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+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

こんばんは安倍晋三です
日曜日からオーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニアを巡る外遊へ出発いたしました。
ニュージーランド訪問の最初に歓迎行事に出席しました。
ニュージーランド原住民族であるマオリ族のグループによる勇壮な歓迎の舞踏を見せて頂きました。
キー首相との首脳会談では、TPPなど経済関係のほか、日本の積極的平和主義の立場から、先日閣議決定した安全保障政策について説明を行い、理解を得ることができました。

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+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

今回の外遊、二カ国目となるオーストラリアを訪問しています。


日本の首相として初めて豪議会で演説を行いました。
日豪は、開放的で自由な市場を作るために、そして、地域と世界の秩序を作り平和を守っていくために、これまで築いた信頼関係の基に新たな特別な関係へ踏み出しました。私のスピーチは豪議会で大きな拍手をいただきました。

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+--【おはようございます。安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

昨日はアボット首相のご厚意により、専用機でウエスト・アンジェラス鉱山を訪問しました。


道中、アボット首相とは、この3日間で最も長く、楽しい時間を共有できました。
同鉱山は、日本とオーストラリアの合弁企業で、立ち上げから50年以上も経過しており、両国の強固な関係を象徴するものです。経済面でも安全保障面でも、今後も長く、そしてさらに強い信頼関係で結ばれるよう、両国の関係を深めてまいります。

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▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■三通目からは安倍さんとアボット首相の親密ぶりと個人的な信頼関係のあることが窺われますが、9日の『朝日新聞』朝刊によると「アボット政権の親日ぶりは際立」っていて、スピーチに「大きな拍手をいただ」いたという議会については、「休会中の下院は今回、安倍首相の演説のためだけに150人の議員を特別招集」したということ。
オーストラリアでは労働党のラッド前首相が親中派として知られますが、昨年9月にそれと政権交代したのが保守連合のアボット氏であり、安倍さんとは大いにケミストリーが合うのでしょう。
『美しい国へ』にはオーストラリアについて「普遍的価値を日本と共有している」との評価があり、第1次安倍政権期07年3月には当時のハワード首相が来日して「日豪安保協力共同宣言」が調印されているように、安倍さんはかねて安全保障面でオーストラリアを重視。
また、やはり第1次政権期06年12月にはインドとの「日印戦略的グローバルパートナーシップ」が署名されていますが、安倍外交は日米同盟を機軸に、『美しい国へ』で提唱されている「アジア・大洋州デモクラティックG3プラス・アメリカ」という日米印豪4ヵ国の枠組みを形成することを壮大な構想としていると言えるでしょう。
価値観外交に通じるそれが一連の中国問題を念頭していることは論を待ちませんが、インドで5月に就任したモディ首相は初の外遊でブータンを訪れて、「ブータンに接近する中国を暗に牽制」(『産経新聞』14.6.17-1:22)しており、インドが「アジア・大洋州デモクラティックG3プラス・アメリカ」に便乗し、それを外交戦略として日本と共有する素地は大いにあるでしょう。
なおモディ氏は「日本から初外遊で訪日するよう求められ」(同上)ていたというので、それは容れられなかったことになりますが、ブータン訪問の意図が「中国を暗に牽制」することにあるなら、日本の外交戦略との齟齬は決して大きくないと考えてよいのでしょう。

日豪両国はアメリカを共通の同盟国としますが、いずれも中国が海洋進出する西太平洋とインド洋の双方に臨むオーストラリア北部ダーウィンへの米海兵隊の駐留(2012〜)は、西部で南シナ海を睨むフィリピンへの米軍の事実上の再駐留(2014〜)、そして東シナ海に西接する南西諸島、沖縄の在日米軍基地と併せて、太平洋国家を自認するアメリカの地域への関与すなわちリバランス政策の要諦です。
日米安保条約6条=極東条項には米軍が「日本国の安全」のみならず「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため…日本国において施設及び区域を使用することを許される」とあって、在日米軍基地ひいては日米同盟が広く地域の安全保障に関することが定められていますが、54年前に謳われたその精神は、21世紀のリバランス政策に今こそ全く適うと言ってよいでしょう。
その点で豪ダーウィンやフィリピンへの米軍の駐剳は極東条項のバリエーションであると言えるとすれば、安倍さんの唱える「アジア・大洋州デモクラティックG3プラス・アメリカ」は、岸元首相による極東条項を重層的にすることによって実現されると言えるでしょうか。
それは祖父の岸さんを敬愛する安倍さんにこそ相応しい仕事であるに違いありません。

■今回の外遊には財界関係者も多数帯同し、安倍さんはニュージーランドのキー首相やオーストラリアのアボット氏との会談でTPP交渉の早期妥結に向けて取り組む方針を確認していますが、TPP推進がアベノミクスの本丸たる成長戦略において重要視されていることは改めて明らかです。
安倍さんの経済政策は、成長戦略において法人減税がTPPと並ぶその根幹に位置づけられるように、総じて財界と気脈を通じていると言えるでしょうか。
また、二通目に「開放的で自由な市場を作る」とある通り、経済のグローバリズムという世界規模の現実に即応していることも明らかでしょう。
安倍さんは6月30日付の英紙『フィナンシャル・タイムズ』に論文「私の『第3の矢』は日本経済の悪魔を倒す」を寄稿していますが、6月30日9:00の『産経新聞』によれば、そこでは外資を呼び込むべく法人減税に取り組んでいることがアピールされ、「規制の撤廃…、エネルギーや農業、医療分野を外資に開放すること」が「言明」されているというほか、少子高齢化社会でも経済成長を持続するために重要な「女性の社会進出」に関連して「働く母親のために家事を担う外国人労働者の雇用を可能にする」と「約束」されているといいます。
そこから窺えるのは、高度経済成長と税収増の下での公共事業による所得の再分配というかつての自民党の経済政策が堪えない時代に必然的に、安倍さんが構造改革を志向していることと、「開放的で自由な市場」というスタンダードへの順応の必要性、そしてそれらを対外的にアピールして対日投資を促進するのが強く意識されていることでしょう。

