安倍晋三メールマガジン

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全55ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

イメージ 1

+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

おはようございます。安倍晋三です。
現在、イタリアのミラノで開催されているアジア欧州会合第10回首脳会合に出席しています。(現地は午前0時を少し回ったところです)

私からは、最新の成長戦略の取組を通じて世界の経済成長に貢献していくことを発信しました。
また、エボラ出血熱への対応や中東情勢の安定化など、グローバルな課題についても、「積極的平和主義」のもと、我が国がより一層貢献していくことを訴えました。

■ツイートする
■シェアする

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.10.17[Fri] 07:23)


▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■安倍さんは18日午後にASEM首脳会合の開かれたイタリアはミラノから無事帰国。
ミラノでは17日にロシアのプーチン大統領と会談し、来月に北京で開催されるAPECの際の首脳会談を確認しましたが、対露外交については、前回紹介したように日本・ロシア協会長の鳩山元総務相の訪露が1日に報じられたほか、9月には森元首相が訪露して長い親交のあるプーチン氏と会談、同月20日には日露友好議連会長の高村副総裁の11月訪露も発表されました。
鳩山さんの祖父の鳩山一郎元首相は旧ソ連のブルガーニン首相との日ソ共同宣言(1956)、森さんはプーチン氏とのイルクーツク声明(2001)でそれぞれ知られ、高村さんは日露友好議連の他に日中友好議連の会長でもあり外相や党外交再生戦略会議長を歴任していていずれもロシア通、外交通であるのに加え、鳩山さんはきさらぎ会を率いて安倍さんへの協調が鮮明で、森さんは安倍さんの「政治の師匠」の一人、高村さんは安倍さんと同じ長州閥の長老であるというようにいずれも安倍さんと近い立場にあるのであり、それは対露外交を直轄しようとする安倍さんの意欲を物語っているでしょう。
日本とロシアは現在北方領土問題を課題とし、かつては満州の支配を巡って日露戦争(1904〜05)を経験しましたが、その後はむしろ4次に渡る日露協商を結び、イギリスとフランスを加えて第一次世界大戦に至る国際政治上で一集団を形成していたほか、日露戦争前夜でさえ、1901年11月に帝政ロシアの首都ペテルスブルグを訪問した伊藤博文元首相やその盟友の井上馨元内相が満韓交換を旨とする日露協商論を唱えるなど提携が模索されていたのであり、現代でも極東・北東アジアや、近年の北極海の海氷の溶解によって国際物流や海洋・海底資源の面で注目されるようになった北極圏といった各地域における日本の戦略上、ロシアの地政学的な重要性は変わらず小さくないに違いありません。

それらの地域の問題はいずれも一連の中国問題の文脈に位置づけられるでしょう。
安倍さんはミラノでは17日に中国の李克強首相と挨拶を交わしましたが、訪米中だった9月22日にも「「ぜひ習近平国家主席と会談したい」などと述べて首脳会談の実現に強い意欲を示した」(時事通信、14.9.23-11:45)ように、安倍さんが首相に復帰してから初となる日中首脳会談も北京でのAPECの際に行うことを模索しているというのはかねて指摘があるとおりです。
ところで、9月に行われた先の人事では副総裁に留任された高村さんのほかに谷垣幹事長や二階総務会長が起用されて党幹部に中国通の重鎮が揃いました。
谷垣さんは9月19日に「中国への訪問について「政府が手立てを考えるのが第一だが、サポートが必要なら党として動かなければならない」と述べ、議員外交で関係改善の糸口を探ることに意欲を示し」(『朝日新聞』14.9.20朝刊)、二階さんも就任初日(9月3日)に会見で日中関係の打開について「二階総務会長だからこそできるというのもあると思うのですが」と問われて「もしあれば、喜んでやらせていただきます」と応じたほか、10日には日中間に「「(領土問題が存在しないのは)当たり前のこと」と強調」した上で「尖閣諸島…の問題について「…ちょっと横に置いておく」と語り、当面は取り上げず、関係改善を優先するよう両国政府に求めた」(『朝日新聞』14.10.11朝刊)ように、外交に関しても独自色を発揮していることをよく見て取れるでしょう。
また、9月24日から26日にかけては三原、三ツ矢両副幹事長が訪中して共産党対外連絡部の幹部と会談していますが、同月25日14:01の『産経新聞』はそれや、谷垣さん二階さんが訪中を模索していること、上述の高村さんの訪露などから「外交面でも脱「政高党低」の姿勢がうかがえる」と評し、同月27日の『朝日新聞』朝刊もまた「「政高党低」と指摘される中…党の存在感を高めることにもつながる」と述べています。
なお、三原さん三ツ矢さんの訪中は「中国側の求めに応じた形」(同上『産経新聞』)で、「中国が安倍晋三首相と党首脳の分断を図るのではないか、との懸念」(同上『朝日新聞』)もあるとされ、「改善が進まない正規の外交ルートより先走ってはならず」(同上『産経新聞』)、「首脳会談に結びつかなければ…「二元外交」との批判も免れない」(同上『朝日新聞』)との指摘もあり、谷垣さんが「政府が手立てを考えるのが第一」と言い添えたのもそういう意識に基づいたものだったでしょう。
しかし、12年12月の第2次安倍政権の樹立以来の特徴である政高党低は、例えば集団的自衛権の問題で党内から慎重論が相次いだなどのように不満を招き、先の人事では党四役にグループの領袖や派閥の会長などの実力者の比率が増したことで、安倍さんの「官邸主導」を毀損しない範囲で、一定程度は揺り戻されたと言えます。

例えば10%増税について、安倍さんや側近の稲田政調会長が「ニュートラル」だと表現するのに対し、谷垣さんは9月12日に三党合意の際の各党党首だった公明党の山口代表、民主党の野田最高顧問などとの「消費税同窓会」(『朝日新聞』14.9.13朝刊)に出席し、「上げなかった場合のリスクは、かなり難しい。…引き上げが基本路線」(『朝日新聞』14.9.14朝刊)と語るなど前向きであるのは、政高党低の相対的後退に符合するでしょう。
また、3月17日に野田前総務会長の下で集団的自衛権に関して実に9年ぶりに開かれた総務懇談会を、二階さんがそれから7ヵ月弱、総務会長就任から1ヵ月の今月7日に「金融緩和など経済問題について議論」(『日経新聞』同日22:37)すべく開催したのも、党の存在感を強調したと言えます。
サイクリングが趣味の谷垣さんが自転車特区を構想し(『産経新聞』14.9.20-19:37)、捕鯨の伝統がある和歌山出身の二階さんが党本部や外務省の食堂の鯨肉料理を発案したのなども、政高党低が弱まった状況下、党で両者の独自性が現れていると言えるのでしょう。

■20日、小渕前経産相と松島前法相が辞任しました。
両者とも安倍さんが自身の掲げる「女性活躍」を率先的に実践して起用した閣僚であり、それが野党の攻勢に遭って辞任せざるを得なくなったのは残念だとするほかありません。
ところで、この問題では党の側から両者への批判が相次いだことに注目されますが、それも政高党低の後退に見えたと言えるでしょうか。
すなわち松島さんに対しては、佐藤国対委員長が「「雑音」発言」に関して「「問題になるような発言はしてほしくないのが国対の考え方だ。委員会に影響があるような発言は慎んでいただきたい」と苦言を呈し…本人に口頭で注意」(『産経新聞』14.10.14-19:26)。
また、小渕さんについては、伊達参院幹事長が17日に「「…自分で(進退を)判断するだろう」と進退論に言及」し、二階さんも「(進退を)判断すべき時が来れば判断する(べきだ)」と発言(時事通信、同日18:19)。
特に小渕さんの問題では報道も週末(18〜19日)に辞任不可避の気運が決定的になったのであり、17日の伊達さんと二階さんの発言はその先鞭だったと言えますが、それが党幹部によるものだったことは注目すべき点だったと言えます。
そのように政高党低の後退を印象させた小渕さんと松島さんの辞任は9月3日の内閣改造から1ヵ月半で起きましたが、逆に政高党低が目立った改造前の第2次安倍内閣は12年12月の発足から最長記録となる実に1年9ヵ月に渡って閣僚の交代がなく続いたのであり、その対照的な事例は、政高党低が内閣の安定によっても導き出されていたことを物語っているでしょう。

