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株式投資に興味を持ちだしたのは、小学生の頃です。
父親の影響で新聞の株式欄をよく読んでおりました。
小学生では口座開設できませんので、父親名義で取引させて欲しいと申し出ました。
予算は祖母が私名義にしていた貯金等で20万円程です。
父は社会勉強と思ったのか「ええで〜。好きなん決まったら言えさぁ」と了承してくれました。
20万円で買える銘柄は限られます。
100円台の銘柄を探しました。
松本亨の本、株価チャンスなんかを読んでおりました。
その影響か、鉄鋼等の大型株、有名銘柄ではなく、値動きの軽そうな物、仕手系銘柄はないかと
ワクワクしながら探したものです。
予算が決まっていたので、電気機器、輸送用機器といったところは検討から外れ、
おのずと所謂斜陽産業、不振企業の大化けに賭けました。
何を思ったか繊維株(東海染工等)に絞って取引しておりました。
株価が気になり、夕刊が配達されないエリアに住んでいたので、
駅まで「大阪新聞」を買いに行ったり、短波、NHKラジオを聞いたりしておりました。
今でもテレビ東京系で大引け後に情報番組をやっておりますが、画面下のグルグル流れる株価
を健気に、たった1銘柄のために凝視していたものです。
ネット時代っていいですね。
最初はワクワクしていたものの、そのうち慣れ→飽きがきてしまいました。
それから、中学、高校、大学時は株とは無縁の生活を過ごしました。
バブルは私が高校生の頃だったのでしょう。田舎の高校生には無縁でした。
社会人になってすぐに、「よし、今度は自分のお金、名義で!」と意気込んだものの
やはり少額資金しか用意できず、恥ずかしい思いをしておりました。
川商ジェコス等を買ったのを思い出します。
勤務先の1階に日興証券が入っていたのがきっかけでした。
ITバブル、とういうよりネット証券の登場が画期的に投資環境を変えたと思います。
私のような、少額資金で恥ずかしい、遠慮せねば・・との思いを持っていた人、
営業マン云々ではなく、自分のペースでできる!という人が参加、
爆発的に個人投資家が増えた筈です。
松井証券、DLJディレクトSFG証券(現楽天証券)に口座開設しました。
口座開設はかなり早かったと思います。
しかし、その当時は競馬や一口馬主で資金が枯渇、加えて、結婚、長男誕生で
全く資金がなく、
1,000株単位で数円の値動き(数千円の損益)ではもの足りなく感じていました。
信用取引等もやっていましたが、
とにかく短期でもっとお金が欲しくて
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行き着いた先が
日経225オプション取引
でした。
(次編に続く)
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