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万が一。
わたしが、死んだら。
お坊さんも要らない。
なので。
当然。
お経も要らない。
戒名も要らない。
遺影の、周りのお花も、要らない。
人も、集まって欲しくない。
ただ。
ひっそりと。
わたしは、「あちら」の世界に。
旅立てたら良い。
ただ。
式場に、音楽は、流して欲しい。
決して。
大きな音じゃなくたって良い。
わたしに、聞こえたら。
それで、良い。
アルビノーニの、アダージョも、良いね。
モーツァルトの、「レクイエム」でも、良いね。
わたしは、「死に化粧」をし。
「訪問着」を着て。
棺の中に入る。
本当は。
一度も、「振り袖」を着たことがないので。
「振り袖」を着たい。
まさか。
この歳で。「振り袖」も、変だから。
そっと。
「中振り袖」位は、着たい。
着せて呉れないだろうか?
「死に衣装」は。
白と、決まって居るのだろうか?
残された日々を。
今のような、状態で、暮らすのは。
正直。
苦痛でもある。
頭の中では。
先ず、くのいちちゃんを、送り。
次。
マック君を送り。
順番としては。
わたしが、最後だ。
長年。
動物と、関わって来て居て。
死ぬとき。
傍に、一人も、ペットが居ないのは。
きっと、寂しいだろうな。
でも、残しては、行けないし・・・。
其処が、難しいところではある。
わたしの、「紋付き」と。
訪問着は。
背の高い人でも着られるように。
特別に、誂えた。
が。
親も親なら。
子も子で。
着物には、一度も、袖を通して居ない。
嫁ちゃんには。
着せることが無理なら。
「訪問着」を。
棺の上に、掛けてくれ・・・と、頼んである。
もしも、マーちゃんが、忘れてなかったら。
モーツァルトの、レクイエムを流す役目は。
マーちゃんだ。
子供を産む前は。
良く、着物を着た。
着物を着て。
毎日。
伊豆の、伊東まで、通ったものだ。
姑が買って呉れた、「浴衣」も、大切に残してある。
わたしが、死んだら。
これ等は、全部、ゴミになるのだろうね。
アルビノーニの、アダージョを聞いていると。
何時も。
思いが、ここに至る。
何故だろう。
今、直ぐに、死ぬわけでもないのに。
でも。
わたしは、早く、死にたい。
長生きなんか、ご免だ。
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