戦前1937年2月に発足した林銑十郎内閣の結城豊太郎蔵相はそれまでに旧興銀総裁や日商会頭を務めた財界出身者で、その前の広田弘毅内閣の馬場〓一蔵相による、公債を大増刷し軍事費を増大させて財界から甚だ不評だった予算を是正していますが、それは財政規律の観点から、今の第2次安倍内閣の経済政策に通じると言えるでしょう。
安倍さんは「経済成長と財政再建の両立」を掲げていますが、それは、金融緩和と財政出動はデフレへの対症療法であり、経済成長の実現可能な環境の整備に必要な景気刺激策である一方、財政規律を乱して日本の財政や国債の対外的な信認を損なって景気刺激策を続行できなくするという自家中毒を引き起こす性質を持っていることによる、と理解できるでしょうか。
そして、それを回避するための財政再建はアベノミクスに本質的にビルトインされていた第4の「見えざる矢」だったろうとは、都度指摘しているとおりです。
もしそうでなければ、日本の財政は金融緩和と財政出動によって馬場財政のように著しく悪化し、対外的な信認を失って海外の対日投資の減少や株価の下落を招いていた可能性がありますが、安倍さんはもともと財政規律について、例えば第1次政権期07年度のプライマリー・バランスがマイナス6兆円まで改善されたのをその治績とするように、また上記「悪魔を倒す」の論文で「経済再建なしに財政の健全化はあり得ないと述べ」られているとおり経済成長による税収の回復が目指されているように、無頓着でないのであり、金融緩和と財政出動のそういう負の性質を財政再建によって補完するのは既定的だったと言うべきでしょう。
そしてそれはさしずめ、広田内閣から林内閣の交代に伴って馬場財政が結城財政によって手直しされたことが、第2次安倍内閣のアベノミクスにおいて再現されたと言えるでしょうか。
また、13年8月に行われた消費税率引き上げに関するヒアリングでは、中止した場合の「株安、通貨安、債券安のトリプル安の恐れ」(『朝日新聞』同月31日22:08)を指摘した当時の経団連会長の米倉住友化学会長を含め日商の岡村会頭や経済同友会の岡本副代表幹事といった経済団体の幹部が揃って賛成を開陳していますが、それは馬場財政に対する反応と同じように、財界が収支の赤字化を嫌うことと無関係ではなかったでしょう。
林内閣ではまた、外務省出身の佐藤尚武外相による対中融和的な佐藤外交の下、実業家で旧横浜正金銀行出身の児玉謙次を団長とする訪中団が組織されていますが、そのように当時軍事的に緊張していた中国を市場と位置づけたのも財界出身者が影響力を持った林内閣期らしいのであり、それは、現在、財界関係者を従えてTPP参加国として日本にとって市場たりうるニュージーランドやオーストラリアを歴訪する安倍さんの政権に肖似すると言えるでしょう。
林内閣で結城蔵相が無軌道な財政を修正して内閣と財界が協調したことは、林首相が陸軍出身であったことから軍財抱合と呼ばれますが、それに倣えば、安倍さんは自民党総裁として政党に立脚する党人派の政治家なので、以上のように財政や通商で財界と気脈を通じたその経済政策のスタイルは政財抱合と呼べるでしょうか。

■オーストラリアでは日豪EPAが調印されました。
日豪EPAについては3月だけでも甘利経済再生担当相や茂木経産相、林農水相、党TPP対策委員長の西川政調副会長という内閣や党の担当者に加えて当時の経団連会長の米倉さんがアボット氏あるいはロブ貿易・投資相と会談していますが、3月18日13:54の『産経新聞』には、その「背景」として「現状を政官民一体で打開したい思惑」が指摘されており、政権と財界の密接な連携があることはここでも明らかでしょう。
ところで同記事はまた「オーストラリアとのEPA交渉を先行させることで…米国の焦りを誘い、TPP交渉で譲歩を引き出したい考え」があることを指摘して、日豪EPAとTPPを関連づけています。
今回の調印で日豪EPAはまさにTPPに「先行」する形になりましたが、それはそれ自体一つの成果であると同時に、より高度な自由貿易体制であるTPPの推進の一環でもあるということになるでしょうか。

TPP推進は地域における枠組み作りという点で「アジア大洋州デモクラティックG3プラス・アメリカ」に通じ、安倍さんは安全保障と通商を連関させて、その意味でもTPPを重視していると考えても大過はないでしょう。
ところで、TPPには中国も参加を模索する動きがあると指摘されることがありますが、国際社会の中国への対応にはそもそも「包囲」と「関与」の硬軟二途があるのであり、TPPによれば、日米豪が地域の「開放的で自由な市場」という通商ルール作りで先行し中国を「包囲」する、というのとともに、異質な中国を日米豪などのマジョリティの価値観に馴らすべく、その枠組みに取り込んで「関与」していく、という戦略も展望できることは言うまでもありません。


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■安倍さんはかねて先の常会閉会から秋の臨時会開会までの間に第2次安倍政権として初となる内閣改造・党役員人事を行う考えを明らかにしていますが、25日7:55の『産経新聞』はその時期について「臨時国会前の9月上旬を軸に調整」されていると報道。
安倍さんは2月28日夜に吉田参院幹事長代行や石井副幹事長と会食した際に「人事について「通常国会が終わったらすぐか、臨時国会前のどちらが良いか悩んでいる」」(時事通信、同日23:42)と発言していますが、そのように人事権者であることを誇示したのが、今日午後にも閣議決定される集団的自衛権行使解禁のための憲法解釈変更に向けた党内議論を念頭したものだったのは間違いないでしょう。
安倍さんが人事の時期に「幅」をとっていたのは、党操縦や国会運営が難航した場合に備えたものだったかもしれません。
すなわち党内の慎重論が鎮まらなかった場合には常会閉会直後つまりその「幅」の中でも早い段階での人事を確約してそれを収めることが図られた可能性があるとすれば、逆に「幅」の中の限度いっぱいに近い時期が検討されているというのは、安倍さんが人事権を温存できるくらい党内で主導権を確保できているという状況によると言えるでしょう。

安倍さんが党内対策に人事権を誇示したのが吉田さんや石井さんに対してだったのは、両者が参院額賀派の所属で、脇参院幹事長や青木元参院議員会長のラインに属していることが関係するでしょうか。
集団的自衛権に慎重論を唱えていた脇さんは青木さんの直系、参院3選の実力者で次の内閣改造での初入閣も有力であるはずですが、それだけに、その側近に対する人事への言及が、参院で影響力の強い脇さんに向けたメッセージという性質が強かったとしても怪しむに足りません。
脇さんは3月末に高村副総裁が「限定容認論」を提唱するとそれを容れていますが、参院の存在感はそれまでに一定以上示されたと言えるでしょうか。
安倍さんは第1次政権では後見の森元首相と盟友関係にある青木さんを通じて参院の掌握を図りましたが、第2次安倍政権では脇さんが参院の実力者として、党運営で重要視されることになるのでしょう。
さて、参院の実力者である脇さんの入閣はほぼ確実視できますが、そのポストには例えば重要閣僚に位置づけられる総務相が相応しいと考えられるでしょうか。
なお、脇さんが取り組む参院選挙制度改革について、その提案する「合区」案には石破幹事長や溝手参院議員会長といった実力者から対象選挙区の議員まで党内外の異論が根強いため、それが総務相起用の障壁になることや、逆に「一票の格差」解消を断行するアピールにされることもあるいはあるかもしれません。

脇さんが入閣すれば、その後任には林農水相か伊達参院国対委員長が有力でしょうか。
林さんは岸田派の所属でこれまで内閣で防衛相や経済財政担当相、参院では政審会長や議員副会長、党で政調会長代理を歴任しているほか、10年7月には参院議員会長の候補に浮上し、12年総裁選にも立候補しているのであり、いずれ参院幹部候補であるのは間違いありません。
伊達さんは町村派所属の参院の最長老で、初当選は林さんが34歳(95年)だったのに対して62歳(01年)と高齢ですが、13年参院選の後に溝手さんと脇さんが議員会長と幹事長にそれぞれ就任するのだけが決まって他の役職は10月まで空席だったなか7月末に国対委員長就任が内定されていたように確実的に「スピード出世」して、林さんより先に幹事長になることも考えられるでしょう。
また、議員会長の溝手さんが岸田派所属であるため、幹事長ポストをも岸田派が押さえるのは敬遠されるということもあるかもしれません。

