ワーキングホリデー

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シャーリー

ティナが結婚して1年後、女の子の赤ちゃんが生まれました! 名前はケイトちゃん。
シャーリーからすれば孫娘です。 シャーリーは、ケイトちゃんがホントに可愛くて仕方ないって
様子で面倒をみていました。
そんなある日、ティナから1通の手紙が届きました。 シャーリーの胸に小さなしこりが
見つかった。 検査をしたら癌だったので近々手術をすることになったと言うのです!
シャーリーは60歳になったばかり。 手術に耐える体力もあるから大丈夫よ!と
ティナは言っていましたが・・・

お見舞いに行きたかったのですが、その頃は仕事が忙しくてなかなかまとまった休みがとれなくて、
私は日本からカードやお花を送りました。 当日は手術の成功を星に祈りましたよ〜 
手術は無事に済んだものの、再発予防のための化学療法を受けることになりました。 
髪の毛は抜け落ち、吐き気などの辛い副作用に悩まされましたが、シャーリーは頑張って乗り切って、
寛解に入ったのでした。
私はシャーリーに電話をかけてみました。 思ったより元気そうな声でした。
手術を機に退職したと言ったので、「そうだよ、シャーリーそれがいいよ〜今まで頑張って働いて
きたんだもん、これからはゆっくりケイトちゃんと遊んだりすればいいんじゃない?」と言いました。

でもそれからわずか半年後、癌は再発してしまったのです。 今度はノドに出来てしまい
手術が出来る場所ではないので、放射線療法と化学療法を併用して治療することになりました。
カナダでは本人の前でも包み隠さず事実を伝えますからね〜 さぞショックを受けているだろうと
思うと、そう何回も電話するのもどうかと考えてしまって、またカードやお花を送ることしか
出来ませんでした。

シャーリーはまた頑張りましたが、この時の治療はあまり功を奏していないようでした。
とにかく副作用と体力の低下が酷く、そのたびに治療を延期するので、その間に癌が
広がってしまっているようでした。 ティナからそう聞いた私はカナダへ行こう!
行ってシャーリーに会おう!と決心しました・・・が、やっぱり仕事の関係上、すぐに
渡航することが出来ずにいました。 シャーリーは「いいのよ、無理しないで。 こうして
電話で話しが出来るだけで、私は充分HAPPYよ」と言ってくれて、しかもとても元気そうだったので、
私はちょっと安心してしまい、「今度のお正月休みに行くね! 今は10月だからまだ三ヶ月あるけど、
もうエアチケットは取ったから。待っていてね!」と言って電話を切りました。

でもその電話から約1カ月後、シャーリーは旅立ってしまいました。 
声はとても元気そうだったのに・・・病院から連絡が来てティナが駆けつけましたが、
間に合わなかったそうです。 生前シャーリーは言っていました。 「私はクリスチャンだから、
死ぬのは怖くないのよ。 ただ死ぬ時に痛みとか苦しみとかがあったら、それがちょっと怖いかしらね」

年が明けて、私は約束どおりバンクーバーに行きました。 ティナが車で、シャーリーの眠るお墓に
連れて行ってくれました。 「シャーリーごめんなさい・・・すぐに来なくてゴメンネ・・・」と
手を合わせて謝りました。 ティナが言いました。
「母はもう、自分が長くないことを知っていてね、入院する前に葬儀の手配を自分でして
自分の入る棺まで注文していたの! その棺が、いざお葬式となったら何故だか値段が
安くなったらしくて、いくらか返金があったのよ〜 母に言ったら、喜んで踊り出すわね〜きっと!」
いかにもシャーリーらしいエピソードに、私達は泣いたり笑ったりしながら、
いつまでもシャーリーの思い出話しをしていました。



