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すなわち13日の総務会では村上元行革担当相や野田元自治相、船田元経企庁長官などが批判的な考えを示し、野田総務会長がそれらを「首相に伝える」としたとされますが、これは憲法論という個別の政策論=各論というよりむしろ、第2次安倍政権の発足以来続く「政高党低」とも呼ばれる政府・官邸と与党の関係性に対する不満が表れたものだと、総論として受け止めるべき出来事だったとせねばならないのでしょう。 政府・官邸あるいは党執行部と与党の関係は変転を繰り返しており、例えば森元首相が00年4月、小渕元首相の健康問題悪化という緊急時に自身と青木、村上両元参院議員会長、亀井元建設相、野中元官房長官といった実力者の調整で首相となったともされる森政権や、07年9月に安倍さんが第1次政権でやはり健康問題により辞任した際、党内各派閥が当時幹事長だった麻生副総理を排して連携、福田元首相がそれに擁立された福田政権などは自ずと、党に比重を置いて立脚し、官邸の主導権はその分だけ相対的であったと言えます。 逆に、01年4月から06年9月まで5年5ヵ月の長期に渡り首相を務めた小泉元首相が世論の圧倒的な支持を基盤とし、同じ派閥の森さんや参院の青木さんと気脈を通じつつ一方で野中氏や今の維新の藤井国会議員団総務会長などを「抵抗勢力」として圧迫、人事でも派閥の推薦を受けない一本釣りを旨とした小泉政権では、官邸が党に対して優位であったことは明らかでしょう。 また、そういう変転は同一政権内で起きることもままあり、例えば官邸主導を志向した第1次安倍政権では07年参院選での敗北を境に、それまで菅官房長官や塩崎政調会長代理、中川元財務相、下村文科相や世耕官房副長官といった盟友や側近を要職に多く充てていたのを転換し、町村元官房長官や額賀元財務相、二階元総務会長、高村副総裁といった各派閥の会長や実力者、与謝野元官房長官などの長老を軒並み閣僚や党役員に起用したのは、政権の体力が低下して党に対する官邸の主導権が後退した結果だったことも明らかでしょう。 最近では野党時代、09年9月から12年9月にかけて谷垣法相が総裁であった時期に、09年と10年の人事では川崎元厚労相や逢沢元国対委員長といった側近、あるいは石破幹事長や小池元総務会長といった派閥と距離のある実力者を党役員に抜擢して脱派閥と総裁主導権の強化を図り、参院でも10年議員会長選挙で町村派の谷川元幹事長を破った中曽根前議員会長が山本沖縄・北方担当相や小坂元幹事長を役員に充ててそれに呼応する格好になったものの、11年には町村、古賀、額賀三派が巻き返して伸張し、谷垣さんや中曽根さんの主導権が低下。 その結果、石破さんと小池さん、逢沢さんは政調会長と総務会長、国対委員長を、参院でも山本さんと小坂さんが政審会長と幹事長を退任し、後任にはそれぞれ額賀派の茂木経産相、町村派の塩谷元総務会長、古賀派(今の岸田派)の岸田外相、町村派の岩城元参院政審会長、古賀派の溝手参院議員会長といういずれも大派閥の実力者や長老が代わったことを挙げねばなりませんが、これは、翌12年の総裁選で当時幹事長だった石原環境相が古賀、額賀両派に擁立されて執行部からの候補となり、谷垣さんが立候補断念に追い込まれたことの伏線だったのであり、安倍さんの今の総裁任期満了を16年9月に控えて、党運営に関する重大な示唆とせねばならないのでしょう。 そのように、ある組織においてトップと実力者の角逐で権力のバランスが変転することは政治史上しばしば見られるのであり、例えば11世紀初頭の日本では摂関家出身の藤原道長が三条天皇や皇太子敦明親王を圧迫して退位や廃太子に追い込み、逆に12世紀前半には、天皇家の家長として院政を敷いた白河法皇が関白藤原忠実を更迭したことが端的でしょう。 