■集団的自衛権を巡っては、それに対する慎重論が党内外に強かっただけに、安倍さんの求心力が問われていたと言えるでしょう。
大派閥では額賀派や岸田派に慎重論が強く、その背後には青木さんや古賀元幹事長の存在がしばしば指摘されたものの、しかしそれらは広がらずに収束。
岸田派の古賀さんが党内でリベラル派として安倍さんとはかねて距離があり、閣議決定による憲法解釈の変更という方法論に否定的なのが確信的であると言えるのに対し、青木さんの額賀派の動きには「内閣改造を見据えた「条件闘争」」(『産経新聞』14.3.28-11:30)という性質が指摘されたように、両派の歩調は完全に一致していたのではなかったのでしょう。
官邸が限定容認論を打ち出して譲歩したのは、額賀派の「条件闘争」において恰好の引き際だったに違いなく、「内閣改造を見据え」ては脇さんのほか竹下元財務副大臣や、青木さんが推す小渕元少子化担当相などが派閥としての閣僚候補になるでしょうか。
また、岸田派には塩崎政調会長代理や根本復興相、鈴木元環境相などの安倍さんの盟友や、岸田外相のほか林さんや小野寺防衛相など現職閣僚も少なくなく、また額賀派に関しては4月28日16:00配信の『産経新聞』によれば同派所属で安倍さん側近である加藤官房副長官が青木さんとの連絡役を務めているとされるのであり、それらは安倍さんにとって両派への対策となったのでしょう。
ところで、新藤総務相もまた額賀派所属の安倍さん側近ですが、こちらは靖国参拝を繰り返すなど加藤さんに比べて保守色がより強いため、額賀派との「条件闘争」の連絡役には加藤さんがやはり適任だったと言ってよいのでしょう。
以上のように、集団的自衛権の問題では大派閥の額賀、岸田両派が結束して安倍さんに対抗するに至らず、更にそれぞれの内部も一枚岩でなかったのであり、そのようにまとまった抵抗勢力が形成されなかったことは安倍さんに有利な党内情勢に結び付いたと言えるでしょう。
さて、大派閥の中でも最大で安倍さんの出身の町村派は安倍さんを支える姿勢が鮮明で、党総務会では衛藤元防衛庁長官が容認論を呈し、町村元官房長官は派閥の勉強会(3月19日)で「派内を行使容認でまとめる考えを示し」(『朝日新聞』14.3.21朝刊)、5月13日には「米大統領は2期8年(務めるの)がごく普通」であるのを引き合いに「長期政権への期待感を表明」(『産経新聞』同日19:27)。
12年総裁選では安倍さんと町村さんが立候補して一本化されなかった町村派ですが、額賀派や岸田派が谷垣体制期に内訌して分裂したのに対し、町村派はその危機を凌いでむしろ総裁派閥として結束を回復していることを確認できるでしょう。
以上のような党内情勢は、都度指摘しているように谷垣体制期に三大派閥が連携し総裁だった谷垣法相が12年総裁選で出身の古賀派をまとめられずに排撃されたのと対照的で、安倍さんが派閥勢力に対して主導権を得れていることが改めて見て取れたと言えます。

4月3日には鳩山元総務相が自身の主宰する派閥横断の勉強会で限定容認論について「基本的に全く正しい」(時事通信、同日19:36)などと述べて支持を表明。
鳩山さんについては他に18日00:43の『産経新聞』が「主宰する派閥横断型の政策グループ「きさらぎ会」の所属議員が…106人に達した」と報道。
同記事はまたきさらぎ会には現職閣僚の田村厚労相や第1次安倍内閣の閣僚だった佐田元行革担当相が役員として連名していることや、鳩山さんが「「安倍晋三内閣を徹頭徹尾支える」と周囲に公言している」ことを伝えていますが、鳩山さんについては実は13年6月7日の『朝日新聞』朝刊が、同年3月に「安倍さんから派閥を立ち上げてくれと言われ」ていて「首相支持のグループ結成を模索している」と報じています。
同上『産経新聞』によればきさらぎ会はそれよりも早く11年6月に鳩山さん(当時は離党していて無所属)や河井総務副会長などが「当初は5人程度で結成」し「豊かな資金力で急速に拡大し」ていたというので、あるいは安倍さんはそれに着目して「首相支持のグループ結成」を促し、鳩山さんは既存のきさらぎ会の拡大でそれに応じたのでしょうか。
大型勉強会であるきさらぎ会が安倍さんを支持していることは党運営に好都合ですが、11年末に復党願を提出したときには「党内の反発が根強く、結論が見送られていた」(『読売新聞』12.12.18-1:22)という鳩山さんに12年総選挙で対立候補を立てず、無所属で当選した後に復党させたのは安倍さんの慧眼だったと言うべきでしょう。
きさらぎ会の発足メンバーである河井さんは12年総裁選では新経済成長戦略勉強会に参加して安倍さんの推薦人となるなど、その側近として知られますが、5月9日朝には鳩山さんとともに官邸を訪れており、それは両者の間にあって安倍さんの党運営に協力しているという立場を象徴していると言えるでしょうか。
河井さんは6月に訪米していますが、憲法解釈変更について10日に共和党重鎮のマケイン上院議員から「強力に支持する」、メデイロスNSCアジア上級部長から「完全に支持する」との発言を引き出している(『毎日新聞』14.6.11-11:27)ほか、27日には民主党保守派の長島副幹事長やみんなの党で安倍さんに近い水野幹事長など9人で超党派の議連「日米同盟コーカス」(仮称)を発足(『産経新聞』同日9:41)。
議連は「同盟の深化を図り、7月下旬に訪米」するというので親米色が強いと言えますが、河井さんはこれまで訪米を重ねており、これから日本の米国通の代表格として、日米同盟を外交機軸として最重要視する安倍さんの下で存在感を高めていくことになるのでしょう。
5月23日20:32の時事通信の記事によれば、同月19日から22日の訪米ではメデイロス氏が年末のガイドライン再改定について「遅延が生じれば…損失が大きい」と発言したのを受けて、帰国後安倍さんに「今国会中に閣議決定すべきだ」と報告。
閣議決定は実際には閉会後まもない今日午後にずれ込んだものの、河井さんの報告に安倍さんは「大きくうなずいた」といい、それは河井さんが安倍さんの意向をよく踏まえているのを物語っているかのようです。

4月22日の記事でも紹介したように安倍さんは同月9日夜、脇さん以下参院幹事長室のメンバーと公邸で会食した際の記念撮影で右隣に立った脇さんを「副総理」に見立てて厚遇していますが、安倍さんがそのように参院対策に腐心していることはしばしば看取され、3月5日と4月22日には伊達さんとやはり会食。
伊達さんはそのうち4月22日、当時の春期例大祭に合わせて靖国神社に閣僚が参拝したことについて「「この時期だと…避けた方がいい」と批判」(時事通信、同日16:01)しています。
伊達さんが夜に公邸へ招かれているのとあえて同じ日の午後に閣僚の靖国参拝を批判したのは、参院の最長老として容易には懐柔されないという意思表示だったかもしれません。

とはいえ、集団的自衛権の問題を通じて、参院はもちろん党内、また公明党に対する安倍さんの主導権や求心力が改めて確認されたことには、もはや疑いの余地はないとすべきでしょう。
公明党から与党協議に参加した上田政調会長代理は保守派として安倍さんからの評価があり、党内で容認論をリードしたことが明らかになっているほか、安倍さんは太田国交相や赤羽経産副大臣、富田幹事長代理などとの意思疎通を積極的に図りましたが、12年総選挙では安倍さんが北海道10区や大阪3区を公明党に譲ることを決めるなど両党は既に全国で選挙協力を確立しているのであり、あくまで連立の枠組みによって閣議決定を実現できたことで、自公関係が堅実であることも再確認されました。
慎重論に対して時には懐柔し時には譲歩や妥協を織り交ぜて、最終的に成果を上げたのは、それが政治のリアリズムだということでしょうか。