2年近くにわたって書いてきたワーキングホリディの記録ですが、この記事でワーホリの
書庫は終わりです。 私がカナダで暮らしたのはもう20年も前の話なんですが、
まるで昨日の事のように懐かしく思い出されて、文字通り泣いたり笑ったりしながら書きました。
そして突然ですが・・・またカナダに行きます! 旅行でですけど(笑) 記事を書くのに
当時の日記や写真を見ていたらもう〜たまらなく行きたくなってしまったんです。
ティナもゼヒいらっしゃいと言ってくれたので、今年の年末年始のお休みに行くことに
しました。 まだちょっと時間がありますが、もう心はバンクーバーに飛んでます(苦笑)

今までワーホリの書庫を読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

ティナの結婚

帰国してから2年後に私に届いた嬉しいお知らせとは、「ティナが結婚する!」という
お知らせでした。 招待状も一緒に入っていて、9月16日にバーナビー市内の教会で
式を挙げ、そのあと同市内のホテルで披露宴をすると書いてありました。
ティナからの手紙には、「私としては来て欲しいけど、ゾフィーは遠くに住んでいるから
無理しないでね・・・」とありましたが、私は速攻で行く事を決心しました(笑)
出席と返事をして、旅行代理店へ駆け込んでエアチケットを手配してもらい、
向こうで着る服とティナへのプレゼントを携えて、私は機上の人となったのでした。

花婿さんてどんな人? まさかケビン? もしかしてアンドリュー? 大穴でブルーノ?
な〜んて妄想していたんですけど、紹介されたのは私の知らないマイクという人でした(笑)
ちょっとティナの好きなタイプではないような気もしたんですが(小声)、背の高い
とても優しそうな穏やかな雰囲気を持った男性でした。

式の前日は教会でリハーサルがありました。 シャーリーたっての希望で、バリバリの
カソリックチャーチで、ポーランドから偉い神父様を呼んで式を挙げてもらうことに
なっていました。 一人でシャーリーんちに居てもつまらないので、私も連れていって
もらいました。 厳格に見えてちょっと怖そうな神父様でしたが、そこはカナダ(笑)
ジョークを交えながら和気アイアイとリハーサルを進めていました。

シャーリー家に戻ると、両家の顔合わせのポットラックパーティがありました。
パーティは9時頃にお開きになりましたが、花嫁側にはそれからやる事があるのです。
まず移動に使うリムジンの飾りつけです。 パステルピンクとパステルブルーの2色を
テーマカラーにして、その色のリボンや紙製のお花などを車に飾ります。 そのあと
披露宴会場に行って(忍び込んで?)そこの飾りつけもやったんです〜
大変でした〜 でもまぁ楽しかったですが。

そしていよいよ当日。 朝ごはんもそこそこにティナは着替えとメイク。 従妹の
美容師さんが呼ばれてやっていました。 準備が出来た頃カメラマンさんがやってきて
家の中や庭、近くの公園で写真撮影をしました。 フラワーガールもいます。
そこでリンダと再会しました! つもる話しもそこそこにして教会へ移動・・・
素晴しい式でした! まるで映画のワンシーンのよう・・・ティナもメチャ綺麗・・・
式と披露宴の写真を何枚かアップしますね。 許可取ってないのではっきり写ってないのを
アップします。
イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4


式のあとはホテルに移動して披露宴の始まりです! 招待客は120人くらいでしょうか
私はその中のただ一人の東洋系でした(笑) 何故だか途中で遠くから来た人の名前と
地名がアナウンスされたのですが「・・・ゾフィー、From Japan・・・」と言われた
時には、会場がどよめいてました(笑) 私はティナの直系の家族と同じテーブルに
座らせてもらって、ティナのお兄さん夫婦や叔父様夫婦とも再会できて、とても嬉しかったです。
BGMはもちろん、ブライアンアダムスです。 そしてティナの好きなコリン・ジェイムス!
日本のような余興みたいなのはないですが、主賓や友人達がちょっとしたスピーチをしたり
ウエディングケーキ入刀やブーケトスなどもありました。 私もブーケトスに参加して
頑張ったんだけどね〜 ゲット出来ませんでした(泣&笑)
住んでいた時に仲良くしてくれたリンダ、ウエンディ、アンドリュー、エリック、ロブとも再会できて
近況を報告したりして楽しく過ごしました。

