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当神社は、尼崎市の北西、武庫地区の旧時友村、現在の武庫之荘八丁目に 鎮座されております。すぐ北側には山陽新幹線が走っています。 地名の由来は、この地を開発した時友氏と云う名前に由来するそうです。 大きな名田(野間荘)があったそうで、新幹線の建設の際に、平安時代から 鎌倉時代にかけての遺跡が発掘されています。 残念ながら現在では、「時友」の地名は消滅していますが、当社の社名と なって残されています。 須 佐 男 命 (すさのお の みこと) 大 国 主 命 (おおくにぬし の みこと) 社伝によれば、天平年間(729〜749)行基菩薩が、猪名野笹原を 開墾された折に、時友村の地に集落を形成、鎮守の神として、須佐之男命を 祀り、同時に観音仏を祀る「常法寺」を建立、神宮寺として奉祀されましたが、 天明年間(1781〜1789)に火災にて焼失したため、隣村の友行の 須佐男神社に合祀されていました。 昭和三十七年に現在地に、須佐男命と大国主命をご祭神として社殿を新築し、 旧時友村の産土神として奉祀されました。 この大鳥居入口は、北向きで新幹線の南側になります。 大鳥居です。 拝殿正面ですが、東向きになっています。 本殿の覆屋です。 境内社、弁財天です。 この弁財天社は、「とまり津宮」富松神社の一座として奉祭されています。 境内社、稲荷社です。 手水舎です。 お賽銭箱です。 総ステンレス製で、周囲は角パイプの格子組、大変堅牢に作られております。 ティグ溶接(アルゴン溶接)技術も素晴らしく、上面の入り組んだ細工には 驚かされました。尼崎にはこの様な高度な技術者がお見えになるのですね。 一方で、ここまでしなければならないのが、悲しくも思われます。 ご参考 :尼崎市 武庫之荘 8丁目21−28 市バス 友行停留所下車 北に200m 又は、時友停留所下車 南東に100m
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