そういう「闘う政治家」である安倍さんは著書『美しい国へ』の中で長州の英雄、吉田松陰先生の好んだ孟子の言葉「自ら反みて縮くんば千万人といえども吾ゆかん」を引いていますが、集団的自衛権の問題を通じて党内外への主導権や求心力が確認されたのは、まさにその精神が実践されて意志を貫いた結果だったと言うべきでしょう。
また、その姿は祖父の岸元首相について「身内ながら誇らしく思うようになっていった」という、安保改定時の「世間のごうごうたる非難を向こうに回して、その泰然とした態度」にも重なったのではないでしょうか。


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向かうところ敵無し ケータイ投稿記事

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■20日、通常国会は事実上閉会しました。
今国会では、前半には4月1日の消費税率引き上げ、後半には集団的自衛権行使解禁のための憲法解釈変更の閣議決定がそれぞれ大きなテーマになったと言えるでしょう。
それらについて、消費税率引き上げに伴う景気への影響は最小限に抑えられたと言え、また集団的自衛権のための閣議決定は自公両党の与党協議が難航しているため会期中には見送られたものの、もうまもなく実現されるものとされ、安倍さんの政権運営はなお順調であると言うべきでしょう。

消費増税とは、財政再建によって日本財政の対外的信認を維持することにほかなりませんが、アベノミクスにおいて金融緩和と財政出動というデフレ対策=景気刺激策には、それらにより財政規律が乱されれば財政への信認が損なわれてそれらを継続できなくなるという自家中毒の副作用があり、また第3の矢の成長戦略で重視される海外の対日投資にもやはり財政の信認が必要です。
安倍さんが消費増税決断時に「経済成長と財政再建を同時に達成するほかに道はない」と述べた所以はまさにそこにあるのであり、従ってアベノミクスにおいて財政再建は本質的にビルトインされていた第4の矢もしくは「見えざる矢」なのであろう、とは昨年12月18日の記事で指摘したことですが、それは、安倍さんがそもそも財政規律への意識や財源への責任、国債に関して国際感覚を持ち合わせて無軌道な「国債神話」とは一線を画していることから必然的だったと言ってよいでしょう。

安倍さんによる消費増税は経済成長戦略と密接に結び付いていますが、そのことは、消費増税の一方での法人減税という一見相反する政策が矛盾しないことを説明しています。
なんとなれば安倍さんの持論である法人減税もまた、甘利経済再生担当相が「目的は「海外から投資を呼び込み、国内投資も活性化させること」と指摘」(『産経新聞』14.6.3-11:06)する通り成長戦略に直結するからですが、それについてはむしろ、安倍さんが党内の慎重論を制して主導権を示したという、政局的な意味合いにも着眼したいと思います。
党内ではともに旧大蔵省出身の野田元自治相や宮澤参院政審会長代理、それに集団的自衛権の問題では安倍さんを支えて議論の中心になっている高村副総裁も含めた税調が税収減を嫌って慎重論を唱えていましたが、それでも3日には「引き下げを容認」(時事通信社、同日13:40)する内容の提言を安倍さんに提出。
そこでは、それによる税収減への備えとして外形標準課税の対象拡大などが代替の恒久財源に位置づけられていますが、それは麻生副総理兼財務相の主張でもあったことが知られます。
5月30日10:35の『産経新聞』は麻生さんが「恒久的な財源確保が必要との認識を改めて強調」し「具体的には…外形標準課税の強化など」を挙げたことを伝えますが、同記事によれば甘利さんは法人減税の一方で外形標準課税を強化して「全体として(企業の税負担が)変わらないということになる」のに疑問を呈しています。
甘利さんは代替財源にアベノミクスによる税収の上振れ分を想定し、14日1:42(2:00更新)の『日経新聞』によれば安倍さんもまた「最近は税収が増えてきているらしいね」と「周辺に…漏らして」それを「減税の財源にできないか…実は考えていた」とされますが、それは上出3日の党税調の提言の中では「厳に慎むべきだ」とされて外形標準課税の拡大などが代替財源とされ、党税調や財務省はそれを条件に法人減税を容認しているのであり、最終的にそういった慎重派への配慮がなされることはあり得るでしょう。
しかし代替財源の確保という「財政への配慮」について、安倍さんの政治においては財政規律が少なからず意識されていることを踏まえれば、税収の上振れ分ではなく外形標準課税の強化などがより確実な代替財源として決着したとしても、怪しむに足りません。
月内に取りまとめられる「骨太の方針」に盛り込む法人減税とくに代替財源の表現について麻生さんと甘利さんが13日に文言調整で折衝し、「それぞれの…考え方の溝は完全に埋まっていない」とされますが、しかしここでより重要なのは、麻生さんが「最終的に首相の決断を仰ぎたい」と述べている(『産経新聞』同日11:48)ように、安倍さんの主導権を尊重しようという哲学が徹底されているということでこそあると言うべきでしょうか。
12年総裁選でいち早く安倍さん支持を打ち出した両者の間にはそういう哲学や信頼関係が共有されているのでしょう。
また、麻生さんがそういう哲学を奉じていることは、法人減税の問題で麻生さんと考え方を同じくする党税調や財務省を安倍さんが指揮下に置くことに直結しているのは言うまでもありません。

なお、上述のように旧大蔵省出身の野田さんや宮澤さんは財務省と近い主張をしていますが、同じ旧大蔵省出身の山本元経産副大臣や財務省出身の鈴木馨祐衆院議員の主張はあまり財務省的でないことには触れるべきでしょう。
すなわち山本さんはかつて復興増税に安倍さんと歩調を合わせて反対し、国債発行を唱えて「増税によらない復興財源を求める会」の幹事長として理論的中心になり、鈴木さんは法人減税を巡り菅官房長官と連携して中堅・若手からなる「次世代の税制を考える会」の幹事世話人となって長老が主導的な党税調へのプレッシャーとなったのであり、いずれも安倍さんと近い立場であると言えます。
そのように、政策の方向性の異なる議員グループや派閥の中にシンパを形成するのは、都度指摘しているように安倍さんの政治手法の特徴の一つに挙げられるでしょう。
それは以下述べる集団的自衛権に関する与党協議において、公明党に対しても図られました。

■憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使解禁については当初党内外に慎重論が起きたものの、3月末に高村さんが「限定容認論」を打ち出してまず党内がほぼ鎮静し、焦点は自公両党の与党協議に移りました。
協議は難航しましたが、13日には高村さんがいわゆる「新3要件」を提示すると、公明党もその「受け入れに向けた調整に入っ」(『産経新聞』同日21:53)て、安倍さんは集団的自衛権の問題でも政権内の慎重論を抑え得たことになります。
安倍さんは閣僚の太田国交相のほか当選同期の富田幹事長代理や赤羽経産副大臣と会食を通じて意思疎通に努めましたが、それは公明党内でも慎重姿勢の強かった山口代表へのプレッシャーとなったことでしょう。
与党協議のスタートした5月20日の前日19日には、外国資本による水源地買収の防止などにも関わる水循環基本法に基づいて新設された水循環政策担当相を太田さんに兼務させる方針が固められていますが、これには公明党に政権との結び付きを強めさせる狙いや効果があったかもしれません。
今月2日には伊佐衆院議員が「集団的自衛権の行使について「認めてもいいのではないか」」(『朝日新聞』14.6.3朝刊)と発言、後に釈明はしたものの、その段階で容認ムードは公明党内に浸透していたとも言えるでしょうか。