ところで、小渕さんや松島さんの辞任については民主党が対決姿勢を強めていることが目立ちましたが、その中心は海江田代表よりむしろ枝野幹事長であるようです。
すなわち松島さんの問題では民主党の階副幹事長が17日、東京地検に告発状を提出していますが、翌18日の『朝日新聞』朝刊によるとそれは枝野氏の「指示」だったというほか、幹事長に就任した当日(9月16日)に党両院総会で「「アベノミクス」への対抗心をあらわにし」(『朝日新聞』14.9.17朝刊)てもいて、一連の攻勢はその方針によるのでしょう。
最近の民主党の姿勢には高村さんが15日に「「あら探しだ。火のないところに煙を立てようとする行為は目に余る」と批判」(時事通信、同日13:04)し、17日には「「野党にも良心を持っていただきたい」と…強く牽制」(『朝日新聞』14.10.18朝刊)したほどですが、枝野氏は10%増税についても党内で野田氏が上述のように谷垣さんなどとの「消費税同窓会」を開いて実施を主張する一方で、「ちゃぶ台返しも視野にある」と「反対することもあり得るとの認識」(『産経新聞』14.9.29-22:55)でさえあって政権との対立軸の演出に積極的であると言え、その対決姿勢が鮮明です。
そうした閣僚ひいては内閣への野党の攻勢の強化は畢竟、政高党低の後退を加速させることにも繋がるのかもしれません。

枝野氏については13年3月14日の記事でも紹介したように、12年1月8〜12日の『朝日新聞』朝刊が「エダノミクスVS.マエハラノミクス」を連載。
それらは枝野氏と前原元代表のそれぞれの経済政策の「概念」で、エダノミクスとは「成長にこだわらず、幸福を実感できる新しい暮らしを求める」ものと定義されています。
また、マエハラノミクスについては「グローバル市場に進出し、あくまで成長を追求する」ものとされていますが、ここでアベノミクスとそういうマエハラノミクスが近いのは自明なのであり、連載でそれと対比されていたエダノミクスを体現する枝野氏が「「アベノミクス」への対抗心をあらわにし」、政権への攻勢を主導しているのも必然的と言えるでしょうか。
13年4月11日の『朝日新聞』朝刊は枝野氏が質問に立った前日10日の衆院予算委を「エダノミクスVS.アベノミクス」と銘打ち、安倍さんが「「枝野氏のような考え方だからデフレ脱却ができない」と皮肉」ったことを伝えていますが、安倍さんもまた枝野氏とは考えの違いが大きいのでしょう。
枝野氏はこれまで党で憲法調査会長や憲法総合調査会長、衆院憲法調査会長代理を務めていて憲法問題への関わりが深いですが、そこでも、改憲を目指す安倍さんとは対照的であるのでしょう。
そのような経済や憲法に関する政策観からか、枝野氏は野田、前原両氏や岡田代表代行、玄葉前外相、安住国対委員長代理とともに与党期の実力者で保守系の「6人衆」の一人ながら、「海江田氏を支えるリベラル勢力の抵抗感も薄いという絶妙の立ち位置」(『朝日新聞』14.9.17朝刊、既出)。
民主党内では例えば参院でいずれも自民党出身の北澤、前田両副代表などの保守系と、郡司参院議員会長や輿石元幹事長などの労組系の距離感が潜在的ですが、枝野氏は「絶妙の立ち位置」によってそういう党内で更に台頭していくことになるのかもしれません。
自身、「将来的な代表選について…立候補に必要な20人以上の人から出ろといわれれば出ます」(『産経新聞』14.10.13-7:00)と発言してもいますが、小渕さん松島さんの辞任を成果に、ポスト海江田の有力候補であるのは確かなのでしょう。
12月には衆院の任期が折り返して現実味を帯び始める次の解散・総選挙で安倍さんは、経済や憲法の問題で対立する枝野氏と相対することにあるいはなるのかもしれません。


(R)

安倍首相と参院政局 ケータイ投稿記事

イメージ 1

+--【安倍晋三です。】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

今日、還暦を迎えました。
人生一区切りですが、更に元気に国の為頑張っていこうと思います。

■ツイートする
■シェアする

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.09.21[Sun] 17:13)


▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■21日は安倍さんの60歳の誕生日でした。

おめでとうございますと申し上げたいと思います。

報道によれば、その日は17:22に丸の内のパレスホテル内、ラウンジバー「プリヴェ」で昭恵夫人や友人と食事会を行ったというので、写真はその少し前に撮ったものでしょうか。

■12日、参院特別総会で執行部の刷新があり、伊達幹事長と吉田国対委員長、鶴保政審会長、また岩城議員副会長という配置が決定。
それについては、任期途中の溝手議員会長が岸田派、岩城さんと伊達さんが町村派、吉田さんが額賀派で、三大派閥が中心的な11年(10月)の人事以来の枠組みが維持されたことをまず指摘できるでしょう。
また、町村、額賀両派がこれまで押さえていた役職を交換していることと、二階派つまり非三派から登用された鶴保さんの位置づけ、それに脇前幹事長の更迭などに注目されます。

脇さんの更迭の要因には、参院選挙制度改革について座長として提唱した「合区案」や「選挙区域調整案」に溝手さん以下から反発が相次いだことをまず挙げられます。
その問題を巡って溝手さんと脇さんの対立は徐々に先鋭化していくことになり、内閣改造で「周りの期待は…大きくなるばかり」(『産経新聞』14.7.12-7:00)と予て入閣が有力視されていた脇さんをそれに合わせて交代することが練られて8月28日午前には「脇氏を参院枠の入閣候補に推薦する考えだった」(『毎日新聞』14.9.12-12:05)溝手さんが官邸で安倍さんと面会し、31日には行革担当相への就任が浮上(『毎日新聞』同日10:40)。
幹事長再任を希望していた脇さんはそれに対抗し、既に森元首相や青木元参院議員会長にそう宣言していたとされるとおり3日の内閣改造での入閣を固辞。
それにより溝手さんとの「溝は決定的になった」(12日12:05『毎日新聞』、既出)とされるほか、5日には「離党も選択肢に入れていると、自らに近い議員に伝えていたこと」(時事通信、同日22:40)が判明し、更に、9日には参院執行部会で溝手さんに対して「参院選挙制度改革に消極的だとして、「大変な誤りで責任を取るべきだ」と辞任」を要求(『毎日新聞』同日18:49、最終更新同日23:35)。
その後、脇さんは離党を「プラスにならない」(時事通信、14.9.12-11:52)として自重したものの、「所属する額賀派に対し「自らの改革案に反対する議員がいる」として退会届を出し」(『産経新聞』14.9.13-7:55)ています。
ところで、額賀派あるいは参院に対して青木さんが影響力を保持していることはしばしば指摘されますが、脇さんが派閥や参院で孤立したことの背景にはあるいは青木さんの存在感も影響したでしょうか。
青木さんや後継者の青木一彦前参院国対副委員長の地盤である島根は、合区案では鳥取と併せられるものとされ、選挙区域調整案では溝手さんの地盤の広島から「一部区域を譲り受けることが想定される」(『産経新聞』14.7.25-19:38)など、いずれでも改革の対象になっていますが、それに青木さん父子が否定的であることは考えられるでしょう。
脇さんはかつて集団的自衛権について「慎重議論を訴え」、その「背後」には青木さんの「影がちらつく」との見方(『産経新聞』14.3.10-23:57)もあって、青木さんと連携して参院で主流、額賀派で直系的な地位にあったことが窺えたものの、一転して幹事長を更迭されるまでに至ったのは、選挙制度改革ではその青木さんと利害が対立したことが無関係ではなかったかもしれません。
脇さんが額賀派を退会したのも、この問題を契機に青木さんと疎隔したことを示唆しているようだと言えるでしょうか。