夕方にお開きとなって私達は車でシャーリー家に戻ったのですが、そこでまたシャーリー一族が
集まって飲んだり食べたり(笑)楽しかったな〜 ポルトガル語が飛び交ってました(笑)
そこでみんなからもらったプレゼントが披露されました。 私は、藍染のランチョンマットと
夫婦湯のみとペアのお箸&箸置きと、日本酒(!)をプレゼントしました。
お酒好きのティナのおじさんが、すんごい羨ましそうに見てたのを覚えています(笑)

次の日、日本に帰る私と、ハワイにハネムーンに行くティナ達は一緒に空港まで行きました。
出発まであまり時間に余裕がなくて慌しく、じゃぁね〜! またね〜!と言って別れて
しまいました。 当時はまだ若くて、会おうと思えばいつだって会えるよ!と思っていたのです。
・・・この日がシャーリーに会った最後の日でした。

帰国後の生活

私はカナダ滞在中に、帰国したら地元で暮らそうと決めていました。
地元は本当に田舎で交通の便が悪いので、車がないと生活出来ません。なので私はまず自動車免許を
取るべく教習所に通い始めました。 免許取得にどうにかメドがつきそうになったところで
ハローワークに通い仕事を探しました。

が、93年といえばバブルが崩壊して景気も落ち込んでいる時、そのうえ仕事(企業)が少ない地元で
就職するのは至難の業でした。 私としては子供達相手の英会話教室を開きたいと考えていたのですが、
カナダからほぼ無一文で引き上げてきた私にはビジネスを始める資本もなく、起業する知識も勇気も
ありませんでした。 学習塾の講師の募集はいくつかありましたが、身分としてはアルバイトで
しかも1日2、3時間しか働けないのです。

夏中就活しても仕事は見つからず、季節は秋(11月)になっていました。 そこでやっと正社員で
採用してくれるところが見つかりました。 地元のスーパーマーケットでした。レジを打ったり、
商品の発注、陳列などが主な仕事でした。 正直スーパーでの仕事ってキツそう・・・っていうか、
自分の性格はサービス業には向いていないのでは?」という思いがあったのですが、
もう背に腹は代えられません(笑) とにかくここでやるしかない!って感じでした。 
でもそのスーパーの従業員の人達が「うちの子供たちの英語の勉強を見て欲しい」と声をかけてくれて、
それで夢がかなった(?)というか、昼はスーパー、夜はエイゴとダブルヘッダーの毎日を過ごすことに
なったのでした。

生活もなんとか軌道にのり、シャーリーやティナとも手紙や電話で連絡を取り合っていましたが・・・
決してメチャクチャにハッピーだったというわけではなかったのです(笑)
うまく説明できないのですが、孤独感を感じるというか、違和感があるというか、充実感がないというか.
誰かに嫌味を言われたとか、意地悪されたというわけではないんですけどね〜私の住むところは
ここじゃないんじゃないかとか、私は何人なんだ?とか考えちゃったんです(笑)ぶっちゃけ今でも
違和感を感じることはあるんですけどね。 カナダの事がすごく恋しいはずなのに、用事で出かけた
東京の街並みを見たら切なくなって泣きたい気持ちになったり・・・これってアイデンティティの
崩壊ってヤツですかね?(笑)

特に仕事では辛い事もありました。 でもね・・・んも〜う!って思っても頑張ってこれたのは、
やっぱりカナダで培ったパワーのおかげだと思うんです。 言葉の通じない外国でやっていかれたのだから、
日本でだって頑張れるはず! なんたって日本語が通じるんだから!と思って生きてきました(笑)
そして帰国から2年後、嬉しい知らせが届いたのです。