さて、「新3要件」の提示された13日には山口さんも「慎重姿勢を転換し」(同上)ていますが、12日4:02の『産経新聞』は11日には「公明党に軟化の兆しがみえて」いたことを指摘しています。
すなわち与党協議の公明党側メンバーである上田政調会長代理が11日にラジオ番組で「憲法解釈が変わることはある」「どう限定するかまで議論が詰まらないと、その後の法整備の話に行かない」などと述べたのがそれです。
同記事はまた上田さんが「行使容認に理解を示していることで知られ」るとしていますが、当ブログでも安倍さんの12年4月14日のメルマガに拠って再三紹介しているように上田さんは安倍さんから「保守派」「彼の様な人物に公明党の議論を良い方向に導いて欲しい」との高い評価があったのであり、自公合意の伏線は与党協議発足の段階で既にあったと言えるかもしれません。
同上『産経新聞』によれば公明党の北側副代表が「表」の与党協議の一方で漆原国対委員長や自民党の大島前副総裁とも相次いで会談したとされますが、両者は国対を通じた強い信頼関係にあるのであり、安倍さんが自公連立の枠組みで憲法解釈変更の閣議決定に到達するべく、「裏」では両党間のあらゆるルートが機能したことは想像に難くありません。

日米安保条約は第5条で集団的自衛権に触れていますが、それは日本の憲法解釈のゆえにアメリカに片務的になっているのであり、それを一部補完すべく設けられたのが、アメリカが在日基地をその世界戦略に利用できるとした第6条いわゆる極東条項です。
今回の解釈変更により第5条はより双務的になりますが、しかし第6条はアメリカが中国を念頭に「太平洋国家」を自任し「リバランス政策」をとって極東に積極的に関与しようとする現状に全く適うのであり、それは今や日本の外交戦略に合致して、5条と切り離してそれ自体で自存的な意義があるだろう、とは再三指摘しているとおりです。
それについて、通常国会では民主党の江崎参院議員が9日の参院決算委でまさにその5条と6条の「連動」という観点から質問しました。
すなわち翌10日の『朝日新聞』朝刊によれば江崎氏は集団的自衛権行使を「容認すれば、日米安保条約の基本が変更される」と質問。
それは6条が5条を完全に補完して条約は既に十分双務的であるとの立場をとった上で、憲法解釈を変更すればむしろ日本に片務的になるため6条は不要であるとの趣旨だったことが知られますが、それに対し安倍さんは「私は日米安保条約を変える考え方は毛頭ない」と答弁。
それは憲法解釈の変更による5条の実態の変化に6条を「連動」させないとの主張だったと言えますが、その理由は、第6条が極東の現状に適っていて、今や自存的なその意義を評価しているからかもしれません。
今の日米安保条約は安倍さんの祖父の岸元首相が54年前に成立させたものですが、その中でも特に6条は「古くて新しい治績」だと言えるでしょう。
そしてそれを尊重する安倍さんの答弁に賛成したいと思います。

■最後に野党再編についてはどうでしょうか。
分党する維新で責任野党となる石原系は12日に新党の代表に平沼国会議員団代表、幹事長に山田筆頭副幹事長を暫定的に充てることを決めていますが、それぞれがかつて率いた旧たちあがれ日本と旧日本創新党は、10年6月に安倍さんの創生「日本」と「日本を救うネットワーク」(救国ネット)を結成しています。
「新党結成まで他党との折衝窓口になる」(『産経新聞』14.6.12-13:53)という暫定役員にその両者が立ったことで、新党は責任野党としての性質や安倍政権との距離が近い印象をいっそう強くすると言えるでしょう。
石原共同代表は4日に新党のスローガンとして「自立」「新保守」とともに「次世代」を掲げましたが、その「次世代」とは山田さんや中田国対委員長代理という旧創新党出身の中堅世代を指していたのでしょうか。
あるいは、当初「第3の新党」結成を模索していた山田さんや中田さんが石原系に参加した背景には、分党に伴う多数派工作の過程で石原さんからのポストに関する示唆があったのかもしれません。

旧たちあがれ日本と旧創新党は12年総選挙を前に大阪維新の会に吸収されましたが、今回の分党により、救国ネットが安倍さんの下に再現されることになります。
安倍さんが党外の保守勢力と連携した救国ネットには、党外の運動が党内にフィードバックされて安倍さんの再浮上に繋がることが期待されたものの、それは実際には両党を吸収した維新との関係で実現。
しかし維新が野党志向を強めたとき、その中で命脈を保っていた旧両党が分離し、むしろ党内から党外に波及した安倍さんの求心力に共鳴して責任野党として再び現れるのは、必然的な成り行きだったでしょう。
すなわち、旧両党が4年の時を経て窯変したのが新たな責任野党であると言えるでしょうか。
それは安倍さんがかつて取り組んだ救国ネット活動が徒花でなかったことを証明すると言えますが、安倍さんは「本物の政治家」として、税制でも安全保障でも、また野党再編に対しても、なお向かうところ敵無しであるということに違いありません。


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初恋の面影 ケータイ投稿記事

■野党再編で、維新橋下系と結いの党が夏にも合流する見通しであるのを受けて、民主党の再編積極派で維新の橋下共同代表が新たな連携相手に求める前原元代表やあるいは細野前幹事長の動向と、海江田代表の進退に焦点が当たりました。
海江田氏が昨年7月に「目に見える成果」を示す時限とした「1年後」と、三日月元国交副大臣が議員辞職して臨む滋賀県知事選が来月に迫り、党内では再編積極派や非主流派は15年9月予定の代表選の前倒しを模索。
また、党内で海江田氏に対する潜在的遠心力なのが非主流派の実力者である野田、岡田両最高顧問、前原氏、安住元財務相、枝野元幹事長、玄葉前外相のいわゆる「六人衆」です。
六人衆はいずれも与党期には脱小沢派で11年代表選では旧小沢、旧鳩山両Gに擁立された海江田氏とは対決、特に菅、野田両政権で要職を歴任した実力者ですが、12年12月の政権転落以降は非主流派に沈滞。
また、今の主流派の高木代表代行や大畠幹事長、郡司参院議員会長などが労組出身の左派であるのに対し、六人衆は右派に位置づけられ、集団的自衛権の問題では、前原、玄葉両氏や同じく右派で中堅世代の長島副幹事長が積極的で、11日の党首討論でも憲法解釈変更による行使解禁に反対した海江田氏との相違が鮮明です。
すなわち前原氏は4日、長島氏や細野氏など右派系議員13人で安全保障基本法草案を発表して集団的自衛権を行使できるケースを主張し(『産経新聞』同日23:17)、長島氏も自身が会長を務め野党有志議員48人で作る「外交・安全保障政策研究会」で「行使を容認する指針」(『産経新聞』14.5.10-9:01)を発表、玄葉氏も昨年11月には自民党の石破幹事長に「自民党政権のうちにきちっとやってほしい」と「お願い」(『朝日新聞』13.11.21朝刊)。
玄葉氏は同時に「民主党が集団的自衛権の憲法解釈の見直しでまとまることは難しい」とも発言していますが、それは、その5日前の15日、党安全保障総合調査会で、右派の前原氏と旧社会党出身で左派の横路最高顧問が「持論を真っ向から戦わせ」(『朝日新聞』13.11.16)、党内の路線対立が改めて浮き彫りになったのを踏まえたものだったかもしれません。
また、今年2月7日の『朝日新聞』朝刊は、その安保総合調査会の会長で防衛相経験者の北澤副代表が「解釈改憲に反対する見解をまとめたが、保守派議員の反対で発表を先送り」されたことを伝えています。
11日の党首討論で海江田氏は行使解禁を「憲法解釈変更による」ことを批判してあくまで「憲法改正による」べきだと主張しましたが、同上『朝日新聞』によれば、そういうロジックは、安保総合調査会の見解取りまとめにおいても海江田氏が「積極派と慎重派双方が賛成でき、政権への対決姿勢も示せる一致点として…意見集約を目指してきた」落としどころであることが知れます。
しかし執行部には長島氏のほか保守派で安倍さんの評価もある松原国対委員長や前原Gの渡辺幹事長代行もあり、憲法解釈変更に肯定的な考えは執行部内にさえ潜在的なのかもしれません。
逆にリベラル派の菅元首相や江田最高顧問、赤松元農水相は集団的自衛権について「行使は容認できないとの見解で一致」(『産経新聞』14.6.5-18:47)、近藤元環境副大臣が代表で江田氏や社民党議員も集う「立憲フォーラム」も批判(『朝日新聞』14.5.31朝刊)していますが、橋下氏などが目指す野党再編において民主党で対象なのは右派であり、左派がそれに連動していくことはほぼないのでしょう。
従って、同じくリベラル派の生方前幹事長代理が呼びかけて3日に開かれた会合は「野党間連携が進むことをにらんで…発言力を確保しようという動きだ」(『朝日新聞』14.6.5朝刊)とされますが、これは野党再編と積極的に連動して海江田執行部に対する遠心力になるものではないと言えるでしょう。

