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■前回は、先の人事を経て12年9月以来の「総裁選後体制」が解消されたと言えることを主に麻生副総理兼財務相と菅官房長官の周辺を検討して指摘しましたが、両者と並ぶ政権の重鎮である甘利経済再生担当相の周辺はどうでしょうか。
甘利さんは11年6月、自ら代表世話人として派閥横断型の政策グループ「さいこう日本」を結成。
それについて「準派閥的な存在にしていくことを強調し」、「事実上の「甘利派」結成で…党総裁選出馬をにらみながら活動するとみられる」ともされましたが(『産経新聞』11.6.23-7:56)、翌12年総裁選では安倍さんの支持に回り、その陣営で責任者を務めて安倍さんの勝利に貢献。
その後の人事では政調会長に充てられましたが、それが、総裁選では決戦投票まで競って幹事長とされた石破地方創生担当相が、安倍さん側近ながら当選回数が少なくて(当時3選)優位を見込める加藤官房副長官を推挙したのを安倍さんが退けた結果だったことは都度述べているとおりであり、安倍さんは甘利さんに石破さんへの抑えを期待したと言ってよかったのでしょう。
また同時に、党に新設された日本経済再生本部で本部長代理を務め、同年12月発足の第2次安倍内閣には経済再生担当相として入閣、先の人事でも留任が早々に決まり、TPPや法人減税などのアベノミクスにおける成長戦略を主導していることは改めて詳述するまでもありません。
甘利さんは昨13年6月12日の会見で政府・産業競争力会議としてまとめた成長戦略を「日本再興戦略」と名付けましたが(『産経新聞』同日23:07)、その「再興」とはさいこう日本の名称と意欲を投影させたものだったのでしょうか。

甘利さんとさいこう日本については、9月12日にその定例会で甘利さんが「次の内閣改造・党役員人事では、グループ所属議員を積極的に起用するよう安倍晋三首相に働きかけていく意向を明らかにした」(『産経新聞』同日14:44)と報じられましたが、これは当初「事実上の「甘利派」」と指摘されたようにさいこう日本の派閥化であり、甘利さんが政権の重鎮として党内で求心力を持ち、それを強めようとしていることを見て取れるでしょう。
また、先の人事では小泉農水副大臣や山際経産副大臣が起用され、町村派から参加する高木国対筆頭副委員長が松本政調会長代理の後任として再登板するなどしたものの閣僚は甘利さんだけだったのでもあり、その求心力の維持を意識したものでもあったのでしょう。
さいこう日本では、その結成と参加者を載せる既出11年6月23日7:56の『産経新聞』に基づけば、平沢前政調会長代理と田中元財務副大臣が6選で初入閣候補にまず挙げられるでしょうか。
そのうち平沢さんは元来所属している石原派に今も在籍していますが、田中さんは石原派の前身の山崎派で会長だった山崎元副総裁が引退した12年総選挙の後に退会して現在は無派閥。
平沢さんは安倍さんの元家庭教師であるものの選挙区が東京17区で、同じ東京で8区を地盤とする石原元幹事長とも12年総裁選ではその推薦人となったように近いと言えるのに対し、田中さんは12年6月2日のメルマガで紹介があったように出身地が安倍さんの地元の下関市で、選挙区は甘利さんと同じ神奈川県内(13区と10区)。
先の人事では平沢さんが政調会長代理を退任したのに対し、田中さんは環境副大臣から組織運動本部長に異動して引き続き役職を得ており、それらに鑑みて、あるいはさいこう日本では田中さんの初入閣が有力なのかもしれません。
前任が先般初入閣した竹下復興相であるのも、それを思わせます。
田中さんはこれまで党政調の環境部会長や副部会長、衆院環境委の野党筆頭理事を歴任しているので、環境相の候補に挙げられるのではないでしょうか。
なお、既出11年6月23日7:56の『産経新聞』が伝えるさいこう日本の参加者は21人で、そのうち甘利さんと同じ神奈川県内を地盤とする議員が上出の田中さん小泉さん山際さんのほか、義家副幹事長と川口元外相の6人(義家さんと川口さんの当時の選挙区は参院比例区)と少なくなかったことは特徴だったでしょう。
また、分派元の山崎派所属議員が11人で最多であり、これはさいこう日本の結成が、会長の山崎さんが09年総選挙以来落選中だった派内で甘利さんが主導権やあるいは派閥の継承を窺ったものだった可能性を思わせますが、それには、同じく派内の実力者だった石原さんとの競争が関係するでしょう。

