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当神社は、伊丹市の中央部、千僧(せんぞう)地区の、旧西国街道沿いに鎮座されています。 千僧の地名の由来は、天平勝宝年間(750〜756)に集落が出来たとき、 千僧供養塔があったからだと云われていますが、 行基菩薩が、和銅六年(713)勅願により、この地で千僧供養を 修して猪名野権現を祀ったといわれています。 大 己 貴 命 (おおなむち の みこと) 熊 野 皇 大 神 (くまのすめおおみかみ) 天 照 皇 大 神 (あまてらすすめおおみかみ) 応 神 天 皇 (おうじんてんのう) 豊 受 姫 大 神 (とようけひめおおかみ) 初めは、大己貴命(おおなむち の みこと)のみを祀っていましたが 後に、猪名神社、及び境内の天来神社を合祀したために 御祭神が増えております。 神社誌には創立年月不詳とされていますが、 「摂陽群談」と当社の由緒書きには、 和銅六年(713)行基法師、熊野に詣で 一夕神に見ゆ、明旦麗容を彫刻して この地に帰って猪名権現として祀り、 池、田、畑の開拓達成を祈願された。 とあります。 当神社には、「一の鳥居」と「二の鳥居」がありますが 「一の鳥居」は、平成7年の大震災にて倒懐しましたが 同年に再建されました。 新鳥居の近くに、旧鳥居の柱の一部が建てられておりますが それには、「元禄十七年(1704)三月吉日」の刻銘があります。 「二の鳥居」は、明治四十三年(1910)に合祀をした 猪名神社(通称:東の宮さん)の鳥居をここに移設されたもので、 宝永三年(1706)正月吉日の刻銘があります。 猪名神社(東の宮さん)の元の位置はは、北東にある「安楽院」の北に 鎮座されていました。 大きな墓場でもありましたが、現在は自衛隊の伊丹駐屯地に なっています。 境内の手水舎のとなりに、記念碑が建てられています。 この千僧の地は、1200年ほど前に、行基が 池を造り、田畑を開拓したところで、その池の一つが 今池と云い、伊丹市に買収されて、現在埋め立てられて、 市役所、図書館、博物館、中央公民館、そして周辺には 県庁舎、裁判所、警察署等が建設されて、一大官庁街と なりました。 この記念碑は、その変遷と譲渡金・寄付金の内容を記したものです。 当神社の近くに、大小沢山の盃状穴が穿かれた石材が 置かれていました。 その後の調査で、石棺の側板とも考えられると いわれています。 この内容は、別に掲載させていただく予定です。 ご参考 :伊丹市 千僧 2丁目 151 市バス 裁判所前 下車 東に300m
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神社巡り、伊丹市
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千僧の地名にも古い歴史があるんですね。興あるいにしえが偲ばれます。
2009/8/20(木) 午後 4:05
市役所は今池の跡地なんですね。天神社も古い謂れのある神社ですね。
勉強になります、ポチ!
2009/8/20(木) 午後 6:18
鳥居が新しいので被災されたのだと思いました。
鳥居の柱が残されてるのが痛々しくみえますが
無事再建されて何よりです。
2009/8/20(木) 午後 9:40
しょうたんさん、
仰られる様に、地名にはその土地の
歴史が積み重なっているのですね。
色々と興味深いです。
ありがとうございます。
2009/8/21(金) 午後 5:27
BENさん、
伊丹市の中心地は今池の埋め立て地なのですね。
私も驚きました。
最初に国道171号線が池の真ん中を走った
ようですね。
ポチありがとうございます。
2009/8/21(金) 午後 5:30
まんまさん、
石の鳥居が折れて崩れ落ちるのは凄い轟音が
したことでしょうね。
この辺りもかなり揺れたのですね。
ありがとうございます。
2009/8/21(金) 午後 5:35
地震の爪痕が後世に残されている事は、よいことですね。300年に1度の大きな地震。。最初の地図からみると、神社の数が沢山ですね。今の日本の経済環境では、神社の存続も大変ですね。。
2009/8/21(金) 午後 6:44 [ けん ]
鳥居の横の折れたような石柱は、やっはり震災だったのですね。
大阪の玉造稲荷神社にも残っていました。
あの震災で倒れた鳥居は、いっぱいあったかも知れませんね。
2009/8/21(金) 午後 9:52
こんにちは!私のブログに来ていただき、ありがとうございました。私は、少々ですが、この神様関係に興味をもっています。
大己貴命は、大和の三輪山にも関係がありますね。大国主とも言われていますが、どうなんでしょう?
どちらにしても天つ神ではなく、国つ神だったのではないでしょうか?
御祭神はまず疑ってみたほうが良いです。奈良の春日大社などは、鹿島や香取の神様を連れてきていたりします。
このあたりには、正史には出でこない、影の歴史が隠されているようです。
最後の写真は古墳内部の石棺のようにも見えますね。
なかなか、ミステリアスな写真です。面白そうですね♪
2009/8/21(金) 午後 10:31 [ ひよひよこ ]
けんさん、
この辺りも震災の被害は大きかったようですね。
防災の観点からも後世に残すことも大切ですね。
ありがとうございます。
2009/8/22(土) 午前 8:40
親父さん、
鳥居の石材にもよるのでしょうけど、柱の途中から
折れているのが多いですね。
この他の神社でも破損した部材が残されて
いる神社が多いですね。
ありがとうございます。
2009/8/22(土) 午前 8:43
ひよひよこさん、
神道についてお詳しいようですね。
私は3年前から神社巡りを始めましたが、
全くの無知で少しずつ勉強をさせていただきましたが
まだまだ知らない、解らないことばかりです。
これからも勉強をしていきますので、宜しくお願いします。
最後の写真は、古墳から出土した石棺の部材のようです。
沢山の窪みは盃状穴と呼んでおります。
ありがとうございます。
2009/8/22(土) 午前 8:51
とても古くからの神社なんですね。
ウメのご神紋を見ると、天神さま(菅原道真)だと思ってしまいがちですけど。なにか、経緯(いきさる)があるのかしら。。。おもしろそう!傑作です。
2009/8/22(土) 午後 1:45
街中の神社のようですが、境内も広く、散策もたっぷり楽しめそうですね。
2009/8/23(日) 午前 8:44
Nobikitさん、
そうですね〜〜〜。
神紋が天神さんですね。でも菅原道真は
お祀られていませんね。
何だかよく解りません????。
傑作ありがとうございます。
2009/8/23(日) 午前 10:54
Nobikitさん、
内緒さんありがとうございます。
2009/8/23(日) 午前 10:54
ぶんワンさん、
昭和初期の地図を見ると周辺はすべて
田んぼだったようですが、現在では住宅が
詰まっています。
神様は喜んでいられるのでしょうね。
2009/8/23(日) 午前 11:00
池や田畑が時代の流れで今や町の中心部なのですね。
これは日本の至る所で起きた事でもあるのでしょうね〜〜
私の近辺もここ数年をみてもずいぶん田畑が少なくなり建物が増えました。
ポチポチ♪
2009/8/24(月) 午前 11:20
Kanonさん、
そうですね〜〜〜。
よく考えて見ると殆どの市町村が
多かれ少なかれ同じようなことに
なっているのですね。
ポチポチ♪ありがとうございます。
2009/8/25(火) 午後 7:06