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久し振りの歴史ネタです。
先月の7月22日に長野県小布施町の岩松院(がんしょういん)へ行って来た。
このお寺は本堂に葛飾北斎が描いた天井絵がある。
その絵は21畳の大きさで北斎88〜89歳の時の作である。
八方睨み鳳凰図
写真撮影禁止になっているので岩松院HPより掲載
160年前の絵なのに色は褪せずに綺麗な色彩を保っています。
本堂で寝そべって見ると圧巻でした。
北斎は小布施の豪商、高井鴻山の招きで4度訪れていて、88歳で江戸からどんな方法で旅をして来たのが不思議と思いませんか?
本堂の裏に廻ると小林一茶の有名な句で『やせ蛙まけるな一茶これにあり』を詠んだ蛙合戦の池があるんです。
この池は年に5日ほど蛙の産卵で大騒ぎになる様子を詠んでいる句ですが、病弱な一茶の長男・先太郎への声援の句だったが、願いむなしく一ヶ月で他界したそうです。 一茶54歳の時
裏山には城跡があるので行って見ようと寺の方に情報を伺うと、地元では蛇山と言われていて最近はマムシも居るから、それなりの装備をしないと危険なようだ。猿・猪も居るし熊も居ないとは限らないとか・・・
とりあえず裏へ廻ってみると遊歩道があるらしいが整備されていないし、熊が入れる大きな罠が置いてあったので、根性無しは撤収して来ました。
福島正則ネタは後日・・・
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名所&迷所
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最近話題になっているお店(看板)のようです。
銭形銀行があれば面白いのにね。
次元の低い話ですみません。。
一度行ってみようかな。
群馬県高崎市寺尾町
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群馬県吾妻郡嬬恋村大字鎌原の鎌原観音堂へ行ってきた。
近くの国道はスキー場の帰りに通ってはいたが、なかなか寄る機会が無かったが、万座鹿沢口駅を南へ上ると直ぐ近くだった。
ここは天明三年(1783年)浅間山の噴火によって火口から噴き出された岩塊が土石流を発生させ、斜面を高速で流れ下って浅間山山麓の鎌原村を一瞬にして埋没させた。
人口570人中、生存者はこの観音堂へ逃げた人と山で仕事をしていた93人で死者は477人だった。
そして家は全て流されたようだ。
その土砂は観音堂の石段を15段残し35段が埋没した。
昭和54年の発掘調査で埋没した石段から2体の人骨が見つかった話は有名で、あと数段で助かったなどの話から赤い仮橋下から発見されたと思っていたが、更に下の石段だった。
当時の状況が絵になっていたが、奥が観音堂で手前の延命寺は低いので埋没したそうです。
この土石流は下流の吾妻川を堰き止め、ダムのように溜まった川の水が溢れ、決壊した濁流は利根川に合流し海まで流れて遺体を運んで行ったそうです。
鎌原観音堂の隣では地元の老人がお茶などの接待をしていますが、周辺の土産物店や食堂・農産物直売所などは全て閉まっていました。
3連休の中日だと言うのに、時代の流れでしょうか?
浅間山の噴火のよる火山灰の影響で、後に大飢饉が全国で起き多数の餓死者が発生した。
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松本市から上田市へ走る国道143号線を初めて走ってみたが、途中の青木峠が想像以上に酷かった。
峠を下って集落が見えてホッとした所に青木村 道の駅があった。
休憩をして観光パンフレットを見たら、直ぐ近くに国宝の三重塔があるではないか。
近くの別所温泉に国宝の八角三重塔があるが、こんな田舎に国宝とは凄い。
早速、行ってみるとありました。(拝観料100円)
国宝 大法寺三重塔
周りの風景に溶け込んで、ひっそりと建つ三重塔は一層歴史を感じてしまいます。
建てられたのは1333年、鎌倉時代から南北朝時代に移る頃で680年前です。
他にも重要文化財の仏像など3点あります。
近くに行ったら寄ってみたらいかがでしょうか?
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信州松代散策、第4弾
松代は真田十万石の城下町と信玄&謙信の川中島の戦いと、戦国時代から江戸・明治時代の歴史を楽しめる所ですが、一風変わった遺跡が眠っているのです。
第二次世界大戦の末期に軍部が本土決戦の拠点として極秘に、大本営と政府機関を松代に移す計画があった。
9ヶ月の工事に当時の金で2億円と延べ300万人の地元住民と朝鮮人が強制的に動員され1日3交代で掘り続けて、全行程の75%の時点で終戦となり工事は中止した。
地下壕は象山・舞鶴山・皆神山と三箇所で掘られ総延長は10km、現在は象山地下壕が一般公開されている。総延長5,8km中見学コースは500m
この話は前から知っていたが訪問するのは初めて、どんな所か現地案内板で確認。(赤線が見学コース)
凄い規模ですよね。
これを見ると一億玉砕・本土決戦を本当に考えていたのが分かります。
工事で犠牲になった朝鮮人慰霊碑に見学の安全を祈って地下壕へ向かいます。
地下壕へ入るにはヘルメットを着用しないと入れません。
準備完了です。
では、
プッツと笑った人、同世代です。
水曜スペシャル川口探検隊で使われていたテーマ曲↓ ポッチとすると雰囲気が出るかも(画像は映画Uボート)
壕内に入ると冷たい風が前から吹いて寒い。
岩盤を素掘りの状態で恐怖感が沸いてきた。
今、地震が来たらどうしょうと頭を過ぎる。
掘削には岩盤を掘削機のロットで穴を開け、爆薬を仕掛けて岩盤を掘り進めた、そのロット(棒)が刺さったままになっていた。
見学コース脇の壕には掘った岩盤を運ぶためのトロッコの枕木跡が残っている。
地面の窪みに枕木が埋まっていたらしい。
見学コースの最奥部から入り口方面を写した。
壕が十字に交差しているのが分かると思いますが、コース外は金網で閉鎖されています。
何か出て来そうな雰囲気でビビッていたら、耳元をス〜っと何かが通り過ぎていった。
川口探検隊なら蛇にサソリに毒クモなんでしょうが、目に映ったのはコウモリ。
最奥部の十字に壕が交差する天井に、重りを吊り下げて水平に掘るために測った側点跡があります。
地下で正確に掘り進める方法のノウハウが詰まっているんでしょう。
この後、来た道を戻って外に出たんですが、見学者の数が少なかったです。
その分、雰囲気があって良かったんですが、近代の隠れた遺構は一見の価値があると思います。
本土決戦を考えていた戦争指導者の決意が伺える幻の大本営跡でした。
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