石原さんは当時幹事長で派閥を離脱していましたが、12年総裁選で派内ではさいこう日本に参加しなかったベテランの田野瀬元総務会長や長老の野田元自治相、さいこう日本メンバーでも上述の平沢さんのほか林総務会長代理と坂本副幹事長がその推薦人となっていて、派内では石原さんが優位だったと言えます。
しかし、総裁選で甘利さんの支持した安倍さんが勝利し、石原さんが敗北すると、派閥では石原さんが会長になる前後(12月)までに退会者が相次いで、甘利さん以下山際さんや小泉さんのほか渡海元文科相、石田元財務副大臣、金子政調副会長がさいこう日本専属となり、石原派は党内最小派閥に転落。
その後の第2次安倍政権では甘利さんの活躍とさいこう日本の派閥化強化が先述の通りであるのに対し、石原さんは環境相に甘んじ、先の人事で退任して現在は無役、派閥からの閣僚・党四役の起用はなく、前体制の政調会長代理5人のうち安倍さんと近い塩崎厚労相や山谷国家公安委員長、谷垣幹事長に近い棚橋同代理が異動して処遇を受け、兼務する宮澤参院政審会長代理が留任したものの、所属の平沢さんは退任してこれも無役であるなど石原派の不遇は顕著であるとせざるを得ません。
すなわち、甘利さんは石原さんとの派閥の主導権争いには敗れたものの、安倍さんと連携してかえって政権で活躍の場を得、党内での影響力を持ったと言えるでしょう。

さて、ではそのような甘利さんは総裁選後体制の党内でどう位置づけられるでしょうか。
前回取り上げた麻生さんと菅さんは総裁選後体制の党内で石破さんと派閥やポストに関する問題が見られたのに対し、甘利さんが利害を対立させたのはむしろ石原さんだったことは小さくない相違点であるでしょう。
すなわち石破さんが総裁選敗北後も先の人事まで安倍さんのライバルであったのに対し、石原さんは上述のように総裁選敗北後まもなく失速して脅威ではなくなっていたのであり、石破さんに関するような緊張感のある総裁選後体制は、石原さんに関しては自ずから成立し得なかったと言えます。
しかし、甘利さんと石原さんの明暗が12年総裁選の産物であるとすれば、両者の関係もまた広義の総裁選後体制であるとも言え、更に総裁選後も石破さんに呻吟した安倍さんのそれが「マイナス」的だったのに対し、石原さんに対して早々に優位を得た甘利さんのは「プラス」的だったと言えるでしょうか。
先の人事で安倍さんなどが「マイナス」の総裁選後体制を解消したことは、甘利さんの従前確立されていた「プラス」のそれと合わせて、政権が安定の度を増したことに繋がったと言えるでしょう。

甘利さんは昨13年12月に健康問題により辞意を示すも安倍さんから慰留され、3週間の療養を経て公務に復帰しましたが、それは甘利さんが政権に欠くことのできない存在で、安倍さんからの信頼の厚いことを物語っていました。
前回記事では12月に衆院の任期が折り返して解散総選挙も現実味を帯び始めることから来年9月の総裁選に伴う人事では菅さんが満を持して幹事長に転じる可能性に改めて触れましたが、その後任の官房長官に甘利さんを挙げることは十分に可能でしょう。
今の安倍官邸では安倍さんとは経済・通商政策やエネルギー政策を共有する経産省が今井、柳瀬両首相秘書官を輩出するなど存在感を持っていますが、甘利さんも安倍さんとそれらの政策を共有し、第1次安倍内閣で経産相を務め、第2次安倍政権ではアベノミクスによる経済再生を牽引しているのであり、安倍官邸における官房長官として菅さんに遜色なく相応しいはずです。
また10%増税が来年10月から実施される場合、景気対策にいよいよ注力するとの文脈で、その直前9月の人事で甘利さんを官房長官に異動するという考えもあり得ることでしょう。