なお、町村派が幹事長を輩出するのは、谷川元参院幹事長が10年(8月)の議員会長選挙で敗れて退任して以来4年ぶり。
10年議員会長選挙で町村派は、森さんが当初有力視されていた林前農水相を政調会長候補に挙げて立候補見送りを促すなど、谷川さんを支えて議員会長ポスト獲得への意欲を強くしましたが、結果は、安倍さんが分派的に後援した中曽根前議員会長が勝利、その執行部では無派閥の山本前沖縄・北方担当相や町村派の世耕官房副長官と丸川前政審会長代理といういずれも安倍さんに近い役員が起用された一方、派閥として役員を輩出することはありませんでした。
その後、翌11年の人事では古賀、額賀両派と結んで巻き返し、それ以降は執行部の一角を占め続けているものの、それは主に政審会長ポストだったのであり、13年(10月)に伊達さんを国対委員長に立て今回幹事長に昇格させるのに成功したのは、参院における町村派の地位回復を印象づけます。
すなわち、脇さんが更迭されることになったのは、町村派が幹事長ポストの獲得を望んだことの余波として、10年の議員会長選挙以来の参院政局の延長線上に位置づけてよいのではないでしょうか。

ところで、16年7月の次の参院選では溝手さん脇さんとも改選を迎え、同月にはまた溝手さんが議員会長の任期を満了するので、後任を決める選挙も近い時期に行われることになります。
脇さんは16年7月には71歳で、出身の参院比例区の定年である70歳を超えるため、7月12日7:00の『産経新聞』(既出)に「周辺によると、脇氏は2年後の参院選にも「出ない」といっている」とあったように不出馬の可能性もあり、溝手さんは、議員会長が再選される例は近年全くないのに鑑みれば退任するものと思われ、参院自民党は次期参院選を境に様相を大きく変えることが予想されるでしょう。
溝手さんの後任には、16年には非改選の伊達さんを、今回幹事長に昇格したのを伏線にして、挙げられるはずですが、それが実現すれば町村派は10年8月以来6年越しで議員会長ポストを獲得することになります。
また、来年9月には総裁選に伴う内閣改造・党役員人事が予想されますが、伊達さんはそこでまず参院の閣僚候補になることでしょう。

■では安倍さんは、一連の参院政局にどう関わるでしょうか。
それについては、今回脇さんは執行部内での孤立を深めたものの、衛藤首相補佐官や西田前副幹事長という安倍さん側近が公の場で脇さんに同調する意見を述べていたことに注視すべきでしょう。
すなわち衛藤さんは12日の特別総会で脇さんの更迭に異論を唱え「「脇幹事長のままで党の選挙制度改革案を出すべきだ」と訴えた」(『産経新聞』14.9.13-7:55、既出)といい、西田さんも9日に執行部会で「脇氏に賛同」(『産経新聞』同日19:15)して特別総会の前の議員総会開会を溝手さんに要求。
ここで、衛藤さんは中曽根さんと同じ二階派で、三派が巻き返した11年人事で山本さんや小坂元幹事長など中曽根さんが独自色を発揮して起用した役員が一掃された際に新設の幹事長代行に任じられて、執行部で唯一中曽根さんに近かったのであり、西田さんも、町村派所属であるとはいえ、10年議員会長選挙で中曽根さんを支持した安倍さんの側近なので参院政局に関してはむしろ非三派に分類することもできるのでしょう。
また、8月23日7:00の『産経新聞』は、かつて集団的自衛権に関する与党協議の参院からのメンバーの選考で溝手さんが山本総務会長代理を、脇さんが西田さんをそれぞれ推していたことを伝えていますが、それは溝手さんと脇さんの齟齬の一端であると同時に、幹事長と副幹事長だった脇さんと西田さんの距離の近さや信頼感の表れでもあったでしょうか。
それらのことからは、三派が終始主導的だった脇さんの更迭劇はやはり一連の参院政局の流れに位置づけられるのであり、その意味において、三派の一角である額賀派から排撃された脇さんを非三派系の両者が支持したのも怪しむに足りなかったでしょう。
安倍さん自身、12日の特別総会の前に「脇氏の更迭によって自民党の改革のスピードが遅れるのを危惧し」て溝手さんを官邸に呼び、「「選挙制度改革をしっかりやるように」と指示」していますが(『産経新聞』14.9.13-7:55、既出)、そのような改革の必要性の強調は、衛藤さんや西田さんの発言に鑑みて、同じように三派の動きに否定的であるということかと理解しても大過はないでしょう。

政審会長の鶴保さんは二階派ですが、三派以外から役員が起用されるのは衛藤さんが幹事長代行とされた11年人事以来で、10年には無派閥の山本さんが政審会長、04年には亀井派(今の二階派)の所属で後に離党して新党改革に転じた矢野元外務副大臣が国対委員長だったことがあるものの、極めて異例だったと言えます。
それには所属派閥の会長でともに和歌山を地盤とする二階総務会長のプッシュがあったことが想像されますが、政審会長ポストは11年人事で岩城さんが就いて以来既述のようにこれまで町村派が押さえ、更に安倍さんが総裁に復帰した12年9月以降は世耕さんや橋本元政審会長、山谷国家公安委員長というようにその側近や女性の起用が続いて安倍さんの方針が反映されていたのであり、その点においても二階派の鶴保さんの就任は異例だったでしょう。
その結果、今の参院執行部には安倍さんの側近は不在となり、その状況は11年に三派が巻き返して安倍さんが後援する中曽根さんの主導権が後退した体制に似ますが、しかし、今回の内閣改造で参院から入閣したのは山谷さんと有村行革担当相といういずれも保守派の女性で「参院推薦の閣僚枠が事実上ゼロ」(『毎日新聞』14.9.13-0:25)だったのであり、安倍さんの参院に対する優位はむしろ強まったと考えてよいのかもしれません。
脇さんが溝手さんの推薦にも関わらず入閣を固辞したことで「参院側で入閣候補を推薦できず、人事での存在感が低下し」(『毎日新聞』14.9.2-22:20、最終更新3日0:20)たことは、安倍さんが必ずしも距離の近くない溝手さんを牽制する好機になったと言えるでしょうか。
政審会長ポストの側近以外への開放も、参院に対する優位を改造で十分に確保し、余裕を持ってバランスを取ったものだったと言えるでしょう。
なお、改造で脇さんとともに「入閣の方向」(『毎日新聞』14.9.1-15:00、最終更新同日17:47)だったものの実現しなかった岩城さんが議員副会長に処遇されたのは、それを慰撫するものだったでしょう。

