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本社は、須磨区の東部の、地下鉄板宿駅から北西に600mの所の、 上野山に鎮座 されております。 創建は、菅原道真公が九州に左遷された時の宿泊の跡を保存するため、 永延元年(987年)1月 、 菅原道真公と、武神八幡大神を鎮守神 として創祀されたそうです。 この地区に 飛松の地名 が(飛松中学校など)あるが、この 「板宿・飛松」 の名称は、菅原道真公左遷の祭、「 板 で囲った簡単な 宿 泊所」を設けた事により 「板宿」 と称し、また、菅公が京都で大切に育てておられた松が、菅公の後を追って京都からこの地まで 飛 んできた 松 に 「飛松」 の地名が由来するそうです。 この時の 松の巨木 は大正年間に落雷が原因で枯れ死しましたが、その 切り株 は、境内の 飛松社に奉斎 されており、 「大宰府の飛梅」 と並んで 「板宿の飛松」 として人々に慕われてきております。 当神社の境内の続きであった東側(現在の須磨学園高校)を大正13年に開拓した時、 推定四世紀の竪穴式石室 が発見されました。 その 古墳 から、 一体の人骨 (女性)と 二面の鏡、刀剣等 が出土し、現在 東京国立博物館に展示 されておりますが、その写真が当社に所蔵されております。
撮影させて頂いた写真が「最後の写真ー7」です。 |

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かなり古くから開けていた場所ですね。
2007/1/31(水) 午前 10:09
この神社もかなり古くて由緒ある神社のようですね。古墳続きというのもこちらの神社散策で見たことがありますがいろいろと出土されたんですね。興味津々です。
2007/1/31(水) 午後 2:13
この付近は、古くから人の生活があったんですね。狛犬も小振りですが古いもののようですね。。。飛松は、内側の樽のようなもので支えて、生えていた状態のまま保存されているのですか?大正年間まであったなんて、惜しいことをしましたね。。。菅原道真、受験シーズンの今は、きっと賑わっているでしょうね!
2007/1/31(水) 午後 7:39
古墳から女性の人骨と鏡、刀剣の出土とは、相当の位がお高いというか、八幡様らしい由緒ですねー。大宰府、宇佐等、九州とご縁があって身近に感じますね。
2007/2/1(木) 午前 0:01
右大臣でも左遷されると板の宿ですか。。空しいですね。。 「飛松」の由来共々興味深いお話でした。もちろんお写真にもポチ!
2007/2/1(木) 午前 1:07
Bessaさん、千年以上前ですね。
2007/2/1(木) 午前 3:17
Kyonさん、古墳と神社は関係していますね。
2007/2/1(木) 午前 3:18
Nobikitさん、崩れないように支えがあります。落雷ですから仕方がないけれど、残念ですね。生えていた状態で保存されています。
2007/2/1(木) 午前 3:22
やまとさん、九州とのご縁ですね。よろしく。
2007/2/1(木) 午前 3:24
花さん、ポチありがとうございます。左遷は虚しいですね。
2007/2/1(木) 午前 3:25
松の木は惜しいことをしましたが・・・落雷ではどうにもならないですね。昔は今以上に左遷とかあったのでしょうね?
2007/2/1(木) 午後 8:59
きょうこさん、遅れましてすみません。今になると落雷がなくても寿命が無いでしょうね。また、左遷と言うと悲しくなりますね。
2007/2/4(日) 午後 7:33