さて、そもそも海江田氏は13年参院選で民主党が大敗して交代論が起きたのに対して、上述のように1年の猶予を得て続投した際、代表経験者で非主流派の実力者である野田、岡田、前原各氏と会談して容認された経緯があります。
しかし13年参院選では六人衆の地元で当選したのは野田氏の千葉の長浜前環境相だけで、岡田氏の三重と安住氏の宮城ではともにベテランの高橋元参院政審会長と岡崎元国家公安委員長が、前原氏の京都では衆院前職の北神前首相補佐官、枝野氏の埼玉では山根元外務副大臣、玄葉氏の福島では金子前参院議員が落選したことでいずれも発言力を落としていたことや、直前の選挙で大敗し、次の選挙は3年先であるという状況で代表職が敬遠されたことは考えられます。
11ヵ月前にはそのように党内が内向きになったことが海江田氏の地位を保全したと考えられますが、冒頭で指摘したように7月が一つの焦点であることで、勢力を回復した非主流派の動きがそれを前に強まった、あるいは表面化しやすくなっているという状況があるのでしょう。
それに対し、海江田氏が4日の党改革創生本部の初会合で「15年9月の任期満了まで続投する意欲を示した」のは維新分党後に俄かに強まった「「海江田おろし」をかわ」そうとしたものであるという(『読売新聞』同日20:05)ほか、維新分党発表後の先月末から今月初めにかけて訪中や役員人事の考えを立て続けに明らかにしたのも代表続投を既定的にしようとするものでしょう。
13年8月には代表直轄の総合政策調査会の新設を決め、枝野、前原、玄葉、岡田、北澤各氏を各分野の調査会長に起用していますが、六人衆の多くや後述するように参院非主流派の北澤氏を取り込んだこの人事が、勢力基盤の安定を図ったものであることも間違いありません。
また、上述した渡辺氏を前原Gから幹事長代行に起用したのは今年1月、役員の任期途中での梃入れだったのであり、これも同様だと考えてよいのでしょう。

■前原氏は7日、海江田氏の辞任を求めると同時に維新橋下系や結いと合流すべきだとしたほか、その可能性を「100%」と述べたことで「離党も視野にある」(『読売新聞』14.6.8-10:48)と報じられましたが、11日には「離党はない」(『産経新聞』同日12:59)と否定。
前原氏のその迷走つまり再編積極派の失速には、前記事で指摘したとおり、野党陣営に安倍さんの求心力が及んで石原系=責任野党が多数派工作で健闘し橋下系が伸び悩んだことが影響したかと考えられますが、ほかには、前原氏の党内への求心力が万全でないこともあったかもしれません。
六人衆の中でも玄葉、安住両氏は後述の参院非主流派と連携して「岡田氏を担ごうとする動き」(『産経新聞』14.5.28-11:52)を見せているとされるほか、党内では細野氏が独自の派閥として自誓会を立ち上げ、また維新の松野国会議員団幹事長や結いの江田代表と気脈を通じる再編積極派の一人として存在感を持っていますが、かねて前原氏と近かったことから、細野派の結成に当たっては前原氏との間に緊張の生じたことが知られます。
すなわち12年10月25日7:55の『産経新聞』によれば、細野氏は派閥の会合を前原Gのと同じ「木曜昼に…ぶつけ」、両グループを「掛け持ちしている議員」の「争奪戦」が発生。
それに関して13年12月15日の『朝日新聞』朝刊は辻元幹事長代理(前原氏が国交相当時の副大臣)や小川前副幹事長、泉前国対副委員長(地元が前原氏と同じ京都)が細野Gを去ったと伝え、また同上『産経新聞』は「少なくとも2人が細野グループを離脱し、1人が前原グループを離れた」としています。
ところで、3月30日12:00の『産経新聞』によると細野氏は同月25日の夜に北澤氏および前田副代表との会合を持っていることが知られます。
細野氏はそこで両氏に「自身の今後の「政治目標」」について「理解」を得たとされますが、ともに自民党出身の両氏は「「非労組系」の実力者」で、それは細野氏が両氏と接触したことの背景であるでしょう。
参院民主党では日教組出身の輿石元幹事長が長く実力者でしたが、13年参院選の後に副議長に棚上げされて当時務めていた議員会長を辞任、その後任を決める選挙では輿石氏とはかねて距離があった北澤氏がいち早く立候補したのに対し、農協系労組出身で輿石氏と近い郡司氏が対立候補となって当選。
すなわち民主党は参院でも労組出身の左派が主流派になったことになりますが、北澤氏についてはその後、参院で野田Gの広田副幹事長や前原Gの福山元官房副長官など20人規模のグループ横断の勉強会を発足させる構想のあることが報じられた(『読売新聞』13.8.16-10:41)ほか、前田氏などとの会合を重ねていて、5月22日には議員会長選挙で北澤氏を支持した福山氏や蓮舫元行政刷新担当相、芝前官房副長官も加わり、海江田氏の「任期満了を待たずに代表選を行うかも話題になった」(時事通信社、同日23:30)といい、参院でも非主流派の右派による遠心力が作用している構図があります。
そして、その北澤、前田両氏に細野氏が接触したことと、細野氏が野党再編に前向きであることは符合するのも明らかでしょう。
そのように民主党では右派が野党再編の渦中にありますが、その文脈では前原、細野両氏は属性を近くしていると言えます。
その上で、前原氏が今回離党まで示唆したのに対して細野氏は「大きくなる再編論」(既出13.12.15『朝日新聞』朝刊)を唱えて離党を否定しており、野党再編には積極的でも離党には慎重な議員にとって、細野氏は前原氏に代わりうる旗頭であるのかもしれません。
すなわち、細野氏という選択肢が別にあることが、前原氏の求心力を分散させ、トーンダウンさせたという構図があるのではないでしょうか。