帰国

7月3日、ついにこの日がやってきてしまいました。 私がカナダを離れて帰国する日です。
当日は5時に起きました。 軽く朝ごはんを食べて、私がつかっていたベースメントの部屋を
一つ一つチェックしながら、お別れを言いました。 外は小雨が降っていました。 
私がバンクーバーにやってきた日と同じような天気でした。 スーツケースを転がして表玄関の軒下に
おいて、タクシーを待っていました。 この前日にタクシー会社に電話をして6時にピックアップして
もらうように手配してありました。 行き先はバンクーバー国際空港出発ターミナル。
シャーリーは「私は空港が嫌い」と言っていました。 自分がポルトガルを出てきた時の事を
思い出すのでしょうか、「別れを惜しんで泣く人達を見たくない、だから見送りも行かない」と言って、
この日も自室で休んでいるようでした。

珍しく遅れずに(笑)タクシーがやって来て、静かにクラクションを鳴らしました。
ドライバーが私の荷物をトランクに入れてくれて、私達は雨に濡れないように足早に
車に乗り込み、車が動き出したのですが、家の方を見たら、シャーリーが玄関先に立っているでは
ないですかっ! 焦ってドライバーに待って!とお願いして、ドアを開けて外に出ようとしたのですが、
シャーリーは駆け寄ってきて「濡れるから出てこなくていいから・・・もう行きなさい!」と言って、
ドライバーにお金を渡していました。
「シャーリー、何してるの〜ダメだよ〜」言っても、シャーリーは無理矢理ドライバーに
お金を押し付けるようにして、「早く車を出して〜」の一点張り(涙)
私は「キッチンテーブルの上の手紙読んでね、新しい住所決まったら教えてね」と言うのが
精一杯でした。 シャーリーは泣きながら手を振っていました。 
あとにも先にも、シャーリーが泣いたのを見たのはこの時だけでした。

予定通りの時間に車は空港に着きました。 チェックインも出国審査も無事に済んで
私は搭乗ゲート前で放心状態になっていました(苦笑)大泣きしたのでメイクは落ち、
目ははれてものすごい状態でしたが、メイクしなおす気力もなく、半ベソをかきながら
ゲート前に座って、外を眺めていました。 とにかく悲しくて、みんなとの別れが辛くて、
カナダで何かやり残した事があるような気がしていました。
パスポートをしまおうとバッグに手を入れるとウォークマン(!)があるのに気づいて、
気晴らしに音楽を聴こうと思い立ちました。 私が自分で作ったブライアン・アダムスベストの
テープ(!)を聴きました。 One night love affair, This time, Cuts like a knife, From the heart,
Somebody, Heaven…あのブライアンのハスキーボイスに心が慰められました(ナンチャって〜笑)
ふと外を見ると、雨が止んでいてあのさわやかなバンクーバーの青空が広がっていました。 

飛行機が離陸するときもまた泣いてしまって(苦笑)隣りに座ったインドネシアの男性に
メチャ心配されました(爆)泣きつかれて眠ってしまい、気がついたら朝ごはんが運ばれて来て、
それを食べているうちにもうすぐ日本に着きますよ〜とアナウンスが入りました。
9時間で無事に成田空港に到着しました。 1年3ヶ月ぶりの日本でした。
荷物を受け取って到着ゲートから出て行くと、従妹2人が迎えに来てくれていました。
家に向かう前に、空港にあった公衆電話でシャーリーに国際電話をかけました。
ハロー! シャーリー? ゾフィーだよ!と言ったら、「もう着いたのぉ〜!!」と
ビックリしていました(笑)・・・私のワーキングホリディは終わりました・・・

帰国準備

旅行から帰ってきた日、私は家の前にFor Saleの看板が立っているのを見つけました。
シャーリーはこの家を売るつもりなのかしら・・・
シャーリーに聞くと答えはイエスでした。 「ティナがアパートで一人暮らしをする事に
なったの。ゾフィーも7月には日本に帰るでしょ? 私一人じゃこの家は大きすぎるから
売ることにしたの。そのお金でもっと小さな家を買って引っ越そうと思ってるのよ」
シャーリーにとって、いや私にとっても思い出がいっぱい詰まったこの家を売って
これから私達はバラバラに暮らす・・・なんだか寂しい(涙)でも仕方ないですね。
なんたって私はカナダでは外人の身。 オーバーステイしたらイミグレーションから
追われることになってしまいますしね。
その話しをしている時、シャーリーの姪っ子さんのナンシーから電話がきました。
ナンシーは不動産会社で働いていて、シャーリーの家の買い手を探していたのでした。
私が帰ってきた日の夕方に下見に来た、中国系の家族が買いたいと申し出たそうで、
無事に契約は成立したのでした。 

