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本社は、JR新長田駅の南1kmの長田港の海岸沿いに鎮座されております。 当社は「務古の水門」(むこのみなと)の一部で、治承二年(1178)に、平清盛が上陸したとの記録があり、古代の重要な港であったそうです。 そのため、来朝する外国人を検問する、玄藩寮の出先機関があり、当社はその役所内に奉斎された事に始まると伝えられております。 延元元年(1336)、足利尊氏が西国敗走の折、当社に奉詣して「今むかふ方は 明石の浦ながら まだ晴れやらぬ 我が思ひかな」と詠んで、社前の浜より乗船したといわれております。
手水鉢 は焼けた様に風化が進み、かなり古いものと思われるが、上面の4箇所に 「盃状穴」 (はいじょうけつ)があります。この 「盃状穴」 の謂れはいろいろな説があり、何の目的かはっきりしていませんが、この場合は、油を入れて 灯明 としたものと考えられます。
この他に境内には、文政四年(1821)の刻銘のある 灯籠、 と文政十三年(1830)の刻銘の 狛犬 があり、高井山城主 石原清左衛門 が社殿を改築した年にあたります。ご参考 :神戸市長田区駒ヶ林町3−7−3 TEL078-611-4065
地下鉄海岸線 駒ヶ林駅下車 西へ 徒歩3分 |

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手水鉢の灯明、初めて知りました。今灯っているのは無いのかな??ちょっと見てみたい気もいたします(*^-^)
2007/1/18(木) 午後 7:53 [ - ]
この神社も立派な綺麗な神社のようですね。いろいろ調べられており勉強になります。これからの神社散策ではもう少し見方を変えてじっくりと散策を楽しみたいと思っています。
2007/1/18(木) 午後 10:14
手水鉢に盃状穴は灯明の為とすると、夜に行われる大切な行事があったのでしょうか。。。とてもいい感じの狛犬さんですね!コンパクトな賽銭箱が添えられて、なにかご利益がありそうです。
2007/1/18(木) 午後 11:45
石の使い方に味がありますね。
2007/1/19(金) 午前 0:48
ゆんゆんさん、今点いているのはなさそうですので、点けさせてもらおうかなと、考えています。一度宮司さんにお願いをして、盃状穴が灯明のためのものであることを、実証させて頂くつもりです。これが叶えば、ゆんゆんさんの提案のお陰と、大々的にUPさせて頂きます。
2007/1/20(土) 午後 7:10
Kyonさん、この地区では一番立派な神社です。いま私も勉強しながらです。色々解るにつれて、魅せられ、また楽しさも湧いてきています。
2007/1/20(土) 午後 7:19
Nobikitさん、ありがとうございます。盃状穴が灯明とするのは、この場所が港に面しており、夜明け前の早朝の参拝が多くあったのではないかと、勝手な推測をしております。参道、社殿などは、灯籠が、まさしくその役目をはたしていたのではないでしょうか。狛犬さん、先生に誉められ、うれしそうに見えますね。
2007/1/20(土) 午後 7:30
Bessaさん、こんばんは。手水鉢の石は、花崗岩だと思いますが、盃状穴には適しているようですね。
2007/1/20(土) 午後 7:33