野党再編の次の焦点は7月13日投開票の滋賀県知事選でしょう。
その結果は民主党内の再編気運の消長に直結すると思われますが、しかし三日月氏が敗れたとしても、今や海江田氏の進退さえ浮上しない可能性さえあるということなのかもしれません。
また逆に辞任を決断することももちろん考えられますが、いずれの場合でも民主党は党内の右派=再編積極派の分散と左派が対象外にあることにより分裂する可能性は低いことと、野党再編が7月の滋賀県知事選から来年4月の統一地方選を焦点にしていくことは指摘できるでしょう。

■分党する維新で、石原系は安倍カラー政策に対し責任野党として純化して結束を強めると思われるものの、政策的な相違点の少なくない結いとの合流を目指していく橋下系が新たな不安要素を抱えていくことは明らかです。
維新の分党は大阪維新の会と旧太陽の党の合流が不自然だったことの必然だったと言えますが、そもそも橋下さんが維新の国政進出のパートナーとして本命視したのは安倍さんだったことは思い起こしてよいでしょう。
12年8月15日の『朝日新聞』朝刊は維新の松井幹事長が同年4月、安倍さんに対して「僕らを利用して日本を変えてください」と「自民党からの離党を促し、ひざ詰めで迫った」ことを伝えますが、8月25日の『朝日新聞』夕刊は安倍さんが同日、維新とは「憲法改正に向けて連携したいとの考えを示した」ものの「離党して維新の会に合流する可能性について…否定した」ことを報じるように、維新の国政進出は実は第一歩目で躓いていたことになります。

維新はその後、12年11月の衆院解散直前に旧太陽と合流したものの、その次善策は1年7ヵ月で破綻。
そして先述のように結いとの合流についても既にその実現前から将来の路線対立が見通されているのであり、野党再編においては前原さんだけでなく橋下さんも今後、迷走していくことになるのかもしれません。
そうだとすれば、維新分党がしばしば「離婚」と言い表されるのに倣えば、それはさしずめ恋愛関係に似ていると言えるでしょうか。
すなわち、安倍さんへの初恋が実らなかった橋下さんは、石原さんと満たされない結婚をして妥協。
そこに野党再編という火遊びに誘う江田さんが現れて、満たされないながらもしかしある意味では堅実だった結婚生活にピリオドを打って、橋下さんは現在は新しい恋愛に前向きになっているというところでしょう。
遍歴を繰り返してきた橋下さんに、その初恋の面影がある保守派の前原さんはどこまで応えることになるのでしょうか。


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強烈な求心力 ケータイ投稿記事

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■先月28日に日本維新の会が石原、橋下両共同代表のそれぞれの系統で分党するのを決定したことは、野党再編の気運と関係するでしょう。
「触媒政党」結いの党の江田代表は野党再編について「三段ロケット」と語り、第一段でみんなの党、第二段で維新、第三段で民主党をそれぞれ対象。
第一段では自らみんなの党を割って結いを結党、また第二段については維新分党がその号砲となり、そのうち当初から再編の対象に目していた橋下系が呼応していて合流が見通されていることから、第三段で見据えられる民主党で海江田代表の進退が焦点になっていることも必至だと言えるでしょう。
維新では石原系が「保守政党」(石原新党)、橋下系が「改革政党」(橋下新党)になっていくといいますが、それは旧太陽の党と大阪維新の会というそれぞれの原点への回帰であり、12年11月の両党の合流が無理筋だったことの帰結だということになるでしょうか。

ところで、大阪維新へは12年9月に旧日本創新党も合流しています。
維新では前杉並区長の山田筆頭副幹事長や前横浜市長の中田国対委員長代理という改革派首長OBがその出身で、両者は5月30日の『朝日新聞』朝刊では石原系と橋下系のいずれに参加するか未定とされていたものの、4日には石原新党への参加を表明。
維新では宮崎県知事として改革派首長だった東国原前衆院議員が13年12月の議員辞職の理由に旧太陽出身の藤井国会議員団総務会長と園田同幹事長代理への不満を挙げたように石原系と橋下系の相互不信が常に底流していましたが、では同じ改革派首長だった山田、中田両氏が石原系への参加を決定した背景には何があるのか、そこには安倍さんの存在を指摘することができるでしょう。
実は10年参院選直前の6月、安倍さんが会長を務める創生「日本」と、旧太陽の前身で維新の平沼国会議員団代表が率いていた旧たちあがれ日本、それに山田氏が代表だった旧創新党の三つの保守勢力は連携して「日本を救うネットワーク」(救国ネット)を結成しています。
すなわち、山田、中田両氏は橋下系と石原系に割れる維新にあって、改革派首長OBであると同時に救国ネットの一角の旧創新党出身という意味では中間派に位置づけて大過ないと言えるでしょうか。
ところで、石原氏は集団的自衛権の行使解禁や改憲論議といった安倍カラー政策に歩調を合わせていますが、その新党が政権に接近して「責任野党」になっていくことは目算してよいのでしょう。
そして、その中間派の両氏が石原新党に参加するということはすなわち両氏が改革派首長OBとしての属性より、救国ネット的な保守派としての属性を優先させたということになるでしょうか。
また、山田氏は石原氏と同じく東京が地元の前杉並区長で12年総選挙では19区で比例復活、中田氏は前横浜市長で12年総選挙では比例北信越単独当選であるものの96年総選挙では今は江田氏の地盤の神奈川8区から立候補して当選しているというようにいずれも地盤が関東で、維新の本拠地たる大阪とは離れていることも無関係ではないでしょう。
あるいは、維新の支持率が今や完全に低迷していることや、逆に高い支持率を維持する安倍自民党に対抗できる新たな勢力を野党再編によって築くことはそもそも難しいだろうという怜悧な判断もあったかもしれません。
山田、中田両氏の動向に関しては以上のようなことを考えられますが、中間派にも位置づけ得た両者が石原新党=責任野党を選んだことや、当初「10人台にとどまるとの見方があった」(『読売新聞』14.6.5-22:25)石原新党への参加者が23人にまで伸張したことには、安定政権を維持する安倍さんの強烈な求心力が作用したことを指摘したいと思います。

なお、石原新党には、13年5月に維新を除名された西村衆院議員や、新党改革の荒井代表が参加することも考えられるでしょうか。
西村氏は旧太陽系で保守色が強く、地盤は大阪ながら橋下系より石原系に近いことが間違いありません。
また荒井氏は自民党出身で郵政民営化に平沼氏などと同じく反対、05年10月に除名されているものの、安倍さんとは2月12日に公明党の赤羽経産副大臣や富田幹事長代理とともに会食しているように元来は距離が近く、16年7月の次期参院選で改選を迎えることもあり、こちらも石原新党に合流する素地があると言えるのでしょう。
従って、現在衆院で20人、参院で3人を見込まれる石原新党は、衆参でもう1人ずつ上積みされる可能性があると言えるのかもしれません。