この1本の電話で私達はにわかに忙しくなりました(笑)私の引越し(帰国)まで2週間、
ティナとシャーリーの引越しまで1ヶ月しかないのです。 まず荷物の整理をして、
3人合同のガレージセールをすることにしました。 私はこのガレージセールやフリマの
売り子さんをするのが大好きですが、この時は二人に任せて私はアメリカに出かけていきました。
アメリカのお母さん、ミセスオルソンにお礼とお別れを言うためです。
カナダの空港まで迎えに来てくれて、バンクーバーに移るときは食器や調理器具、
当座の食べ物まで持たせてくれた優しいミセスオルソン。 彼女の援助なしでは
こんなにスムーズなスタートはきれなかったと思います。

ミセスオルソンは、私をアイダホに連れていってくれました。 息子さんを訪ねる旅に
同行させてくれたのです。 アメリカンロッキーの息をのむように美しい大自然、
そこに点在する小さな町、アメリカンネイティブの人達が暮らす町にも連れていってくれて
楽しく過ごしました。 グレイハウンドのバスディーポで見送ってくれた時、
ミセスオルソンは泣いていました。 でも無理に笑顔をつくって私にこう言ってくれました。
「日本まで気をつけて帰ってね。 お母さんによろしくね。 またいらっしゃいね、
待ってるから・・・」 私は10年前にミセスオルソンと別れた時と同じように
大泣きしてしまいました(涙)

バンクーバーに戻ってからは大トリ(?)のシャーリーとティナのお別れが待っていました。
ティナの提案で、これからゾフィーが帰るまで毎日夕ご飯を一緒に食べることになりました。
2人が仕事に行っている間、私は電話局や銀行に行ってアカウントを閉じる手続きをしたり
思い出の場所をカメラに収めながら、家族へのおみやげを買ったりしました。
もちろん荷造りも。

そしてバンクーバー最後の夜・・・夕ご飯はラザニアでした。 ティナはそれから泊まりで
キャンプに行くことになっていました。ちょっと泣きそうになりながらも、
「また会えるよね! 手紙書いてね! バ〜イ!」と言って出て行きました。
残された私とシャーリー・・・ドヨ〜ンとしながら2人でキッチンを片付けました。
そのあと、シャーリーが私にプレゼントを持ってきてくれました。 旅行好きなゾフィーにと
コスメやシャンプーを入れるポーチと、カナダの国花がプリントされているペアのコーヒーカップと、
室内履き(カナディアンネイティブの民芸品ぽい)でした。 そしてボソっと「私達を忘れないでね、
カナダを忘れないで・・・」と言ったのです。 私は胸がいっぱいになってしまって何も言えず、
ただ泣いてしまいました。
「ゾフィーは明日の朝早いよね? 見送れなくてゴメンネ・・・」と言ってシャーリーは
寝室に行ってしまいました。 そこで私も自室に戻って2人あてに手紙を書きました。
どんなに感謝してもしきれないくらい感謝してる事。 ルームメイトを見つけられなくて
迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っている事。 またカナダに来たい、
2人にも日本に来てもらいたいと思っている事を、つたない英語で書きました。

それから私は家を出て、ダウンタウンに向かいました。 カナダの夏は夜10時くらいまで
明るいので、最後の夜をお気に入りのイングリッシュ・ベイで過ごそうと思ったのです。
大きな太陽が太平洋に沈もうとしていました。 私はこれから先どこに住んでも、
この光景だけは忘れないようにしようと心に誓って、海を見続けていました。
バイバイ、バンクーバー、楽しかったよ。 バイバイ、カナダ、さようなら・・・

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