またヨーロッパなら13世紀半ばのハンガリーでアールパード家の治世末期、アンドラーシュ2世、ベーラ4世父子の時代に大貴族が台頭して以降王権が相対化し、有力諸侯が自立して王国が事実上分裂した後、14世紀に成立したフランス由来のアンジュー家のカーロイ1世、ラヨシュ1世父子が新興貴族を重用しながら地方君侯を打破して王権強化を実現したことなどを挙げてよいでしょうか。 そして翻って現代日本で、日本版NSCを創設するなど官邸主導志向の安倍さんは、上の例で言えば白河法皇やアンジュー家のハンガリー王のように主導権を確立したいタイプのトップであるということになりますが、トップの求心力の強弱は古今東西で揺り戻しの連続なのであり、俯瞰すれば、安倍さんも現代日本の首相として、そういう政治史上の最前線に立っているということなのでしょう。 その揺り戻しという模索を通して、政府・与党関係を最適化することが、政権の安定ということかもしれません。 ■それに通じるものとして挙げられるのは、13年9月6日0:48配信の『産経新聞』にある「歴代首相の多くは定期的に内閣改造・党役員人事に踏み切ることで党内を掌握してきた」との指摘でしょう。 1月19日には参院の実力者である脇幹事長が「人事は組織を活性化していく上で極めて大事だ。閣僚の異動を少し考えた方が、トータルとしては力が上がっていく」(『産経新聞』14.1.19-17:59)と述べていますが、今の常会が終われば、6月末から7月中にも内閣改造と党役員人事が行われる可能性は高いでしょう。 昨年9月に副大臣・政務官人事と、石破さん側近の鴨下幹事長補佐が体調不良により国対委員長を辞任したのに伴う玉突き人事は行われたものの、12年12月末の第2次安倍内閣の発足以来、閣僚と党四役の人事はこれまで行われておらず、それが常会閉会後だとすれば、次の人事は実に1年半以上ぶりのものということになります。 ところで、今の党四役の任期は9月までであり、常会閉会後の6月末か7月中にその刷新があっても、新役員の任期は前任者の残任期間で僅か2〜3ヵ月程度となるため、9月にはその顔ぶれがそのまま再任されることになると考えられるでしょうか。 すなわち、今夏にも予想される次の内閣改造と党役員人事は15年4月の統一地方選と、同年9月、安倍さんが再選を目指す次期総裁選の前では最後の主要人事となる可能性が高いと考えるべきかもしれません。 そうだとすれば安倍さんはそこで築いた体制で党内外の選挙に臨むことになるのであり、次の人事では統一地方選対応と総裁再選戦略が二大テーマとして念頭されることになるかとは、十分考えてよいでしょう。 また上述のように党内では政高党低状態が限界を迎えつつあって不満が鬱積しているのであり、そういう政府・与党関係を微調整して是正することも狙いとなると考えられますが、それは党内を意識したものという点で、総裁再選戦略と関連していくと言えるでしょう。 統一地方選については党で幹事長や同代行、選対委員長の人選に注目されますが、今の幹事長の石破さんは在任が既に1年5ヵ月、夏には1年9ヵ月ほどの長期になるため、次は退任して重要閣僚(総務相など)として入閣することが考えられるでしょうか。 保守政策を共有する石破さんは、ただちに次期総裁選に挑戦することは考えづらいものの依然将来の首相の有力候補としての存在感があるのであり、引き続き処遇していくことは政権の体力強化に繋がるでしょう。 また、安倍さんと同じ町村派出身の細田幹事長代行と長州閥の河村選対委員長はいずれも選挙通の長老であり、引き続き党の要職に就くことを期待したいと思います。 河村さんは安倍さんが首相に復帰した12年12月から今の選対委員長の地位にありますが、ホームページによればその前にも選対局長や同代理を務めているため、09年10月以来4年5ヵ月以上、選挙実務に当たっていることになり、統一地方選を来春に控えて、安倍さんと近い選挙通として、幹事長候補の最右翼であると言ってよいのではないでしょうか。 