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本社は、北区の東部、有野町の有野地区で、高丸山(509m)の山麓裾に鎮座されております。 創建年月は不詳ですが、 元弘元年(1331)に、赤松則村が挙兵し、兵庫の麻耶山に本拠を構えた時に、北方の備えのために、当社の脊山に支城を築き、荒廃した社殿を再建し、戦勝を祈願したと伝えられております。 また、天正年間(1573〜)に、三木城主、別所氏の家臣、小野三郎義晴が切畑城を築き、この当社の境内に居館を設けていましたが、羽柴秀吉軍の三木攻めの時、兵火により焼失しました。 その際、義晴はご神体に兵火が掛るのを免れるために、背後の谷間に埋めたそうです。 その後、村民がご神体を掘り起こし、社殿を再建して奉安したと伝えられております。 昭和55年に 文化庁の調査 が行われ、社殿が 室町時代の作 と見られ、 国の重要文化財に指定 するかの審議がなされていましたが、その最中に 放火 によって 全焼 してしまいました。 現在の社殿は、昭和60年に鉄筋コンクリートで再建されております。 下の3枚の写真は、境内、左側の山林の中で見つけた、珍しい、 「いろは紅葉」 の花、と 「ミツバツツジ」 が綺麗に咲き誇っていました。 ご参考 :神戸市北区有野町有野字惣山3988 神戸電鉄 五社駅下車 徒歩 5分
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電柱は余計だが、石段のひとつ一つに年輪が刻み込まれた感慨を思わせるようで、昔きらびやか、今わびさび。良いですね。 ひとつ感心するのは、被写体の多くに、人の影が無いか、少ないこと。そのように努力されているのかまた、人の来訪が少ないところなのか。いずれにしても、岩にしみるような静寂さを感じさせるところ。
2007/4/13(金) 午前 8:35
こういう参道をゆっくり上りながらお参りするのが好きです。 色はもみじの花いいですね。 社殿が放火によって全焼してしまったとは・・・残念ですね。
2007/4/13(金) 午前 9:37
↑きょうこさんと同じく私もこんな参道をゆっくり登りながらの散策・・静寂さが大好きです。よくぞご神体を埋められて助けられたものですね。ご信仰の深さが伝わってきます。
2007/4/13(金) 午後 3:27
1枚目の写真をみたら、一体どれだけ古い神社が現れるのかな〜って思ったら、なんとかわいい両部鳥居!しかも社殿も新しい。しかし、焼失してしまっていた訳だったんですね。惜しい!
2007/4/13(金) 午後 5:47
室町時代の社殿が放火で焼失ですか。勿体無いですね。山中は季節を感じるのでいいですね。
2007/4/13(金) 午後 8:26
thuanさん、いいコメント頂きありがとうございます。この北区は、参拝者とほとんど出合いませんが、中央区の湊川神社などの大きな神社では、人の姿が出来るだけ入らない様にしています。そのために1時間待ちぐらいよくあります。
2007/4/13(金) 午後 11:33
きょうこさん、いろは紅葉がいいでしょう〜♪。神社の焼失が残念です。
2007/4/13(金) 午後 11:36
kyonさん、この参道の石段は凸凹があり、神への道の感じ(?)がしますよ。普段目にしない草木があり、散策にはいいですね〜。
2007/4/13(金) 午後 11:41
トオルさん、この様な山の中ですから、不審火の焼失が多いですね。大切な宝物が焼失するのが残念です。
2007/4/13(金) 午後 11:45
親父さん、神社の放火などの不審火による焼失が多いのに驚いています。
2007/4/13(金) 午後 11:47
ヤマツツジでしょうか、見事ですね。野趣のある坂を登りつめて、室町時代からの社殿を拝見できたらというNORIさんの気持ち、伝わりました。古い神社ほど火災・再建の歴史がありますけど、放火というのはとても残念ですね。。。
2007/4/14(土) 午前 10:19
放火は本当に腹立だしいです。二度と元に戻らない事をしりながら〜〜。残念ですね。
2007/4/15(日) 午前 11:10