甘利さんは先の人事で留任がいち早く固まったとされた一方で、その選任に関する報道が錯綜した「幹事長に充てる案が浮上」(『毎日新聞』14.9.1-15:00、同日17:43最終更新)しましたが、同時に、「入閣させる方針を固め」られた塩崎さんが「厚生労働相か経済再生担当相」とされたのは、甘利さんが幹事長に転じた場合に後任となることも想定されたのだったのでしょう。
実際には甘利さんは留任し塩崎さんは厚労相となりましたが、それによるGPIF改革への期待に海外市場が好感して株高が進んだのであり、安倍さんの盟友で成長戦略を重視する改革派・政策通の塩崎さんは、甘利さんの後任の最右翼であるかもしれません。

■その塩崎さんはかつて所属していた岸田派を既に退会していて無派閥ですが、鳩山元総務相が主宰する派閥横断型の政策グループ「きさらぎ会」に参加。
鳩山さんときさらぎ会については7月1日の記事で、鳩山さんが13年3月に「安倍さんから派閥を立ち上げてくれと言われ」て「首相支持のグループ結成を模索し」ていた(『朝日新聞』同年6.7朝刊)ことや、きさらぎ会は既に11年6月に河井元法務副大臣などと「当初は5人程度で結成」されていて「豊かな資金力で急速に拡大し」ていった(『産経新聞』14.6.18-0:43)ことなどを紹介しましたが、今や既に「最大派閥の町村派(93人)を超える110人のメンバーを抱え」(『産経新聞』14.9.30-20:44)ているというほか、額賀派退会が4日に報じられた櫻田副幹事長は鳩山さんなどと「連携していく方向」(『読売新聞』同日10:35)とされるのであり、これもきさらぎ会の「拡大」の一例だと言えるでしょう。
鳩山さんは同日のパーティーでは「首相の長期政権を目指す」、8月6日の研修会でも「あと5年も6年も続けてほしい」(『産経新聞』同日23:13)と挨拶し、4月には集団的自衛権の問題で高村副総裁の唱えた限定容認論を支持しており、安倍さんを支える姿勢が鮮明です。
先の人事できさらぎ会からの入閣は塩崎さんだけでしたが、甘利さんのさいこう日本と同じように「派閥」として、次の人事でも閣僚を輩出することになるのではないでしょうか。
きさらぎ会の規模に鑑みればあるいは複数の閣僚が起用されることも十分考えられますが、そうだとすれば有力なのは上述の塩崎さんのほか、河井さんであるかもしれません。
河井さんについては7月1日の記事でも紹介しましたが、既述のようにきさらぎ会の結成メンバーとして鳩山さんに近いと同時に安倍さんにも近く、12年総裁選では新経済成長戦略勉強会に参加して安倍さんの推薦人に連名したほか、安倍さんと同じ日米同盟論者で6月には超党派議連「日米同盟コーカス」を立ち上げ、訪米を重ねてマケイン上院議員やメデイロスNSCアジア上級部長といった米知日派と会談し、衆院外務委員長も経験(現在は同委員)。
また、安倍さんとの面会も定期的で、最近では8月22日、9月4日と19日、10月1日とほぼ2週間に1回のペースで官邸を訪れていますが、先の人事ではその前に2度(8月22日と9月2日)に渡って安倍さんと面会した塩谷政調会長代行の処遇があったのに鑑みれば、河井さんの動向は次の人事での初入閣の伏線であると言えるのかもしれません。

日ソ共同宣言や日ソ漁業協定で知られる鳩山一郎元首相の孫である鳩山さんは日本・ロシア協会の会長を務めており、10月1日にはその立場で安倍さんと面会して6日からの訪露とプーチン大統領側近との会談予定が報じられました。
また、同日には衆院の地方創生特別委員長への起用も伝えられましたが、それは総務相経験者に相応しいと言えるほか、地方創生は安倍さんが「今国会の最重要課題と位置づけ」(『日経新聞』同日16:01)ているので厚遇であったと言え、外交・内政での活躍が目立ちます。
甘利さんや鳩山さんが領袖の新興グループが事実上の派閥として既存のそれに伍しているのは、その拠る安倍さんが先の人事を経て隆盛する党内情勢に符合します。


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