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当神社は、明石市の西部、魚住町、西岡地区の播磨灘海岸より、200mの小さい山、天王山に鎮座されております。 当社の創建は、養和元年(1181)と伝えられております。 当境内は、天王山といわれており、神亀三年(726)聖武天皇が、邑美頓宮(おおみのかりみや)に 7日間行幸した跡だとも伝えられているそうです。 参道の石段は、幅も広く創建当時の立派なもので、段石と側石に多くの盃状穴があります。 社殿は本殿の前に、播磨地方特有の割拝殿が設けられています。 石段を上がった左側に、風化の激しい手水鉢がありますが、これにも大きな盃状穴が穿かれております。 割拝殿前の狛犬は、両前足で珠を抱える、この辺りでは珍しい物とされています。 社殿の西側には、境内社稲荷大明神が鎮座されています。 また、西隣は薬師院、通称ぼたん寺があります。 参考 :明石市魚住町西岡1637 山陽電鉄 魚住駅 西北に700m
JR 魚住駅 西に1km |

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珍しい神社ですね。門をくぐると囲いのような物があるのですね。
2007/12/10(月) 午前 2:26 [ mas*a*dp*e ]
狛犬さん随分強そうですね。大きな玉を阿吽とも抱えているのですね〜〜。
2007/12/10(月) 午後 1:12
ここも割拝殿というのかしら。。。
狛犬は、玉がとても大きくて、前足を内側へ大きく曲げたポーズが珍しいですね。手水鉢の盃状穴が深いような気がしました。傑作です!
2007/12/10(月) 午後 11:47
創建当時は地元の方々の強い思い入れのあったお宮でしょうね。
石段の立派さ、盃状穴の多さ、お百度石など、華やかであった頃が想像できますね。
2007/12/11(火) 午後 5:57
今回、京都奈良方面を回ってきましたが杯状の穴は見つけられませんでした。狛犬さんっているんな顔をしているんですね!
この狛犬さんはちょっと恐いです!
2007/12/11(火) 午後 8:16 [ fuji ]
山崎の天王山は歴史探訪を兼ねて登りました!
こちらに須佐町(現・萩市)という地名がありますがスサノオノミコトに因んでいるようです。
2007/12/11(火) 午後 10:19
JINさん、本殿が土塀で囲われていて、本殿の前での参拝となっております。拝殿の中を通るのはこの播磨では多いようです。
2007/12/12(水) 午前 6:21
きょうこさん、片前足を珠の上においているのはよく見掛けますが、両前足で珠を抱えているのは大変珍しいそうです。
2007/12/12(水) 午前 6:24
Nobikitさん、なにかこの型の狛犬は珍しいようですね。
この手水鉢は砂岩で穿ち易いと思われますが、それにしても深いですね。どの様な道具で、何を願って、どれだけの日にちをかけて穿ったのか興味がありますね。
2007/12/12(水) 午前 6:36
越木岩さま、当社の創建時には石段や手水鉢からして、社殿もかなり立派なものであったかとおもわれますね。
2007/12/12(水) 午前 6:43
fujiさん、京都奈良方面を回って見えたのですね。
盃状穴はみられませんでしたか。京都、奈良は少ないようですね。
2007/12/12(水) 午前 6:48
puniさん、萩市に須佐町がありますか。須佐之男神社があったのですね。今無ければ、合祀されたのでしょうか。
神社名と地名とはつながりがありそうですね。
2007/12/12(水) 午前 6:53
珠を抱える狛犬が珍しいですし、随身門のようになっているんですね〜〜由緒ある地に鎮座の素盞鳴神社は趣があります〜〜♪ポチ!^−^
2007/12/12(水) 午後 3:15
右近さん、随身門って云うのですか。狛犬さんが珍しいそうです。
ポチ有難うございます。
2007/12/13(木) 午前 1:21
狛犬が珠を抱えているのは、どういう意味なんでしょうね。
随分怖そうな顔をしているので、悪者を押さえ込んでいるのでしょうか??
2007/12/15(土) 午後 6:55