細田さんは選挙制度改革の作業に当たっているほか、麻生政権で党幹事長を務めていた際、選対委員長だった古賀元幹事長が、当時の宮崎県知事の東国原前衆院議員の総選挙への擁立工作の失敗や09年7月の東京都議選敗北で辞任したのを受けて急遽その職務を引き継いだ経験があるのであり、今回は満を持して選対委員長を任されることもあるかもしれません。 河村さんと細田さんは自民党が下野した09年総選挙の際の麻生政権で官房長官と党幹事長を務めたコンビですが、当時は当初から自民党の劣勢で敗北は既定的だったのであり、改めて両者が選挙実務に当たり、今度は然るべき状況で手腕を発揮することが期待されます。 さて、次いで幹事長代行には山口元首相補佐官が想定できるでしょうか。 当選8回ながら閣僚や党四役ないし三役に列んだ経験がなく、次の人事で処遇される候補であると考えられる山口さんは、そのホームページによれば12年10月に選対局長代理に就いていますが、当時の局長は河村さんであり、河村さんが幹事長、山口さんが同代行となってその際のコンビが再現されるのであれば、意思疎通は確実だと言ってよいかもしれません。 ところで、12年総裁選で安倍さんと石破さんが決戦投票を争って以来、党では幹事長ラインが安倍系と石破系のたすき掛けになっていますが、上述のように石破さんが幹事長を退任して入閣する可能性が高く、安倍さんに近い後任がそれに代わるとすれば、幹事長代行は安倍カラー政策で連携する石破さんを尊重するためにも石破系から起用されるべきだと考えたいところです。 ここで山口さんは麻生派に所属していると同時に、さわらび会や無派閥連絡会にも参加し12年12月の組閣では石破さんが総務相に推したように石破さんにも近いのであり、そういう立ち位置に照らしても、幹事長代行候補に挙げてよいと言えるでしょう。 現在、政高党低と称される状況を具体的に指しているとされるのは、幹事長の石破さんが無派閥や中堅・若手世代の議員からの支持が厚く、発言力のある重鎮や長老、派閥と距離があること、また総務会長の野田さんと高市政調会長もいずれも無派閥で主要閣僚の経験がなく党役員就任が初めてであることなどでしょう。 すなわち逆に言えば次の人事では党四役には派閥に基盤があって閣僚や党役員の経験のある重鎮や長老を充てることが、政高党低の是正ひいては党内の不満解消と安倍さんの総裁再選戦略に繋がるという構図がある、と考えられるでしょうか。 また、党内各派閥をはじめとする各勢力から遍く閣僚や党役員を起用することも要諦となるでしょう。 それらの観点から例えば、大島派出身の長老で副総裁の高村さんと、谷垣グループ所属で国対経験の長い佐藤国対委員長は再任、幹事長と同代行には上述のとおり二階派の河村さんと麻生派で石破さんとも近い山口さん、選対委員長には町村派で幹事長経験者の細田さん、また総務会長には額賀派会長で政調会長経験者の額賀さん、政調会長には岸田派の塩崎さんがそれぞれ起用されると考えるとすれば、それは派閥勢力との距離感や各派閥のバランスに適い、重厚感もある体制だと言えるでしょうか。 また安倍さんの側近である萩生田総裁特別補佐も13年1月以来の在任であり、例えば次は首相補佐官や文科副大臣などとして政府に入り、後任には西村内閣府副大臣が代わることも考えられるでしょうか。 西村さんは町村派所属、安倍さん側近として次世代保守派のリーダーで将来の首相候補ですが、第2次安倍内閣の発足した12年12月から既に長く現職にあり、台頭していく過程で、次は活躍の舞台を党に移す可能性が高いかもしれません。 政高党低を是正したとしても、高村さんや河村さんなどの長州閥の長老、塩崎さんなどの盟友、西村さんのような側近の協力を得て布石とすれば、安倍さんが党に対して官邸主導を確保することは依然可能でしょう。 (R) |

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