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本社は、垂水区のほぼ中央の西名地区の小高い森に鎮座されております。 創始の詳しい事は分かりませんが、社殿新築の記念碑には、 古来、この西名村に住みついた、ご先祖の人達の子種と安産と子孫繁栄を守る陰陽の自然石をこの神殿に祀った産土神の古奈祀神社である。 文政時代に建てられた本殿は、平安時代様式の流れ造りの神殿であった。 明治四年の国家神道の布告で祭神を天照大神とし、若宮神社と命名して海神社に属した。 また、次のようにも言われております。 この西名地区も、縄文時代の主要食物であったドングリのなるウバメガシなど照葉樹が残されており、周辺から当時の土器・石器が出土しているので、この付近に縄文人が住んでいたと思はれる。 この西名の北方「高塚山」には、5世紀頃の古墳が多数発見され、神社の北側の斜面には、この時代に土器を焼いたと考えられる原始登り窯である「穴釜」跡らしきものが残っており、この頃が若宮神社の創始であろうとされています。 これらの時代、人々の信仰は、きびしい自然環境の中で子孫を残す事が、最大の願いであるので、「性器崇拝」が一般的だったそうです。 当社もそのひとつで、ご神体は男根の先端にわずかな原始彫刻を加えた自然石に、三個の丸型自然石を組み合わせた、「夫婦石」だそうです。 (神戸の神社、神戸新聞発行) ご参考 :神戸市垂水区名谷町字押戸310 TEL078-707-0188 (海神社兼務社)
地下鉄名谷駅 市バス12系統にて「堀割」 下車 北へ3分 |

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かなり古くから人が住んでいた土地ですね。
2007/2/20(火) 午前 5:03
厳しい自然や病など・・子孫を残すのは大変な事だったでしょうね・切実な願いが伝わってきました。ポチです。
2007/2/20(火) 午後 1:46
少し小高い所にある神社のようですね。建物の雰囲気がいままでの神社と少々違って見えるのですが・・信者の方々が大切にされているようですね。
2007/2/20(火) 午後 2:36
最近見かけたのですが、強化プラスチック(FRP)の鳥居を見かけます。失礼ですが、この鳥居の写真を拝見しただけですが、風合いがよく似ていますねー。すいませんケチ付けて。。余談ですがSUSのバフ掛けピカピカの鳥居二箇所見つけました。
2007/2/20(火) 午後 10:07
見晴らしのいい神社ですね。正面に太い道が続いて、きっと昔から往来の盛んなところだったのでしょうね。。。
2007/2/20(火) 午後 10:09
小高い森の中にあって階段を上り祈願する人の姿が瞼に浮かぶようです。 小高いところにある神社は歩みの一歩一歩に願いがこもる気がします。
2007/2/21(水) 午前 10:10
Bessaさん、縄文時代かららしいです。
2007/2/21(水) 午後 5:20
花さん、ポチありがとうございます。子孫を残すがまず第一の時代ですね。
2007/2/21(水) 午後 5:23
Kyonさん、ありがとうございます。社殿は30年前の鉄筋コンクリートです。氏子崇敬者の寄付が多かったようですね。
2007/2/21(水) 午後 5:29
やまとさん、FRP製がありますか。まだ見た事がありませんが、それとも、気が付かないのかも知れませんねえ。
2007/2/21(水) 午後 5:32
Nobikitさん、そうですね、昔からの要所です。
2007/2/21(水) 午後 5:37
きょうこさん、神社はやっぱり石段を一歩一歩登ってお参りするのがいいですね。
2007/2/21(水) 午後 5:40
今晩は、、NORIさんFRPのやつは表面は花こう岩の質感があるのですが、指で叩くとコトコト・・・空洞の音がします。老婆心ですいません。
2007/2/21(水) 午後 11:24
やまとさん、ありがとうございます。一度たたいてみます。
2007/3/4(日) 午前 2:11