫・相対化するという谷垣体制期に顕著だった党内力学が変化していることを思わせるものであると言え、それは安倍政権の特色たる「官邸主導」を党に対して確立しうる条件的環境であると言えます。 また、そのバランスが崩れた一方で町村派が伸長したことは、11年10月以来の「三派体制」が改まってポスト配分が派閥の規模に比例するように「正常化」したものであると同時に、その町村派が安倍さんの出身派閥であることを考えれば、それも結果的に、「官邸主導」の一助となるものでもあるかもしれません。 上述のように参院での慣例尊重や党内各勢力への配慮を「低姿勢」だとすれば、「官邸主導」の推進は政権が言わば「高姿勢」に徐々に転じていくこととなりますが、党における勢力基盤の一つである町村派を順当に重視することは、それを穏当に進めることでもあると言えるでしょうか。 10年8月の議員会長選挙は、その際に安倍さんが町村派の方針に反して中曽根さんの脱派閥的な動きを支持したのが、12年9月の総裁選で町村派の対応が割れて安倍さんが派閥勢力と距離を置いた対応をとったことの予兆であったという点で非常に重要な局面であったと言えます。 そして、その議員会長選挙で敗れた派閥勢力が巻き返した11年10月の参院役員人事で生じた「三派体制」が、安倍さんが総裁次いで首相に復帰した今年13年10月に解消されたことは、10年8月以来の参院政局が一つの区切りを迎えたことを示していると言えるでしょう。 ■さて、参院に対する「官邸主導」の反映と言える山谷さんは政審会長として政調会長代理を兼ねていますが、都度指摘しているとおり安倍さんが重視していると見られる政調については、今回の人事で政調会長代理が1人増員されて5人体制とされたことに注目されます。 すなわち、衆院から専任の塩崎、棚橋、平沢各政調会長代理のほか、参院の政審から会長の山谷さんと同代理の宮澤さんが兼任の政調会長代理となっていることは、安倍さんが総裁に復帰してからの一連の「政調重視」の流れの上に位置づけられるでしょう。 政調を巡っては12年9月29日の『朝日新聞』朝刊によって、昨年9月に安倍さんが総裁に復帰した直後の人事で、石破さんとの間に角逐のあったことが知られますが、安倍さんはその際、盟友の甘利経済再生担当相を重量級の政調会長としており、政調における主導権の確保に成功していると言えます。 また、政権復帰後には側近の高市政調会長を甘利さんの後任としていますが、高市さんが例えばTPP推進で党内の慎重意見を押し切るのに尽力したのなどはしばしば「政高党低」を象徴するものとされるのであり、今の政調の体制は党に対する官邸の主導権の源泉の一つとなっていると言ってよいでしょう。 すなわち、「官邸主導」を志向する第二次安倍政権においては官邸が党に食い込んで、政調が党よりむしろ官邸に直結するライン上にあると言えるのであり、側近の高市さんや塩崎さんの存在が、その権力構造を支えているのは明らかです。 政調会長代理は、安倍さんの総裁復帰後には世耕さんのほか中谷特命担当副幹事長と衛藤首相補佐官の3人、自民党の政権復帰後には塩崎さん棚橋さん橋本さん宮澤さんの4人、そして今回の5人と増員が続いており、この政調の拡充からも、安倍さんによる政調重視を指摘できるでしょう。 今回新たに代理となった平沢さんを含めて、政調幹部には石破さんの側近が少ないことや、TPP推進で官邸と連携する西川政調副会長が新たに政調入りしたことも併せて注目したいと思います。 また、参院政審の幹部が党政調に参加していることは、一連の政局に見られたように元来独自性の強かった参院を、政調を通じて官邸の影響下に置こうとするものであると考えられるでしょうか。 なお、安倍さんの総裁復帰直後の体制では政審会長の世耕さんの兼職が政調会長代理で、政審会長代理の宮澤さんが兼ねたのは政調副会長だったのに対し、自民党の政権復帰後には政審会長の橋本さんだけでなく、同代理に留任した宮澤さんも兼職が昇格して政調会長代理となったのは、党と参院の連携が高度化したものであると言え、安倍さんが参院を重視していることの表れだったと言えるかもしれません。 (R) |

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