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本社は、須磨の海浜公園の真北1km、須磨区役所の西800mの所に鎮座されています。 御由緒については、 第六十六代の一條天皇の御代、永延年間(987〜989年)に創建されたと伝えられておりますが、年月は不詳のようです。 誉田別尊を主祭神として奉斎し、明治中期頃より、権現社、天満宮を境内末社として奉斎しましたが、昭和29年の本殿再建の際に、五十猛尊、菅原道真公を合祀されました。 「武庫郡誌」によると、境内には三十三間の射場を有し、明治になるまでは、陰暦の2月1日に「御弓の当」(みゆみのとう)という儀式が行われたと記されているようです。 かって、この地、東須磨村は徳川幕府の直轄地であったが、明治になってこの儀式が突然途絶えたことは、武士社会からの世相変化によると思はれるそうです。 現在の「弓場八幡」と呼ばれているのは、この「御弓の当」に由来しております。 ご参考 :神戸市須磨区南町3−2−11 TEL078-731-2743 證誠神社兼務社
JR須磨駅より 東へ 徒歩15分、 山陽電鉄 月見山駅より東南へ 徒歩5分 |

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由緒ある古い神社ですね。でも、ちょっと普通の家っぽいです。
2007/2/8(木) 午前 4:03
弓のことで思い出しました、私の市では、今弓道場を作っています。今まで有ったところを壊して、距離を長くして、大会が可能な様に改築して4月には完成の様子です。
2007/2/8(木) 午前 7:46 [ けん ]
全国で8万あると言われる神社です。いろいろありますよね。弓場とは珍しく思いました。
2007/2/8(木) 午前 7:55
NORIさん、こんにちは。お賽銭箱の両隣に置いてある樽が妙に気になったりして^^。
2007/2/8(木) 午後 3:22
菅原道真公を合祀されるなんて有るんですね〜初めて知りました。
2007/2/8(木) 午後 3:47
Bessaさん、小さな本殿に覆い屋がありますのでそのような感じがしないでもないですね。
2007/2/8(木) 午後 7:35
Kensanさん、道場を作られていますか。いいですね。弓道は一度やってみたかったのですが、出来ずじまいです。
2007/2/8(木) 午後 7:40
神社って全国に8万もあるのですか。全国的に考えてもみなかったです。
2007/2/8(木) 午後 7:43
トオルさん、こんばんは。お正月に飲み干した樽を、古札を納める入れ物にしておりますよ。
2007/2/8(木) 午後 7:46
花さん、そうですね。昭和29年の合祀ですから〜〜。いろいろあるのですね。
2007/2/8(木) 午後 7:51
神戸に神社、お寺が意外に多いのは何か歴史的な意味があるのでしょうか??
2007/2/8(木) 午後 8:16
大きくはないようですが、拝殿と神殿がセオリーどおり別棟で、屋根の銅板の緑青(ロクショウ)の発生具合もいい感じですねー。紅の鳥居が綺麗です。お賽銭入れ参拝させて頂きました。PS;神社の屋根の銅板剥ぎドロが昔多くて、銅板を隠すため塗装をした時代があったそうです。うちのほうです。またそんな時代こないすかねー。
2007/2/8(木) 午後 9:31
厳かな感じというより温かい感じがしますね。
2007/2/8(木) 午後 10:35
改築以前は、三十三間の射場があったとすれば、相当大きな神社だったのですね。。。
2007/2/9(金) 午前 1:26
おおなんさん、ありがとうございます。神戸の神社は第一に神功皇后の三韓(朝鮮半島)を征し帰還の際にまつわること。第二に平清盛の福原遷都に由来すること。第三に道真公が九州に左遷された際にまつわること等によると思います。
2007/2/9(金) 午前 10:54
やまとさん、コメありがとうございます。「緑青」は場所による様に考えております。鉄道が近くですと、レールと車輪の磨耗鉄粉が舞い上がり付着し、鉄錆が銅の腐食を発生させ、変色させるのではないかと、考えています。当社は鉄道と離れている為美しいのだと思います。
2007/2/9(金) 午前 11:06
きょうこさん、おっしゃる通りですね。
2007/2/9(金) 午前 11:08
Nobikitさん、そうですね〜。33×1.8m=60m+αですね。かなり広かったようですね。
2007/2/9(金) 午前 11:16
なるほど!!ありがとうございました!!
2007/2/10(土) 午後 11:35
おおなんさん、失礼しました。
2007/2/12(月) 午後 11:38