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本社は、JR神戸駅と兵庫駅との丁度中間の所に鎮座されます。 創建は不詳ですが、応神天皇ご誕生の延期祈願の霊石を、福原街、東溝下に迎えて、一社を創建しその後現在の地に奉遷し 湊玉生八幡宮 と称したそうです。 「このことは、天和2年(1682)8月15日識すところの、旧記により、天和以前に創祀されていたことが確認される。」(由緒書) 昔、神社の前が、西国街道「兵庫津」における東の出入り口で、街道に面して、 湊口惣門 があり、 番所 が置かれ、 高札場 があったそうである。 またこの地は人通りがはげしく、迷子の多く、辻に 迷子のしるべ石 と名づけられた石標があり、この石標には、迷子を知らせる張り紙が張られたそうである。 現在境内に2基あるが、1基は戦災で破損したものを継ぎ保存された物で、もう1基は新たに同一のものを造り建立されています。 ご参考 :神戸市兵庫区兵庫町1−4−37 TEL078-671-7442
JR神戸駅より、西へ・兵庫駅より東へ、共に徒歩 10分 |

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この神社も民衆に支持された鎮守様ですね。迷子を知らせる張り紙、待合場にもなっていたのでしょうか。
2006/12/14(木) 午後 3:50
右近さん、こんばんは。連絡、待合場所だったのでしょうね。
2006/12/14(木) 午後 6:48
神社に迷子を知らせる張り紙かぁ・・・ヒトの優しさが伝わる気がします(*^^*)
2006/12/14(木) 午後 9:10 [ - ]
神社めぐり?ぼくも鎌倉の神社をめぐってブログつけてます。よろしく。
2006/12/14(木) 午後 9:54
神社と庶民のつながりの深さを感じさせる逸話ですね!
2006/12/14(木) 午後 10:44 [ - ]
ゆんゆんさん、こんばんは。何か「かすり」の着物を着て両手で目をこする、迷子の子供が目に浮かびますね。
2006/12/14(木) 午後 11:18
1192さん、ありがとうございます。拝見させていただきます。
2006/12/14(木) 午後 11:22
ルナルナさん、こんばんは。おっしゃる通りです。この様に神社とのつながりがあったのですね。
2006/12/14(木) 午後 11:26
「迷い子のしるべ」が必要なほど、ここは人の往来が激しく、栄えた場所なんですね。。。この石標の存在が語る往時が偲ばれますね。
2006/12/15(金) 午前 0:14
とてもきちんと手入れされている神社ですね。
2006/12/15(金) 午前 0:19
nobikitさん、当時は前が湊川で、橋が無く降雨の後増水で通行止めになり、参勤交代の一行や、旅人が兵庫津の町にあふれたそうです。殊に、この地は往来がはげしかった様です。
2006/12/15(金) 午前 0:35
bessaさん、こんばんは。お寺の境内みたいに、樹木も手入れされていますね。
2006/12/15(金) 午前 0:39
西に古い神社が多いですね〜東とは文化が違う。当たり前か(笑)。迷子のしるべ石・・なるほどねぇ〜。。。私の写真がお気に召したら傑作押していただければ嬉しい・・(^_^)
2006/12/15(金) 午前 1:35
3年くらい喪が続いてお参りは出来なかったが、それ以前に驚いたことがあった。除夜の鐘と共に訪れた若者達がわいわい騒いでたむろしてるので、時代は変わったんだ。昔は苦しい時の神頼みというイメージだったのにと思っていた。
2006/12/15(金) 午前 8:08
時代の変化を感じます。破壊した石ですが、今は傷の見えないように接着剤が進歩しているので復元可能ですが、添えのアングルが有るのがいかにも修復したとコレマタ良いですね。
2006/12/15(金) 午前 8:50 [ けん ]
花さん、遅れてすみません。「迷子のしるべ石」いいでしょう。花さんの写真、いいのがあるね!!。私は評論は、一人前。自分は出来ない。スミマセン
2006/12/15(金) 午後 4:11
MAYさん、苦しいときの神頼み。いいですよね。頼りにするところがあれば〜〜。
2006/12/15(金) 午後 4:16
Kensanさん、多分修復の時代は、戦後昭和20年代だとおもいます。他にもこの様なアングルを見かけますね。言われるように、これをばらして、接着剤で修復し直せば〜ところが、この姿がいいのですね。
2006/12/15(金) 午後 4:23