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勝福寺古墳は、明治24年(1891)、壁土採りの際 偶然横穴式石室の入り口が出てきて、その中から 神獣鏡や六鈴鏡、馬具、須恵器などの副葬品が出土しました。 初めての発掘調査は、昭和46年に川西市教育委員会に よって行われました。 この調査で、南側の墳丘から木棺の痕跡が見つかり、 金製耳環、銀製クチナシ玉、鉄刀、鉄鏃(てつやじり)が、 埋葬された状態で出土しました。 平成13〜16年の調査で、全長40mの前方後円墳で あることが明らかになりました。 古墳の作られた時期は、6世紀初め頃と考えられ、 北陸から畿内に入り即位した、応神天皇の5世の 継体大王に関係した豪族ではないかと考えられて います。 現在、勝福寺古墳は川西市唯一の古墳で、市の文化財 に指定されて大切に保存されています。 場所は、前紹介の八坂神社の参道、一の鳥居を過ぎた 右側の山中にあります。 (画像は、クリックで拡大してください) ご参考 : 川西市 火打 二丁目 16 阪急川西能勢口駅下車 阪急バスにて勝福寺前下車 西に上がる または、川西能勢口駅より、北へ 徒歩15分
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川西市の史跡と風景
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すごい発見だったのでしょうね。
これだけの物を埋蔵してあると言うことは余程の権力者の関係があるのでしょうね。
2009/2/21(土) 午前 11:36
継体天皇は都に入るまですごく年月がかかりましたよね。その間、関係した豪族が近畿一円を治めたのでしょうか。
古墳のことは余り知識はありませんが、古代のロマンを感じます。
2009/2/21(土) 午後 5:44
川西市にも古墳があるのですね。
古墳といえば、奈良、京都、大阪南部なのに、・・・、
川西も歴史がありますね。
傑作ポチです。
2009/2/21(土) 午後 5:52
よく、盗賊にもみつからず、発掘されましたね@@
素晴らしい!
2009/2/21(土) 午後 10:01
継体天皇が大和に入るまでの20年間に関係した古墳なんですね。継体天皇とともにその豪族一派が大和入りしたとすれば、荒らされていなかったなんて、すごいですよね。。。傑作です。
2009/2/22(日) 午前 1:44
6世紀の時代に鏡が存在したのには、驚きですね、その技術の高さも又、驚きです。
2009/2/23(月) 午前 8:59 [ けん ]
6世紀ですか〜〜。
歴史がありますね。埋葬されたままの状態で出てきたとは素晴らしいですね。ポチッ!!
2009/2/23(月) 午後 5:42
画文帯同向式神獣鏡というのですか。貴重なものですね。6世紀ですから当時の歴史にも思いがいきます。
2009/2/24(火) 午前 7:52
継体天皇の関係者ですか、立派な鏡が出てきましたね。石室が覗かれるのがいいですね。
2009/2/24(火) 午後 10:00
三田天満宮さま、
神獣鏡や六鈴鏡、馬具などの副葬品が
あるのですから、相当高貴な方だったのでしょうね。
この辺り最大の前方後円墳のようですね。
ありがとうございます。
2009/3/4(水) 午前 11:15
親父さん
私も全く古墳についての知識がありませんでしたが、
神戸阪神地区の神社巡りのお蔭で色々の古墳などに
出会いました。
まだまだ勉強中です。
ありがとうございます。
2009/3/4(水) 午前 11:17
グッドライフさん、
この辺りに古墳があるのは驚きました。
発掘はそう古くはないようですね。
ありがとうございます。
2009/3/4(水) 午前 11:19
くまひなたさん、
本当にそうですね〜〜。
最近までわからなかったのが良かった
のですね。
ありがとうございます。
2009/3/4(水) 午前 11:21