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がんばれ!女社長!!
八街市のとある駆出し不動産。。日々奮闘する女社長と、スタッフの徒然日記なのです。。。

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のんちゃん応援団長


戦死した母方の伯父がマーシャル・ギルバート諸島で玉砕したのは 幼い頃から聞いていました。

祖父母の代母の代・・・皆口には出さないけれど心の中に慰霊巡拝の願いがあったと

思います。

60歳を過ぎた頃から 何故か伯父の無念や、妻子を持てないほど早死にした20歳の

この若者の親兄弟の気持ちが私の心に住みつきました。

それから・・・横須賀の海兵隊の原簿の写しをもらったり、厚生労働省に足跡を辿った

り。 

そんな時ひょんな事から慰霊巡拝の事業を厚生労働省が実施していること。近年遺族

が少なくなって甥や姪も連れて行ってくれることを知りました。

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折悪しく のんちゃんはこの少し前に癌のステージ4を宣告されていましたが、

私のなかでは のんちゃんは不屈の人。

今までと同じ・・・家族全員で戦おうね   の乗りで 全く死ぬなんて考えて

いませんでした。

話は戻りますが、 若いころののんちゃんは相変わらずドサ周りの単身赴任でしたが

なぜか私は 世渡り下手で要領の悪いのんちゃんが好きでした。

ゼネコンの職員は のんちゃんの同期は勿論 下っ端まで〔のんちゃんも下っ端〕

現場で汚れる事を嫌いましたが、のんちゃんはいつも土方衆と一緒に穴の中深く入っ

て真冬の水道の破裂も全身水浸しで働いていました。

土方衆にはとても好かれていましたが、上司や同僚とはうまくなく・・・・。

でも・・・でも泥んこの地下足袋姿ののんちゃんに憧れ 片思い・・・影ながら

のんちゃん応援団長でした。

色んな事が重なり  そののんちゃんが バブル真っ最中に脱サラを決め込みソフト

スーツを着てベンツを乗り回すようになった頃から私との距離はどんどん遠くなり

ました。

事の結末は又書きますが・・・・ここからの人生は蟻の地獄のようでした。


タラワに行くまで

のんちゃんの49日を慌ただしく済ませて旅立った3月4日。

心の中は かなり動揺していました。

1月11日までののんちゃんとの人生。    別れの後の嵐のような毎日。

19歳からずっと一緒だった45年間。

別人のようにやせ細ったのんちゃんは グレーのワゴン車で あんなに帰りたがってい

た自宅に無言の帰宅をしました。

3日間 白いふとんにくるまれて 大好きな自宅の和室で眠っていました。

19歳の時 大好きで「結婚してください!」ってお願いしました。

今思えばどこがそんなに好きだったのか良く思い出せないけれど・・・・・。

とにかく のんちゃん抜きの人生は考えられなくて 19歳と23歳。

子供同士の結婚でした。

当時チューリップの「心の旅」が流行していて 単身長野県に赴任していたのんちゃ

んの「ポケットに詰め込んでこのまま旅立ちたい」・・・・って思っていました。
月曜日の朝は 暗い4時に起きて 長野に帰るのんちゃんの為におにぎりを2こ

作って私のかわりにポケットに入れてあげました。

草津・白根山あたりで朝ごはんを食べるのんちゃんはおにぎりを食べな

がら なぜか泣いてしまった・・・と。

のんちゃんの亡骸を見ながら 私の頭は 45年間の出来事がスライド映画の

ように流れていきました。

行くのかタラワに・・・・。やっぱりムリだよ。

いや  もう二度とチャンスは無いだろう・・・

心はまだ決まりませんでした。

少しずつお話します。

行けども行けども海・又海の片道3日の過酷な   旅でした。

時々姿を見せる南国の美しい姿に 戦死した伯父と同じ風景を見ている・・・と

心が熱くなります。ここはマーシャル・ミレ島です。

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今日この頃

あっという間に3月も半ば。

波乱の2018年が過ぎていきます。 一人ぼっちに馴染めない初めてのお一人様。

娘たちが心配してくれるけれど、のんちゃんの居ない人生は不思議な世界です。

無事49日を終えた4日後・・・3月4日 私はなんと厚生労働省の戦没者慰霊の

旅に参加して11日に帰ってきました。

8日間の水もお湯もない超ハードな戦地慰霊の旅は、更に私の体をボロボロにしました

が ある意味のんちゃんが背中を押してくれたから行けたようなものです。

東太平洋 マーシャルギルバート諸島 マキン・タラワの旅は私に生き返ることを

教えてくれました。 這うように執念で追いかけた慰霊の旅。 還ってくることも

苦しい片道3日の空の旅は 体力の限界の挑戦でした。

帰国後は只ひたすら体力が戻る事のみ祈りながら過しました。

ご報告は沢山あるけれど とり合えず元気になりました。

独居老人も 少し板についてきた今日このごろです。

ご報告

随分長い間 ブログお休みしてごめんなさい。

いろんな事がありました。

まず・・・のんちゃんが亡くなりました。

12月12日 突然意識が遠のき 救急車で日赤病院に運ばれました。

すでに癌による腸閉塞は末期に達しており のんちゃんは意図的に私にかくしていました・

不調を告げれば病院に入れられる事を極端に恐れ 腸閉塞の痛みを我慢していたのです。
幸い2日後に意識は戻ったものの 二度と自宅に帰る事無く今年1月11日 息を引き取りました。

他にもいろんな事が同時に起きていましたが・・・今はまだ何かを話す状態になく。

私の半分が死にました。

享年68歳でした。

近くで格子共にお世話になった皆様には心から感謝いたします。

又生きて行く気力が戻りましたらいろいろ書いていきます。

今年も宜しくお願いいたします。

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