ところで、これまで政審会長は政調会長代理を兼任することが通例だったものの、鶴保さんはそれを兼ねていません。
参院からは宮澤、野村両政調会長代理が専任で輩出されていますが、これからは何を考えられるでしょうか。
実は近年の政審会長では11年に就いた岩城さんが政調会長代理を兼ねておらず、兼任制は安倍さんの総裁復帰に伴う翌12年人事で側近の世耕さんが政審会長になった際に復活。
それは都度指摘している安倍さんの政調重視の一例に挙げられますが、同時に、安倍さんの参院への関与の程度を表しているとも言えるかもしれません。
すなわち側近の山本さんが政審会長を退任して岩城さんに交代した11年は中曽根さんの主導権が後退してそれと通じる安倍さんの影響力も相対化していたのであり、逆に12年10月の兼任制復活には総裁に復帰した安倍さんの意向が反映したのでしょう。
そして今回の政調会長代理兼任解消は、政審会長ポスト開放と同様、参院に対する優位と余裕を得た安倍さんが、それ故に参院への関与を敢えてそれ以上には強めず、むしろ自重した結果だったかもしれません。
安倍さんは溝手さんが麻生派所属で保守系の鴻池元防災担当相と争った13年議員会長選挙では、党内で非主流派だった10年選挙とは一転、関与を控えて三派を中心とする参院の秩序を容認していますが、それは総裁として、参院が混迷するのを嫌ったのだったのでしょう。
それや今回の政審会長ポストの扱いは、安倍さんが参院への対応で優位を図りながらも慎重を期していることを物語るものであるに違いありません。


(R)

イメージ 1

イメージ 2

+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

今朝、羽田空港からバングラデシュ、スリランカを廻る外遊へ飛び立ちました
たった今、バングラデシュに到着したところです。
日本の総理大臣としては14年ぶりの訪問となります。沢山の日の丸とバングラデシュ国旗に迎えられました。国旗からも両国の親密な関係が伝わって来ます。

■ツイートする
■シェアする

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.09.06[Sat] 16:53)


+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

スリランカに到着しました。
スリランカはサンフランシスコ講和会議で日本との講和を強く支持してくれた国です。
講和条約発効の5年後の1957年、同国を訪問した岸信介総理を3万人もの人達が沿道に出て来て歓迎してくれました。
日本の総理の訪問は24年ぶりとなります。

■ツイートする
■シェアする

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.09.07[Sun] 18:09)


▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■安倍さんは一昨日夜、南アジアの両国訪問から無事帰国しました。
民主党政権期に山谷国家公安委員長の質問に対する当時の防衛相だった田中副代表の一連の珍答弁でも知られるように、南スーダンにPKOで派遣されていた陸上自衛隊を警護していたのがバングラデシュの部隊です。

南アジア外遊は、先月30日から今月3日にかけてインドのモディ首相が来日したのと関連づけてよかったでしょう。
2日の『朝日新聞』朝刊は日印が「アジアで軍事的な影響力を強める中国を牽制する意図でも共通する」と指摘し、「外務・防衛次官級対話(2プラス2)」について共同声明で「対話を強化する方途を検討することを決定した」とされたことを報じています。
日本にとって南アジアの両国の地政学的な意義が、アフガニスタン戦争でかつて海上自衛隊がインド洋パキスタン沖に展開していたことが日本と中東の産油地帯を結ぶシーレーンの安全保障に適うことから、安倍さんがそれを重視して第1次政権期にその根拠法たるテロ特措法の延長を模索した意識に通じるのは明らかでしょう。
バングラデシュとパキスタンはインド洋北部を東西に分けるインド亜大陸を挟んでそれぞれベンガル湾とアラビア海に南接していて、インドや、安倍さんが「日本の巡視船を無償で供与する方針を伝え」(『読売新聞』14.9.7-22:24)たスリランカも併せていずれも日本のシーレーン上に位置づけられることは言うまでもありません。

もっとも、同上『朝日新聞』は安保環境や経済関係といった「中国を刺激したくないインドの事情」を挙げて、先の日印首脳会談について「双方の立場には微妙な温度差ものぞく」とし、上記共同声明についても日本側が求めた2プラス2を次官級から閣僚級に格上げすることが見送られた結果の「回りくどい表現」だったと指摘。
また、南シナ海情勢を伝える8月2日の『朝日新聞』朝刊は4月にアメリカと新軍事協定を結び、6月にはアキノ大統領が訪日したフィリピンで「中国への対抗上、日本との防衛連携を求める声が高まっている」とする一方、日本から巡視船6隻の供与を受けるベトナムはしかし、「中国に強い態度をとれない窮状を示唆する場面」あるいは「政治的には『共産党同士』の深いつながり」があり、カンボジアも「PKO活動で自衛隊から支援を受けている」ものの「中国の影はより濃い」と伝えています。
その状況は「東南アジアが対中国で日本と一枚岩になれているわけではない」と説明されていますが、それは須く日中首脳会談の必要性に符号するでしょう。
その日中首脳会談は北京でAPECの開かれる11月にも、安倍さんが首相に復帰して初めて持たれるものとされていますが、中国との関係が安定することは日本のみならずその同盟国また太平洋国家として地域にコミットするアメリカの要望に適うものでもあるのは間違いありません。
先の党役員人事で高村副総裁が留任され、谷垣幹事長や二階総務会長が起用されて党幹部に中国通の実力者が揃ったことも、日中関係打開への意欲の表れであるとも理解してよいはずでしょう。

■その後も安倍さんは追加人事に着手し、4日には副大臣・政務官、9日には政調の幹部が決定。
副大臣人事で目立ったのは、政調の各部会と連動した異動だったでしょう。
政調の各部会は省庁とほぼ対応して設置されていますが、今回就任した自民党の各副大臣22人のうち総務部会長だった西銘総務副大臣や厚労部会長代理だった永岡厚労副大臣など6人が政府のカウンターパートに異動されたほか、宮下、御法川両財務副大臣もそれまで政調傘下の金融調査会で事務局長や幹事を、過去にはそれぞれ経産部会長と財金部会長代理を務めていて、党から政府に移っても似た政策分野に引き続き当たっていると言えるでしょう。
なお、赤澤内閣府副大臣はこれまで国交副部会長だったのでこれもセクションは違えど政調の部会からの登用であることと、保守派の次世代リーダーである西村内閣府副大臣は広島の土砂災害対策の指揮に当たっていて留任され、12年12月の第2次安倍政権の発足から一貫して実に1年10ヵ月の長期に渡って在職し実務に当たっていることは特筆してよいでしょう。

