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本社は、前に紹介した 和田神社 の南側に隣接して、鎮座されておりますが、もとは現在地より東南300mの海岸近くにあり、 元三石 といったそうです。 享保7年(1722)兵庫の井上八郎右衛門が今和田新田を開発した時に、神社を今和田に移し産土神としたきたが、三菱神戸造船所設立に伴う、鉄道用地となるため、明治39年に現在地に移ったそうです。 三石神社の鎮座される和田岬は神功皇后摂政元年(200)、凱旋の帰途上陸され、三つの石を立てて神占いしたした結果、広田・生田・長田・住吉の神々を、その地に祀らしめた、儀式の地である。 後、推古天皇(602)がこの地にこられ、ミソギをされたので、祓殿塚(はらいどののつか)といい、玉座とされた石を、三石という。 「摂津名所図会」 4枚目の写真が、 三石の遺跡 とされています。 6枚目の、 神功皇后像 、幼き 応神天皇 を抱いた 武内宿禰像 は、日本に一体だけだそうです。 ご参考 :神戸市兵庫区和田宮通3−2−51 TEL078-671-2531
市営地下鉄海岸線 和田岬駅 下車 1分 |

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6枚目の像は新しいのですね。
2006/12/21(木) 午前 8:37
この神社も由緒ある神社のようで・・この神社にお参りをして神功皇后像:幼き応神天皇を抱いた武内宿禰像を触る(さする)ことにより病気などが治るとされているようですね。
2006/12/21(木) 午後 2:08
神功皇后と竹内宿禰像見てみたいです。新羅出兵の時には臨月なのに行軍をやめずに、石をお腹に当てて冷やして出産を遅らせたそうですね。女性は強いですね。
2006/12/21(木) 午後 10:24
Bessaさん、今年の5月に奉納された、ごく新しい物です。
2006/12/21(木) 午後 11:20
Kyonさん、こんばんは。私はよく分かりませんが、そうだとすれば、いい事ですね。
2006/12/21(木) 午後 11:24
Kazukiさん、こんばんは。神功皇后は、色々なことをして、出産を遅らせたそうですね。立派です。
2006/12/21(木) 午後 11:29
お宮さんの石垣の寄付の名前を見て思い出しました。我が近くのお宮さんの石垣も、角の石は○○万円、なんて昔寄付の回覧板が回り、名前を入れましたが、今はその家が、絶えてなくなっていますが、時代の変化を感じます。
2006/12/22(金) 午前 7:38 [ けん ]
Kensanさん、おはようございます。「栄枯盛衰、世のならい」でしょうか。又、ほどほどに、ともいいますね。
2006/12/22(金) 午前 9:03
三願成就。何を祈ろうかな。JR和田岬線ってありますよね。朝夕だけ走ってる。乗ったことないけど。
2006/12/22(金) 午前 10:13 [ PLUS ]
うろつきさん。さすが、電車を取り上げて見えるだけあって、よくご存知ですね。
2006/12/22(金) 午前 10:42
勇ましい神功皇后像ですね〜弓矢までもって、とても女神とは思えない・・・男勝りのお母さんですね。武内宿禰の献身が伝わります。この後、征韓に向かうのですね。神戸が海上交通の要所である事が判りました。ポチ。
2006/12/22(金) 午後 1:31
右近さん、こんばんは。神功皇后の像をそばで眺めますと、本当にお母さんといった感じがします。よく出来ていますよ。
2006/12/22(金) 午後 9:38
手水舎の写真の右端にある置物(?)が気になる〜!私の目には来年の干支イノシシに見えてしまうんですが・・・?
2006/12/22(金) 午後 10:05
トオルさん、この写真をUPしてから私も気がつきました。コレなんだろうって。ヤバイ!って思っていました。さすがトオルさんです。失礼しました。
2006/12/22(金) 午後 11:23
歴史の宝庫ですね。。神功皇后の像も素晴しいです。
2006/12/23(土) 午前 1:17
花さん、ありがとうございます。女神もお母さんらしく親しみを感じますね。
2006/12/23(土) 午前 3:18