■維新分党で俄かに流動的になった野党陣営において、安倍さんの強烈な求心力はみんなの党にも及んでいると言えます。
みんなの党では5月30日に浅尾代表、松沢、和田両参院議員、江口最高顧問の4人が維新石原系の山田氏と議連「自主憲法研究会」を結成。
議連では山田、松沢両氏が共同代表に就いていますが、「自主憲法研究会」という名称は維新分党の引き金になった石原氏の持論「自主憲法制定」に通じるのであり、それが山田氏を通じて石原氏にまで呼応した動きであることと、代表の浅尾氏も連名していることから石原新党とみんなの党という責任野党同士の接近の可能性が兆していることは指摘できるでしょう。
なお松沢氏はかつて民主党の衆院議員から神奈川県知事に転じて2期務めた改革派首長OBの一人で、11年3月には都知事だった石原氏の後継者に有力視されたことがあるのにはここで言及してよいでしょう。
また、みんなの党を12年9月に離党して維新に参加した桜内国会議員団政調会長代理や上野前同総務会長が石原系について再びみんなの党やあるいは政権との距離が近くなっているのも、両者の離党はそもそも今のリベラル系の野党再編とは関係なくむしろ保守勢力としての維新に参加したものだったことと、安倍さんの求心力が野党側にまで及んでいることから説明すれば、怪しむに足りません。

ところで、「石原新党」構想については11年秋に報じられたのが早いものだったと言えるでしょう。
それは旧国民新党の代表だった無所属の亀井元建設相のプロデュースによるものでしたが、それをみんなの党の渡辺前代表は当時、後述の異質な経済政策を指して「そういうものを保守と称して」いる「非常に後ろ向きの集団」と厳しく批判。
そこでは主には亀井氏の旧国民新党と平沼氏の旧たちあがれ日本が合併して石原氏を党首に戴くことが構想されていましたが、渡辺さんがそれを批判したのは、亀井、平沼両氏は05年夏の郵政政局で郵政民営化に反対して自民党を離れたように「大きな政府」志向で、一方渡辺さんが第1次安倍内閣の行革担当相で2月には日本郵政の坂前社長の問題で菅官房長官と連絡して民営化路線の堅持に努めたように「小さな政府」志向のみんなの党とは経済政策が全く異質であるためだったのでしょう。
さて、その時の構想は石原氏が消極的だったことと亀井氏が翌12年4月に党内で失脚・離党したことで潰え、「石原新党」は結局、旧たちあがれ日本が12年11月13日に改組した旧太陽と河村代表の率いる減税日本の合流を巡る迷走(同月15日に合流発表、21日に撤回)を経て17日に旧太陽と大阪維新の合流が決まって今の維新として実現される、という経緯を辿っていますが、それから今回の分党までの1年7ヵ月を挟んで再び興った石原新党(新石原新党)構想では一転、旧たちあがれ日本系である維新石原系とみんなの党の接近の可能性が兆しているという変化は看過できません。

両勢力を近づけているのは集団的自衛権や改憲などの安倍カラー政策にほかなりませんが、その「大同」の前には、かつて最大の相違点として渡辺さんの批判を招いた経済政策の違いも今や「小異」に過ぎなくなったかという観さえある、と言えるでしょうか。
その要因としては、党オーナーとして独自路線をとっていた渡辺さんの影響力が低下していることや、代表選立候補も検討した有力議員の松沢氏が上述のように石原氏とは過去に知事同士としての繋がりがあったことも挙げられますが、しかし最大のものはこちらでもやはり安倍さんの求心力が強烈であることでしょう。
すなわち、安倍さんの打ち出す安倍カラー政策が政界で最大のテーマとなっていることが、石原新党とみんなの党の大同団結運動の気運を醸成しているということを見出してよいのではないでしょうか。
なお、みんなの党は維新とは大阪府議会で統一会派を組んで協調関係にあるとされますが(『産経新聞』14.5.30-11:42)、それは大阪に近い兵庫で7区と1区を地盤とする結いの畠中国対委員長と井坂幹事長代理(ともに比例復活当選)が維新との合流に積極的で江田氏とともに離党したのと同じように、みんなの党には維新の地域的な磁力が作用してもいることを物語っているでしょうか。

■政権・与党と野党勢力の距離が縮まることは、例えば、菅内閣期に消費増税に向けて賛成派の多数化が図られて、旧たちあがれ日本がその標的になったことを挙げられます。
その時は、党共同代表で財政再建派の代表格だった与謝野元官房長官のみが呼応して離党、無所属となって経済財政担当相として入閣しましたが、これも菅内閣として協力的な野党を拡大することには失敗したと言うべきでしょう。
それが第2次安倍政権下では一転、維新分党で石原系が多数派工作で健闘し、みんなの党で石原新党との大同団結運動の気配が見えているというように、責任野党の拡大は安倍さんや菅さんなどが後押しするまでもなく自走しているのであり、それは偏に、菅元首相の場合と違って、安倍さんの求心力が強烈であることによるのは論を待ちません。

安倍カラー政策の推進に当たって、維新やみんなの党は責任野党として政権と「政策ごとに連携」して例えば特定秘密保護法の修正協議や国民投票法の改正作業で協力しており、野党再編によるその弱体化は好ましくありません。
1月3日の記事で指摘したように、安倍さんは野党再編の第一段として結いが結党された13年12月18日に石原、平沼両氏と会談、第二段が目指されて22日に維新の浅田政調会長と結いの柿沢政調会長が会談した翌23日には菅さんや石破幹事長とともに維新の橋下氏、松井幹事長、松野国会議員団幹事長の三者と会合を持っていますが、それは維新が「完全に」野党化して責任野党でなくなるのを阻止したい意識の表れだったでしょう。
維新分党と野党再編の加速はそれに反しますが、しかし上述のように維新石原系とみんなの党は引き続き責任野党たろうとし、橋下系についても菅さんが31日に松井氏と会談して今後も「政策次第では引き続き連携していくことを確認」(時事通信、同日22:57)、石破さんも「引き続き、維新側との連携を探っていく考えを示し」(時事通信、14.5.28-19:10)ているように、責任野党たることはなお期待できるのでしょう。

維新分党では石原系の責任野党としての性質が明確になりましたが、橋下系はむしろ新たな不安定要因を抱えたことになったと言えます。
橋下氏は集団的自衛権や改憲など安倍カラー政策の多くで石原氏とともに政権に歩調を合わせていた一方、リベラル色の強い結いとはそれらの課題で対立するのであり、橋下新党内部の不協和音は今から十分に予想できるとせざるを得ません。
松井氏が「政策次第では引き続き連携していくこと」に言及しているように橋下新党が「完全に」野党化する可能性は低く思われますが、あるいは橋下氏は新党で結い側と政策的な違いが表面化しても議席数の差で主導権を握れると踏んでいるのでしょうか。
橋下氏にとって12年11月の旧太陽との合流は保守派同士のものながら破綻しましたが、今回目指している結いとの合流は保守とリベラルによるもので、前回以上に不自然なものになると言えます。
また、橋下新党への参加者が伸び悩んで40人に届かなかったことは再編の第三段すなわち民主党の再編積極派の勢いを弱めることにもなるでしょう。
それも、これまで検討したように安倍さんの求心力が強烈で野党側にまで及んでいることの余波であると言えますが、責任野党として本来なら政権に共鳴するはずの橋下氏が不自然に、また野党再編に拘る江田氏がそれに抗って遠心力を働かせようとすることの代償は小さくないでしょう。


(R)

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