政調の幹部については、塩谷政調会長代行が新任されたほか、田村、小野寺、遠藤、松本各同代理が起用されました。
塩谷さんは町村派所属の8選で文科相や総務会長を歴任したベテラン、今回就いた政調会長代行は新設されたもので、その意図は、8日21:43の時事通信の記事にもあるとおり、わずか3選で抜擢された稲田政調会長を「補佐する」ことが期されたのでしょう。
ところで塩谷さんは8月22日の午前中や今月2日午後に官邸で安倍さんと会っていることが知られますが、今回政調会長代行に起用されたことは安倍さんとの連絡を密にしていたことも関係するのでしょうか。
4人の政調会長代理についてはまず、額賀派の田村さんと岸田派の小野寺さんは今回閣僚を退任して党に移ったことと、両派と同じ大派閥系である町村派の稲田さん塩谷さんとのバランスを指摘できるでしょう。
麻生派の松本さんはこれまでの国対筆頭副委員長からの昇格ですが、既に麻生内閣で官房副長官を務めていて、今回山口沖縄・北方担当相の初入閣をみた麻生派としての次の閣僚候補であると言えるでしょうか。
遠藤さんは今回の人事で「文科相か「スポーツ担当相」での起用」(『毎日新聞』14.8.28-7:40)が取り沙汰されたほか、五輪担当相としての初入閣が「当初検討されていた」ものの「関連するスポーツ庁(仮称)創設のための法案提出方針が定まっていないことなどから見送られた」(『毎日新聞』14.9.3-11:40)経緯があり、政調会長代理への起用はそれを慰撫するものでもあるかもしれません。
遠藤さんは文科副大臣経験者で、20年五輪の東京開催が決まった13年9月のIOC総会にも安倍さんに同行していて五輪担当相には適任であると言えますが、「政府内では、秋の臨時国会で閣僚枠を拡大する法改正を行った上で…五輪担当相とする案が出ている」(時事通信、14.9.2-22:50)ともされ、それと「スポーツ庁(仮称)創設のための法案」成立を待って初入閣を果たすこともあるかもしれません。
ところで、政調の幹部人事をまず報じた8日21:43の時事通信の記事(既出)で会長代理に挙げられていたのは田村さん小野寺さん遠藤さん松本さんの4人のみでしたが、その後、翌9日7:19の『読売新聞』には他に岩屋元外務副大臣も加えられていました。
岩屋さんは松本さんと同じ麻生派の所属ですが、それと同時に石破地方創生担当相にも近い立場。
石破さんは当初打診されたものの固辞した安保法制担当相について自身に近い中谷元防衛庁長官を代わりに推挙し、また岩屋さんのことを「周囲に…「有力候補」と語っていた」(『産経新聞』14.8.26-5:07)とされますが、石破さんが「安保政策観の相違」を遁辞にした時点で、それに近い両者の起用の可能性はなくなったとすべきなのでしょう。
その後実際に政調会長代理に任じられたのは当初挙がった4人だけでしたが、この報道の錯綜の背景には、麻生派から二人起用されるのが敬遠されたか、あるいは、政調における石破さん側近の処遇を巡る角逐があったのでしょうか。

上述のように今回の人事で政調会長代理には衆院から4人が起用されたことで、12年9月に安倍さんが総裁に復帰してから、政調は拡大を続けていることになります。
会長代理は12年9月には衆院からは中谷さんが留任され、参院からはともに側近の世耕官房副長官が政審会長と兼任、衛藤首相補佐官が専任で3人体制、第2次安倍政権の発足した同年12月には衆院から盟友の塩崎厚労相と棚橋幹事長代理、参院から橋本元政審会長および宮澤同代理がそれぞれ政審会長および同代理と兼務して4人体制、翌13年10月には衆院から元家庭教師の平沢前政調会長代理が加わり、また山谷さんが橋本さんに代わって5人体制。
今回衆院から4人が起用され、12日に決まる参院の新役員のうち仮に引き続き政審会長と同代理が政調会長代理を兼ねることになるなら、実に6人体制ということになりますが、それは安倍さんが政調を重視していることに関係するでしょうか。
都度指摘するように、安倍さんは12年9月に総裁に復帰した際の人事で幹事長に充てた石破さんと主導権を争い、石破さんが政調に影響力を及ぼそうと安倍さん側近ながら当時3選の加藤官房副長官を会長に推したのを退けて当時9選の盟友の甘利経済再生担当相を起用し、政調を直系に位置づけ。
同年12月に甘利さんを入閣させるとその後任には、石破さんが側近の小池元総務会長を推薦したのを再び退けて自身の側近の高市総務相を任じ、今回も党四役の中で安倍さんが唯一側近を充てたのがやはり政調会長。
その政調重視の姿勢は例えば谷垣さんが総裁として側近を用いたのが国対委員長ポストだったこととは対照的だと言えるでしょう。
谷垣さんは09年9月には川崎元厚労相、10年9月には逢沢元国対委員長という側近を相次いで任じているのに加え、11年には脱派閥に失敗し主導権を後退させて側近ではなく大派閥系の岸田外相を充てざるを得なかったことも谷垣さんの国対重視を逆説しています。
それは自民党が民主党政権と国会で対決せねばならなかった野党であるのと政策を実現すべき与党であるのとの違いであるとも考えられますが、政調を重視して会長に側近を封じた上で、その組織を拡充させて大派閥や参院を取り込むというのが、安倍カラーと称される保守政策に拘る安倍さんらしい政治手法だと言えるのは間違いないはずでしょう。

ところで、溝手議員会長と脇幹事長の対立の先鋭化が止まず幹事長人事が焦点になっている参院では、政審会長だった山谷さんが入閣したことでその後任も人事の対象です。
7日9:29の『読売新聞』によれば幹事長は町村派、国対委員長は額賀派から輩出することが調整されているとされますが、残る政審会長は、上述のように近年では世耕さんや山谷さんという安倍さん側近やあるいは橋本さんや山谷さんのように女性が起用されているのに鑑みれば、丸川前参院政審会長代理の就任も考えられるでしょうか。
あるいは丸川さんの後任で11年10月以来長く参院政審会長代理を務めている宮澤さんの昇格や、今回の人事で官房副長官や首相補佐官に一時浮上した山本参院幹事長代理や岡田同国対委員長代理の就任も考えられますが、参院三役の中に安倍さんが女性側近を充てる枠を求めるとすれば、丸川さんを政審会長とするのは妥当だと言えるでしょう。
思えば今回政調の各部会から転じた副大臣の多くは部会長だったものの、上述のように厚労副大臣となった永岡さんのみが部会長代理。
そして丸川さんこそ厚労部会長だったのであり、副大臣に転任したのが永岡さんだったのはキャリアの長さによるのと同時に、丸川さんを政審会長に充て政調会長代理を兼ねさせることの伏線なのかもしれません。


(R)

夏休みと「宿題」 ケータイ投稿記事

イメージ 1

+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

昨日から地元に帰り、この一年御逝去された方々の御霊に手を合わせています。久々にお祭りにも足を運びました。(写真は「数方庭祭」での一枚です)

さて今日の毎日新聞のコラム「水説」で中村論説副委員長が長崎と広島での私の挨拶について、昨年は「私たち日本人は、唯一の戦争被爆国民であります」としていた箇所を今年は「人類史上唯一の被爆国」とした事に対し批判を展開しておられました。
何がお気に召さなかったかと言えば、安倍政権が「国民」から「国」に表現を変え「民」を消した事だそうです。
村上春樹氏まで引用し、最後に「世界のあちこちで「民族」「自衛」「宗教」「経済発展」といったもっともらしい装いをまとい、国家や組織が自己増殖しつつある。そして、個が押し潰されそうな息苦しさが広がっている」と安倍政権の方向性を強引に解いてみせておられます。

事実を述べます。昨年「被爆国民」と述べた事に対して「被爆したのは日本人だけではない」との指摘があり、なるほどその通りと考え「被爆国」としました。官邸に取材して頂けたらすぐにご説明したのですが全く取材無しでした。
最近、取材は記者の基本だなという出来事が続いています。
因に民主党政権も含め、歴代の首相も「被爆国」と述べてますが、中村論説副委員長は、これまでは、全く気にならなかった様です。
その際には個が押し潰されるとは感じなかったのでしょうか。

何年も続いている式典について記事を書く際は、過去はどうだったか丁寧に調べられると良いと思います。

■ツイートする
■シェアする

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.08.13[Wed] 19:03)

▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■安倍さんは9日午後から夏休み。
報道によれば、山梨県鳴沢村の別荘でゴルフをしたり地元の山口を訪れているほか、東京へ戻ることもあり、また広島や長崎の平和記念式典に列席もしています。
本文にある「数方庭祭」については12年8月14日のメルマガに、「下関市長府の忌宮神社で執り行われる」「仲哀7年以来1800年の歴史を持つ「天下の奇祭」」とあった通りです。
地元では商店街の練り歩きのほか、昭恵夫人とともに海峡花火大会に参加しているのに加え、県議会関係者や後援会・支援者のもとを廻り、12日には、ともに今までのメルマガにも登場した山本前知事の弔問や島田元議長の法要に参列。
同じく12日には7日が27回目の命日だった祖父の岸元首相の墓参に田布施町を訪れ、それには実弟の岸外務副大臣と北村参院議員が同行、また14日には長門市で23年前に亡くなった父、安倍晋太郎元官房長官の墓参を行いました。
北村さんは産経新聞出身で13年参院選で初当選、選挙区は比例代表ですが、地元が山口で、安倍さんの側近としてお国入りの際にはよく同行していることが報道で確認されます。
ところで、安倍さんは今月に入ってから東京の衆院議員会館のや地元の歯医者に頻繁に通っているようですが、虫歯にでもなってしまったのでしょうか。

■本文ではまた、取材を欠いて浅薄で上滑りした13日の『毎日新聞』朝刊紙上のコラムについて、筆が割かれています。
今年になって俄然急に「個が押し潰されそうな息苦しさが広がっている」と感じるようになったということになる拙劣な論旨は、批判のための批判であるがゆえなのでしょう。
毎日新聞に関しては、12年総選挙の公示直前、下関を訪れていた同年12月2日のメルマガで、憲法改正により自衛隊を国防軍に改めるという主張に対する某記者の「「下関は中国、韓国との深い経済がありますが、国防軍にして大丈夫ですか?」というお馴染みの中国側にたった小学生並(笑)の質問」が紹介されました。
それについては「何も知らずに質問している事が、彼の質問を聞いていてわかり愕然としました」と慨嘆がありましたが、毎日新聞社といえば安倍晋太郎さんもかつて勤めていた大新聞であるはず。
それが今や劣化落魄してしまったことは残念だとせざるを得ません。

■安倍さんの「夏休みの宿題」である内閣改造・党役員人事の構想について、報道が相次いでいます。
当ブログでは3月6日の記事で安倍さんと麻生副総理兼財務相、菅官房長官、甘利経済再生担当相の4人を、内閣の骨格をなす「黄金カルテット」と位置づけ、今回の人事では3閣僚とも留任されるのが望ましいとしました。
そのうち、麻生さんについては幹事長の候補に名前の挙がったことがあり(時事通信、14.7.29-20:42)、菅さんについても「大黒柱として大事な仕事を進めてくれたが人事は全く白紙」(『毎日新聞』14.7.31-23:49)と語ったのが交代もあり得るなどと報じられたことがあったものの、6日には安倍さんが甘利さんも含めた3人を「留任させる方針」(『朝日新聞』同日6:49)と報道されました。
ところで、人事では安保法制担当相としての入閣を期待されながら自身は留任を望んでいる石破幹事長の処遇が焦点。
石破さんについて、10日には安倍さんが野田総務会長や高市政調会長と併せて「交代させる意向を固めた」(『読売新聞』同日3:00)とされ、12日には「安保担当相を固辞した場合、無役にする構えだ」(『読売新聞』同日6:04)とされていますが、中長期的に勘案したときに重要なのは、石破さんは仮に今回3期目となる幹事長に留任されたとしても、安倍さんが総裁に再選されるタイミングと重なる来年9月の人事での交代は確実だということでしょう。
今の衆院は16年12月が任期満了ですが、同年7月の参院選に合わせて解散され衆参同日選(7日の『朝日新聞』朝刊は「来夏の通常国会閉会後」の「次に可能性がある」と指摘)が行われることも考えられるのであり、安倍さんは15年9月に総裁に再選されれば再度、内閣改造・党役員人事に着手し、その際、10ヵ月後の同日選を指揮する幹事長に菅さんを満を持して充て、同時に、経済再生を前面に打ち出すべく甘利さんを官房長官に横滑りさせることになるのではないでしょうか。
そしていずれにせよ、政権にとって大きな節目となる来年9月までは「黄金カルテット」は今の配置のまま継続することになるのでしょう。

なお、「交代させる意向を固め」られたという石破さんの「後任として本命視」(『読売新聞』14.8.13-8:03)されるのが岸田さんだとされます。
次の幹事長は来年4月の統一地方選およびその前哨戦としての福島や沖縄、愛知の各知事選という大型地方選を指揮することになりますが、世論に対して、中国通でリベラル派の古賀元幹事長などの系譜に連なる岸田さんは、日米同盟論者で保守派、集団的自衛権の行使解禁に積極的な安倍さんとのバランスが良いと言えるでしょう。
また、安倍さんと同郷、長州閥の河村選対委員長は選挙実務に長く当たっていると同時に韓国通の長老で、幹事長候補に挙がっているのも岸田さんと同じ理由で怪しむに足りません。

安倍さんは9日、菅さんのほかに加藤、世耕、杉田各官房副長官と木村、礒崎、衛藤、和泉、長谷川各首相補佐官を「そろって留任させる考えを明らかにし」、それは「集団的自衛権の行使容認を踏まえた法整備や消費増税の判断を前に、官邸のメンバーを続投させ、政権運営を安定させる狙い」によるとされました(『朝日新聞』14.8.10朝刊)。
政高党低や日本版NSCの創設が端的なように安倍さんの官邸主導志向は明確であり、「政権運営を安定させる」べく「官邸のメンバーを続投させ」ることは上述「黄金カルテット」の維持に通じる措置だと言えるでしょう。
ところで、1日には同日7:30の『毎日新聞』が世耕さんと衛藤さんについて「交代させる案が浮上している」とし、また後任には山本順三参院幹事長代理と岡田参院国対委員長代理の「起用が有力」と報じましたが、世耕さんは参院4選、衛藤さんは衆院4選を経て参院2選であり、交代説はあるいは入閣含みだったのかもしれません。
山本一太沖縄・北方担当相は官邸メンバーが揃って続投するとの措置を11日1:19のブログ記事で「内閣改造人事、第一の矢」と位置づけ、また「留任は、永田町で囁かれていた「ある種の既定路線」とは違う気がする」と指摘していますが、その「ある種の既定路線」とは、当選回数に鑑みて木村さんや世耕さんなどが入閣するかとの観測があったことを思わせないでしょうか。
また、実現はしなかったものの山本順三さんと岡田さんが官房副長官か首相補佐官かの候補に挙がったのも違和感はないと言えるでしょう。
同上『毎日新聞』は両者とも安倍さんと同じ町村派所属で現在参院2選、「首相とも近い関係にある」としています。
ここで、「首相とも近い関係にある」とは、山本順三さんの地元が愛媛で、安倍さんの山口とは瀬戸内海を挟んで隣県であること(12年3月25日19:31のメルマガにも愛媛1区の塩崎政調会長代理とともに登場)、岡田さんは安倍さんの「政治の師匠」の一人である森元首相の義理の甥であることを指しているのでしょうか。

山本さん岡田さんの所属する参院町村派については4日21:01の時事通信の記事が、「参院主要ポストを他派が握る現状に不満を募らせている」としています。
13年参院選の後の参院幹部人事では町村派が山崎議長、額賀派が脇幹事長、岸田派が溝手議員会長を輩出することが決まり、他のポストについては正式決定は10月の定例人事まで先送りされたものの町村派の伊達国対委員長の就任は早々に内定、また10月には同じく町村派から安倍さん側近の山谷政審会長と額賀派の吉田幹事長代行が就任しました。
そのように町村派は議長に加え、三大派閥が参院三役を分割するという11年10月以来の慣例を崩して参院三役のうちの2つを押さえているのでここで言う「参院主要ポスト」とは議員会長か幹事長、更に具体的には議員会長は任期が16年7月までで今回は焦点にならないので幹事長を指すことになりますが、同上時事通信記事によると派内に伊達さんを「後任に…推す声もある」とのこと。
それは当ブログでも7月18日の記事で想定したことで違和感はありませんが、町村派は10年議員会長選挙で谷川元参院幹事長の擁立に失敗したことがあるのであり、それ以来となる参院執行部での復権を目指しているということなのでしょうか。

ところで脇さんは参院選挙制度改革の与野党協議の座長として合区案を提唱していますが、それには対象選挙区選出議員が反発し、溝手さんもそれを巡って「足並みもそろっていない」「脇氏への不信感を強めつつある」(同上時事通信)などとのこと。
脇さんが入閣して交代すれば伊達さんを幹事長に推す町村派や合区案への反対派には好都合かと思われますが、脇さんは「幹事長続投の意向」で森さんや古賀さん、額賀派の直系OBの青木元参院議員会長に「「閣僚にはならない」との考えも伝えているという」とされます。
脇さんは集団的自衛権の議論では参院の慎重論をリードし、限定容認論が浮上するとそれに賛成してその沈静に貢献、その後4月9日には幹事長室のメンバーを伴って公邸を訪れて安倍さんと会食し、記念撮影では「副総理」に準えられた実力者で、初入閣も有力だとして全くよいはずでしょう。
しかし既に7月12日7:00の『産経新聞』が「周辺にも「閣僚にはならない!」と明言している」と伝えているのであって、参院選挙制度改革の実効や、あるいは石破さんと同じように幹事長に留任して党内(参院)における求心力を強化することを志向しているのかもしれません。
ところで、脇さんが入閣するとすれば重要閣僚で処遇されると思われますが、地方創生の担当相兼務の可能性も取り沙汰されてそれに位置づけられる総務相は選挙制度改革にも関わるポスト。
他の重要閣僚たる官房長官や財務相は今の菅さんや麻生さんが留任されるので脇さんが入閣するなら総務相への起用もあり得るかと思われますが、そうした場合、安倍さんが合区案への慎重論がある参院と対立することに直結する可能性も高いのであり、脇さんの処遇は安倍さんにとって難しい「宿題」になっているかもしれません。


(R)

イメージ 1

+--【安倍晋三です】--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

ブラジルの首都、ブラジリアでサッカーの巨匠たちと会いました。

ジーコ元代表監督をはじめとして、Jリーグ創設以来、選手や監督として日本サッカーの発展に大いに貢献してくれた面々と肩を組んでパチリ。

日本とブラジルの交流という面でも、今後とも大いなる活躍を期待しています。

■ツイートする
■シェアする

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+--+(2014.08.02[Sat] 14:29)

▼安倍晋三事務所携帯版HP
http://www.s-abe.jp/
*メルマガの配信元です。

■安倍さんの中南米歴訪、最後の訪問国はブラジルで、その後4日には無事凱旋帰国を果たしました。
ブラジルは中南米随一の大国で、有力新興国BRICSの一角。
1500年にポルトガル王マヌエル1世の命を受けた探検家カブラルがポートセグロに到達して以来ポルトガルの進出が進んで植民地となり、1822年にはブラガンサ朝の帝国として独立、1889年に共和制に移行した現在もポルトガル語圏諸国共同体(CPLP)の一角ですが、安倍さんが旧宗主国のポルトガルを含むヨーロッパを歴訪していた5月4日の『朝日新聞』朝刊は安倍さんが「南米、アフリカで存在感を高めつつあるポルトガル語圏諸国との連携を深めていく」と述べていることを伝えています。
ブラジルのほか、1月に訪問したアフリカのモザンビークはまさにそれに該当する「豊富な天然資源をもつ新興国」(同上)で、外遊出立前に自ら語った「トップセールス」の面目は躍如としたと言ってよいでしょう。

ところで、ブラジル訪問中には日本時間2日午前つまりメルマガ配信の少し前にサンパウロで一行の車両3台が玉突き事故を起こしていたことが伝えられましたが、安倍さんや昭恵夫人の乗った車両は巻き込まれず、無事であったということです。

■11月16日投開票の沖縄県知事選について、5日の『朝日新聞』朝刊は、政権が3選を目指す現職の仲井真知事を「支援する方針を固めた」と報じました。
昨年12月に普天間基地の名護市辺野古への移設を承認した仲井真氏については西銘前国対副委員長以下の沖縄県連がいち早く、7月7日に「擁立する方針を確認」(『産経新聞』同日22:52)しているほか6月10日の『朝日新聞』朝刊が「自民県連内に他の候補を探す動きはない」としているものの、党本部では石破幹事長が同月28日に県連幹事長の照屋県議などの県議団と会談した後に支援について「明言を避け」(『毎日新聞』同日22:02)るなど、慎重であるともされました。
また、河村選対委員長も西銘さんが仲井真氏への支援を要請したのに対し「「結論は一切出していない。私の方は聞き置いた」と述べるにとどめた」のも「党本部内…の慎重論」の一端でしょう(時事通信、14.8.4-18:49)。
その背景には仲井真氏について「独自調査で苦戦が予想された」(既出5日『朝日新聞』)というほか、辺野古への基地移設に否定的な公明党への配慮があるとされますが、知事選では元県連幹事長の翁長那覇市長が移設反対を訴えて立候補するのであり、仲井真氏を推して敗北した場合、鳩山民主党内閣による混迷を経てようやく前進した基地移設問題に関する成果が水泡に帰する可能性さえあって、そのダメージは小さくありません。
翁長氏については「もともと保守系」で「政府との全面対決を意味する承認撤回には踏み込めないとの見方」(『産経新聞』14.7.21-21:34)もあるものの、選挙で敗北するということ自体が政権への打撃になるのは言うまでもないでしょう。
党県連の元幹部の翁長氏に関しては那覇市議団が出馬要請を行ったことで除名や離党勧告を受けていますが、そういった地方組織内の混乱は7月13日投開票だった滋賀県知事選でも見られました。
滋賀県議会では県議団内部で議長を巡る争いが発生し、4月25日の議長選では「造反」があって当初「総会で確認」されていた辻村県議が1票差で敗れて今の赤堀議長が当選(『産経新聞』14.4.26-11:00)。
それについて県議団代表の吉田県議は「知事選への影響はないとの見方を示した」といいますが、その後実際には自公推薦候補は知事選で敗北。
また、群馬では県連会長の中曽根前参院議員会長が続投を目指したのに対して山本沖縄・北方担当相が立候補を模索したものの、選挙に至って対立の構図が生じることによる、来年4月に統一地方選の一環として行われる県議選への悪影響が懸念されたこともあって、国会議員の推薦人確保に難航して8日に断念せざるを得なかったということもあるとおりです。
それらに鑑みれば、沖縄県知事選を控えた県連内の事情は凶兆であるとせざるを得ません。

10月26日には福島で知事選が予定されています。
沖縄のと並ぶ「二大知事選」であるそれについて、河村さんは4日に菅官房長官と会談して「現職への相乗りも視野に対応を検討することで一致」(時事通信、同日19:49)し、翌5日には福島県連会長の岩城元参院政審会長と会談して「与野党相乗りを視野に候補者選定を進める考え」(『産経新聞』同日18:25)を伝達。
それに対し、2期目の「現職」の佐藤知事が元民主党参院議員で、まだ去就を明らかにしていないためか、岩城さんは「県連として独自候補擁立を目指す方針」(同上『産経新聞』)で、県連幹事長の杉山県議も「相乗り論について…否定的な姿勢」(同上時事通信)だとされます。
すなわち、福島でも沖縄と同じように県連が冒険的で党本部は慎重であるという構図を見て取れるでしょう。
沖縄では党本部が県連に引っ張られる格好で「苦戦が予想され」るともいう仲井真氏の支援に舵を切ることになりましたが、滋賀と同じく原発問題が争点になるであろう福島は「お盆までに候補者を決めたい」(同上時事通信)というリミットも迫っている状況。
8日には県連内で日銀の元福島支店長である鉢村神戸支店長を擁立する動きが浮上していると報じられましたが(時事通信、同日18:58)、佐藤氏の去就次第ではあるものの、河村さんの言うように「現職への与野党相乗り」が穏当なのではないでしょうか。

■来月早々にも行われる内閣改造・党役員人事では石破さんの処遇が焦点になっていますが、2日11:24配信の『産経新聞』は、安倍さんが本文にあるブラジルの前に訪れたチリ、サンティアゴで「幹事長に必要な資質について「地方選にはそれぞれ地域の事情がある。組織を運営していくマネジメント(能力)が求められる」と語った」と報道。
滋賀県知事選の敗北以来、与党は上述の福島と沖縄に加え、10日投開票の長野を併せて知事選「4連敗」(『産経新聞』14.8.3-12:00)の可能性さえ指摘される状況にあります。
長野の阿部知事は前回10年知事選で民主党と社民党に推薦され、自公支援候補と争って僅か5021票差で初当選した経緯がありますが、世論調査では県民の支持が圧倒的だとされ、自民党も今回は再選を目指す「昨日の敵」を推薦して「事実上の“不戦敗”」とせざるを得なかったとのこと。
民主党は、13年参院選では全国16の複数人区のうち宮城や埼玉、東京、京都や大阪、兵庫など6都府県で獲得議席がゼロだったものの長野(2人区)ではいずれも4選の北澤副代表と羽田参院幹事長を立てて確実に1議席の確保を続けている(その背景には北澤氏や羽田氏の父親の羽田元首相が自民党出身の保守系であることもあるでしょうか)ほか、自民党が圧勝した12年総選挙でも県内5選挙区のうち1区と3区で勝利しているように、長野では元来比較的強いと言えます。
長野の「不戦敗」は不可抗力だとしても、既出2日の『産経新聞』が指摘するように石破さんは沖縄県知事選で「候補者選定をめぐり…県連との調整に手間取」っていて、「首相サイドが石破氏の「マネジメント能力」に疑問を抱いている可能性は低くない」のかもしれません。
保守系が一時分裂した1月の名護市長選でも候補者一本化作業で存在感を発揮したとは言い難く、最終盤で奔走したのは額賀元財務相や中谷特命担当副幹事長(ともに防衛庁長官経験者)だったことも記憶に新しいでしょう。

石破さんは、安倍さんから打診のあった安保法制担当相に中谷さんを代わりに推挙したというなど難色を示していますが、ではそもそもそうまでして幹事長に留まりたいと考えるその動機は那辺にあるのでしょうか。
石破さんは12年総裁選で地方票では安倍さんを上回り、それは1月に改正された党則に基づけば1回目の投票で当選していたほどで、地方講演を重ねて各地を巡っているのも、地方票を重視して固めようとするものなのでしょう。
6日の『朝日新聞』朝刊は、5日の全国都道府県連幹事長が集まった会議で茨城県連幹事長の田山県議が石破さんの「幹事長続投を訴え」たと紹介していますが、これは同県連会長の梶山前国交副大臣が石破さんの側近であることに関連するでしょうか。
地方票を重視するのは安倍さんも自民党の野党であった間に積極的に取り組んだ布石で、石破さんがいつか将来の総裁選挑戦を見据えて幹事長として政治的体力を涵養しようとしていることは疑いありません。

その機会は早ければ来年9月にも訪れることになりますが、石破さんがそのとき無役であれば、安倍さんに挑戦するのはほぼ確実なのでしょう。
また、幹事長に留まった場合に関して、朝日新聞の星特別編集委員は3日の朝刊で「来年秋の総裁選にも再出馬するつもりだろう」と指摘、8日の『朝日新聞』朝刊にも「党内の求心力を維持したまま総裁選に臨みたいとの思いも消えていない」とあり、そこでは同時に当ブログでも2日の記事で挙げたとおり12年総裁選に当時の幹事長の石原環境相が立候補して総裁だった谷垣法相を「裏切ったと受け止められ…批判された」ことも例示されているものの、その動向については予断を決して許さないとするべきなのでしょう。
一方、安倍さんの真意とされる安保法制担当相としての入閣には依然否定的で、7日から8日にかけて開き「幹事長職の続投に意欲をにじませた格好」(『産経新聞』14.8.9-7:55)になった無派閥連絡会の研修も安倍さんに対するデモンストレーションだったとも言えますが、6日の『朝日新聞』朝刊は、安倍さんは「引き続き石破氏に就任を求める考えを崩していない」とし、9日13:25の時事通信記事は両者が今月下旬にも「再会談する方向だ」と指摘。
安倍さんの意図するように石破さんが入閣すればその後任も焦点になり、具体的には麻生副総理兼財務相や岸田外相、そして選対委員長の河村さんなどが浮上しています。
ここで例えば、派閥会長で同じく将来の首相候補である岸田さんを後任にした場合、その存在感が急浮上することは確実で、石破さんに入閣を容れさせられたとしても、そのように石破さんを挑発するような措置までは現実的には不可能と考えられるでしょうか。
その点、河村さんは安倍さんと同じ長州閥で、選挙通として幹事長には順当に適任であるなどに加えて、領袖ではない長老の一人で石破さんのライバルに浮上する可能性は低いとすれば、穏当で据わりも良いはずでしょう。
また、麻生さんについては留任が取り沙汰されているほか幹事長は既に2度務めていることがあり、可能性は低いとするべきかもしれません。

既出6日の『朝日新聞』は石破さん周辺に「「無役でも党内の不満の受け皿になれる」との声もある」ことを紹介。
石破さんが「受け皿になれる」安倍さんへの「党内の不満」としては、例えば対中韓外交を挙げねばならないでしょうか。
石破さんは安倍さんと違って靖国参拝に積極的ではないので、中韓の反発を招く要素はその分少ないかもしれません。
しかし安倍さんも対中韓外交打開には意欲的で、中国とは11月の北京でのAPECの際の首脳会談を模索し、韓国については河村さんや舛添都知事が奔走しているほか、岸田さんが9日に尹外相と会談、また15日の靖国参拝を「見送る意向を固めた」とも報道されている通りです(『読売新聞』14.8.9-15:03)。
対中韓外交を打開できれば、それは政権の成果となると同時に、「党内の不満」解消、ひいては石破さんによる差別化や争点化の阻止に繋げられることでしょう。


(R)

全55ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事